色違いのカップ



どこへでも行けるドアや、タイムマシンがあったら素敵だと思うの。可愛い絵本の世界や外国にも行けるし、いつでも好きなときに神戸にいる千秋さんの元へ会いに行ける。 だから私は、心の翼を広げるの。オーブンの中で膨らむメレンゲのように、心の温もりでイマジネーションを膨らませれば、いつでも新しい世界へ旅立てるから。

同じ方向にある視線の先を、二人で見つめながら語り合い、想い描いた景色を少しずつ形にしてゆく。いろいろな時間を旅することが出来れば、過去や未来・・・例えば私たちが出会う前、どんな子供だっかも知ることができるよね。

それに一緒に奏でたい音楽、旅行したい場所、欲しい物、星奏学院の卒業後に神戸で暮らす生活のこと・・・。あなたと未来の話をしていると、とっても幸せな気持ちになるの。ほら、想像してみて? あなたと二人でタイムマシンに乗っているみたいでしょ? さぁ二人で手を繋いだら、恋のエンジンで楽しい夢旅行へ出発だよ。



「わぁ〜この小瓶可愛いなぁ。あ、こっちの置物も素敵! 千秋さん見て下さい、二匹の猫さんがヴァイオリン弾いてますよ、男の子猫と女の子猫さん・・・恋人同士かな。ふふっ、仲良さそうですね〜どんな音色がするんだろう」
「楽しそうだな。気に入ったものがあったら、買ってやろうか」
「へ? いっ、いいですよ千秋さん。欲しいものはたくさんありますけど・・・でも、ただ眺めているだけで楽しんですから。だからウインドーショッピングっていうんです」
「俺には、お前が欲しい物を我慢する、忍耐修行に思えたぜ。まぁ、くるくる変わる可愛い顔を眺めるのは、確かに楽しいな」


可愛い雑貨たちが溢れる店内をふわふわ回遊して、あれも可愛いこれも素敵と目を輝かせながら、花から花へと巡る蝶の気分。気に入った小瓶を手の平に乗せたまま、新しく見つけた宝物を示そうを振り仰ば、いつでも私を見つめているあなたがいるの。お店を巡ってはしゃぐ私を、千秋さんはずっと眺めているんだと気付いて、顔に込み上げる熱と恥ずかしさを押さえきれないまま、ふと視線を逸らしてしまう。

手の平に乗せたガラス細工の小瓶をそっと棚へ戻すと、視線を下げてしゃがみ込み、指先でツンと軽く突いてみる。名残惜しそうに眺めながら視線で語りかける私の隣で、それも買わないのか?と、千秋さんは不思議そうだ。もう何度目かのやりとりに微笑みを浮かべつつ、立ち上がって元気に頷く。


「お小遣いを無駄にできないから、本当に買いたいのか、もうちょっと我慢できるのか自分に問いかけるんですよ。手に取って眺めながら、私のお家の子になる?って、その子に心で語りかけるんです。良いよって返事が返ってきたら、お持ち帰りしようかなって思うんですけど・・・」
「なかなか返事が返ってこないという訳か。今すぐ神南に来いと言う俺の誘いを渋る、お前みたいだな。焦らされる俺の気持ちが、少しは分かったか?」
「それとコレは違います。すぐには神南に行けませんけど、星奏学院を卒業したら神戸に行くって約束したじゃないですかっ」


真っ赤な茹で蛸になりながらぷぅと頬を膨らませも、ニヤリと浮かべる笑みが深まるばかりなの。でもね「欲しい子から返事が返ってこないと・・・寂しいです」と。真っ直ぐ振り仰いで素直な気持ちを届けたら、ふわりと温かな手が私の頬を優しく包んだ。俺と一緒に神戸にくるか?と、熱い眼差しから注がれる想いに、そのままコクンと頷きそうになってしまう。

トクトクトク・・・走り始めた鼓動が全身に駆け巡り、耳の先まで熱くなる。吸い込まれそうな意識の手前で我に返り、からかわないで下さい!と強気で返したら、照れ隠しに再びふわりと駆け出すの。そんな私の心を知ってるあなたは、楽しそうに笑みを浮かべながら、すぐ手が届く近さのまま付いてきてくれるんだよ。

溶け合う空気の温もりを背中で感じながら、つい頬が幸せに緩んでしまうのは、秘密だけどね。


「しかし、買う目的で店を巡るならともかく、ただ眺めているだけで楽しいのか?」
「楽しいですよ。この小瓶が私の棚を飾ったら素敵だろうなとか、このお店のディスプレイみたいな可愛いお部屋に住みたいなぁ・・・とか、いろいろ想像力を働かせるんですよ。お店を巡りながら違う景色が見られて、とっても幸せな気分です」
「だったら、あれこれ思い悩むよりも行動しろ。手に届くところから買い集めた方が、現実が夢へ近づけるだろうが」
「もう〜千秋さん。女の子のウインドーショッピングは、イマジネーションを働かせたタイムトラベルなんです!」
「は!? タイムトラベル?」


眉を寄せるあなたの手を取り、さぁ行きましょう!と腕を絡めたら、元気にお店を巡るの。千秋さんも、私のタイムマシンに乗せてあげますねと、絡めた腕にきゅっと力を込めながら見上げれば、重なる笑顔と心が楽しい音色を奏で出す。音楽について深く語り合うように、一つのものを一緒に見つて未来を語り合ったら、きっと素敵な希望になると想うの。

例えばほら・・・あの棚にある、色違いのマグカップなんて可愛いと思いませんか? 二個セットだから、私と千秋さんが一緒に使えますよね。このカップにはどんなお茶が合うのかなと、そう考えてイマジネーションを膨らますと、素敵な未来が見えると思うんです。


「ほう・・・マグカップか。シンプルだが、品の良いデザインだな。質感や色合いも悪くない。これでお前が淹れてくれる茶を飲んだら、美味そうだ」
「ふふっ、良かった。千秋さんも気に入ってくれると思ったんです。深みのある濃いめの紅茶か、優しいミルクティーが合いそうですよね。生クリームやマシュマロが蕩ける、ココアも素敵!」
「午後のティータイムよりは、夕食を終えて二人寛ぐ時間に飲むお茶用だな」
「わ〜それ素敵です。ね?楽しくなったでしょ? 最初は向かい合わせとか、離れたソファーに座って居るんですけど、千秋さんが“こっちへ来い”と誘ったり、私が甘えて傍に座ったりして。結局隣同士にぴったりくっつきがら、温かいお茶をこのマグカップで飲むんです」


これはお前に合う色だなと手渡されたカップを手に取ると、元からずっと傍にいるような、しっくりと手に馴染む感覚に嬉しい驚きが込み上げてくる。返事が聞こえましたと嬉しそうにはしゃぐ私に、眠る前の一杯が熱い夜を誘いそうだと・・・そう告げる言葉が熱く心の奥で広がり出す。

「心も身体もポカポカになれば、ぐっすり眠れそうですよね」そう満面の笑顔で応えたら、「鈍いなお前は」と深い溜息を返されてしまったけれど。そっと抱き寄せられ、耳朶に吹き込まれた内緒の囁きと吐息に、何を意味しているかようやく気付く。顔の熱さと耳の傍で聞こえる鼓動が、手の中にある見えないお茶・・・私の想いを、あっという間に沸騰させてしまいそう。


「揃いのこのマグカップなら、朝でも良いんじゃないか?」
「朝? 目覚めのモーニングティーですか?」
「疲れ果てて起きられないお前のために、俺が特別に淹れた茶を枕元まで届けてやる。目覚めのキスと一緒な」
「どうして私が寝坊するんですか・・・って、もう! 千秋さんのエッチ! そういう想像するなら、もう未来行きの夢・タイムマシンには乗せてあげませんからね」
「よし、色違いのこのマグカップをお前に贈るぜ。二人の約束は、力を合わせて実現させてゆくべきだからな。今夜はさっそく、そのカップでかなでの茶をのむとするか。そうだ、確かこの近くに大きなインテリアショップっがあったよな・・・。ついでに家具屋も見ていくか、具体的にお前の夢が膨らめば、早く神戸に来る気になるかも知れねぇからな」


えっ、ちょっと千秋さん!? インテリアショップって・・・リビングやキッチン、寝室のディスプレイたちを見ながら、私たちの未来を想像働かせろというんですか? 確かにイマジネーションを膨らませた未来旅行は楽しいけれど、その・・・寝室はちょっと恥ずかしすぎますっ。 唇を尖らす私を気にせず、色違いのもう片方を手に取った千秋さんは、私の手を取ると真っ直ぐレジへと向かってゆく。

離さないと告げる熱い力に誘われて、二人で乗るイマジネーションのタイムマシン。
力を合わせて少しずつ叶えてゆく夢見る未来は、ずっと一緒にいようねと約束と証だから。