今のままで十分可愛い
「ははっ、お前、顔が真っ赤だな」
「千秋さんが、真っ赤に照れちゃうことするからですっ」
「真っ赤に照れること・・・とは、この事か?」
「へっ、千秋さん? ・・・っん!」
ニヤリと笑みを浮かべながら顔を近づけると、驚く瞳が大きく見開かれるよりも早く、身を屈めて覆い被さるように唇で啄むキスを。パチクリと瞬きを繰り返すところをみると、せっかくのキスの感動よりも驚きの方が大きいらしいな。だったらもう一度・・・と、緩めた眼差しと同じように、力を抜いた唇を頬や額、鼻先、そして最後に唇へと啄んでゆく。
すると最初は羞恥で身を固くしながら、くすぐったそうに受け止めていた顔が背伸びで近付き、柔らかく湿った感触が頬をそっと掠めてゆく。背伸びを支えるために二の腕を掴んだまま、我に返ったかなでの顔や首筋が一気に赤みを増して、恥ずかしさで泣きそうになる・・・お前の熱さに、俺の方が焼かれちまいそうだぜ。
「俺に面と向かって“見つめていても、いいですか”と。真面目な顔で頼みこんだのは、かなでじゃねぇか。いいとは言ったが、何もしないとは言ってないぜ」
「えぇっ、そんな・・・千秋さんのイジワル」
「お前があんまり、可愛いことをするからだ。つい、からかいたくなっちまうんだよ。顔赤くして拗ねても、甘いおねだりにしか聞こえないぜ。お前が照れようが照れまいが、俺は遠慮はしないからな」
真っ赤に火を噴き出した頬の火照りを、両手で押さえながら冷ますかなでが、潤んだ瞳でじっと振り仰いでくる。もっと羞恥を煽ってみたくて、抱き締めた背を自分の胸に引き寄せ密着させれば、服越しに高鳴り走る鼓動が振動となって伝わってきた。どんなに上手く誤魔化そうとして、素直なお前はすぐ顔に出るからな。抱き締めて触れれば、嘘をつかない心の声がこうして俺に直接届くんだ。
「いつもはこっそり見つめて、俺が気付くと慌てて顔を逸らすくせに、今日はやけに積極的なんだな。だが見つめていたいなんて可愛いお願いしながら、結局羞恥で堪えきれずに、最初に視線をそらすのはどこのどいつだ」
「ご、ごめんなさい! 気付いたら千秋さんを目で追っていて、見つめちゃうんです・・・だって好きなんだもん。こっそりが見つかっちゃうのなら、直接お願いしてみようかなって。素直な気持ちのまま、勇気・・・出してみました」
へへっと小さくはにかむ微笑みが心をくすぐり、真っ直ぐ瞳を射貫く七色の光。からかうだなんて上手く誤魔化しても、俺の高鳴る鼓動はきっとお前にも届いているんだろう。いろいろな感情や好きな気持ちが溢れ出して、心から零れる・・・。
それを照れ臭いと感じて熱くなるのは、止まらない想いに気付い瞬間、心も身体もお前色に染まるからだ。
「恥ずかしいけど、千秋さんにこうして抱き締められるのは、大好きなんです。不意打ちはびっくりしちゃいますけど・・・その、キスも嬉しいなぁって想うんです。私、恋人なんだなぁって実感できる、幸せな瞬間だから」
「かなで・・・」
「でもあの・・・っ」
「ん? どうした、かなで」
「私すぐ、恥ずかしさで真っ赤になっちゃうから、千秋さんを困らせてるって分かるんです。。出会った頃とちっとも変わらない・・・。受け止めたたくさんのものを、好きな気持ちたくさん返せるように、平常心でいられるようになりたいなぁって想うんです、だって、その・・・」
ゴニョゴニョと口籠もりながら、困ったように上目遣いで見上げ、そわそわと落ち着き無く肩を揺らす。かなでの言葉を、辛抱強く待ってみる。すると緩んだ腕の中で小さく身動ぎ、自由になった手を顔の前に出すと、指先同士を触れ合わせてチュッとキスを。すぐに沸騰したら、もっとたくさんキスができなくなる・・・そう桃色に染まった吐息と頬が俺を酔わす。
「絆と想いの深さでキスも変わる、じゃれ合うキスはその深さの証だ。気付いていないようだが、お前は情熱的な女だよ。音楽もキスも・・・受け止めて返して想いを重ねて、俺を熱くさせるのはお前だけだぜ」
「千秋さん・・・」
夏の大会が終わってからは寮生活も終わり、横浜と神戸に別れて暮らす生活。音楽にも恋にもお互いが真剣だから、時には頑固な意見をぶつけ合い喧嘩になり、俺が意地を張ったり、電話越しにかなでがむくれることもあった。鳴らない携帯電話をお互いが夜空の下で握り締め、寂しさと後悔に包まれながら沸き上がる恋心。
心の中にある音色と大切な気持ちを思い返し、勇気を出して見つめ直し合えば、前よりもっとお互いが好きになる。
雨が降った地面が固まり、そこから花が咲くように。いろいろな出来事を乗り越えて深まる、俺達の絆も同じだ。
「お前は今のままで、十分可愛いぜ。照れずに赤くならないお前なんて、お前らしくない。音楽も好きな気持ちも素直な心が一番気持ちが良いし、そんなお前が一番強い。第一、からかう楽しみがなくなるじゃねぇか」
「きっと褒められるんですよね、何か複雑です」
「もちろん、褒めてるんだ。なぁかなで、好きになるほど赤くなるもの、何だと思う?」
「好きになるほど赤くなるもの・・・ん〜なんだろう。千秋さん、ヒントを下さい! それは甘くて美味しいですか?」
ほらまた私をからかって楽しんでるでしょう?と、尖らす唇に甘く吸い付き、たちまち真っ赤に染まる顔へ笑顔を向ける。隙になるほど赤くなるもの・・・と、呪文のように唱えているが、小首を傾げたままの眉根が困ったように寄せられて。俺の背中に回した手に力が籠もり、きゅっと胸にしがみきながら降参の旗を揚げた。
甘いかって、最高に甘美に決まってるじゃねぇか。俺の腕の中にあるぜ、そう・・・お前だ。
腕の中に抱き締めているのは、小さく柔らかな温かさを持つ、俺だけの真っ赤な果実。料理の本を読みふけっていたかなでが、そういえば・・・と思い出したように本を膝の上に置くと顔を上げて。林檎・苺・さくらんぼ・・・甘酸っぱくて可愛い果実は赤い色が多いと無邪気に笑っていたが、一番赤くて甘いのはお前だよ。
大体なんでこうなったかといえば、料理の本を俺に披露しながら、何が食べたいかと聞いてきたんだ。だから俺は素直にこういったんだぜ、手料理も食べたいがお前も食べたいと。