冬色の温もり



パタパタと朝から家中を駆け回る香穂子は、忙しないというよりも、クリスマスイブを迎えた嬉しさで、じっとしていられないらしい。テーブルに花を飾り、もみの木に飾るオーナメントを用意したり、夕食に備えて準備をしながらと、立ち止まっている姿の方が少ないと思う。だが合間にヴァイオリンの練習も欠かさない。聞こえてくる音色は、今夜奏でるクリスマスにちなんだ曲たちだった。瞳を開けた君がリビングの入り口で佇む俺に気付くと、小さく笑って肩からヴァイオリンを降ろす。

ずっと欲しいと願っていたもの、俺にとってのクリスマスプレゼント。
手を伸ばせばいつでもすぐそこに、君の音色と笑顔がある幸せが、心のキャンドルにも柔らかな火を灯した

大切な君と過ごす、待ち望んだ静寂の聖夜。
甘く揺れるキャンドルの灯に、雪降る白の優しさと温かさを溶けこませながら。
二人の想いと音色を、幾重にも紡ぎ重ねよう・・・・・・・。





リビングには花市で買ったもみの木が台座に置かれ、深い自然の香りを放っていた。ソファーの前にあるテーブルには、丸いリースに四本のキャンドルが立てられたアドヴェントクランツ。玄関に飾られたリースは庭に咲くローズマリーを丸く束ね、ピュアホワイトのリボンに雪の結晶をした透明なアクセサリーが煌めいている。豪華にたくさんの花材を使わなくても良いのだとそう言って、心を込めた香穂子の手作りだ。

冬でも失わない自然のままの輝きと、聖なる香り・・・シンプルな中にも優しく可憐で、君のようだと思う。瞳を緩めながらそう言ったら、頬を赤く染め嬉しそうに笑顔を浮かべていた。自然の元気さが室内に収まらず、外へ飛び出してしまいそうに満ち溢れている。まるで窓の外に見える雪景色にはしゃぎ、外へ出かけたくてうずうずしている香穂子のように。君が飾ると花や緑も長持ちしそうだと思わせる、生命力の輝きがあるから不思議だな。


オーナメントを手に持ちながら、楽しげにクリスマスツリーを見上げる香穂子の横顔を見つめながら、つい緩んでしまう頬が止まらない。二人で選んだ今年のもみの木は緑ではなく、ホワイトスプレーで化粧された白いもの。雪を被ったように煌めく姿は何も飾らなくても綺麗だが、オーナメントが少しずつ飾られる度に輝きが更に増してくるようだ。
毎年買い足した飾りがどれも二個ずつ揃えてあるのは、二人の思い出も一緒に飾れるから決まったデザインはないけれど、大きな箱へ大切に収まった彼らを、互いに好きな場所へ飾ってゆく。


オーナメントを箱から取り出すときに、ふいに触れ合う互いの手。鼻先が触れ合う近さで重なった視線を離せずに、心のキャンドルへ灯る甘酸っぱいくすぐったさ。照れ隠しで
肩越しに振り返れば、毎週一本ずつ灯していったアドヴェントクランツのキャンドルも、クリスマスイブを迎えた今日は全部に灯りが揺らめいていた。


最初に灯した一本目は、もうだいぶ短くなったな・・・。
一ヶ月前にアドヴェントを迎え、二人で最初に灯したのがつい昨日のように思えるのに。


クリスマスは忙しかった一年を振り返り、大切な人と一緒に静かで満ち足りた一時を過ごす日だ。一人でいた時よりも香穂子と共に暮らす今の方が、あっという間に毎日が早く過ぎ去るように思うのは、それだけ楽しく充実しているからだろう。ほっと心を和ませる手作りのリースやツリーたちが、温かく優しい聖夜へと誘ってくれる。


「ツリーの飾り付けは、クリスマスイブに始めるなんて待ちきれないよ。本当はね、アドヴェントが始まったらすぐに飾り付けをしたいのに・・・もうね、一ヶ月近くずっと楽しみにしていたんだよ。飾りを作るのも楽しいし、クリスマス市で売っている物を選ぶのも楽しくて。でもね、クリスマス市は種類がたくさんあるから、ついたくさん買い過ぎちゃうの」
「今年もたくさん飾ったな、毎年少しずつ飾りを付け足しながら受け継いでゆく・・・。ツリーに飾るオーナメントは、俺たちが重ねた歴史であり、想いの証なんだな。どの一つ一つにも、たくさんの思い出が詰まっている。あの熊の縫いぐるみは、留学した俺の所へ香穂子が初めてやってきた時のものだな。道に落ちて寂しそうにしているのを、君が見つけた・・・ついでに君まで迷子になってしまったが


悪戯っぽく瞳を緩めれば、それは言わないでと恥ずかしそうに頬を膨らませてしまう。もう迷子にならないもんと拗ねつつ箱からオーナメントを取り出し、ねぇ?と小首を傾げ相づちを打っていた。結婚した今でも変わらず無邪気で少女のような君から、俺はひとときも目が離せないのだが・・・これ以上拗ねたら困るから心に留めておこうか。


青いマフラーをした雪だるまのオーナメントを手の平に包み、愛おしそうに眺めていた香穂子は、どんな会話をしているのだろうか。ふわりと微笑むと俺が先程飾った、赤いマフラーをした雪だるまの隣へ寄り添うように、もみの木へくくりつけてゆく。仲良さそうな雪だるまたちが笑っているようだと、楽しげに頬を綻ばせた君も、いそいそと俺にぴったり寄り添い隣へ座った。同じだねと見上げてくる笑顔に引き寄せられれば、ふわりと重なるキスに彼らも頬を染めたかも知れない。


「でも・・・そうだよね、香りや音楽に懐かしさを感じるのと似ているよね。手に取るとその時見たの光景や、感じた気持ちが鮮やかに蘇ってくるの。この飾りたちがあるから、今の私たちがあるんだよ。赤と青のマフラーをした雪だるまさんは、次の年に私が遊びに来て一緒に選んだんだよね。二人して買い物帰りに、雪を被って真っ白になったから」
「確かに迷子にはならなかったが・・・香穂子がリボンで繋ぐから、かなり照れ臭かったのを覚えている。ヴァイオリンを弾く天使の人形たちは、大学卒業後に君が俺の元へやって来きた時のものだ。結婚式を挙げる前だったが、共に暮らし始め初めて迎える年のクリスマスに、友人たちから貰った祝いの品だった・・・ついこの間なのに懐かしい
「蓮が全部覚えていてくれて嬉しいな。今年は手作りにも挑戦したよね、ドイツの伝統わら細工のオーナメント。ヴァイオリンのレッスンをしている学長先生のお宅で私が奥様に教わったのを、蓮と一緒につくったんだよね。雪の結晶は私で、こっちのもさもさした丸いたわしみたいな飾りは、蓮が作ったやつ!」
「・・・俺のは、飾らなくて良かったのに・・・・・・・・・」


満足そう掲げながら披露する香穂子の飾りは、クリスマス市で見かけるのと変わらない可愛らしい雪の結晶だった。彼女に手取り足取り教えて貰いながら一緒に作った筈なのに、なぜ丸い太陽が歪み、より多くわらが飛び出しているのかは謎だ。やはり飾るのだろうか・・・申し訳ない気持ちやら、自分の作品が晒される恥ずかしさで顔から火が噴き出しそうに熱くなってくる。


音楽活動と生活を置くヨーロッパ・・・特にドイツでは子供の頃から手作りの基本を教え込まれ、自らの手でクリスマスを迎えることを家で教えられる。普通は親から子へと受け継がれるそうだが、結婚後に渡欧してきた香穂子はその代わりにヴァイオリンのレッスンを受けている恩師・・・俺が留学していた音楽大学の学長やその夫人から、いろいろと教えを受けていた。ドイツの両親と呼んで家族のように懐いており、帰宅しては学んだ成果を料理や飾りで俺に披露してくれるんだ。


俺が作った物をはいと差し出すけれども、飾ることを躊躇い受け取ることが出来なかった。だがそんな俺を見て困ったように溜息を吐き、一番目に付くところへ飾ってしまう。何も目立つ所へ飾らなくても・・・慌てて取り外そうと伸ばす手を、香穂子が飛びつきしがみつきながら押さえていた。取っては駄目だと、強い意志の瞳で真っ直ぐ俺を射抜く。


「駄目だよ、取っちゃ駄目! 二人で一緒に飾れるように、いつも二人分選んでいるから、どれも二個ずつ無いと駄目なの。私たちの歴史を飾るんでしょう? 蓮と私が初めて手作りしたオーナメントだもの。これはとても大切なんだからね」
「手作りで温かいクリスマスを迎えたい、香穂子の気持ちは俺も嬉しい。だが俺のは
・・・」
「ちょっと不器用だけど素朴で可愛いじゃない、蓮みたいで私は好きだよ」
「褒めているのか、それは」
「もちろんだよ、蓮ってば拗ねないで? 私だって学長先生の奥様に初めて教えて貰ったときには、上手く作れなかったの。蓮よりも酷かったんだから、だから凄いなって思うの。ほら、ヴァイオリンだって、練習するうちにだんだん上手くなるなるじゃない。蓮と結婚したら、ツリーのオーナメントは、手作りしたのを一緒に飾ろうって決めてたの!
「決めたって・・・これから毎年なのか?」


目を見開く俺に、うん!と満面の笑みで頷く香穂子。ヴァイオリンの練習とは明らかに立場が逆だな・・・こんな時ばかりは自分の不器用さが恨めしい。腕を組み、眉を寄せながら照れ隠しにフイと顔を背ける俺を、懐から見上げる香穂子が一生懸命宥めてくれている。


いつかこの飾りたちが二つから三つに増えるときに、パパとママはこんなに頑張ったんだよって教えてあげようよ。ね?」
「・・・・・・!」


腕を掴む指先にきゅっと力が籠もり、じっと見つめる大きな瞳が熱く潤みだす。ツリーへ飾るオーナメントの数が増えるとき・・・それはもう一人家族が増えると言うこと。突然の意味深な問いかけに熱さが込み上げ戸惑うけれども、香穂子の瞳はどこまでも純粋だ。

それならば、俺も頑張らなくてはいけないな・・・。いつの日か訪れる先の光景に想いを馳せるだけで温かく、幸せな気持ちになってくる。緩めた瞳と頬で小さく降参の溜息を吐くと、取り外そうと伸ばしていた手を引き戻した。ほっと安堵の笑みを浮かべた香穂子が我に返り、ほんのり頬を赤く染めたのは、先程の言葉に気付いたからだろうか。

あの・・・あのねと前に組んだ手をいじりながら、もじもじと照れ臭そうに肩を揺らして身動ぎ出す。あまり意識すると俺まで恥ずかしくなってしまうんだが・・・伝えたい想いはここにある。一歩近づき優しく名前を呼びかけると、振り仰いだ瞳ごと腕の中へそっと閉じ込めた。蜜ろうで固めた黄金色のキャンドルから漂う甘い香りが空気を見たし、甘い香りに心も溶かされ酔わされながら。俺たちに微笑む小さな天使に導かれるように、どちらともなく互いの顔が近づき再び唇が重なった。

甘く優しく、しっとりと・・・触れ合う唇から感じる温もりに、想いを託し求めながら。
キスが深まるに連れて抱き締める俺の手と、背に回されしがみつく君の指先へ次第に力が籠もってゆく。







どこからが俺で君なのか、時間も忘れ一つに溶け合い名残惜しげに離れた唇。ほうっと甘い吐息と共に、とろんと蕩ける瞳で見上げた香穂子に、意識を戻してくれと心で呼びかけながら、頬や鼻先、瞼や唇に軽く啄むキスを次々に降らせてゆく。やがてくすぐったさに身を捩り小さく笑いを零し始めると、するりと悪戯に俺の腕から抜け出してしまった。何かを思いついたのか、ちょっと待っててねと足取りも軽く嬉しそうだ。

白い雪化粧をしたもみの木駆け寄ると、根元に置いてあった小箱から金色の大きな星を取り出し戻ってくる。ほんのり頬を染め、深いキスの余韻を残す君が差し出したのは、もみの木の頂きに飾るものだった。


「オーナメントを飾り終えたところで、私たちの点灯式だよ。クリスマスパーティーの始まりなの。てっぺんに飾るお星様は、二人で最後に飾る大切なセレモニーだからね」
「君とこうして星を灯すとき、とても神聖な気持ちになる」
「今年一年を振り返りながら、ありがとうって感謝して。来年をどう過ごすか自分の心と蓮に誓う瞬間なんだもの

「オーナメントは俺たちの分身、頂上の星は道の先で照らす希望や光なんだな。だからこの先、家族と共にオーナメントが増えても、これだけはずっと変わらず、ただ一つの物であり続けるだろう。俺も誓おう、香穂子のような存在であるこの星と君に。気持ちを新たに、二人で歩む道の先へ輝く星を灯そうか・・・どんな暗闇にも迷わないようにと
「あっ、同じ事先に言われちゃった。でも言わせてね、私にとっても、てっぺんにあるこのお星様は蓮なんだよ」


香穂子が初めて俺の留学先へ訪れたクリスマスに買った、初めて手の平ほどの大きさをした星。初めて灯したあの時は、再会の喜びを噛みしめながらまた来年も共に過ごせたらいいと願い・・・。夢に向かって進み始めていた翌年には、ずっと一緒にいたいと願いは強い希望になった。灯す度に輝きが増し、一歩ずつ心の星へと近づいていった俺たち。夢を叶え共に暮らした今は、互いがいつでも傍にいる幸せを忘れずに、ずっと温かさを守りたいと思う。

星の両端を二人で持ち、胸の高さまであるもみの木に歩み寄り、視線で合図を交わしながら枝葉に結わえ付けた。
そっと手を離せば、どちらともなく浮かんだ笑顔を映し、頂へ灯った星がひときわ眩しく輝いて見えた。







「点灯式が終わったら、蓮と私のクリスマスパーティーが始まりだよ。二人だけのコンサートをするの。ステージはこのクリスマスツリーがある場所で、客席は目の前のソファーでいいよね?」
「あぁ、構わない。順番にヴァイオリンでクリスマスの曲を奏で合うんだったな。では俺から先に奏でても良いだろうか? 聖なる夜に、君だけに捧げる曲を奏でよう」
「蓮のヴァイオリンを独り占めだなんて、幸せだな。あっ、でも出し物が蓮と同じ曲だったらどうしよう・・・」
「同じ曲でも良いと、俺は思う。香穂子の解釈で奏でる曲も聴いてみたい、だから気にせず奏でてくれ。それぞれが演奏するのも良いが、二人で音色も重ねるのも楽しそうだ」


リビングの隅から譜面代を用意してくれた香穂子が、ステージはここだよと部屋を駆け回りながら示してくれる。予め用意してあったヴァイオリンを構え調弦をしている間に、テーブルの上にお茶やケーキの用意を調えて。ソファーへ座った香穂子はいそいそと取り出した、白いファーのついた赤いサンタ帽子をかぶり準備は万端だ。

本当は揃いで買った、ミニスカートのサンタドレスも着るのだと張り切っていたのだが・・・それでは俺が演奏に集中できなくなる。長い説得を思い出せば苦笑が浮かんでしまうけれども、無邪気さ故に、どこまでも愛しさを誘うんだ。
せっかく買ったから二人だけの演奏会が終わったら着るねと、前向きに機嫌を直していたけれども。この後は寝室で眠るまでのひとときを過ごす時間だと、君は気付いているのかいないのか。お楽しみを後に伸ばされた心は既に待ちきれず忙しなく高まるばかり。



落ち着かせるために軽く頭を振り払い、深呼吸をすれば少し気分が落ち着きリラックスしてくる。ソファーに座った香穂子へ真摯に礼をすると、嬉しさを押さえきれない満面の笑顔で拍手をくれた。どんな広いホールいっぱいの拍手も、君がくれる心の籠もった拍手には敵わないだろう。ヴァイオリンを構え、静かに弓を弦に乗せれば、清らかで優しいクリスマスの聖歌が響き渡った・・・。




大切な君と過ごす聖なる夜。
一年の感謝を込めて素直な気持ちで接するとき、君の笑顔と無邪気な飾りたちが、俺の気持ちを優しく温かく包んでくれる。甘い香りや揺らめくキャンドルに心を震わせて、さぁ奏でよう・・・君だけに。



どんなに時を重ねても、始めて恋したようなピュアな想いの二人でいよう。
雪に彩られた白いもみの木のように・・・リースやオーナメントに託し、君が作った雪の結晶たちのように。
君を愛しているという想いを音色に乗せて、そっと伝えたい。

凜とした冬の空気に彩りを添える、心に染み入る幸せ色、伝わる温もり

窓の外に降る、白い天使の祝福に包まれながら。