ふれるだけ

一緒にヴァイオリンの練習をした後は、リビングでお茶を飲みながら休憩。
甘く重ね合わされた音色に満たされた後だけに、瞳と瞳が絡み合えば、引き寄せ合うように唇を重ねた・・・・。


「俺の部屋へ来ないか・・・・・・?」


耳元で囁くと、一瞬俺を見上げた潤んだ瞳に、鼓動が射抜かれる。
頬を染めて俯きつつも、小さく頷く彼女が愛しくて、抱きしめる腕に力を込めた。
手を取り部屋へと招く道すがら、緊張しているのか、強く握り返してくる細い指先が微かに震えていた。
今はそんな些細な仕草さえ、俺を熱く煽っているのだと、君は知らないだろうな・・・・・・。


部屋に入るなり再び重なり合う唇。
角度を変えて、次第に深まっていくキスはそのままで。
もつれ合うように、白いシーツの海へと互いの身体を沈めた。


静かな空間に、水音と甘い音色が高まり、そして満ちていく。
声を聴かせて欲しくて、俺の腕の中でもっと乱れて欲しくて・・・・・。
指と舌は、香穂子のしなやかな身体を彷徨い続けた。


「蓮・・・くん・・・・・・」


縋るような熱い眼差しと俺を呼ぶ声に、心が苦しくなる。まるで、甘い糸で縛り上げられたように。
香穂子の中の最も深い所で、自分自身が熱く包まれる心地よい感覚に満たされ、酔いしれながら・・・・・・.。
次第に掠れ、荒くなっていく自分の呼吸を感じていった。






午後の柔らかい日差しが室内に差し込み、ベットの上で寄り添う二人を暖かく包み込んでいた。


「う・・・ん、蓮くん・・・・」


腕の中の香穂子が小さく呟いて身じろいだ。側にある温もりを求めて、甘えるように俺の胸へとすり寄ってきた彼女に、目を覚ましたのだろうかと思ったが、瞳は閉じられたまま。
僅かに瞼が動いたものの、微笑みを浮かべた口元からは、安らかな寝息が再び聞こえてきた。


「少し、無理をさせてしまったか・・・・・」


よほど疲れてしまったのだろう。全く起きる気配の無い香穂子の寝顔を見つめながら、自分自身に苦笑を感じてしまう。
深く強く抱きしめる、その力が強すぎて、細く華奢な彼女を壊してしまわないようにと・・・そう思うのに。
想いが溢れるままに、何度も彼女を求めてしまう。


穏やかで、あどけない寝顔。
先程までの情熱の最中に彼女が見せた艶やかさと妖艶さは、今は微塵も感じられない。
どちらも俺しか知らない、香穂子の顔。


微笑みを浮かべて幸せそうな顔を眺めながらも、触れたい・・・と、先程から考えるのはそんな事ばかり。
なのに君はまるで無防備そのもの。全てを俺に預けて、安らかに眠っている。
起こしてしまうから、今は我慢するとしようか。


腕の中の香穂子を起こさないように注意を払いつつ、部屋の壁に掛けられた時計を見た。
彼女を起こさなければいけない時間までは、もう少しある。
まだ、このままでいられるな・・・・・・。
一緒にいられる時間があることが嬉しくて、自然と緩んでしまう顔が止められなかった。
どんな時間とも代え難いほどに、いつのまにかこんなにも、君の存在が俺の中で大きくなっていたんだなと思う。


このまま腕の中に捕らえていたい。
いや・・・捕らわれているのは、俺の方かもしれないな。
一夜と言わず、ずっとこのまま・・・・君の温もりを感じていたい。
まるで絹のように滑らかな、肌と肌が触れ合う感触。
そこから直接伝わる暖かさと心地よさが、優しさとなって、じんわりとと心の中を満たしていく。


香穂子の顔に手を伸ばして頬を包むと、そのまま指は唇へと彷徨う。
ゆっくりと唇をなぞると、くすぐったいのか、僅かにたたえた微笑みが一瞬より深いものへと変わった。


今の俺に出来ることは、この安らかな眠りを守ること。
だが、これくらいは許してくれ・・・。


月森は微笑みを浮かべた香穂子の唇に、己の唇を寄せた。
優しく、そっと触れるだけのキスを・・・・・・。