不意打ちのキス



「香穂子・・・その・・・すまない。嫌、だったろうか?」
「えっと、え〜っと。今のってもしかして・・・」


ふわりと舞い降りたそれは、突然で一瞬の出来事だった。

何があったか良く分からず、いつの間にか吐息が触れるほどすぐ目の前にいた月森くんの顔を、きょとんと見つめたまま
瞬きする私がいる。固まったままの私の瞳を覗き込み、照れ臭そうにはみかみながら伸ばした指先が、そっと頬を包み唇にも触れたから。ようやくさっきの感触を思い出して、たちまち真っ赤に熟れたホッペの果実。
ちょっと触っただけでも樹から離れ、あなたの元へ転がり落ちてしまいそう。



ピクリと肩を震わすと、すまない・・・そう言って手を引き戻してしまった。違う、違うの!
言葉にしなくちゃ伝わらないから、この気持を・・・胸の高まりや押さえきれない興奮を、あなたにも伝えたい。
でも頭の中に思い浮かんでいるのに、手や心の中で熱く感じているのに、それを上手く言葉に出来なかったり、説明できない事があるの。

まだ形のない、初めて感じた気持や感触の名前が喉元まで出かかっていても、あと一歩が苦しくてもどかしい。
温かくて、ふわふわで・・・とっても甘くて。温かいココアにしゅわっと蕩けるマシュマロみたいに、ほっぺも心も蕩けてしまいそう。必死に言葉を探して組んだ両手をもじもじと弄り、きっと真っ赤になっているだろうから、ふわふわのメレンゲに包まれるイチゴなのかも知れないね。


「焦らなくてもいいから・・・ゆっくりで。無理に言葉にせず、感じたまま想ったままを、一つずつ話してくれないか?」
「駄目だよ、月森くん! ゆっくりのんびりしていると、胸の中でいっぱい膨らんだのに、元気のない風船みたいにしゅんと萎んじゃう。感動はね、鮮度が命なの。伝えたいのに、上手く言葉が見つからない・・・どうしよう」


両手の拳を握り締めながら力説しながら見上げる私に、月森くんもどうしたら良いか分からないと言いげな、困った微笑みを浮かべていた。いつもは私の目の前で、思いっきり「はぁ〜っ」って溜息を吐くのに。今日はとっても優しい琥珀の瞳をしているの。そうか・・・と呟いて、ほんのり頬を染めた照れ顔に思わず見とれてしまう・・・また吸い込まれちゃう。だからかな、甘いお菓子を食べたときのような幸せが、胸がきゅんと締め付けてくれるからドキドキする。


はっ、いけない! ぼぅっとしている暇はないの。例えば思い描いたものを映してくれるテレビがあったら、どんなに便利だろうかって思う。触れた感触、耳にした音色、心の動きまでそのまま届けられたいいよね。そうすれば一緒に分かち合えるのに、嬉しいって伝えられるのにね。

テレビ・・・テレビ!
そうだ!私が思い描いたものを、月森くんに直接届ければ良いんだよ。


「ねぇ月森くん、テレビのスイッチをつけて欲しいの。アンテナは、私に向けてちゃんと三本立ててね」
「は? テレビ!?」
「ちょっと屈んでもらえるかな? そのままだと、背伸びをしても届かないの・・・」 
「こうか?」
「うん、そのままじっとしててね」
「・・・・・・っ、香穂子!」


上半身を僅かに屈め、ぐっと距離が近づく顔に胸の鼓動がトクンと羽踊る。あなたにも伝えたい、感じてもたいたい・・・私にくれたものを、だからね。掴んだ両腕を支えにしながら背伸びをして、おでことおでこをこつんと触れ合わせたの。お互いの鼻先が触れ合ってキスをして、でも唇は触れそうで触れない微かな隙間を空けている。

触れたら熱いんだろうな・・・柔らかいんだろうな、視界の隅でそう思える唇から零れる吐息が熱く絡み合う。
このまま小さな力でもドンと背中を押されたり、引っ張られたら、きっとあなたにキスをしちゃうかも。
トクトクトク・・・忙しなく駆けるこの鼓動、ふわりと舞い上がるこの感じ。甘く痺れて蕩けてしまいそう。

私の頭の中にある、甘くてふわふわしたものを思い浮かべながら、あなたに届けって念じるの。するとほら、触れ合ったおでことおでこが温かくなるでしょう? これはきっと伝わった証なんだと思うの。


「ねぇ月森くん。甘くて温かくて、ふわふわしたやつ見えたかな?感じたかな? とっても気持が良かったの」
「あぁ・・・色にすると、優しいピンク色だろうか? 香穂子が伝えてくれた柔らかさと甘さに、俺も蕩けてしまいそうだ」
「ね、おいしそうでしょう? 私ね、最初はびっくりしたけど、もう一回食べたいなって思うの。後からじんわり嬉しさが込み上げて、ボンと弾けちゃったみたい。もう止まらないの、溢れちゃったの!」
「そうだな、俺も食べたい・・・味わいたいと思う。さっきは突然触れてしまったから・・・その、もう一度君にキスをしても・・・いいだろうか?」
「・・・うん」


瞳を閉じたまま、おでこをくっつけ合って吐息を交わすのは、触れ合いそうな唇も心の中も、恥ずかしくてくすぐったいものだって気づいたの。おでこから伝えようって集中していたのに、本当は触れたいって思っているから・・・唇と唇が引き寄せ合うから、呼吸も鼓動も苦しくてもう駄目かも知れない。

きゅっと力を込めて
軽くしがみついていた私は、そのまま捕らわれあっという間に腕の中。
飛んでいきそうな程幸せで気持ちが良いのは、きっとあたなに抱き締められているからなんだよね。


ゆっくり目を開けると、私を映していたのは初めて見た熱い瞳。琥珀の奥に火が灯り、せっぱ詰まったように細められた眼差しの月森くんがいた。大好きだよって、想いの全てを込めた笑顔で広く引き締まった胸に飛び込むと、そっと覆い被さるように近づいてゆき、支えられる私の背中がしなった。



小さく空いた唇の隙間は月森くんに再び吸い込まれて、羽のように掠めるだけじゃなく、今度はしっとり重なった。溶け合う二人の唇がキスの二重奏を奏でるの。そう、伝えたかったのは、あなたが初めて私にくれたキスの味。
蕩ける優しさに混ざった甘酸っぱさに名前をつけるなら、トキメキのロマンクリームかな?


上手く言葉に出来ないときは、おでことおでこをくっつけてみてね。
触れ合う心と想いが温もりになって、きっとお互いの大切なものを伝えてくれるから。