ひまわり

夏の代表的な花を上げるならば、その一つはひまわりだろう。
開放的な色とその存在感で、誰しもが親しみを持つ花。


公園の花壇に一際目を引く黄金色の固まり・・・小さなひまわり畑の前で俺と香穂子は、地上に降り落ちた太陽の欠片たちを眺めていた。夏の太陽の下で真っ直ぐ伸びた茎の上に咲く、丸くて大きな黄色い花たち。
肩を寄せ合う彼らはいつも上を向き、太陽に向かって咲いているように思う。

太陽の光りをたくさん浴びた花たちは、その身も光り輝き、まさに地上を照らす太陽の花の名に相応しい。


飛び込む黄色の眩しさと鮮やかさに眼が眩み、夏の大地に漲る生命感を深く印象付ける緑。
狂おしい程の色彩が目の前に広がって、眩暈を覚えそうになる光景だ。
じめじめした梅雨を耐え忍んでやっと花を咲かせた彼らは、夏の陽射しに晒され急速に成長してゆくのだろう。

天を求め、光りを求め・・・・・・。




隣にいる香穂子は、俺たちの背丈ほどあるひまわりの花を覗き込もうと、一生懸命背伸びをしたり。
背の高い花たちに囲まれポツンと咲く子供のひまわりを、屈みこんで眺めながら、可愛いねと話しかけ頬をほころばせていた。俺は花よりも、そんな君の方が眩しくて可愛いと思う。

横顔を見つめていると、時折ふと思い出したように俺を振り返る君と視線が絡む。
そのたびに君は花と俺を交互に見比べて、クスクスと楽しそうに笑うんだ。


ひょっとして、君を見つめながら顔が緩んでいたのだろうか?
いや、それとも・・・・・・。


「香穂子、その・・・そんなに可笑しいだろうか?」
「ふふっ・・・蓮くんが、ひまわりの花を見たいって言ったのには、ちょっとだけ驚いちゃった。だってひまわりと蓮くんの組み合わせって意外というか、予想外で可愛いというか」
「か、可愛い!?」
「でも安心して。可笑しくは無いよ、その逆でとっても素敵だと思うな。私もひまわりが大好きだから、一緒に眺めてたら嬉しくなっちゃったの」
「そ、そうか・・・ありがとう。俺一人ではなく、どうしても君と一緒に見てみたいと思ったんだ」
「元気になるよね。暑くても頑張ろうーって、力が沸いてくるみたい」


ひまわりに元気をたくさんもらったのだとそう言って、青空を仰ぐ花のように俺へ満面の笑みを向ける君。
君の笑顔は降り注ぐ太陽か、それともひまわりの花の微笑みか。
受け止める俺の心にも光りが溢れて、微笑みの花が開くんだ。


灼熱の陽射しを和らげる温かな香穂子の瞳が俺と交われば、強い輝きに変わって互いの中に熱を生む。

先程からずっと繋ぎあった合ったままの手の中にも、熱が籠りじんわり汗を掻いてゆくようだ。
手の平をお互いしっかり握っていた筈なのだが、俺の手は彼女のしなやかな指だけを包むように掴んでいた。
どうやらはしゃぐ彼女があちこち身動きするうちに、いつの間にか汗で滑ってしまったらしい。

離さないようにと再びしっかり手を握り直すと、自然にきゅっと握り返してくる君の力に、心までも掴まれたようなくすぐったさが込み上げてくる。ふと絡んだ互いの瞳は、そのまま繋がれた手に注がれて。
込み上げる照れ臭さを誤魔化そうと、どちらともなく目の前に咲き誇るひまわりを見上げた。

君の中で、ひまわりはどんなイメージだろうか?


「俺の中でひまわりのイメージは、香穂子・・・君だった」
「私・・・?」
「光に向かって上を向くひまわりの花は、君の笑顔や心のようで、いつも俺に光りを与えてくれる。真っ直ぐに伸びた茎は君の持つ心や、ヴァイオリンを奏でる姿にも似ていてると思ったから」
「蓮くん、褒めすぎだよ・・・。でも、すごく嬉しい・・・ありがとう」


目の前に咲く大きなひまわりの花を眺めながら、心にある君への想いのまま静かに語ると、ゆっくり視線を隣へ注ぐ。みるまに頬を真っ赤に染める香穂子は、噴出す湯気のように呟くと、握る手にきゅっと力を込めつつ、恥ずかしそうに俯いてしまう。
本当の事だから・・・そう言って小さく微笑みかけると、繋いだ手を引寄せ腕を肩先から触れ合わせた。


「だがこのひまわりは君ではなく、本当は俺なのかもしれない」
「蓮くんが、ひまわり?」
「ひまわりは太陽の花と呼ばれているだろう? 俺は今まで太陽を現した・・・太陽のような花だからと思っていたが、どうやら違うらしい。香穂子は知っていたか?」


やさしく包むように語りかけると、ゆっくり瞳を上げた香穂子がふるふると黙って首を横に振り、その先にある答えを求めるようにじっと俺を見つめてくる。


「ひまわりの語源は日廻り・・・つまりは日を追って回る花という意味だそうだ。若く咲き始めの花は東を向き、夕方は西に向いて太陽と共に動く。そして夜の間に向きを変え、再び翌朝には東を向く・・・」
「お日様と一緒に動くんだね、知らなかった。蓮くん詳しいね!」
「実は昨日、テレビのニュースで見たんだ。見渡す限りのひまわり畑が出ていて、思わず目が奪われた。話を聞いたんだが本当だろうかと、実際に見てみたくなったんだ」
「植物って、お日様に向かって芽生えて成長するって言うもんね。良く見るとこの花壇のひまわりたちも、ちゃんと皆な揃ってお日様を向いているよ」


皆が向いているからお日様はあっちだねと、新たな発見が嬉しいのか、太陽に向かって俺たちの進む道を示すように天を指差した。浮き立つ心のまま、楽しそうに繋いだ手を揺すりながら、眩しそうに空を振り仰ぐ香穂子に俺も浮かぶ笑みが止められない。

しかし思いついたように動きが収まると静かに腕を下ろし、眉を寄せながら何かを考えているようで。
きょとんと不思議そうに首を傾けながら、俺を肩越しに見上げてくる。


「でもどうして、このひまわりが蓮くんなの? なんかこう・・・蓮くんって、違う花のイメージがあるんだけど」
「そうだな、外見というよりも内に秘めたものだろうか。常に太陽を追う花・・・それが太陽のような君を追い、どんな時も見つめ続ける俺のようだと思ったんだ」


繋いだ手をそっと解くとその場にしゃがみ込み、足元に転がっていた小石を拾って、地面に文字を書いた。
隣に寄り添うように一緒にしゃがみ込む香穂子も、俺の手元を追い、地面に書かれる文字を見つめていた。

俺が書いたのは三つの漢字・・・・望日蓮。


「蓮くん、これは?」
「望日蓮・・・ひまわりの別名だそうだ。日向葵や日車草など、いろいろな呼び方があるけれど、こんな呼び名もあるのだと初めて知った。俺が君を望む・・・まさに花の通りだな。だから思ったんだ、まるで俺のようだと」


日は、日野香穂子という君。
蓮は、月森蓮の俺の名前。

つまりは蓮が太陽(日)を望む・・・俺が香穂子を望むという意味なのだから。
花が太陽を欲するように、俺が君を求める心そのままだと思わないか?


太陽に近づこうと果てしなく空を目指す真っ直ぐなに伸びる茎は、君に近づきたい・・・溶け合いたいと強く願い、手を伸ばし見つめ続ける俺。

ひまわりの花が太陽を向き、常に光りを受けてより多くの養分を作るように。
降り注ぐ君の笑顔や優しさを受け止めた俺の中で、それは一つに溶けてゆき、溢れる想いとなるんだ。


「ねぇ蓮くん、ひまわりの花言葉って知ってる?」
「いや・・・知らないな」
「ひまわりの花言葉はね、あなたをみつめる・・・あなたは素晴らしいっていうんだよ」
「あなたを・・・見つめる?」
「うん。蓮くんからお話を聞いて、私もようやく意味が分かったよ。蓮くんは、ひまわりだよ・・・だって蓮くんはとっても素晴らしいもの。それに、いつでも私を優しくて温かい琥珀の瞳で見守ってくれているでしょう? 私も大きなひまわりの花になりたいな。それでね、蓮くんの事をずっと見つめていたい」
「ならば二人で一緒に、ひまわりの花になろう。そしてお互いに見つめ合い、光りを求めて天を目指そう・・・いつまでもずっと」


小石を地面に置き、手を軽くはたいて付いた土を落とすと、隣で一緒にしゃがみ込む香穂子の手を取りつつ立ち上がった。手伸ばせばそこにいて、確かに温もりを感じられる・・・俺が見つめ求める唯一つの大切なもの。 
俺にとっての君、君にとっての俺が太陽でひまわりなら、こんなに嬉しく幸せな事は無い。

急に高くなった視界は先程までと同じな筈なのに、君と一緒なら更に空へ近づいて、広がったような気がした。


「蓮くん見てみて! 葉っぱの付け根が少し窪んで、ハートの形をしているよ。大きなハートがいっぱいだね」
「本当だ、いつもは花にしか目が行かないから、気づかなかったな。太陽を恋しく思う気持がそうさせるのか、それとも花と一つに溶け合った想いの証なのかもしれないな」
「ねぇねぇ、ほらあそこに咲いてる二つのひまわり、仲良く並んでくっついてるよ。きっと恋人同士かな?」
「花びらが重なって、手を繋いでいるみたいだな」
「二人で大きなひまわりになろうね、皆が元気で温かくなれるような。私たちの想いが種になって、またいっぱい咲いたら幸せだよね」


小さなひまわり畑の中で、一際日当りのよい場所に並んで咲く二本のひまわり。
光りを束ねた互いの花びらが交互に重なるさまは、指先の一本一本からしっかり絡まり合う手と手に似ている。
見つけた香穂子は少し自慢げに、嬉しそうに頬を綻ばせて俺を真っ直ぐ振り仰いだ。


「ならば俺たちも・・・」


そう言って繋いだ手を一度解き解すと、瞳を甘く交わしたまま、互いの指を指先からゆっくり絡め合ってゆく。
絡める指先と強く握り締める手に愛しさと溢れる想いを乗せて、重なり合った花びらのように。


花畑の中から微笑みかける彼らから見たら、見守る俺たちもまた、ひまわりの花に見えるだろうか?
互いに瞳を交わして微笑む俺たちの頬にも、もう一つの小さな花が咲いた。



俺はいつでも見つめているよ。
花畑のどんな大輪のひまわりにも負けない、輝く太陽のような君の笑顔を。

そしてどこまでも真っ直ぐ空を目指し、地上に光りと笑顔の花を咲かせよう・・・俺と君とで。