陽だまり



街路樹や森の広場の木々が黄金色に染まり、秋だけにしかみられない独特の赤や黄に色づく葉が、深まりゆく秋を教えてくれる。綺麗だねと瞳を輝かせる香穂子は、赤や黄色の落ち葉を追いかけ、舞い降りる葉とワルツを踊るように駆け回っていた。髪を靡かせ足取り軽く、黄金色の光に包まれながら舞う君は、俺だけのひときわ鮮やかな紅葉だ。

赤い葉のシャワーを受け止めるように、空へ手を差し伸べくるりと回れば、秋風のワルツもクライマックスへ。
少し先から俺の名前を呼ぶ香穂子の声に我に返れば、楽しそうに頬を綻ばせて俺を向き、遊ぼうよと心の中へ飛び込んでくる。小春日和の柔らかな陽だまりは、君の優しい言葉や仕草、真っ直ぐに向けられる笑顔を思わせるから。温もりに包まれ、そっと身を浸していたいと思うんだ。


だが・・・落ち葉とのワルツも良いけれど、そろそろ俺のところへ戻ってくれないか?

落ち葉の絨毯にしゃがみ込み、数枚の落ち葉を手の中へ拾い集めている香穂子に呼びかけると、肩越しに振り返った君に頬笑み返しの花が咲いた。こちらへおいでと両腕を広げた俺の腕の中へ、飛び込む小さな重みと温もりを、心ごとしっかり受け止めよう。


ポンと飛びついた拍子に倒れ込みそうになり、慌てて抱き留めながら体勢を整えれば、その場でくるりと回る俺たちもワルツを踊るんだ。嬉しそうに振り仰ぐ無邪気な笑みに、驚きも何もかもが甘く柔らかな秋色に溶けてゆく。くすくすと笑みを零し腕の中へ擦り寄る吐息のくすぐったさも、背にしがみつく指先の力も心地さへ変わる。


そうか、陽だまりが君に似ているのではなくて、君自身が俺を包み照らす陽だまりなんだな・・・どの季節も。

ほんのり頬を染めてはにかむ香穂子が、宝物を見つけたのだと好奇心溢れる瞳で身を乗り出し、腕の中で身じろぎ始める。抱き締める腕を緩めれば、じゃ〜んという楽しげな効果音と共に目の前に掲げられたのは、一際大きく色鮮やかな紅葉と銀杏の葉が数枚。そして彼女の白い手の平に眠るのは茶色に色づく木の実だった。これはどんぐりだろうか、宝物とは彼女らしいな。


「蓮くんほら見て、秋がくれた宝物だよ。とびきり綺麗で大きな落ち葉と、木の実を見つけたの。どんぐりさんが、帽子を被っているのが可愛いよね。はい、これは蓮くんの分だよ」
「俺にもくれるのか? ありがとう、香穂子。鮮やかに色づいた紅葉と銀杏の葉、それにどんぐりか・・・懐かしいな、子供の頃に拾い集めた覚えがある。同じかと思ったが、色や形は君と俺のとでは少し違うんだな。違う個性が調和して奏で合う、秋色のアンサンブルは俺たちのようだな。君が見つけた宝物を、俺も大切しよう」
「喜んでもらえて良かった。私ばかり楽しんでいたけど、蓮くんを振り回したり一人にさせちゃったし、子供っぽいって呆れられたらどうしようかと心配だったの・・・だから凄く嬉しい。私からもありがとう」


胸を押さえつつ、安堵の吐息を零した香穂子は、秋空陽に晴れやかな笑みを浮かべ俺を振り仰いだ。逆に礼を言われて驚いたが、放課後の帰り道に公園へ立ち寄ったのも、紅葉に目を奪われ駆けだした香穂子を追いかけてきたからだったな。改めて思いだし苦笑が込み上げてくるが、俺も楽しいからどうか気にしないで欲しい。


春の桜もそうだが、紅葉も見上げたり見渡すだけで満足してしまいがちだ。だが彩りに目を奪わ過ぎて、周りに溢れる素敵なものたちを見る余裕が、無くなってしまう事もある。だが君は俺の扉を叩き、広い世界を見せてくれる。
一つとして同じ色形のない紅葉のように、くるくる変わる君の顔を見ていると、いつの間にか俺もつられて同じ表情をしているのだと最近知った。自分で自分は見えないから、最初は香穂子に指摘され照れ臭かったが、嬉しい変化だと思う。


「練習後に、たくさん駆け回って疲れただろう。そろそろベンチに戻って休まないか? 何か飲み物を買ってこよう」
「ありがとう! 私、紅茶がいいな。ねぇ蓮くん、お腹空いてない? 私ね、メープルシロップの入ったメロンパンを持っているの。購買で買ったんだけど食べる時間が無くて・・・もし良かったら、半分こして一緒に食べよう?」
「気持は嬉しいが、香穂子が食べたくて買ったのだろう? メロンパンもメープルシロップも、君の好物じゃないか」
「美味しい物は二人で分けるともっと美味しくなるんだよ。それにね、黄金色の樹を見ていたらメープルシロップって、秋の味がするなって思ったの」
「秋の味・・・か、透明な琥珀色が似ているな。赤い楓から採れる樹液だからだろうか」
「うん、琥珀色なの! 蓮くんの瞳に似ているし、その・・・ね。優しくてまろやかな甘さが、抱き締められたキスの味がするんだよ。メープルシロップは、私たちの味だなって思ったら蕩けちゃいそうなの」


蜂蜜だと新婚さんっぽいし、キャラメルだと大人っぽい気がするよね・・・?と。差し出した俺の手をきゅっと握り締める香穂子が、恥ずかしそうに頬を綻ばせた。蜂蜜やキャラメルは甘くて苦手だが、自然な口溶けと豊かな香りのメイプルシロップなら、甘いものが苦手な俺も食べられる。だが何よりも甘いものは、君なんだ。

今まで気にしたことは無かったが、香穂子が好んで食べていたり分けてくれたのは、俺たちの味だからなのか。
香穂子の言葉が焼き付いてしまったから、これからメイプルシロップや、黄色の紅葉を見る度に熱くなってしまいそうだ。いや・・・もう既に顔へ熱さが込み上げている俺の顔も、君と同じくらい赤い紅葉色に染まっているのだろうな。

握り締めた手を軽く揺さぶり、早く戻ろうと急かす香穂子に微笑み、肩越しに振り返ったが、視界の端に映った紅葉に引き戻された。


「香穂子、髪の毛に紅葉が一枚付いているぞ」
「え、本当!? ねぇ蓮くん、取ってもらえる?」 
「君と一緒にワルツを踊っていた落ち葉が、名残惜しさに付いてきてしまったらしい。紅葉の赤が君の髪に栄えて綺麗だが、これからは二人だけの時間だ。紅葉たちに誘われ、また駆けだしては困ってしまう。だが君を追いかけるのは嫌いじゃない、むしろ好きだと思う。無邪気な君が、俺は好きだ・・・」
「蓮くん・・・」


ごめんねと真っ赤に頬を染める香穂子の髪に指を添わせ、降り落ちた紅葉の葉を摘み取った。
だが香穂子に見せた小さな紅葉を手の平へ託そうとしたときに、悪戯に吹き抜ける風がふいに連れ去ってしまう。
いや・・・風に乗り、仲間たちの元へ去ったのだろうか。

摘み取るときに触れたしなやかな髪に鼓動が跳ね、このまま指先に絡めたい衝動を、紙一重で抑える熱さが、俺の中で鮮やかな赤になる。空いていた片手でそっと優しく頬を包み、触れるだけのキスを唇に重ねよう。
本当は急かしたい想いごと深く抱き締めてしまいたいけれど、伝える情熱は唇だけに留めて・・・だからこそキスが熱いのかも知れない。


「・・・んっ・・・・・・」
「香穂子・・・」


離した唇から零れた甘い吐息と、潤む瞳に鼓動がはち切れそうになる。こんなにも俺の心を揺さぶり、夢中にさせるの君だけしかいない。もっと触れていたい名残惜しさは、香穂子の髪に付いていた赤い小さな紅葉と同じだな。俺も、君の心に・・・白い素肌に赤い跡を残したいと思わずにいられない。


このままでは本当に、家へ送り届けることが出来なくなってなくなってしまう。深く呼吸をして、冷たい秋風を身体に取り込み、理性の限り落ち着かせよう。 ポケットから取り出したハンカチに木の実を包み、落ち葉は・・・そうだ、手帳に挟んで持って帰ろうか。香穂子と俺の鞄やヴァイオリンケースは、ベンチに置いてあるから戻らなくてはいけないな。


肩越しにベンチを振り返り、視線を戻したそのとき、ふいに腕を掴まれた。驚きに目を見開いたのは、鼻先が触れ合うほど近くに香穂子がいて、頬を染めたまま大きな瞳でじっと見つめていたから。ぐっと背伸びをした香穂子の顔が近づき、柔らかな温もりが唇に重なった。


「・・・っ、香穂子」
「甘いね、メープルシロップよりも甘いよ。どの秋に色づく紅葉よりも、蓮くんの心にある赤が・・・好きだな」


まるで唇に付いたメープルシロップを撫でるように・・・上から下へと輪郭を辿り、伸ばした指先が俺の唇をゆっくりとなぞる。触れた指先の行方を息を潜めて追った先は、愛らしく色づいた唇。
黄金色の陽だまりみたいな、メープルシロップの甘い吐息に、俺も君の中へ溶けてしまいそうだ。




秋はもの想いの季節・・・恋の季節。

秋が暮れて冬へ移ろいゆく季節の中で、命あるものたちを慈しむ気持が強くなる。
それは自然に溢れるものだけではなく、俺たちも同じだ。限りある日々を想い、愛しさは募るのかも知れない。
敷き詰められる落ち葉のような柔らかさと、色鮮やかさで・・・黄金色の太陽を受け止め輝きながら。


二つの想いが重なる時に生まれる赤は、手の中に宿るどの紅葉よりも甘い秋色のアンサンブル。
赤や黄色、秋の色は一つでは無いんだな。たくさんの中で、俺もとびきり可憐で鮮やかな紅葉を見つけた。


君の優しさに触れると俺も優しくしたい、そんな気持になる。
メープルシロップの陽だまりに蕩ける、二つの紅葉・・・真っ赤に染まる君と俺。
秋の陽だまりに包まれながら俺たちも、心をほどき溶け合わせる、甘い蜜のひとときを過ごそう。