離した手を繋ぎ直して


秋が深まり、木々の葉が赤や黄色に彩られる頃、空模様は気まぐれになってくる。晴れたと思えば曇り、しっとりした雨が降ったと思えば、あっという間に明るい太陽が差し込むことが多い。流れる雲が絶えず形を変えるように、一時も目を離していられなくて。純粋で真っ直ぐゆえの感情豊かさでくるくる変わる、君の表情のようだと思う。


昼休みの練習室が埋まっていたため、屋上でヴァイオリンを奏でていると、爽やかな心地良い風に音色が乗ってどこまでも遠くへ吸い込まれる気分になる。演奏の手を止めてふと仰ぎ見た広い青空に、笑顔の君が重なり瞳を閉じて振り仰いだ。降り注ぐ優しい光を身体と心に受け止めれば、抱き締められるような温もりに包まれる・・・それがとても心地良くて俺は好きなんだ。

君を想っていたからなのか、それとも偶然だったのだろうか・・・扉が開く音に振り返ると、息を切らせた香穂子が駆け込んできた。俺の名前を呼びながら赤い髪を肩に跳ね踊らせ、優しい風と光を連れた軽やかな足取りで目の前で立ち止まる。肩に乗せた楽器を降ろし、自然と緩んでしまう瞳のまま彼女を迎えると薄く頬を染めてはにかみ、手に持っていた何かを慌てて後ろ手に隠してしまう。


「香穂子?」
「あっ・・・と、練習中に邪魔してごめんね」
「いや構わない、君はいつも元気に走っているな。急いでいたようだが、どうかしたのか?」
「月森くんを探していたの。教室と練習室を覗いたらどこにもいなかったから、ここかなと思って屋上に来たの。ふふっ、他に誰もいないようで良かった」
「・・・?」


きょろきょろと周囲を見渡し、屋上には俺たち以外に誰もいないことを確認すると、真っ直ぐ振り仰ぎながら愛らしい笑みを向けてくる。誰にも邪魔されず、君と二人っきりで過ごせるのは俺も嬉しい。ヴァイオリンをケースの上に置いてベンチへと誘うと、隣へ腰掛けた香穂子から甘い香りがふわりと漂ってきた。


「昼休み前の授業が調理実習だったの。でね、シュークリームを作ったから、月森くんに食べて欲しくて」
「・・・もしかしてそれで、授業が終わってからすぐに俺の所へ来たのか?」
「うん! 出来たてを真っ先に届けたかったら、走ってきちゃった。それにね、自分で言うのも何だけど今回のは快心の出来だったの。お菓子屋さんにも負けないよ。あっ、でも月森くんは甘い物苦手・・・かな?」
「それほど得意ではないが、香穂子が作ってくれた物は、不思議と何でも食べれられるんだ」
「良かった。私も一緒に食べようと思って、実習の時には食べずに取っておいたの」


胸に手を当てて頬を綻ばせながら、安堵の溜息を吐く香穂子への愛しさで、込み上げる気持に胸が甘く締め付けられるのを感じる。俺のために作ってくれた彼女の想い・・・それだけでなく、一緒に食べようと探しに来てくれたんだ。そう言えば朝登校した時も、今日は調理実習があるのだと嬉しそうに話していたのを思い出す。後ろ手に隠していた紙袋をいそいそと膝の上に乗せ、中身を取り出す僅かな時間さえも、鼓動が高鳴りくすぐったさに落ち着かない。


「シュー皮は厚めでパリパリしているの。柔らかいつもりでかじり付くと、口の中を怪我しちゃうから気をつけてね。中身はそれぞれ自由なんだけど、私はカスタードと生クリームのミックスだよ。二つの味が混ざると、すごくまろやかで美味しいの」


手作りのシュークリームは大きいようで、袋へ手を差し込みながら丁寧に取り出すのに苦戦しているらしい。
君から漂う甘い香りに誘われ、思わず身を乗り出してしまうのを堪えながらじっと見守っていると、右手の指先にピンク色の絆創膏が貼ってあるのが見えた。確か朝には貼っていなかった・・・という事は、調理実習の時に怪我をしたのだろうか。手は気をつけるようにといつも注意を促しているのに、ヴァイオリンを奏でる大切な彼女の手が! 
そう思ったら絆創膏しか目に入らなくなり、全身から血の気が引いたような緊張感に襲われた。


「香穂子、その絆創膏はどうしたんだ? ひょっとして怪我をしたのか?」
「これ? 熱いオーブンの天板に触って、ちょこっと火傷しちゃったの。手は気をつけていたのに、ついうっかりしちゃって・・・心配させてごめんね。でも指先だけだし、痛くないから平気だよ。肌色の絆創膏が無くて、ピンク色のを友達から貰ったの」
「ちゃんと手当はしたのか? 今は平気でも、時間が経つと水ぶくれになる事だってあるんだ。演奏に支障が出たらどうするんだ」
「ちゃんと水で冷やしたし、少し赤くてジンジンするけど腫れてなかったもの。ヴァイオリンの演奏には問題ないよ」


香穂子の人差し指の先端に巻かれた、ピンク色の絆創膏。
可愛い柄だよねと、見つめながら無邪気に微笑む彼女の手を強く掴むと、驚き振り仰ぐ瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
腕を握り締める力と逸らさずに注ぐ視線の強さに戸惑い、大丈夫だよ?と逆に笑顔で俺を宥めるけれども、この手を離す訳にはいかないんだ。彼女にしか生み出せない、ヴァイオリンの音色を生み出す大切な手・・・いや、何よりも大切な君の身体だから。


「月森くん?」
「すぐに俺と一緒に保健室へ行くんだ。指先の怪我といえども、おろそかにしてはいけない。ちゃんと手当をしよう」
「大した怪我じゃないから、保健の先生に笑われちゃうよ。たっぷり冷やしたからもう大丈夫だし、本当にちょこっと赤いだけなの。お昼休み終わっちゃうから、シュークリーム食べようよ。ね? 月森くんと食べるの楽しみだったんだよ」
「俺は、笑わない。今はそれよりも、君の手を治療する方が先だ。君の手は俺にとっても大切なんだ」
「え・・・!?」


俺を見上げたまま悲しそうにぽそりと呟くと、香穂子は力なく項垂れ、髪がヴェールのように表情を覆う。ベンチから立ち上がり、保健室へ行こうと促ものの、掴まれた腕は揺るぎない力で動くことを拒んでいた。どうしたのだろうかと身を屈めて覗き込むと、細く華奢な肩が小刻みに震えているのが分かった。香穂子?と呼びかけ掴んでいた腕の力を緩めると、拒むように払いのけられ真っ直ぐ睨み据えてくる。

ふわりと緩んで泣きそうに潤む大きな瞳を、大きく見開きながら口元を引き結び悲しみを堪えて・・・射抜かれた強い光に、呼吸も動きも捕らえられた。


「月森くんにとっては、そんな事・・・なんだ」
「え!?」
「ヴァイオリンが大切なのは分かるよ、怪我した私もいけなかった・・・大切にしてくれる気持も嬉しい。月森くんに食べて欲しくて、どんな味にしようかとか喜んでくれるかなって、ずっと考えながらが作った大切な一つなのに。シュークリーム、要らないんだね・・・。ヴァイオリン以外の私には、興味が無いのかな・・・」
「あっ、いや・・・違うんだ。そういう訳ではなくて・・・香穂子っ!」


精一杯の微笑みを浮かべた瞳から、押さえきれなかった雫が一筋頬を伝ってゆく。止めなければと心が警鐘を鳴らしたときには既に遅く。伸ばした腕をすり抜け、素早くベンチから立ち上がった彼女が紙袋を掴んで駆け去ってしまった。バタンと勢いよく閉まった重い屋上の扉は、心にも壁を立てかけらる虚しさとなって襲いかる。


後悔とは後から悔いると書くが、まさにその通りだな。
なぜ察してやれなかったのだろう・・・上手く伝えられなかったのだろう。あんなにも朝から嬉しそうな笑顔で楽しみにしていたのに・・・俺を想ってくれた気持が嬉しかったのに。たった一言で、彼女を傷つけてしまったのだ。
すぐに追いかけなくてはと、動きかけた所で昼休みの終了を告げる予鈴が響く。
空を掴む伸ばした手を引き戻し、彼女が伝えた痛みを心へ刻むように強く拳を握りしめた。


放課後になったら、謝ろう。
許してもらえるかは分からないが、心の底から真摯に君への想いを告げて。






オレンジ色に包まれた日が、ゆっくりと沈む放課後。森の広場を歩きながら頬をなぶる冷たい風に身を竦めれば、カサリと鳴る足下の落ち葉たちが軽やかに舞い踊り始める。空は心を映す鏡だと聞いた事があるが、この空は君のどんな心を伝えているのか知りたいと思う。


いつもは授業が終われば予約していた練習室に駆け込んでくるのに、昼間の件があったからなのか香穂子は姿を見せなかった。奏でては中断するのを繰り返しながら集中できず、心と共に乱る音色。

別れ際の泣き顔だけが目に浮かび、想うほどに何度も深い溜息が止まらなくて。待っていては駄目だ、自分から動かなくては風が起きないのだと、香穂子を求めて練習室を飛び出した。だが彼女の教室やエントランス、正門前や講堂など、行きそうな所を探したが見あたらい・・・残すは森の広場だけだとやってきたのだが。

どこにいるのだろうか・・・ひょっとして、今日はもう帰ってしまったのだろうか。

広い森の広場のどこかにいるだろうという淡い期待を抱きつつも、向かう足取りは心なしか重い。
オレンジ色に染まる秋の夕暮れ空を見上げれば、塒へ帰る烏たちが啼きながら群れ作って羽ばたき、黒い点のシルエットが大きな線を描いていた。昼間は親しめない烏だが一日の終わりの声を聞くと、家路を急ぎたくなり心細さや切なさが募ってくるのは何故だろう。早く帰れと啼く声に背中を押されながらも、同じように心細い思いでいるだろう君を思うと、胸が締め付けられ気は焦るばかりだ。

一陣の強い風となって吹き抜ける木枯らしに身を竦めながら、心の底から訴えてくる凍える寒さに耐えるしかない。さわさわと葉が揺れて通り抜ける秋風が、切なげに歌うヴァイオリンの音色となって、心の隙間に吹き抜けた。


「・・・・・!?」


ふと視線を向ければ、少し先にある木陰のベンチにぽつんと座る人の影が、足下に長く落としている。ヴァイオリンケースと鞄を傍らに置いていたのは、ずっと探していた香穂子の姿。憂いを帯びた表情で俯き、何度も溜息を吐いては、膝の上に乗せた昼間の紙袋を弄びじっと見つめていた。高鳴る鼓動を押さえながら足早に駆け寄れば、敷き詰められた落ち葉の上に黒く落ちる、互いの長い影が重なり交わる。

サクリサクリと踏みしめる葉の音に気づき、顔をはっと上げた香穂子が俺の姿を捕らえた。しかし喜びに目を見開いた次の瞬間、我に返って真っ直ぐ見つめ返し、唇を強く引き結んでしまう。


「香穂子・・・ここにいたのか。ずっと、君を探していた。良かった・・・というのも変な話だな、もう帰ってしまって会えないと思っていたから」
「私ね、月森くんがごめんねって謝るまで、口をきかないって決めたの。その、一緒に帰ろうと待っていたんじゃ・・・ないからね。こっそり練習室の外でヴァイオリン聞いてたりとか、してないからね」
「香穂子」
「・・・なぁに、月森くん」
「・・・昼間は、すまなかった。ずっと君に謝ろうと思っていた」
「月森くんは女の子の恋心、ちっとも分かってない。家庭科で作った手料理を食べてもらうのは、バレンタインチョコを渡す時と同じくらいドキドキするし、ぎゅっと詰め込んだ大好きの気持を伝える大切なイベントなの。それなのに、私のシュークリームには見向きもしなかった・・・」


夕陽に染まる頬をぷうっと膨らまし、顔を逸らしてしまった。口をきかないといいつつも、ちゃんと会話をしているのだが・・・口に出すと更に拗ねそうだから胸に留めておこうか。泣きそうに心が震えるのは、待ち合わせはお互いの会いたい気持の表れだから。本当は俺を探して待っていてくれたのを、嘘のつけない君は、拗ねた仕草や赤い頬で教えてくれた。胸の奥が熱く震え温かさに包まれれば、先程までは寂しげだった夕陽が優しい色に見えてくるようだ。

ふいと顔を背けたままだが声をかけなくても、いそいそと脇へ寄ってベンチに俺が座る場所を作ってくれている。
失礼する・・・と一言告げてから同じベンチに腰を下ろし、隣へ座る彼女の横顔をじっと見つめた。


くすんと鼻をすすり、潤みの残る目元を少し赤く染めている香穂子は、人知れず涙を零していたのだろう。前をひたむきに見つめ、どんな時でも頑張る笑顔を絶やさない君が、俺の前でだけ見せてくれるようになったもう一つの姿。
弱いだけの人がいないようい、また強いだけの人もいない。誰よりも強い輝きを持っているが、本当は誰よりも繊細で傷つきやすい心を持っている事を俺は知っている。だが悲しませてしまったのは、紛れもなく俺自身なのだという苦しみに胸を締め付けられた。


「その・・・香穂子の手料理は俺も楽しみだったのに、つい我を見失って、君を傷づけてしまった。今更何を言っても、言い訳にしかならないな・・・。だが君の想いが詰まったシュークリームが嬉しかったのも、君が大切なのは嘘偽り無い本当の気持ちだ」


今は隣にいられるだけでも幸せだと改めて感じるが、手が繋げそうで届かない、僅かに開いた空間がもどかしい。
俯くように足下を見つめていた横顔が、意を決した光を灯して真っ直ぐ俺を振り仰いだ。その拍子にきゅっと握り締めた両手の間に抱き締められた紙袋が、かさりと潰れる小さな音が響く。これ以上力を込めてはいけないと思い留まったのか、慌てて肘を離し大切に形を整えながら、瞳に浮かぶ優しい慈しみを注いでいる。


「違うの!私こそごめんなさい。心配させちゃった私がいけないんだもの、月森くんは悪くないの。些細な怪我でも演奏に影響が出るって、何度も言われていたのにね。それなのに勝手に怒って落ち込んで悲しませて、こんな自分が許せないよ。謝ろうって思って探してたんだけど、練習室の窓の外で演奏を聴きながら心の中を整理してたら、いつの間にかいなくなっちゃったし・・・でね、ここならいるかなって森の広場に来たの」
「二人でお互いに探しながら、すれ違ってしまったんだな。だがこうして出会えて良かった。仲直りをしたいと思う気持ちが結びつけたのだろう。その・・・まだ間に合うだろうか、君の作ったシュークリームを食べたいと思うんだが」
「もう食べちゃったよ・・・」
「えっ!?」
「蓮くんのバカーって心の中で叫びながら、さっき大きなシュークリームを二個ともペロと食べちゃたの。もうお腹いっぱいで夕飯が入らないよ・・・月森くんのせいだからね。とっても美味しかったのに、もう作ってあげない」


けっこう一つ当たりが大きかったように思ったが、二つを平らげずにいられないほどのやけ食いだったのだな。他の手料理も作ってもらえなくなるのではと、危機感や申し訳なさでいっぱいになり、すまなかったと謝る俺はいつになく必死だった事だろう。拗ねたように困ったように唇を尖らせる香穂子は、そんな俺を小首を傾げて見つめていたが、やがて小さく肩を震わせて笑みを零し始めた。

膝の上に乗せていた紙袋を脇へ置くと、 振り仰ぐ悪戯な笑みをクスリと漏らし、ベンチから立ち上がって駆け出してしまう。少し先で立ち止まり、後ろ手にくるりと振り返った笑顔が夕陽を背負って眩しく輝いていた。


「嘘だよ〜!」
「・・・うそ?」
「私の分は食べちゃったけど、月森くんにあげる分はちゃんと残してあるからね。月森くんへの想いを込めたから、他の人には上げられないもの。本当は自分で食べようかと思ってたけど、やっぱり出来なかった。何度も手に取ってたんだけど、そのたびにもう少し待ってねって、食べちゃ駄目ってこの子が言うの。やっぱり待ってて良かった」


ベンチの傍らに置かれた紙袋に視線をやり、前に佇む香穂子を見れば、食べてねと誘うように愛らしい笑みで小首を傾けた。手を伸ばして紙袋を取ると、一つだけと聞いていたが予想よりもずっしり重みを感じる。中身を開ければ甘く香ばしい香りが漂い、すっと染み込む込められた想いや言葉が頬や瞳を緩めてゆく。

市販に良くある黄色く薄い皮ではなく、手触りからもぱりっとした厚めの香ばしさが伝わる、茶色の焼き色をした丸いシュークリーム。半分に割った真ん中には、カスタードと生クリームが仲良く一つに寄り添っている。
時間は経っているのに温かさを失わないのは、君の心が詰まっているからなのだろう。

所々に焦げ目が残っているのが彼女らしいが、菓子に奮闘していた一生懸命さが伝わってくるようだ。
想いを馳せるだけでも心やお腹が満たされてくるが、何よりも俺のためという気持が熱く疼かせてくれる。
袋から取り出し手に取ると、照れ臭そうにはにかんだ微笑みが、優しい夕陽の色に染まっていた。


「美味しそうだな、さっそく食べても良いだろうか?」
「いろいろあって私の分は先に食べちゃったけど、見た目だけじゃなく食べても美味しいのは保証済みだよ」
「君の輝きの結晶は、どんなパテシエよりも価値がある、最高逸品だ。他の男に食べられなくて良かったと、心の底から思う。君と一緒に味わえないのが残念だが、たくさん溢れる想いごと大切に頂こう。二種類のクリームは、俺たちだろうか」


そう入って一口かじると、満面の笑みを湛えて嬉しそうな香穂子が大きく頷いた。
さっくりした皮の食感の中に、甘さを抑えた二つの味がふわりと広がる・・・俺と君が混ざり合い一つになった味が。

白さが凜と輝く生クリームと、太陽のような黄色のカスタードにはバニラビーンズ。
食べてしまいたい君の甘さと、無邪気に理性の限界を誘う悪戯さを、黒い微かな粒にちりばめて。
歌うヴァイオリンと心で奏でるハーモニーのように、一つの器の中で寄り添い奏でる俺と君。

香穂子の手作りの菓子は、想いが詰まった君の分身だから。
それを食べる俺はつまり・・・その、君を食べている事になるのだろうな。
だから甘くて優しくて、心が温かくなるほど幸せに包まれ、美味しく感じるんだと思う。



木々の葉や梢を強く揺らす木枯らしがざっと吹き抜けると、地面に敷き詰められた落ち葉たちが風に舞い上がり、風の渦に乗って円を描くように踊り出した。髪やスカートがふわりと靡いた香穂子も一緒に、目を輝かせながら両手を伸ばし、楽しげにくるくると回り始める。


「月森くん、見てみて〜落ち葉のダンスだよ。風に乗った葉っぱがくるくる輪を描いて踊っているの、みんな楽しそうだね。二つの葉っぱどうしがくっついているから、きっとワルツを踊っているのかな?」


風と落ち葉のワルツに夢中の香穂子は、楽しげに鼻歌を歌いながらステップを踏みながら俺の元へ戻ってきた。
さっきよりも近く、身体を触れ合せるようにポスンと隣へ座ると、一緒にシュークリームへかじり付く勢いで振り仰ぐ。
伸ばされたしなやかな指先がそっと唇に触れると、ゆっくりと輪郭をなぞり、彼女の口の中へ含まれる。
思わず鼓動が高鳴り動きを止め、顔に熱さを噴き出した俺の手を掴み、ぱくりと反対側からシュークリームへかじり付いた。


「ふふっ、唇にクリームが付いてたよ」
「あっ・・・そうか。その、すまないな・・・ありがとう。火傷した指先は、もう痛くないのか?」
「うん! ほら見て、もう絆創膏を剥がしたの。他の指と比べても、全然平気でしょう? これからは気をつけるね」


差し出した右手の人差し指に、昼休みに貼ってあったピンク色の絆創膏は無かった。まだほんのり赤みが残っているが、俺の目の前に左右両方差し出した指を比べても大事は無さそうだ。安堵の溜息を零しながら、良かったと・・・そう入って右手を包むと、早く治るように想いを込めて唇を寄せた。瞳を潤ませ急に火を噴き出す香穂子が、慌てて手を引いてしまうが、俺が舐めた指先をじっと見つめ何かを考えている。


「香穂子、どうしたんだ?」
「一人で食べた時よりも、今ちょこっと舐めたクリームの方が、とっても甘くて美味しかったの。どうしてだろう・・・同じ材料を使っていた筈なのに不思議だよね。おかしいなぁ、何が違うんだろう」
「ならば、もう一度味わってみるか?」
「へっ?」
「俺も味わってみたいんだ、君と混ざり合った甘さを」


指先と手の中に握られたシュークリームを見つめながら、不思議そうに首を傾ける香穂子に微笑みかけ、唇を指先に伸ばした。さっき悪戯にかじりついた時に唇へついたクリームをすくい取ると、一度見せるように香穂子の目の前に掲げ、ゆっくりと指先を口に含んでゆく。視線は反らさずにじっと見つめていると、秋色に染まる紅葉や黄昏時の夕陽よりも赤く、頬や耳まで瞬く間に染まっていった。



「ありがとう」そして「ごめんね」を言える素直さは、大切だがとても難しいと思う。
時々すれ違う事もあるけれど、いつもの二人だけのやり方ですぐに仲直りできる俺たちだから。
離してしまった心の手をもう一度繋ぎ直して思う、この手を二度と離しはしないと誓おう。
もっともっと・・・これからも大切にしたい・・・君と想いを育む為に。