Jack-O'-lantern

『Trick or treat (トリック・オア・トリート) お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ』

黒やオレンジのハロウィンカラーに彩られ、カボチャやおばけのモチーフが飾られている校舎内や外の至るところで、行き逢う生徒に菓子をねだる声が賑やかに湧き上がっている。

ハロウィンは、ケルト人の収穫祭がキリスト教に取り入れられたものだ。ケルト人の一年の終わりは10月31日で、この日は死者の霊が家々を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていたから。
これらから身を守る為に仮装をしたり火を焚いたりするのだが、日本で言うお盆に似ているかも知れない。

だがこの学園でのハロウィンは、少々違うように思えた。



屋上の重い扉がゆっくりと押し開かれ、周囲の様子を注意深く伺いながら姿を現したのは月森だった。
自分以外に誰もいない事を確認すると大きく安堵の溜息を吐き、近くにあったベンチへ崩れ落ちるように腰を下ろす。一息ついて見上げる空はどこまでも高く、爽やかに頬を弄る秋風が、汗ばみ火照った身体に心地良い。
フェンスの向こう側から遠く聞こえてくる生徒達の歓声に、汗で張り付いた前髪を掻き揚げつつ、同情の眼差しと苦笑を浮かべ頬を歪めた。


今日は学園祭行事の一つとして行われるハロウィンパーティー。
魔女やこうもり、黒猫などハロウィンにちなんだ仮装をした生徒達が、「Trick or treat (トリック・オア・トリート) お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ」と唱えて、一軒一軒家をまわる子供達のように学校中を走り回っている。
仮装をして菓子を貰い歩くのは女子で、配るのは何故か男子の役目。基本的に俺たちは制服だが、中には一緒に仮装をして楽しむものの姿も見受けられた。香穂子にも一緒に仮装をしようと誘われたが、残念そうな彼女に心が痛みつつも、丁重に辞退をしたのはつい先日。


みんな好きなんだな、こういう賑やかな祭りが・・・。


こんな日はファータも姿を現し、賑やかさに紛れて何か悪戯をしかけてくるのではないかと思えてならない。
今頃は悪戯好きの妖精たちが、カボチャのJack-O'-lantern(ジャック・オー・ランタン)にでも化けているのかも知れないな。企画者は誰だと問い詰めたくなるが、香穂子が楽しみだと言えば不思議とやる気が湧いてくる。


配る菓子は人によって異なるが、チョコレートやクッキー、キャンディーなど・・・。どれも美味さに定評のある地元の店から取り寄せたものばかりらしい。甘い菓子には興味が無いが、香穂子をはじめ女子生徒たちが目の色を変えて熱心になるのも頷ける。嫌々ながら菓子の詰まった籠を手渡されて教室を出た途端、待ち構えていた女子生徒たちに取り囲まれて追いかけられる始末。

言葉どおりに悪戯されては敵わないのでばら撒くように・・・いや、半ば毟り取られるようだったと。
振り切って逃げた今、思い返すだけでも疲れがどっと込み上げてくる。これでは追いかけっこもいいところだ。
さすがに屋上までは皆も追ってこないだろう。頼むから少し休ませてくれ、静かな場所で一人にして欲しい。
右腕の時計を見ればタイムアップの時刻まで残り僅かを指している、もう少しの辛抱・・・だが。


早く俺を見つけてくれ・・・俺はここにいるよ。
まだ会っていない香穂子だけに居場所を知らせるように、俺はここだよと心の中で呼びかけた。





香穂子を探して移動したが見つからず、なるべく避けてはいたものの逆に他の女子生徒に遭遇してしまい合言葉を投げかけられる。周囲の視線が必要以上に集まるのも不快だが、理解できない歓声と共に追いかけられるのはもっと気分が悪かった。気持を出さないように心がけてはいたが、押さえきれずに態度に現われていただろう。言われたら渡すのが決まりだから素早く渡して逃げ、また香穂子を探しまわる・・・の繰り返しだった。


香穂子も今頃、俺を探してくれているのだろうか?
それとも菓子を貰い集めるのに必死で、俺を忘れる程はしゃぎまわっているのだろうか?


君がどんな姿なのか早く会いたいと想う反面、学校行事とはいえ他の男から菓子を貰って喜ぶ君を見たくないというのもある。音楽科と普通科の壁が取り払われて自由に生徒が行き来できるから、普通科校舎で過ごす香穂子を知る貴重な機会だ。なのに彼女について知らない事の多さと、俺が入り込めない世界を改めて感じて焦りを覚える。湧き上がる期待と不安・・・その裏でちくりと胸を刺す痛みが湧き上がり、苦しさに耐えようと思わず眉を潜めた。騒ぎが落ち着いた今は、どちらかと言えば言葉に出来ないもやもやした気持の方が大きい。


コンクール期間中に想いを寄せていた頃も、他の誰かに笑顔を見せるたびに胸が掻き毟られる事があった。想いを交し合えば苦しさから解放されるかと思ったが、実際は違うようだ。いつも常に側にいて欲しい、俺だけを見て欲しい・・・君の事がもっと知りたいという独占欲は、以前にも増して強くなったように思う。


もやもやした気持の正体が、嫉妬や不安だと気付くのに時間はかからなかった。
それを君に当て付けてはいけないと、強く頭を振って気持を切り替える。
こんな俺の心に触れたら、君はどうなってしまうのか・・・。


ベンチの隣へ視線をやれば、放り投げたままのオレンジ色の籠。カボチャの形をした、プラスチック製のジャック・オー・ランタン。にやりと浮かべる黒く刻まれた笑みは、皮肉に嘲笑っているようにさえ見える。
他人に言われるまでも無く自覚しているが、俺が持つ柄じゃないと言いたいのか、それとも俺の心を見透かしているのか。

中身の軽さにハッとなり籠の中を覗き込めば、山盛り詰められていた菓子はすっかり底を尽きている。
香穂子はまだ俺の元へ来ていないのに・・・・このままでは彼女が合言葉を言っても渡せない。
これ以上は心を覗かれたくなくて、むっと睨みつけながら持ち手を指で摘み、くるりと顔を反対に裏返した。


やはり別にしておいて正解だったな。


ジャケットの内ポケットに手を忍ばせて、取り出したのは小分けに包装されたハート型の焼き菓子。
万が一の事態を考え、予め香穂子の為に一つだけ別にして隠しておいたクッキーだった。
ヒビが入っていない事に安堵して瞳を緩めつつ、手の平に乗せて指先でそっとなぞる。

もし菓子をあげられないと言ったら、香穂子はどんな悪戯を返してくるのだろう。
きっと無邪気で愛らしい君の悪戯なら喜んで受けたいが、どうせなら喜ぶ笑顔が見たいから。


注いだ微笑を染み込ませたクッキーを、細心の注意を払いながらそっと静かにポケットへ戻すのと同時に屋上の扉が開き、ふわりと風に乗って乗って俺の目の前に現われたのは-----。


「あーっ! 蓮くんみっけ!」
「・・・香穂子」
「やっぱり屋上にいたんだね、ようやく見つけたよ〜。もう時間がなくて間に合わないかと思ったけど、でも諦めたくなくて学校中を走り回っちゃった。ファータよりも探しにくいんだもん」
「すまない。静かな場所で一息つきたかったんだ。香穂子ならこの場所と俺を見つけてくれると信じていた」
「もちろん、蓮くんがどこにいても私は見つけ出すからね。ずっと蓮くんを探してたから、会えて良かったよ」


膝丈よりも少し短めのの黒いドレスを身に纏った香穂子が、風に髪を揺らしながら小走りに俺の元へ駆け寄ってくる。よく似合っていると微笑を浮かべれば、こうもりをイメージしたのだとそう言って嬉しそうに両腕を広げ、俺に披露する為にくるりと回った。

黒いドレスも秋風が涼しいというのに肩を大きく出していて、オーガンジーが重ねられた裾も、広げた羽根をイメージしたカットになっている。首と手首に巻かれたオレンジ色のチョーカーが、大人っぽい色香さえ感じる黒の中に愛らしさを添えていていた。俺にはこうもりというよりも小悪魔に思えるが、君が本当にそうなったら困るから心の中で留めるけれど。


すらりと伸びた白い脚が黒に映え輝いているように見えて、視線が勝手に引寄せられる。見えそうで見えないオーガンジーの重なり具合が風に揺られた瞬間思わず鼓動が跳ね、息をのんだ。俺がいない所で君は、こんなに肌を晒したまま駆け駆け回っていたのか・・・と胸が締め付けられるが、香穂子は気にした様子も無い。
魅力ある君に多くの男性が視線を注いでいる事に気付いて欲しいと、呼びかけた俺の言葉は君に届いたかどうか。改めて装いを眺めて、そういえば手ぶらで菓子の一つも手にしていないと初めて気がついた。


「香穂子は、菓子を貰わなかったのか? お菓子がたくさん食べられると、あんなに楽しみにしていたのに」
「うん・・・その・・・実はまだ一つも貰っていないの。確かにお菓子は魅力的だけど、私は蓮くんのだけが欲しかったから。いろんな人からのがたくさんあるよりも、蓮くんがくれるたった一つだけで充分だもの」


笑顔を浮かべる香穂子はどこまでも真っ直ぐに見つめていて、一点の曇りも揺らぎも感じられない。
注がれる視線や瞳の奥に宿る輝き、想いの何もかもがひたむきに俺だけに向かっていて、心の底から熱さを生む。嫉妬に支配さるあまり、一瞬でも君や自分自身に対して不安を覚えた事が恥ずかしく感じた。
こんな俺を知ったら、君は呆れてしまうかも知れない。
だがそれでも君がくれる温かさが嬉しくて、もっと手放せなくなってしまうんだ。



「どうしよう、遅くなっちゃったから蓮くんのお菓子残っているかな。ずっと楽しみにしてたから、それだけが心配だったの。あ、でもちゃんと合言葉を言わなくちゃ駄目だよね」
「そ、そうだな・・・・・」
「えっと〜じゃぁ“Trick or treat (トリック・オア・トリート)”」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「Trick or treat (トリック・オア・トリート) お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ!」


くっつけた両手をおわんのようにして差し出し、菓子をねだる合言葉を伝えてくる。俺もずっと君から聞きたかったのに、どうしてこんな時に限って中身が空なんだろうか。咄嗟にカボチャの籠を背中へ隠したたまま何の返答も無い俺を不審に思ったらしく、一生懸命首を巡らせて後ろを覗き込み、籠を奪おうと必死に手を伸ばしてくる。じゃれつく手を避けつつも、ジャケットに隠しておいた最後の一個を籠に入れようと俺も必死。
だが不意打ちのキスが頬に触れ、動きを止めた隙に空っぽの籠は香穂子の手に渡ってしまった。


「・・・・・・っ!」
「蓮くん、慌てちゃってどうしたの? 隠した籠に何かあるの?」
「香穂子・・・実は・・・・・・・あっ、こら!」
「嘘っ! 中身が空っぽだよ・・・もしかして蓮くんが配るお菓子は全部無くなっちゃったの!?」


呆然と固まったまま驚きに目を見張り、じっと空の籠を見つめていた。どうしても信じられないのか、逆さまにして振ってみたり何度も覗き込んだり・・・。次第に香穂子の大きな瞳に光るものが潤み始め、切れそうな程に唇を強く引き結んでいた。菓子が無くて悲しんでいるというより、何か別の想いに耐えているような気がする。


香穂子が目の前で辛い想いに耐えているのに、どうして俺は気付いてやれないのか・・・何もして上げられないのかと不甲斐なさに胸が掻き毟られるようだ。俺は、君の為に何が出来るだろう。
本当はここに君の為に最後の一個があるのだと伝えようか。
あげられないから悪戯をしてくれと、こうなったら俺から先に伝えてしまおうか。


ベンチから立ち上がると制服のジャケットを脱ぎ、香穂子に歩み寄る。
胸にオレンジ色のカボチャをぎゅっと抱き締めたまま俯き、小さく震わす肩にそっと羽織らせた。
吹き抜ける冷たい秋風が、身体だけでなく心までも冷やしてしまわないように・・・・。


「香穂子・・・」
「ご、ごめんね・・・急に取り乱したりして、蓮くんビックリしたよね」


人差し指で目尻の雫を拭うと、何でもないとそう言って煌く瞳で振り仰ぎ、真っ直ぐ笑顔を向けてくる。
俺を心配させないようにと、悲しみを堪えて無理に笑っているのが分かるから、余計に心の痛みを感じるんだ。
そっと伸ばした指先で目尻に残った光の雫を拭い去り、心ごと優しく頬を包み込む。


「どうか隠さずに教えてくれないだろうか・・・どうして君が悲しんでいるのかを。俺のせいなら、なおの事知らなければならないから」
「違うの、蓮くんのせいじゃない・・・私が弱いからいけないの!」


笑顔が切なげな色に変わると包んだ頬を振り切り、違うのだと首を激しく横に振った。まるで堰き止めた想いが一気に流れ出したように、赤い髪が宙を舞い踊る。やがて落ち着きを取り戻したのか、電池の切れかけた人形のように次第に動きがゆっくりになり、ぴたりと止まる。心配な眼差しを注ぐけれどそれ以上は何も出来ず・・・してはいけないように思えて、じっと香穂子の言葉を待った。


「お菓子がもらえなくて寂しいのもあるけど、籠の中にあった筈の、山盛りいっぱいのお菓子が無くなったのがショックだった・・・。だってそれだけ蓮くんのところへ他の女の子達が行ったって証拠でしょう? 実はね、催しが開始になった朝からずっと遠くから蓮くんを見てたんだよ」
「朝から・・・ひょっとして俺が教室を出た時から?」
「うん・・・あっという間に女の子に囲まれて私が入り込む隙も無くて。その後もずっと、逃げるように走り回る蓮くんを捕まえようと追いかけてたんだよ。蓮くんこういう騒ぎは苦手だろうから、早く二人で一緒に静かな場所で休もうよって思ってた。蓮くん足速いから途中で見失ったんだけど、行きそうな場所は直ぐに分かったよ」
「すまなかった。自分に必死になるあまり、ずっと側にいてくれたとは気付かなかった。俺も香穂子を探していたんだが、遠くをばがり見ていたようだな」
「蓮くんも・・・私を探してくれていたの?」


カボチャの籠を前に抱き締めていた手の力が僅かに緩み、じっと俺を見つめる瞳に頬を緩めて微笑みかけた。
深く頷くと閉ざされた雪が綻び、春の芽吹きのような笑みが浮かぶ。だがまだ満開の春には少し遠いようだ。


「女の子達はただお菓子が欲しいんじゃない。憧れの人や大好きな人が配るお菓子が欲しいんだよ。これはねハロウィンに絡めた女の子のイベント、つまりバレンタインと一緒なの」
「なぜ俺たちが菓子をバラ撒くのだと疑問に思っていたが・・・その、そうだったのか・・・」
「普段は声をかけられなくてもトリック・オア・トリートって合言葉を言うだけだもん。だからたくさんの女の子が集まるのを見ていたら、蓮くんを好きな人がこんなにもいるんだって不安になったの。私だって大好きなんだよって・・・早く行かなくちゃ・・・・蓮くんを捕まえなくちゃまたどっかに行っちゃうってっ・・・・!」
「不安にさせてすまなかった。俺も同じ想いを抱いてたんだ・・・いやそれ以上に激しいかもしれない。他の男から貰った菓子を君が美味しそうに食べている姿に、耐えられるだろうかと。それにもし香穂子が菓子をあげる立場だったら、俺は心臓がいくつあっても不安で潰れていただろう」
「・・・? どうして?」


香穂子は意味が掴めずに、きょとんと不思議そうに首を傾ける。手元を見てご覧とそう言って、胸に抱えたままのカボチャの籠を指差した。押し付けた胸元から放して共に見つめるのは、オレンジ色のカボチャに黒で顔が刻まれたJack-O'-lantern(ジャック・オーランタン)。先程までは不気味な笑みに見えたその顔も、今は楽しげに微笑んでいるように見えた。


「Trick or treat (トリック・オア・トリート) お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ。言葉の通りに君が悪戯されたら大変だ。俺は君になら悪戯されても構わないが」
「それ私も思ったの。あっというまにお菓子が無くなって、お菓子を渡せない蓮くんが悪戯されたらどうしようって、ほら・・・イベントで高まったテンションと集団心理は怖いじゃない。何も無く、無事で良かったね」


俺も君も、抱える想いや不安は一緒だったんだな。俺だけ・・・私だけという事はないのだ。
壁に行き詰った時は自分だけでなく、必ず相手も同じ不安や悩みを抱えている。
楽しさや嬉しさだけなく、不安や悩みまで・・・つまり気持が通じ合うとはそういう事。
それに気付き共に乗り越えられるかが大切で、絆の深さが変わるのだと思った。



香穂子が抱えたままのジャック・オーランタンを受け取ると、肩に羽織ったまま俺のジャケットに手を通した。
一回りも大きいそれは華奢な身体をすっぽり包み、肩も腕も余ってしまう。ありがとうと微笑む香穂子は恥ずかしさを誤魔化す為なのか、余った袖を振り回してみたり、俺の香りがすると襟元に顔を埋めてみたり。
ささやかな仕草にくすぐったい愛しさが募るのを止めれず、緩んだ瞳と頬に溢れてゆく。


「お菓子がもらえないから、どうしよう。蓮くんが良いよって言ったから、悪戯しちゃおうかな」
「悪戯の前に、ジャケットの内ポケットを見てくれないか?」
「中にあるやつって、これかな? あれ、何か入ってるよ」


皺になったらごめんねと前置きしつつ、長く余った袖からなんとか片手だけを出すと、内ポケットの中身を探り始めた。指先で取り出したものを器用に手の平へ乗せる。俺が君の為に隠しておいた最後の一枚は、受け取ってもらえるだろうか・・・たった一枚だけだが喜んでもらえるだろうか。緊張の為に鼓動が高鳴り、手に薄っすらと汗までかいてくるのが分かる。

今君に出来るのはたったこれだけだが、この一枚に想いの全てを捧げよう。


「小分け包装されたハートのクッキーだ。もしかしてこれって・・・」
「そう俺のジャック・オーランタンの中に入っていた焼き菓子だ。良かった、ヒビも入っていないようだな。香穂子に渡したくて、一つだけ別にとっておいたんだ。受け取ってくれるだろうか」
「蓮くん・・・・・!」


驚きに息を詰まらせじっと手の平を見つめ、両手で大切そうに挟むと胸の前に掲げた。
込み上げる想いを手の平に注ぎ込み、瞳を閉じている様子は祈りを捧げているようにも見えて。
愛しさとは、何て敬虔なものだろうと思わずにいられない。


「今ちゃんと何かを伝えなくちゃいけない気がする、うぅん、ちゃんと伝えたい。でも上手く言葉に出来なくて・・・心の中を探していたらこの言葉があった。私の中にあるたくさんの・・・そしてたった一つの想いが蓮くんへ届きますように」


そう言って香穂子は俺の懐深く飛び込んできた。
軽い衝撃に手に持っていたカボチャの籠「ジャック・オーランタン」がころりと音を立てて屋上の床に転る。
背中に回した腕でしっかりとしがみ付き、胸に頬をすり寄せてくるのを強く抱き締め返しながら腕の中に閉じ込めた。ほんのり頬を赤く染めて振り仰ぐと、絡んだ視線が合図となり、綻びかけた蕾が満開の花のように頬が綻んだ。


「ありがとう。大切な蓮くんに、心を込めて」
「気付かないだろうけれど、毎日贈り物を貰っているのは俺の方なんだ。普段は照れ臭くて言いそびれていた想いも、君の胸の中へ伝えよう。俺からも、ありがとう」


いろんな気持になれるのは、君が俺の側にいてくれるから。
いつも一緒にいるから、いつの間にか当たり前のように思えていた。当たり前なんて事は無いのに。
きっとこの不安は見失いかけていた、お互いの存在の大切さを気付かせてくれたんだ。


俺たちの足元に転がる、オレンジ色をしたカボチャのジャック・オーランタンが、風に吹かれて転がりながら愉快な笑みを浮かべている。見るものの想いによって表情を変えるだと言ったら、楽しそうに笑っているねと頬を綻ばしていた。良かった・・・君もそう見えるんだな。


気付かせてくれたのは一枚のハートのクッキーと、ジャック・オーランタン。

君の言う通り確かにハロウィンは恋のイベントなようだなと、柔らかい温もりを抱き締めながら耳元に囁いた。





私的なリクエストをさくひろさんから頂きいたので書かせて頂いた創作です。リクエストは学園祭もの。
学園祭の一部という事で季節的に大好きなハロウィンと絡め、きっと前夜祭か後夜祭辺りなんだろうなと妄想です。さくひろさんに限りお持帰り可とさせて頂きます。楽しく書けました〜素敵なリクをありがとうございます。