香穂子のしなやかな五本の指先にはめられているのは、小さなドーナツ形のチョコスナック。
甘い香りを放っているのは冠のように白い指を飾る黒くてふわふわのリングなのか、それとも君の指なのか。
穴が空いているお菓子はこうして指に刺して食べると楽しいのだと、そう言って君は指人形のようにわきわきと動かしながら俺に見せてきた。5つのチョコリングにおいでと誘われているようで、無意識に乗り出しかけた身をさり気なく引き戻したが、気付かれてしまっただろうか?
テーブルの上に溢れているのは封の開いたチョコスナックだけでなく、俺でも無理なく食べられるようにと、甘いものから辛いものまで多種多様に揃った彼女が持ち込んだ大量の菓子たち。全て袋の腹から開けられているのは、いわゆるパーティー空けというやつだろうか?
全部食べるぞという無言の意思表示に思わず目を見張るが、一緒に食べようねという満面の笑顔に叶う訳も無く。ありがとうと・・・僅かに引きつっているだろう微笑を返す。
彼女の好意を無駄にしたくはない。迷った末にポテトチップを一枚摘む俺の向かい側で、香穂子は指にはめたチョコスナックを美味しそうに食べいた。無くなればまた嬉しそうに菓子を摘み、指へと差し補充してゆく。
甘いものはどちらかと言えば苦手な方だから、俺から進んで買ったり食べる事は滅多にしない。
だが香穂子が食べているのを見ると、とても美味しそうに思えて無性に食べたくなるのは何故だろうか?
できれば彼女の指ごと、口の中で溶かして食べてしまいたいと思う。
「こんなに袋を開けてしまって、全部食べ切れるのか?」
「今日は特別、だって私のご褒美だから。昨日苦手な英語の小テストが返されたんだけど、私の中の最高得点だったから嬉しくて! あ、でも・・・蓮くんが聞いたら、点数の低さに難しい顔をしちゃうかも」
「凄いじゃないか、良かったな。放課後も練習の合間に勉強をしたり、香穂子が頑張った成果がでたんだな」
「蓮くんが私に英語を教えてくれたお陰だよ、ありがとう。だから頑張った自分を褒めるのと、蓮くんにも感謝を込めてお祝いなんだよ。ヴァイオリンも勉強も、この調子でもっと頑張らなくちゃ!」
ありがとうとそう言って、香穂子がテーブルに身を乗り出し、チョコリングのはまった手を俺に差し出してきた。
顔を寄せて口元を寄せると暫し考え、すぐ近くの中指ではなく端の小指をへと唇を向ける。いきなり指まで食べては驚かしてしまうから、まず最初は唇で挟んだチョコスナックをそっと抜き去るだけ。
表面は香ばしく中は軽い食感のその菓子は、口の中に含むと咥内の熱で瞬く間に溶けていった。
口の中に広がる甘さとほろ苦さをゆっくり舌で転がしながら、雪が手の平で溶けるように・・・君の舌が俺の口の中で蕩けるように。カカオ豆の濃度が高いらしく甘さが抑えられているから、これならば俺でも食べられそうだ。
美味しい?と心配そうに眉を寄せて見つめる君の手を優しく掴み、返事の代りに溶けたチョコがついていている指先をペロリと舐めた。美味しいと、もっと欲しいとねだる様に想いを込めて。
ふと見上げた視線が絡めば、途端に君は頬を染めて固まってしまい、慌てて手を引き戻してしまったけれど。反対端の指へ唇を寄せてチョコをぱくりと口へ運ぶと、湯気の出そうな顔で俺の舐めたじっと指を見つめていたが、舐められるのでは警戒した様子で再び俺の口元に指先を差し出してくる。小さく込み上げる笑いを堪えながら中指の脇に嵌ったチョコリングを唇に挟み取ると、君はその反対にぱくりと食い付いた。
そうして君の指に残ったのは、真ん中の指にはまったリングのみ。
さぁ、これをどちらかがどうやって食べようか。
くるくると指をまわして弄びながら、香穂子は楽しげに頬を綻ばせてチョコリングを見つめていた。
自分の口へ運ぼうか、それとも俺の口へ運ぼうかと・・・浮かべる笑みの裏側では思案しているのだろう。
「私はね、これが出来たら勝利っていう目標を作るんだよ。お菓子だったり、蓮くんのヴァイオリンだったり、笑顔やキスだったり・・・達成したら自分への小さなご褒美にして、もっと頑張ろう〜って力を入れなおすの」
「少し頑張れば手が届くものでも、一歩ずつの積み重ねは大きいな。いつか遠くの大きな目標にも、手が届く」
「蓮くんは凄いよね。周りや私にもだけど、誰よりも自分に一番厳しいでしょう? 私の一番の敵は私、でも私の一番の味方も私。誰も褒めてくれなくても、誰にも叱られなくても、たった一人私が私を見ている・・・。蓮くんに出会って、難しいけれど大切な事を教えてもらったの」
「俺も君に教えてもらったよ、自分を嫌いな人が誰かを愛する事なんて出来ないと・・・。香穂子のように、自分を褒めるのも大切だと思う。きっと頑張った自分だけでなく、励ましてくれた人たちも好きになれると思うから」
ありがとうと互いに感謝を述べ合えば、見つめあう瞳がどちらともなく緩んで、頬が綻ぶ。
君が浮かべる微笑は、ほんのりと優しさと温かさを届けてくれる花のように。
自分が自分を嫌う事・・・それは他人に嫌われるより、もっともっと悲しい事。
いろんな事を考えた感じたり、生きているのは“自分”なのだから。
好かれるより、好きになれる人の方が幸せなのかも知れない。
大好きな君と俺がいる場所、そこは二人にとって大好きな場所になる。
それに君に嬉しい事があった時、一緒にいると俺まで嬉しい気持がもっと大きくなるんだ。
俺も同じなのだと思うと、君の心にいつも寄り添っているようで、どんな高い目標でも乗り越えてゆけそうな気がする。きっと大好きな、今目の前にある笑顔のお陰なのだろう。
菓子袋の中からチョコリングを一つ摘み、人差し指の先端ににはめると香穂子の口元へと寄せた。
一瞬ためらいを見せたが直ぐに照れ臭そうなはにかみに変わり、差し出す俺の手を彼女がそっと上から包み込んでくれる。さらりと流れ落ちる髪と伏せ目がちな瞳に鼓動が飛び跳ね、柔らかさが熱さとなって全身へと広がってゆく。
ゆっくりと顔を寄せて赤い唇に挟むとすぐには離れず、何故かそのまま口の中に含んだまま。
香穂子の口の中の熱であっという間に溶けて液体となったチョコレートが俺の指に絡みつくのが分かった。
彼女の赤い唇が俺の指に音を立てて吸い付き、溶けたチョコを舐め取ろうと小さな舌が妖しくうごめいている。
それは美味しそうに幸せそうな笑みを浮かべて・・・。
「・・・・・・・っ!!」
いけない・・・何を考えているんだ俺はっ!
口の中で包まれる熱さと柔らかさが、まるで君の中にいるような・・・君が愛してくれている時の、そんな錯覚を呼び起こさせる。違うと必死に脳内で否定しても、一度思いついたらもうそれにしか見えなくて。
だがいきなり手を引き抜いたのでは香穂子が驚いて舌を噛んでしまったら大変だし、何よりも楽しそうな気分を損ねる訳にはいかない。俺自身も悪い気がしない・・・いや、かなりいい気持だからこれは良いのだが・・・。
どうしたものか、くすぐったさと理性の限界を抱えて、このままずっと耐えるしかないのか。
自分でならばともかく愛しい人に舐められたら、たまったものではない。
-------指まで舐めたくなる美味しさ。
息を詰めて込み上げる照れ臭さにふと顔をそらせると、チョコリングの菓子が入った袋が目に入った。
袋のパッケージに書いてある煽り文句に俺は目を見開き、一気に鼓動が跳ね上がる。
まさにその通りじゃないかと、眉を寄せつつ深く漏れる呼吸は溜息か、それとも君を求めたい熱い吐息なのか。
俺ならば間違いなく菓子のチョコよりも香穂子の指が舐めたいが、君は一体どちらなのかと思えてならない。
温かさに包まれる感覚が指から消え去り、僅かな寂しさを覚えて視線を戻せば、俺の指先にちょこんと被せられた新たなチョコリングのスナックがあった。頬を赤く染めた香穂子が上目遣いに俺を振り仰ぎ、もう一つ良いでしょう?と恥ずかしさを堪えながらも愛らしくねだってくる。
そうか・・・君のご褒美が俺なのか。
「もちろん、一つと言わずに何度でも。俺も自分へのご褒美をあげても良いだろうか?
この場を耐え切ったら、君の言うように自分を褒めてみようかと思ったけれど、今でも充分耐えたから。
そして次も頑張れるように・・・新しい自分に気付けたご褒美をあげよう。
俺も君も、自分の事を・・・お互いを今よりもっと好きなるように。
香穂子に言ったら、何を頑張るのかと真っ赤になって反論されてしまうから内緒だけれども。
もちろんご褒美は、チョコレートよりも甘い君自信。
まずはお返しに、君の中指にはまったままのチョコリングは俺が指ごと食べてしまおう。
指から唇へ、首筋を辿り君自身を・・・・菓子の数だけ甘い愛を囁いて。
今度は俺の番・・・そう囁いて手を引き寄せ、指先に嵌ったままのチョコリングのスナックを口に含んだ。
ゆっくりと君の指ごと咥内で溶かして味わいながら。
ご褒美=(イコール)君