Four Leaves

授業が終われば、真っ直ぐ練習室に向かう・・・それがいつもの放課後だったのに。どこで練習しようと場所選びに迷う日が来るとは思わなかった。最初は練習室へ、その後は人のいない屋上へと移動してヴァイオリンを奏でていたが、どうにも落ち着つかなくて。彼女に会えるかもしれない、ただそれだけの微かな思い付きで森の広場へやってきた。


朝や放課後の登下校では見かけて言葉を交わすのに、ここ数日昼休みや放課後に彼女の姿を見ていない。ヴァイオリンの練習は欠かさずしているようだが、図書館に籠って調べ物をしていたり、森の広場で日々何かを捜しているという。その探し物が何なのかは、誰も知らないらしい。


ようするに、俺が日野に会いたいのだと思う。会えないから会いたくて想いが募り、こうして君を捜し求めている。一目姿を見たら満足できるのだろうか、苦しい想いが安らぐのだろうか。気持が乱れている今ヴァイオリンを弾いても、きっと良い音楽は出来ない。ならば気分転換をしようと本を一冊だけ携え、心に導かれるまま、当てもなく彷徨い歩いていた。


何処にいるんだ、君は・・・。


楽器の練習や譜読みをする者、仲間同士で語らいあう光景まで。音楽科も普通科もここでは分け隔てなく、放課後の開放感溢れた生徒達が多く賑わっている。落ち着ける場所を探しながらも、視線は彼女の姿を捜してしまう。






コンクールも終わり、変わらない・・・けれども今までと何かが違う毎日がやってきた。だがもうすぐその一学期も終る。最終セレクションが終った日に、日野の奏でる音色に導かれ屋上へとやって来たのに。好きだという確かな一言を告げられないまま、友達以上の一歩を踏み出した俺と君。前より近くなった筈なのに何処か少し遠くて、まるで薄く張った氷の上を歩くような危うさだ。

一言を告げて今の関係が壊れてしまうくらいなら、ぬるま湯の温かさに浸かっていた方が幸せなのかと思う。だがこのままでは駄目だと、笑顔の中に時折浮かぶ切ない君の瞳を見るたびに、自分の弱さを叱咤した。あの時彼女が届けてくれた、音色と想いの強さを信じよう。彼女が変えてくれた自分を信じよう。

一学期が終れば夏休みが始まる。夏が終れば秋が来て冬が過ぎ・・・そう、俺にはもう時間が無いんだ。




何をやっているんだ・・・俺は。


自分自身に小さな溜息を吐き、小脇に抱えた本を抱えなおす。やはり戻ろうか・・・そう踵を返しかけたところで捕らえたのは、遠くの木陰でうずくまる赤い髪の少女だった。視力がそれ程良いとは言えない俺が見つけられるのは、奇跡に近い。人気も少ない緑溢れる森の広場の隅の方でしゃがみ込み、背を向けていたが、高鳴る鼓動が間違いなく日野香穂子だと伝えてくる。


予感通りにちらりと振り返った横顔は確かに日野のもので、迷い無く足早に近寄っていく。早足が駆け足になるのは、彼女が先程からずっとうずくまっていたからだ。
まさか、具合が悪くて動けなくなったのでは!?


浮き立っていた気持が一瞬で凍りつき、背中へ冷たい汗が伝う。
苦しさに眉を寄せて耐えながら隣に膝を折って座り、俯く表情を覗き込んだ。


「日野、どうかしたのか? 具合が悪いのか?」
「へ? あ、月森くん!」


驚きに目を見開いていた日野が、会えて嬉しいと花の笑顔を綻ばせた。良かった、具合が悪いのでは無さそうだ。だが一体何をしていたんだろうか。俺が小脇に抱えた本に目を留めた彼女が、興味深そうに首を巡らせてくる。


「練習室にいるのかなって思ってたから、びっくりしちゃった。月森くんは読書をするの? 森の広場に来るなんて珍しいね」
「そうだろうか、ちょっとした気分転換をしようと思ったんだ。日野は何をしていたんだ、うずくまっていたから心配した」


君に会えると思ったからという言葉は飲み込み、笑顔に引き出された微笑を向ける。無事で良かったと心からの言葉を伝えると、俺を見つめる頬が薄っすらと赤く染まった。


「あっ、やだ・・・見てたんだ。心配させちゃってごめんね。実は探し物をしているの」
「もしかしてここ数日ずっと姿を見せないのは、その探し物のせいだったのか?」
「うん! 幸せを探しているんだよ」
「は!? 幸せ?」


幸せは草むらに潜んでいるのだろうか? 意味が分からず眉を顰める俺を気にも留めず、照れ臭そうにもじもじと手を弄り始めた。その手が土と草露に汚れているのに気づき、強く掴んで引寄せる。しかし勢いが良すぎてしまい、日野が反動で胸の中に飛び込んできた。ジャやケットを汚さないようにと気を使い、しがみ付くのを堪えたものの、体当たりをした鼻を痛そうに摩り、頬を膨らまして睨んでくる。


「・・・っ痛〜い。もう月森くん、いきなり引っ張らないでよ!」
「日野、指は大切にしてくれと、いつも言っているだろう。それなのに君は、こんなに泥だらけにして。例え小さくても、草や土に潜む石で傷付けてしまうかも知れないんだ」
「ごめんね、忘れた訳じゃないよ。ちゃんと気をつけてるもの」
「君だけにしか奏でられない音色がある・・・どうか大切にしてくれ」
「このシロツメクサの草むらに、四葉のクローバーがあるって聞いたから、どうしても見つけたかった。今日じゃないと駄目なの。お願い、許して? もう日が沈んじゃう・・・下校時間になるから時間がないの!」
「四葉の、クローバ・・・」


諌める視線を受け止め、負けじと見つめ返す真っ直ぐでひたむきな輝き。
傷を負う事も恐れず、彼女が得ようとしている幸せとは何なのだろう。
自然界に極まれにしか生息しない四葉のクローバーは、得たものに幸運をもたらすと言われている。


小さな葉が、人生を変える程の力があるとは思えない。
一枚の葉が願いを叶えるのではなく、自分の力であり日々の努力なのだ。


以前の俺ならそう一蹴したかもしれないが、希望の葉に願いを託したい想いもあるのだと・・・そう教えてくれたのは君だから。眩しい強さが、強く握った俺の手を緩めてゆく。そっと手を放し、薄っすらと赤くなった手首を優しく撫でさすった。


「その・・・感情的になってすまなかった。痛くはなかったか?」
「大丈夫、痛くないよ。月森くんの気持が、凄く嬉しかった」


ふわりと浮かぶ笑顔が心地良いほどに温かい。良く見れば制服の白いスカートの裾も、ひぞも、微かに薄汚れ湿っていた。昼間にあった大きな通り雨のせいで、まだ地面は乾ききっていない筈なのに、ずっと草むらに這いつくばり探していたんだろう。一度決めたらテコでも考えを変えない彼女らしさだな。はにかむ笑顔のの温かさに包まれ、俺も自然と浮かぶ微笑みを向けていた。






日野の大切な探し物、四葉のクローバー。
彼女自身の願いなのか、それとも他の誰かの為なのかは分からないが、それでも力になりたいと思う。
俺も見つけられるだろうか・・・草むらに潜む小さな幸せを、傷つく事を恐れずに向かった先に。


「俺も一緒に探そう、君の幸せを」
「月森くん、良いの? だってこれから本を読むところだったんでしょう? それに月森くんの手が汚れちゃうから駄目だよ、ヴァイオリンを弾く手なのに!」
「俺も君と同じ気持だったと、ようやく分かってくれたみたいだな。だが、君だけに辛い思いをさせたくはない。土を掘り起こしたりするのではないのだろう? 小さな葉を掻き分けるくらいなら俺にもできる」
「ありがとう・・・月森くんが一緒に探してくれたら、きっと見つかると思うの。だって私を見つけてくれたんだもん。もうそれだけで、願いの半分は叶ったようなものだから」
「俺が?」
「あ、えっと・・・何でも無いの。さぁ、下校時間にならないうちに探そうね。手前のエリアは探したから、奥の方がまだ見つけていないの、月森くんそっちお願いできる?」
「あぁ、分かった」


慌てて語尾を濁らせ顔の前で手を振ると、柔らかな緑が広がるクローバーの絨毯に座り込んでしまう。四葉を求めて這いつくばり、葉の一枚一枚を丁寧に書き分け探していた。はにかんだ表情は、思い詰め苦しそうだった先程までとは違いどこか楽しそうだ。丸くて白いシロツメクサの花や、足元に溢れる三つ葉のクローバーたちが、優しい微笑で彼女を見守ってくれている。


いつでも会話と視線が交わせる、つかず離れずの距離を保ちながら場所を選んで膝を折った。
いつの間にか心が緩み、微笑を浮かべていたのは俺も同じなんだ。
きっとこれもクローバーの魔法・・・いや、彼女の力なんだろうな。


「無いよ〜どこにいるんだろう」
「本当にこの辺なのか?」
「うん・・・図書館で調べたし、ここで見つけたっていう友達の話も聞いたの」


困った声に顔を上げれば、短いスカートがら覗く白い太腿に引寄せられてしまい、慌てて視線を反らしてみる。熱心に探すのは良いが、手だけでなく姿勢にも気をつけて欲しのだと・・・どうやったら君に伝えられるだろう。とりあえず、彼女の後方は避けなくては。やはり一人にさせず、手伝って良かったなと思う。


気づかれないように苦笑する俺に差し出したのは、ポケットから取り出した一枚の紙だった。広げてみると図鑑をコピーしたもので、何度も読み返し肌身離さず持っていた跡が伺える。図書室で植物図鑑を熱心に眺めていたのは、四葉のクローバーを探すためだったのか。

彼女の温もりが伝わってくるようで、手に馴染む感覚と温かさが心地良い。


「似たような葉っぱがあるから気をつけてね。本物のクローバーは、丸くて真ん中に白い線があるの。今まで同じだと思ってたけど、違うものだって調べるまで知らなかったよ」
「四葉は二酸化炭素が少ない、日光の当たらない場所にあるんだな。だから森の広場の木陰を探していたのか」
「今日は夏至、太陽が一番力を持つ日なんだよ。ヨーロッパでは昔から、夏至に摘み取ったクローバーには、強い力が宿るって言われているだって。見つけたら幸せになれる約束は無いけど、信じるって大きな力になると思うの」


いつの間にか隣に肩を並べて座り込んでいた日野は、一緒に図鑑のコピー紙を覗き込んでいた。近さに驚いた俺に、ビックリした?と無邪気な笑みを湛えて振り仰ぐ。瞳に強い輝きを宿す君は、最も力を発するという今日の太陽よりも眩しい。暗闇に迷った時に、いつも君の光が俺を照らし導いてくれる。
頬が緩むままに目を細めるのは太陽を背負う君が眩しいから・・・そして、愛しいと思うから。


クローバーについて記された図鑑のコピー紙を丁寧に畳んで手渡すと、触れた指先が重なった。
ほんの一瞬熱さを伝え、鼓動を大きく跳ねさせる。絡まる視線さえも離せない、短い沈黙がとても長い。


「あっ・・・!」
「いや、その・・・すまない。ありがとう、参考になった」


互いに慌てて手を離すと、日野はいそいそポケットへ紙をねじ込んだ。熱さが募る疼きを抱えたまま背を向け合い、草むらをなでれば、柔らかな葉の感触と露の冷たさが火照った心を沈めてくれる。
すぐに見つかる・・・そんな甘い考えでいたのだが、かき分けてもかき分けても、現れるのは三枚の葉ばかり。この途方も無い作業を、君は根気強く続けていたんだな。広い宇宙の中で君に出会えた事と同じくらい、四葉のクローバーを探し出すのは奇跡に近い。


「四枚の葉は、なかなか見つからないものなんだな」
「貴重だからこそ、幸運をもたらす力があるって思うの。幸せっていうのは、簡単に見つかるものじゃないでしょう? 月森くん、見つけるのは三つ葉か四葉だけにしてね。二枚や五枚は絶対に駄目だからね」
「何故なんだ?」
「私たちの将来に関わるんだから!」


肩越しに振り返れば、白い花に囲まれた緑の絨毯に座る日野が、拳を握り締めて真剣だ。彼女によれば二つ葉のクローバーは不幸が訪れ、五つ葉のクローバーを見つけると失恋するらしい。何を根拠にと言いたいが、言い伝えには不思議な力があるというし。好きだと伝えていないうちから失恋決定なのは避けたい。やっと歩み始めたばかりなのに、万が一の事があっては大変だ。


「それは大変だな、慎重に葉を選ばなくていけないな」
「でしょう? 幸運を手にするのって難しいの」


苦笑すれば、彼女も困ったように頬を膨らました。こうして君と過ごすささやかなひと時が、俺にとっては何よりもの宝物だ。クローバー探しは、ほんの些細なきっかけだったのだろう。探すことによって得られる何かがあるのだと信じたい。

耳にストンと染み込んだ「私たちの将来に・・・」の言葉が心に引っかかり、心の中で何度も木霊する。
俺の想いは君にあるように、君の想いも俺にあると信じていいのだろうか。互いに伝えられないままのもどかしさが、まさかと淡い期待を抱かせる。期待しすぎでは駄目だと、一歩み出そうとする俺の背を引くその声が激しく心を揺さぶった。





四葉を探しながらそっと視線を上げて彼女を伺えば、葉を掻き分けた指先が、空で三以上の数を数える事はなく。それでも諦めず、小さな宝物を夢中になって探す姿が愛しいと思う。君はいつでも真っ直ぐでひたむきで・・・滲み出る温かな音色に惹かれて止まないように、いつまでも見つめていたい。


クローバの茂みを這い回りながら、四葉を探している俺と君。
互いに視線を反らしたままでも、ちゃんと聞いてくれていると分かるのか、日野は俺へと語りかけてくる。


「四葉のクローバーにはね、葉っぱの一枚一枚に意味があるんだって。月森くん、知ってた?」
「いや・・・幸運をもたらす事しか知らないが」
「名声、富、満ち足りた愛、素晴らしい健康・・・四枚揃って真実の愛。誠実、希望、愛、幸運の四枚揃って真実とも言われているんだよ。素敵だよね、こんな小さな葉っぱなのに、未来をも変える大きな力があるなんて」
「君は、それを捧げたい人がいるのか?」
「え!?」
「その・・・すまない。もう少し奥の方を探してくる」
「ちょっと、月森くん!?」


ふと顔を上げた日野と視線が絡み、君を見つめる事に夢中だった自分に気付く。気付かれただろうか?
熱さの募る頬を隠すように立ち上がると、驚く日野に背を向けて更に奥の木陰へ向かう。
太陽が真上から差し込む夏至の今日は、影が真下に短く映り、殆ど木陰の役目をなさない。額に噴出す玉の汗を拭いながら、俺の心の中にある黒い影も、太陽が短く消し去ってくれるだろうかと願わずにいられない。


我ながら嫉妬とは大人気ない・・・そう悔やむが、とにかく今は熱さを覚まさないといけないな。大きく深呼吸して森の空気を吸い込み、クローバーの茂みへ膝を折った。

四枚そ揃って真実の愛。
四葉のクローバーへの想いに浸り、幸せそうに微笑む瞳は一体誰に向けられているのか。
俺であって欲しい・・・そう思う程に苦しく息詰まり、手元の草を掻き毟って握り締めた。


「・・・・・・!」


今、声が聞こえた?
痛いよと脳裏に響く微かな悲鳴に、握っていた草から手を離せば、白の中にたった一つ咲く赤い花。
日野に良く似た赤い色と、素朴な可憐さ。拗ねて頬を丸く膨らませているのは、アカツメクサの花だった。


すまない、痛い想いをさせてしまっただろうか?


機嫌を損ねた日野を慰めるように、赤い花へ微笑を注ぎ、根元を覆う三つ葉たちを優しく撫でさする。
すると中に隠れていた宝物が、恥らうように顔をそっと覗かせた。
今まで見てきた三つ葉とは形が違うし葉の数も一、二、三、四枚・・・四葉だ!


早駆けする鼓動を抑えながら、もう一度慎重に葉を数えれば確かに四枚。
葉は丸く、真ん中に白い線模様もある・・・やっと見つけた!
摘み取ってしまうかと伸ばしかけた手は、触れる直前で咄嗟に引き戻した。彼女と一緒に、大切な瞬間を分かち合いたいと思うから。


「日野、来てくれ。四葉のクローバーを見つけた!」
「本当!? どこどこ!」


日も暮れだし、下校時間を知らせるチャイムが鳴り響く。

どうやら、今日中にみつけたい君の約束に間に合ったな。
果たせた役目に深く息を吐く俺に向かって、顔を上げた日野が子犬のように転がってきた。
隣にペタリと座り込み、じっと手元の葉を見つめていた。ポケットから取り出した図鑑のコピーと見比べ、頬をつねり、何度も四枚を数えて・・・。どうやら感動で声も出ないらしく、ただ膝の上でぎゅっと手を握り締めていた。


「凄い・・・四葉のクローバーだよ! 月森くんが見つけたんだね、小さな幸せを」
「たった一つ咲いていた赤い花が、大事に守っていた。日野のようだと思ったこの花が、俺に教えてくれたんだ。これは君のクローバーだから、摘み取るといい」
「いいの? だって、これは見つけた月森くんのものでしょう?」
「君に持っていて欲しいんだ、受け取ってくれるだろうか」


最初は驚きに目を見開きいたいたが、やがてほんのり赤く色付いた満開の花が開く。
力いっぱい頷いた笑顔に瞳を緩めて微笑むと、潤みかけた大きな瞳が煌きを放った。
俺が三つ葉を掻き分けている間に、土と草露にまみれたしなやかな指先が四葉へと触れる。


「赤いお花さん、ありがとう。ちょっと痛いけどごめんね、葉っぱを下さいな」


俺たちだけの大切な儀式のように、厳かな瞬間。
小さな四葉を挟んで見つめ合う瞳が夕日の温かさを溶け込ませ、小さく灯った希望が心の中で大きく膨らんでゆく。





先に膝を折ってしゃがんでいた身体を起こせば、黄昏時に吹き抜ける風のような爽やかさが心地良い。
指先に四葉を摘み、愛しそうに眺める日野も続けて立ち上がったが、長時間座っていた反動で脚がもつれてしまった。咄嗟に腕の中で抱き締めれば柔らかな身体がピクリと揮え、緊張で身を硬くする。
俯いた表情を髪が覆い隠してしまったが、深呼吸をすると光りを宿した瞳で真っ直ぐ振り仰いだ。


「月森くん、あのね・・・あのね・・・」


ひたむきな瞳、微かに震える指先。何かを俺に伝えようと、腕の中で必死に自分と戦っている。
俺へと差し出されたその指先に摘まれたものは、先程彼女が摘み取った四葉のクローバーだった。
まさか彼女は、俺に渡す為にずっと探してくれていたのか!? 


「月森くんに、この四つ葉のクローバーを受け取って欲しいの」
「俺で・・・いいのか? 君がずっと探していたものだろう?」
「私が探していた幸せは、月森くんへの贈り物だったの。四葉のクーバーの花言葉“Be mine”の言葉と一緒に」
「日野・・・・!」


クローバーの見せる夢ではないだろうか。信じられずに目を見開くが、耳から聞こえる俺の鼓動も、腕から伝わる君の温もりも本物だ・・・これは夢でも幻でもない。


花言葉だという「Be mine」を日本語に訳せば、「私のものになって、私を想って下さい」。
つまり、深い求愛の意味になる・・・君が俺を求めてくれているのだと。


「一枚目の名声の葉っぱには、月森くんが将来有名なヴァイオリニストになれますように。二枚目の富の葉っぱには、豊かな心でいて欲しい願いを。私の心を豊かにしてくれる、大好きなヴァイオリンの音色を聞かせて欲しい。三枚目の健康の葉っぱには、怪我とか病気しないで元気でいられますようにって願いを込めたの。いい事がいっぱいありますようにって。でね、四枚目は・・・・・・」
「四枚目、満ち足りた愛の葉は? 香穂子の願いを、俺に教えてくれないか?」


言葉を詰まらせてしまった日野に優しく語りかけると、唇を噛み締め俯く顔が、強い意思をもって真っ直ぐ振り仰ぐ。吸い込まれそうな光りの泉に、熱い眼差しを注ぐ俺を映しながら。
彼女が心から願う言葉を聞きたいから、焦らせずにゆっくりと待とう。
親指と人差し指の間に摘む四葉のクローバーごと、緩めた瞳の温かと一緒に両手で包み込んだ。


「・・・っ!私、月森くんが大好き。これからもずっと・・・ずっと追いかけるから!」
「俺も君が好きだ。日野・・・いや、香穂子」
「つ、月森くん・・・!」
「俺の願いも君が健康でいてくれること、笑顔でいてくれる事だ」
「受け取ってくれるの?」
「あぁ。四枚揃って真実の愛、込められた想いごと、喜んで受け取らせてくれ。この小さな葉は、俺にとって大切なお守りになるだろう。いや、香穂子が俺にとってのお守りだな」


君の想いがいつだって俺を守り、光と幸せに導いてくれるから。
俺も君にとっての、四葉のクロ−バーになると誓おう。
包んだ手を引き寄せ、そっと唇を寄せると、香穂子の頬が真っ赤に染まった。




苦しみも楽しみも分かち合い、一緒に時を重ねて探した事が、俺たちにとって何よりもの大切な宝物。
二人の願いを託した幸せの葉を、いつまでも大切にしよう・・・君と共に。