永久保存メール




君からもらうメールに必ずと言って良い確率で入っているのが、赤いハートの絵文字だ。大きなものが一つだったり、小さなハートが二つだったり。時にはくるくると動く絵文字たちが、たくさんのハートを舞い踊らせている。想いを込めた一言も文字だけでは素っ気ないが、例えば小さな絵が添えられるだけで、君の楽しげな笑顔も一緒に俺の元へ届くんだ。


だがその・・・。メールというのは、お互いに離れている時に言葉を交わす手段だろう?
俺たちは今、同じ場所にいるじゃないか。 受信した香穂子からのメールを開くと、学院の屋上で昼食を取ったベンチに、肩を並べて座っている君へ視線を送る。わざわざ携帯電話でメールを交わさずとも、直接話せば済むことじゃないか。


零れそうな溜息を喉元で堪えながら、困ったようにそう言うと、これは蓮くんの為の絵文字講座なのだと、自信たっぷりに胸を張る。頼んだ覚えはないんだが、「コミュニケーションは大事だと思うの」と、絵文字の素敵さを熱く訴える香穂子に真っ直ぐな瞳で見つめられたら、俺はもう降参だ。


「ねぇ蓮くん、メールできた?」
「文章までは、いつも通り打てるが、その・・・どうしても絵文字を使わないと駄目なのか?」
「完結で短い文章のメールは、蓮くんらしいなって思うし、とっても嬉しい気持ちになる私の宝物だよ。でもね、大好きっていう言葉の後にハートマークがあるのと無いのじゃ、伝わる気持ちの大きさも違うと思うの」


ぴったりと膝を寄せ合う君の温度が伝わる距離から、ひょっこり顔を覗かせた香穂子が俺の携帯電話を覗き込んできた。
「テストメールだから、私に送る言葉はとりあえず何でも良いよ」と、笑みを綻ばせながら先生役を楽しんでいるようだ。いつもは俺からヴァイオリンを教えてもらうから、その逆の立場が嬉しいのだろうか? 

機能や使い方が分からない訳じゃなくて、どうにも照れ臭いだけなんだ。君からもらう、きらきらと楽しげに動く絵文字メールを眺めるのは、楽しんだが・・・自分が描くとなるとどうにも難しい。やはり絵は苦手だと、眉をひそめながら呟く俺に、ぱちくりと不思議そうに瞬きした後で、ふるふる首を横に振る。


「えっとね、お絵かきじゃなくて感情なの。言葉の器だけじゃ溢れてしまう自分の気持ちを、絵で伝えるんだよ。楽譜をヴァイオリンで奏でて、自分の想いを音楽に乗せるみたいにね」
「・・・分かってきた気がする」
「良かった〜分からない事があったら、いくらでも聞いてね。あ!もし良ければ、私が持っている動く絵文字も使う?」
「いや、とてもそこまでは・・・。まずは君が言うように、文末にハートマークを一つ添えるところから、始めようと思う」


だからその、あんまり近くで覗き込まないで欲しいんだが・・・。どの絵文字にしようかと、画面の中でカーソルを彷徨わせながら、途切れそうな理性を繋ぎ止めているなんて、君は知らないだろうな。このマークはこういう気分の時にね・・・と、手元を夢中で覗き込みつつ、肩先をひしっと掴んでぴっとり頬をくっつける、無邪気な吐息が頬を掠めてくすぐったい。


「蓮くん、ごめんね。こういう事は苦手そうだし、恥ずかしいの知っててお願いして、私ってば我が儘だよね」
「どうして香穂子が謝るんだ? むしろ謝らなくてはいけないのは、俺の方だ。君に寂しい想いをさせてしまったらから、貴重な時間を作らせてしまったのだし。それに今は近くにいられるが、留学してしまったら会う事が難しくなる。気持ちや感情、今の自分を少しでも多く伝える手段は必要だ」
「あの・・・あのね、蓮くん。お願いがあるの」
「どうしたんだ、香穂子?」
「可愛いデコメを使ったメールを送るのは、私と蓮くんだけの秘密にしようね。二人だけのラブレターだよ」


ラブレター・・・か、そう思うと気恥ずかしかった想いも、いつの間にか消え去っていることに気付く。君を喜ばせる為にはどうしたらよいかと、気持ちも筆も前向きに進んでくるから不思議だ。香穂子が小さなハートが二つ並ぶマークと笑顔を添えて来たから、俺はもっと大好きだと伝えたい。


「なぜハートは赤い色をしているんだ?」
「それはね、好きになるほど赤くなるものだからなんだよ。もしもハートが青い色をしていたら、空や海みたいで綺麗だけど・・・こんなにも胸がドキドキ高鳴ったり、身体や顔が熱くならない思うの」
「好きな想いが高まるに連れて赤くなる・・・か、なるほど。まるで照れたときに見せる、君の顔のようだな」
「私だけじゃないよ。蓮くんだって、同じ色をしているの」


屋上のベンチに並んで座る香穂子が、いそいそと座る距離を詰めてぴったりと膝をくっつけてくる。携帯電話を両手で握り締めながら、ほんのり赤く染まった頬で振り仰ぐ温度が、触れる膝越しにゆっくりと伝わり俺を赤へと変えてゆく。

どんなにポーカーフェイスで誤魔化しても、心から溢れる大好きな気持ちが、高鳴る鼓動となって溢れてしまう。
こんなにも君が好き、そう思うとたまらなく照れ臭さが募り、顔や身体が熱くなる・・・。この熱が君の言う赤いハートマークの証なんだな、そうだろう? 一緒の気持ちだから、添えられた気持ちが、こんなにも嬉しくて温かく幸せに感じるんだ。


「蓮くんからもらう、初めての絵文字デコメールは、大切に永久保存しようと思うの。嬉しいな、すごく楽しみでワクワクするの。蓮くんのメールを見るときには、傍にいるみたく胸のどきどきが押さえられなくて・・・いつも百面相しちゃうの。きっと思いっきりほっぺが緩んじゃうかも」
「俺も、香穂子からもらうメールは、全部大切に保存してある。受け取った時に感じた幸せな温かさを、君に届けられたら嬉しい」


君と分かち合う、最初の一歩。
永久に保存されるのなら、心に宿る素直な想いを言葉に乗せて届けよう。欲しいねだるから、俺も最後に一つだけ添えてみようか。赤い温度、心の形、恋の色・・・二人だけの秘密・小さなラブレターを。

今かまだまだかと、ワクワクする気持ちを笑顔で綻ばす香穂子を見つめながら、手元の送信ボタンを押した。
それをどんな顔で受け取るのか、想像する楽しみがあると、教えてくれたのは君だから。