独占欲



そろそろ来る頃かな・・・。今日こそはビシッと断らないと。
おねだりすれば何でも私が言うこと聞くと思ったら、大間違いなんだから!
蓮くんにおねだりされると断れなくて、ついお願いを聞いてしまうの。
結局いつもその後、蓮くんのペースにはまっていって・・・・。
その後に待っているのは、当初のお願いとは全く関係ない甘いひととき。
きっと蓮くんも、私が蓮くんに弱いから、断れないの知っててやってるに違いない。


でも、こればかりは好きになった弱みだから仕方ないかなって思うの。
だって、あなたに恋しているから。
きっとそんな状況を一番楽しんでいるのは、もしかしたら私自身なのかもしれない。

 
ヴァイオリンの練習のあと、蓮くんお部屋でお茶を飲みながらちょっと一休み。
膝の上で雑誌のページを捲っていると、小さなテーブルの向こう側から、ジッと見つめる視線を感じた。
いつもは光の泉のように優しい琥珀が熱い炎を灯しているから、私まで熱くなって火を噴き出してしまいそう。
冷静な振りをしているけど、瞳は嘘をつかないんだよ。心が焦げた跡につくのは、きっとあなたの想いの証。

ほら、きた。
ゆっくりと向かい側から移動してきて隣に座ったけれど、気付かない振りで雑誌を眺める。


「香穂子・・・」
「だーめ!」


隣を振り仰ぎ、顔の目の前で指のバツ印を作った私を、驚いたように眼を見開いた。


「まだ何も言っていないだろう」
「分かるよ、蓮くんの事だもの。このタイミングで何が言いたかったのか。でもね、駄目」


途端にシュンと悲しそうに表情が陰る蓮くんに、少しだけ心が痛んだ。
でも心を鬼にして、ぐらつきそうな決心を叱咤する。ここで気を許したら、いつもと同じじゃない!

 
「どうしても駄目なのか?」
「・・・だって蓮くん嘘つきなんだもん。別に嫌な訳じゃないんだよ」


ふいと視線を逸らしたまま、暫く沈黙が流れた。
あれ、諦めたのかな? 今日の蓮くんやけに引き際が早いな、と思って視線を上げると本人の姿がいない。


「蓮くん・・・?」


いなくなると急に不安になるの。どこに行ったんだろうと探して、きょろきょ部屋を見渡していると、背後から包まれふわりと感じる柔らかい温もり。いつの間に移動したのか座った私に覆い被さるように、背後から抱きしめてきた。


「香穂子・・・」


耳元で低く甘く名前を囁かれて、より一層強く腕の中に閉じ込められる。名前と共に囁かれた吐息が熱となって耳朶を焼き、私の中を駆け巡る。このまま甘い痺れの渦に引き込まれていまいそうな意識を寸出の所で繋ぎ止めたくて、目の前にまわされた、私を抱きしめる蓮くんの腕をぎゅっと掴んだ。


「も〜蓮くんてば反則!」


は〜っと大きく溜息を吐いて膝の上にあった雑誌をのけて、膝を開けた。
降参です・・・まぁ、敵うわけないって分かっていたけれどね。
恋の駆け引きも、一筋ならではいかないみたい。


「蓮くん、どうぞ」
「ありがとう、香穂子」


背後から抱きしめたまま、頬をかすめた柔らかい感触は、不意打ちのキス。思わず真っ赤になって気を取られ、動けずにいるその隙に、私の膝を枕にして占領した蓮くん。膝の上に、愛しい人の温もりと重みを受け止めながら心の中で思う。


同じように私も独占しているんだよ。
触れれば届くこの距離の近さが、心の近さにも思えて胸がキュッとなってしまうの。


蓮くんの青くサラサラな髪の毛を優しく梳いて撫でると、感触が心地よいのか、穏やか顔で瞳を閉じ、身を任せている。瞳を閉じると、とても少年ぽい無垢な表情になるんだよね。それがすごく可愛くて、つい魅入ってしまう。
私の膝のを枕に、嬉しそうにくつろぐ蓮くんの瞳を上から覗き込んだ。優しく見上げてくる瞳に吸い寄せられ、顔を近づける。


「もう〜蓮くんの甘えんぼ」
「香穂子がなかなか甘えてくれないから、丁度良いんじゃないか」


そっと下から手を伸ばして、私の頬を包み込んでくれる。そういう問題でもない気がするけれど。


「甘えるって・・・だって恥ずかしいじゃない」
「二人っきりなのになぜ?」
「もう〜だから余計にドキドキして、照れて恥ずかしいんじゃない」


蓮くんは真顔で聞いてくるけれど、乙女心は複雑なんだから。
そんな心理を蓮くんは知っているのか、知らずにいるのか。


真っ赤になってぷうっと膨れる私を、可愛いとそう微笑みながら、包み込んだんだままの頬を自分の方へと引き寄せた。
ゆっくりと近づく互いの距離。片側の肩を支えに上半身を起こして、その距離は一気に縮まった。
重なり合う唇・・・互いの中に駆けめぐる熱さを、唇を通して伝え合う。


「香穂子・・・」
「蓮くん・・・」


熱い吐息と共に囁かれる名前に、痺れが走る。私の吐息もきっと同じくらいに熱くなっているに違いない。
答えると、合図のように腰を抱かれて引き寄せられる。急に視界が回り、背中に堅い床を感じた。

 
・・・はっ! いけない。いつものパターンだ!

 
そう気付いた時には、もう遅かったみたい。
私に覆い被さる蓮くんの視線が、射抜くように私を絡め取る。
重なった身体から感じる、服越しに伝わる体温と激しく高鳴る鼓動は、私のものか、蓮くんのものなのか・・・。


「ちょっと、蓮くん!」
「膝枕のお礼だ」
「いっ・・・いらないよ。気持ちだけで十分だからっ」


そう言って、首筋に顔を埋めてくる。
覆い被さる厚い胸板は押せど叩けどびくともしない。


「膝枕だけじゃなかったの!?」
「俺は何も言っていなかったが?」
「も〜だから蓮くん嘘つきなんだよ〜」


にっと不敵に微笑んで、絶対蓮くん確信犯だ! 
う〜と唸る私のおでこに、柔らかく優しい口づけが降ってきた。


「好きだよ、香穂子」
「私も、蓮くんが大好き」


甘く揺らめく微笑みと瞳、唇で語られる彼の言葉と想い。そう、私はいつだって蓮くんには敵わない。
一瞬一瞬、何度もあなたに恋をするから。


首に腕を絡めて引き寄せ、私からキスを贈った。温かさがあなたにもどうか届きますようにと、心を込めて。気持を恥ずかしいのを堪えならが、そっと触れるだけの優しいキスを。ゆっくり唇が離れると、今度は息を潜めた蓮くんからのキスがもう一度降ってきた。



全てを持っていかれるような、激しく荒々しいキスが私を絡め取る・・・。
互いに深まる口づけは、どこからが私で、どこからが蓮くんか分からなくなりそう。


高まる激しい情熱に攫われ、意識がだんだん遠のいていく・・・。
次に目が覚めたときには、きっと今度は蓮くんの腕枕かな?