Chrismas Town
今日は門限を少し延ばしてもらったから、蓮くんと一緒に夜の街をおでかけ。
まだイヴには早いけれど、街中はすでにクリスマスムード一色に染まっている。
この時期恒例の街頭イルミネーションや、ショッピングモールに飾られた大きなツリーを見に行こうと約束していたの。
こんなにも心が浮き立つのは、流れるクリスマスソングのせい?
ううん、きっとあなたが隣にいるから。
だって大切な人と初めて一緒に過ごすクリスマスなんだもん。
せわしない冬の太陽があっという間に姿を消すと、茜色の夕焼けと入れ替わるように現れるのは、街を覆い包むイルミネーション。赤やオレンジ、青や白・・・・。
赤や緑や金色といったクリスマスカラーに彩られた、店頭のディスプレイはとても華やかで。細やかなオーナメントで飾られたもみの木のリース、それに大小様々なクリスマスツリーが、明るい輝きの中に浮かび上がっていた。
「蓮くん見てみて、ツリーにりんごがいっぱいなってるよ!」
「え!?」
嬉しそうにはしゃぐ香穂子の言葉に目を丸くする月森が、腕を引かれて視線を向けた先にあったのは、緑と赤のコントラストがひときわ目を引く大きなクリスマスツリー。いっぱいに飾られた、赤くて丸いオーナメントは、小さなりんごたちだった。
「可愛いね〜」
「そうだな」
「何か横の看板に書いてあるよ。えっと・・・りんごは“愛の果実”です・・・だって」
「旧約聖書の、アダムとイヴの話からきてるんだな」
恋人たちを意識したらしい飾り付けに、甘いくすぐったさとほのかな熱さを感じてしまう。二人で案内板を読み終えて、顔を上げた直後に絡んだ視線に耐え切れず、お互いにフイと逸らしてしまった。
照れくささを隠すように小さなりんごを指先で突付けば、小さく揺れる可愛らしさが微笑を誘う。
屈む様に顔を寄せてきた月森を見上げれば同じように微笑んでいて。余韻でまだ微かに揺れているりんごのオーナメントを、今度は彼の長い指が静かに突付く。再び揺れ出す愛の果実を、額を寄せあうようにして一緒に見つめていた。
きらきらと光溢れる街中を、手を繋ぎながら歩く。
賑やかに飾られた店頭やショーウンドーに目を留めて、時折立ち止まったりしながら。
もっぱらはしゃぎ回るは私の方で、蓮くんはそんな私をずっと優しく見守っている。受け止めてくれてるって分かっているから、つい嬉しくて気持ちが止まらなくなっちゃうの。
手のひらから伝わる温かさが体中に行き渡り、私の手を包むあなたの大きな手のように、私を寒さから守ってくれている。優しさが心にまで染み込んで、身体の芯からポカポカ温かい。
まるで、心の手のひら・・・。
それはぎゅっと握るあなたの大きな手が、心までしっかり掴んでくれていてくれるから。
大切な人の手だけが、私の心に触れることが出来るの。
「うわ〜。凄〜い!」
立ち止まり、屈みこんでガラス越しに覗けば、眠っている子供の枕元にそっとプレゼントを届けるサンタクロスの人形がディスプレイされていた。窓の外には様子を伺うトナカイたち。枕元に置かれた小さな靴下や、袋から覗くプレゼントのリボンに至るまで実に精巧に出来ていて、精巧さと彼らの可愛らしさ溢れる表情につい魅入ってしまった。
ガラスに張り付くように見ていたものの、突然、ふと我に返った。
いけない。蓮くんがいるのに、また一人ではしゃいじゃったよ。
さっきから黙ったままだけど、どうしよう。怒っているのかな・・・・。
そう思って、そっと恐る恐る視線だけ上げてみる。ガラスには、私の背後にいる蓮くんが映っていた。
ドキッとした・・・・心臓が、止まるかと思った。
彼が見ていたのはガラスの中に飾られたディスプレイでなく、私。
瞳は柔らかく、優しく微笑んで・・・心が溶けてしまいそうだった。
こんな蓮くんの顔、今まで見たこと無い。
心に宿した温かい想いが満ち溢れて、向けられた表情から伝わってくるようだ。伝わる想いが熱を生み、鼓動を高鳴らせる。
ずっと、私を見ていたんだろうか?
今だけじゃ無い。
背の高い蓮くんと視線を合わせる時は、私が見上げなければいけない。でも私が見上げる度に、必ず視線が絡むの。そう・・・ずっと見てくれてるんだ・・・私が気づく前から、いつも・・・ずっと。目が合った瞬間に、ふわりと表情が変わってしまうから気づかなかったけど。きっとガラスに映っているのと同じく息が止まるかと思う程、こんなにも優しい表情で・・・・・。
「香穂子」
背後から呼びかけられて視線を僅かに上げれば、包み覆うように私の背後に佇む蓮くんと、ガラス越しに視線が重なる。
やだ・・・私ったら・・・。
蓮くんに見とれてましたって、気づかれちゃったかな?
クスクスという小さな笑い声を背中に受けながら、恥ずかしさのあまり頬に熱が集まっていくのが分かる。目の前のガラス窓に映るのは赤く染まった私の顔。そして僅かに首を伸ばしてガラス越しに私を覗き込む、楽しそうな彼の笑顔があった。
もう、笑うこと無いじゃない。
蓮くんのイジワル。
いたたまれなくなって視線を逸らしてまった。
知らないよ、もう。そっち向いてあげないんだから・・・。
横を向いたままぷうっと膨れた私に、優しく宥めるように名前を呼びかけてくる。
そうだ、驚かせちゃえ!
とびっきりの甘い微笑で私を思いっきり驚かせてくれたんだから、少しくらいはいいよね。
香穂子は突然くるりと後ろを振り向くと、背後にいた月森の胸に飛び込むように抱きついた。
月森も驚きながらも、飛び込んできたしなやかで華奢な身体を、しっかりと抱き止めた。ふわりと漂う甘い香りと、コート越しでもはっきり感じる柔らかさに動揺して、頬から顔全体へと急速に赤みを帯びていく。
「かっ・・・香穂子!?」
「へへっ。蓮くん、びっくりした?」
「驚くさ、香穂子が突然飛びついてくるから」
月森は驚いたと言いつつも嫌がるそぶりは見せず、目を細めて嬉しそうに、しがみつく香穂子を己の腕の中へ強く閉じ込める。引き寄せられるまま身を任せて、甘えるように胸へ擦り寄った。コートの上からでも、彼の鼓動をかんじ取れるようにと。
「蓮くん、大好き!」
「一体どうしたんだ、突然に」
「どうもしないよ、いつもと一緒」
夜の厳しい冷え込みが、頬と足元を引き締めるように凍らせるけれども、一番温かいものが今ここにある。赤やオレンジ・・・周りで輝くイルミネーションの明かりにも、華やかな飾りにも負けないくらい、温かくて優しいものが。
凍える夜は、あなたの笑顔は何よりもの救いなの。
最後に残る愛のように、穏やかに・・・心の中にいつまでも灯り続ける。
共に過ごす一瞬一瞬の大切さを教えてくれたこの夜が、どうか永遠のものでありますように。