Lovers Chocolatie

「香穂子、やっと見つけた・・・」
「蓮くん! あっ、見つかっちゃったね。でも今日は前よりも早かったよ。凄〜い、記録更新だね!」


森の広場の中でもとりわけ人目に付きにくい茂みの中で、ポツンとしゃがみ込んでいた香穂子を見つけたのは、
もはや直感というか俺の本能に近いと思う。彼女がどこへ隠れようとも、必ず探し出せる自信があるから。
そうは言っても互いの教室や練習室、屋上に音楽室に講堂に至るまで・・・学校中を探し回ってようやくここまで辿り着いたんだ。

新記録だよとはしゃいで喜ぶ香穂子は、俺の何を試そうとしているのか。意図が掴みきれないながらも右腕の時計で所要時間を確認し、満面な笑みで向けられる彼女からの拍手に、まんざら悪い気はしなかった。




『放課後になったら、私を捜してね』

俺の携帯電話にそう香穂子からメールが入ったのは、昼休みが終わって教室に戻った時だった。
それまで一緒に過ごしていても何も言わなかったのに・・・。また彼女が、新しい遊びを思いついたのだろうか。
溜息を付きつつも、ホームルームが終われば即座に教室を飛び出して。だが振り回されるのも悪くはないと、楽しんでいる俺がいるのは、惚れた欲目かあるいは彼女の影響かもしれないな。


君を捜してずっと走り回っていた俺の苦労を知ってか知らずか。
切らした息を肩で整える俺に、悪戯が見つかった子供のように無邪気な笑顔を見せた。

うっすらとにじんだ汗で張り付いた前髪を、掻き上げつつ額を抑えれば、小さな溜息が零れてくる。
その笑顔に弱いんだ、何も言えなくなってしまう・・・ホッと心が安らいで、全てを許してしまいたくなるから。


「見つかった、じゃない。俺が最初に見つけたから良いものを・・・どうして君はいつも、誰も人が立ち寄らなそうな場所に隠れるんだ。あまり俺を心配させないでくれ」
「だってすぐに分かったら、隠れん坊の意味が無くてつまらないじゃない。それにね、私がどこにいても蓮くんが真っ先に探し出してくれるって信じてるもん」


真っ直ぐ向けられる瞳と信頼が、胸を熱く高鳴らせる。
俺を丸ごと受け入れてくれる君が側にいてくれるだけで、心が力強く優しくなれるんだ。
ふわりと広がる温かさに瞳と頬が自然に緩み、膝を折って香穂子の前にしゃがみ込むと、内緒話をするように興奮を抑えた様子で顔を寄せてきた。


「あのね、蓮くんに探して欲しい物があるの」
「探すのは君だけじゃなかったのか」
「うん! 同じくらいに大切な物だよ。ねぇ蓮くん、今日は何の日か知ってる?」
「今日は2月14日・・・その、世間で言うところのバレンタインデー・・・だろうか」
「ピンポーン、大正解!」


頬の脇に人差し指を立て、見えないチャイムを押す愛らしい仕草に鼓動が一気に飛び跳ねた。
これはひょっとして君が俺にチョコを渡す為にわざわざ、誰もいないこの場所へ呼び出したのだろうか。
さらりと切り出したけれども、内心は期待と嬉しさがいっぱいで、冷静さを保つのに精一杯なんだ。

誰にも見つからず二人きりとは、恥ずかしがり屋な君らしいなと、込み上げるくすぐったさに頬や口元が自然に緩んでしまう。きっと頬を染めつつはにかんで渡してくるだろう君に、受け取った俺はどうなってしまうだろうか?
駄目だ・・・いくら人が寄りつきにくいとはいえ、ここは学校だろう? 

軽く頭を振って欲を振りほどき理性を保つ俺に、目の前の君はきょとんと小首を傾げて不思議そうにしている。
こればかりは、出来れば気づかないままでいて欲しい。



だが香穂子によって浮き立たつ心も、また彼女の一言で一瞬のうちに覚めてしまう。
甘いままで終わる筈は無いと思っていた、予想通りと言えばそれまでだが。


「蓮くんにあげる為だけに、私がたった一つだけ用意した手作りバレンタインチョコ。実はね、この森の広場の中のどこかに隠しちゃったんだ〜」
「は!? か、隠した・・・!! 何て事をするんだ、もし他の誰かが見つけていたら俺の・・・いや、君のチョコレートがっ・・・!」
「ね、大変でしょう? だから早く見つけてあげないと、お日様の暖かさで蕩けちゃうんだよ」


つまりは俺が貰うはずのチョコレートを自分で探せと、そういう事なのだろう。
驚きに目を見開き言葉を失った俺は、ただ呆然と香穂子を見つめるしかなく。
何でも無いように笑いかける彼女は、まるで隠れん坊の続きを持ちかけるような気軽さだ。

チョコレートが蕩けるよりも先に、他に大変な事があるだろう? どうして君はそう暢気でいられるんだ!?


密かに楽しみにしていた、香穂子からのチョコレート。
甘い物は苦手だが、彼女からもらうとなれば話は別だ。
しかも手作りとなれば本命の証・・・想いが俺にある筈なのに、隠すとはどういう事なのだろう?

君にとって俺は・・・と悩みの渦に巻き込まれそうになるが、きっとそれは違う。
大切な宝物ほど簡単には手に入りにくいからこそ、価値があるのだと思うから。
ならば見つけて見せよう、他の奴の手には絶対に渡しはしない。


胸に抱いた決意ごと拳を強く握りしめ、彼女の大きな瞳を真っ直ぐ見つめ返した・・・が。
かなりの広さがある森の広場のどこへ小さなチョコレートを隠したのか、さっぱり見当が付かずに途方に暮れてしまう。無邪気さもここまでくると少々恨めしくもあり、周囲の木々や植え込みを見渡し深い溜息が零れてくる。


「闇雲に広い中を探すのでは、下校時間を過ぎてしまう。すまないが、ヒントをくれないだろうか?」
「いいよ、じゃぁ第一のヒントを言うね。今私たちがいる、この茂みの中にあるんだよ」
「随分範囲が近くに限定されたな・・・・」
「二つめのヒントはね、隠してるっていうよりも、今温めて大きく育てている所なの」
「は!? 育てる? チョコレートをか?」
「蓮くんには、出来たてのホヤホヤを食べて欲しいんだもん。もうそろそろ食べ頃だと思うんだけど・・・」


温めて育てるとは・・・雛のかえる卵じゃないだろうと思うが、彼女の瞳に宿る輝きは至って純粋で真剣だ。
チョコレートにかける女性の情熱は、貰う男の俺たちには計り知れない壮大な物なのだろう。
大きくなったかな?と想いを馳せて、嬉しそうに頬を綻ばせる君の夢は壊したくないし、大切にしたいと思う。

俺の為に・・・その気持ちが何よりも嬉しくて愛しくて、体中を熱くさせるから。


背が高く茂る植え込みが壁のように囲む中に、二人も休めばいっぱいになる小さな芝生の空間。
周囲を覆う木や草の根元だろうか? それとも茂みの葉の中か?
眉を潜めて注意深く周囲を伺う俺に、小鳥が囀るくすくすと楽しげな笑い声が耳を擦った。


まさか・・・ひょっとして。


『樹を隠すには森の中』と言う諺ではないけれど、一つの可能性に思い当たったのは君の微笑みからだった。
分からないの?と試すように、どこまでも無邪気に楽しげに。探してもらうのを待っている顔をしていたから。
俺にとって大切な物は、同じく大切な物の中に隠されているのではないかと。

その証拠に香穂子は先程からずっと、何かを隠し押さえるように両手を胸の辺りへ添えていた。
隠し事が苦手な彼女は、隠す程に見つけてくれと言わんばかりに、宝はここだと在処を自ら教えてくれている。
自然な愛らしい仕草に見落としていたが、よりにもよって制服の内側・・・つまりは彼女の柔らかな胸の中に。


温めて育てる・・・には確かにぴったりな場所だな。
出来れば俺がチョコレートになりたいと思うが、本当にそこから取れというのか? 
何かの間違いかと思いたいが君のお許しも出た事だし、誰も来ない今のうち一瞬で済ませてしまおう。

大きく深呼吸して気持ちを落ち着けながら、決壊寸前の理性をかき集め、真っ直ぐ瞳を射抜く。


「君の手の中に、何かあるのか?」
「へ? な・・・何でもないよ。手の中にはほらっ、何にも無いでしょう? えっと〜そのね、蓮くんが素敵だなってドキドキしてるから・・・静まれ心臓?って押さえてるの」


一瞬だけパッと手の平を離し広げて見せると再び胸を押さえ、種も仕掛けもないよと。膝を詰めてにじり寄る俺に誤魔化すような笑みを浮かべ、芝生にペタリと座り込んだ姿勢のまま後ずさろうとする。
当たりだな・・・チョコレートは確かに香穂子が持っているのだろう。ならば隠した場所ごと、手に入れるまでだ。


「香穂子・・・少し、失礼する」
「え!?  ・・・きゃっ! やっ・・・ちょっと蓮くん。ここ学校だよ、それに外だし・・・誰か来たら・・・」
「見つけてくれと言ったのは君だろう? すまない、探しにくいから少しじっとしていてくれないか?」


手を伸ばし、香穂子の背を攫って腕の中へ閉じ込めれば、感じる柔らかさと髪から漂う花の香りに目眩がする。
このまま抱きしめていたい欲に引きずられるが、捜し物があるのだと必死に自分へと言い聞かせた。


抜け出そうと身を捩り出す身体を、優しく封じながら耳元に囁きかければ、ピクリと跳ねて甘い吐息が零れ落ちた。火を噴き出しそうな程、真っ赤に頬を染めて大人しくなった頬に掠めるだけのキスを贈ると、制服の上着の裾から中へと手を忍ばせてゆく。


「んっ・・・やっ・・・」


息を詰めて身を固くする腰から上へ、ゆっくり撫でるように手の平を滑らせて。
やがで胸の膨らみに行き着くと、きゅっと背にしがみつく彼女の指先の力が炎となって駆け巡り焼き焦がす。
このままでは俺の方が限界だとそう思いかけた頃に、柔らかな胸の膨らみに見つけた小さな箱の感触。


あった・・・これだ!


箱を掴み制服の中へ忍ばせていた手を抜き去り解放すると、両手で胸を押さえながら浅く早く呼吸を繰り返していた。潤んだ瞳で頬を膨らませながら睨んでくる君が可愛いと言ったら、もっと真っ赤になって怒るだろうな。
手の平に乗った箱は綺麗にラッピングされて、青と赤のリボンがかけられており、握ってしまえばすっぽり隠れてしまう程に小さい。


これが、香穂子が隠していた・・・俺の為に用意したというチョコレートなのだな。


「こんな場所に隠していたのか・・・」
「もう〜蓮くんのエッチ! 言葉で答えを言ってくれるだけで良かったのに、いきなり抱きしめて制服の中に手を入れてくるんだもん。でもよく分かったね」
「君が胸の辺りを押さえていたのと、箱の分だけ制服の上からふくらみが・・・その・・・」
「制服のポケットは膨らんですぐに分かっちゃうし、どこに隠そうかなって探してたら思いついたの。良い場所見つけたって・・・ここなら見つからないよねって。いつもより胸が大きくなった気もして嬉しかったけど、やっぱり気づいたんだね。今更だけど、ちょっと恥ずかしいかも」


恥ずかしさのあまり耳や首まで真っ赤に染めて俯き、膝の上でキュッと手を握り合わせている香穂子の熱さが移ったのか。見つめる月森も頬にも次第に赤みが増してゆき、ふいと顔を反らし互いに黙り込んでしまう。


「ちっちゃくてごめんね。私が作った一つだけのチョコレートは、本当にたった一粒なの。宝石箱よりも小さいし、一口で食べ終わっちゃう・・・」
「香穂子・・・・・・?」


ほんの僅かの沈黙を破った香穂子の呟きは、それまでとは違い悲しげで、今にも泣き出しそうに振るわす空気に反射的に振り返れば、俯きじっと耐えながら華奢な肩を振るわせている。


「蓮くんは甘い物が苦手でしょう? 失敗したり納得いかなくて何度も作り直して。いろいろと試行錯誤しているうちに、やっと出来たのが最後の一欠片だったの。あの・・・ね、途中で味見をしようと、ちょっと摘んじゃったっていうのもあるんだけど・・・ね」
「だから卵のように温めて、大きく育てようとしたんだな・・・チョコレートの一粒に想いを込めて」
「私の“好き”はこんなくらいかって呆れられたらって・・・いらないって言われたらどうしようって不安だった・・・」
「望んで待っていたのに、いらないと言う訳がないだろう? チョコレートの数や大きさだけで、君の想いは計れるものではない。たった一粒でも、たくさんの想いが詰まっているのだから・・・そうだろう?」


手の平に乗った箱に残る温もりは、彼女がずっと胸に抱いて温めてくれたもの・・・そして心に宿した想い。
感じた温もりを君も伝えたい、消えて欲しくない。
瞳を緩めて微笑みながら穏やかに語りかければ、暗闇に光が差すようにゆっくり顔が上げられてゆく。


もう一度抱き寄せ互いの鼓動と呼吸を静かに重ねれば、胸の中で振り仰ぐ潤みを湛える大きな瞳に煌めきが戻り、ほんのり赤みを残す頬に微笑み返しの優しい花が咲いた。




「ほら、お薬の半分は優しさで出来ているっていうじゃない。でもね私のチョコは半分どころか溢れちゃって、120%愛がいっぱい詰まっているんだよ。たった一粒でも、心とお腹がいっぱいになるんだから」
「香穂子の気持ちがとても嬉しい、ありがとう。君が作ったこのチョコレートを、さっそく食べても良いだろうか?」


満面の笑顔でうん!と頷く香穂子は、この一粒は私の自信作なんだよと嬉しそうに胸を張って誇らしげだ。
つられて笑みを浮かべながら赤と青に重ねられたリボンを解き、藍色の落ち着いたラッピングを丁寧に剥がしてゆく。互いが見守る中で小さな箱が開かれると、中から現れたのはハート型をした小さいミルクチョコレート。

香穂子が丹誠込めて作り上げた一粒は、どんな宝石よりも価値があって尊い物だと思う。
俺の為に何度も苦労しながら・・・その思いが熱く胸を振るわせて体中を駆けめぐり出すのを感じる。
口に入れたら俺と君、混ざり合った二つの熱さが重なって、一瞬のうちに蕩けてしまうに違いない。


「ほんのり苦みの効いたビターチョコは蓮くんで、ミルクが私。私たち二人がちょうど良く混ざり合うとね、口の中で優しいまろやかさが生まれるの。ずっと抱きしめられたいような・・・キスしていたいような」
「香穂子が温めてくれたから、更に甘くて蕩けそうだな」
「甘いチョコレートと胸一杯の恋心、どっちも女の子が大好きなものなんだよ。自分がもらって嬉しい物や大好きな物は、大切な人にも贈りたいって思うの。だからバレンタインに贈るのはチョコレートなのかな」


チョコレートの味は、恋の味・・・か。
暫く眺めて心に刻み込んだ後に、口の中でゆっくり蕩けてゆくハートが奏でるカカオとミルクの味。
まるで向かい合いながら微笑みあっている、今の俺たちのようだな。


「とても美味しい。味も俺の好みにちょうど合っている。世界中どのショコラティエよりも美味しいと感じるのは、きっと香穂子の手作りだからだろうな」
「美味しく味わってもらえて良かった。チョコを刻んでお鍋で溶かし込みながら、秘密の調味料を入れるんだよ」
「何を入れるんだ?」
「蓮くん大好き!って想い浮かべながら何回も唱えるんだよ。いっぱい加えて、じっくりゆっくり溶け合わせるの」
「そ・・・そうなのか。だから食べた瞬間に君の味がしたんだな。温かくて真っ直ぐで、優しさに溢れた恋の味が」


君を思う度に甘くて優しくて温かくなる・・・抱きしめて重ねるキスで溶かされる。時には切なくて胸を締め付けるほろ苦さもあるけれど、後を引く甘さに身を委ねたいこの感覚は、まさにチョコレートの味。


「だが一粒では物足りないな、もう一粒もらっても良いだろうか?」
「え? でも・・・ごめんね、私が用意したのはこのちっちゃいハート一粒だけなの」
「そんな事はない。ちゃんとあるじゃないか、とっておきの甘い物が俺の目の前に」
「蓮くん、どこにあるの? 答えが分かんないよ、ねぇヒント頂戴?」 


チョコレートと恋心、俺も君が好きな物を届けよう。二つ一度に届けるには、やはりこれだろうか。
不思議そうにきょろきょろ周囲を見渡す香穂子の顎を素早く捕らえ、緩めたままの唇を重ねた。


しっとり重ねて絡めた舌で伝えあうキスは、君がくれたチョコレートの味がする。
ビターとミルクが程よく混ざり合い、甘く優しく溶かされるまろやかさに身を浸しながら・・・共に俺たちだけのチョコレートを作り出そう。




君が言うにはバレンタインとは、誰もがチョコから始まる恋物語の主役になる日なんだろう?
では俺たちも、一粒のチョコレートから甘い恋物語を始めようか。
ピンクや赤のハートに浮き立つ心ごと、互いに身を躍らせて。