Blue Sky Lovesong



「蓮くんって青色だよね」
「・・・香穂子、何の話だ?」
「あっ、えっと〜イメージカラーっていうのかな? 蓮くんを色にしたら青色かなって思ったの」


天気が良い昼休みの屋上二人でお弁当を食べながら、見上げた青い空を見ていてふと思ったことを口にした。何の前触れもなく独り言のように小さな呟きだったのに、蓮くんは私のどんな一言も聞き逃さず、しっかり受け止めてくれるの。突然ポンと振られた話題に戸惑い考えながら、一瞬眉を潜めて私を見た。



「クールだとか冷たいとか・・・そういう事か?」
「違うよ、そんなんじゃないの。やだ、蓮くん自分をそんな風に思ってたの?」
「あ・・・いや、自分でという訳ではないが・・・何でもない。気にしないでくれ」


言い淀んで僅かに曇った表情に、蓮くんが言おうとしている言葉がすぐに分かった。


やっ・・・誤解しないで! 違うんだから。
クールだとか無愛想だとか・・・そんなんじゃないんだよ。
音も仕草も表情も出会った頃に比べたら、今ではすっかり柔らかくなったのに、確かに未だに言ってる人がいるけれど。本当の蓮くんはそんなんじゃないよって私が一番良く知っている、皆が知らないだけ。

香穂子が分かってくれるからそれでいい、と蓮くんは言うけれどちょっと悔しいじゃない。
もったいない、みんな損してるよ。こんなに素敵で温かい人なのに。

でもね、その微笑みと優しさは私だけのものであって欲しいと思うのも本当なんだけどね。
多くの人に知って欲しいのに、大切だから誰にも知られたくないって揺れ動いたりして。恋に悩む乙女心はちょっと複雑なの・・・。


確かに青色にはクールとか神秘的とかミステリアスとか涼しい印象もあるけれど、青色ってそれだけじゃないんだよ。青色の持つ本当の意味はね・・・。


「青は昔から“魔法の色”って呼ばれてるんだよ」
「魔法の色?」
「うん!」


香穂子は笑顔で頷き、目の前に広がる晴れ渡った空を見上げた。
月森はそんな香穂子の横顔をじっと見詰めている。


「私の大好きなこの空の色、蓮くんの好きな海の色、そしてこの地球の色・・・みんな青色なんだよね」


青は全ての始まり、すべてを現すマザーカラー。
空や海のように、私たちの全てを包み込む広さと温かさを持っている。
それは、どこまでも広い心と暖かさで私の全てを包み込んでくれる、あなたに似ていて・・・。晴れ渡った空を見上げたり、さざ波の優しい音を聞きながら広い海を眺めていると、腕の中の温もりに包まれているみたいに心地が良い。


海は空の色を映し、空は人の想いを映す。
こんなにも青空が心に染みるのは、この空があなたへと繋がっているから・・・。
青色の持つ不思議な力と同じものを、蓮くんは持っているんだよ。


私の色や想いも蓮くんの心に映したい・・・そして私にも想いや色を映して欲しいの。
私も同じ青い色になれたなら、いつか大空へ飛び立つあなたを近くで感じ、追いつけるだろうか。


「この空や海のように清らかに澄んでいて、どこまでも真っ直ぐで・・・。側にいると心が安らいで穏やかな気持ちになったりする、私の元気の素。それに私のこと、いつも温かく優しく包み込んでくれる蓮くんが、青色と同じだって思ったの」
「・・・・・・ありがとう・・・香穂子」
「蓮くん・・・」


ぽそりと呟かれた言葉に隣を振り向くと、琥珀の瞳と頬を穏やかに緩ませる蓮くんが微笑んで、私をじっと見詰めていた。この晴れ渡った青空のように、青色そのものの優しさと広さで。
小さな言葉と一緒に届いたのは、沢山の想いと言葉にはできない溢れる気持ち。


「俺が青色でいられるのは香穂子のお陰だ。空を厚く覆う雲をなぎ払い、穏やかな波風で海を照らしてくれる。俺が君を包む青色は、心に届けてくた君の青色が広がったものだから」


ほらね、やっぱり蓮くんは青色なんだよ。いろんな魅力を持つ、私の大好きな青い色。
私もあなたの心も、青い空に変わってゆく・・・。
ありがとうの言葉の代わりに、とびっきりの笑顔で返事を返した。


「それにね・・・」


口元に手を添えて少し背伸びをすると、私が話しやすいように身を屈めて顔を寄せてくれた。互いに近づき合う仕草が、寄り添う心の証のように嬉しくて、優しい気遣いが好きだなって思う。
緩む頬のまま蓮くんの耳にあてた手に口を近づけ、内緒話をするようにそっと囁いた。吐息を甘く吹き込むように・・・心へ春風を届けるように。


「青色はね、幸せを運んでくれる色なんだよ」
「幸せの色?」
「幸運を呼び寄せるとも言われる青色。花嫁さんが幸せになるというサムシングブルー、幸せの青い鳥・・・いろいろあるけれど。私にいつも幸せ運んでくれるのは・・・幸せにしてくれるのは、蓮くんだけだから」


そう言うと蓮くんは驚いたように目を見開き、ほんのり赤く頬を染めてゆく。



「蓮くんから見て、私は何色なのかな?」
「そうだな、香穂子は・・・」


同じように今度は蓮くんが私の耳に手を添え、そっと囁いた。
身体を僅かに傾けて覆い被さる広い陰にすっぽり包まれると、耳に降りかかる甘い吐息がくすぐったくて。
溢れる熱さに鼓動が最初はスキップをするけれど、止まらない想いに急かされ駆け出し踊り出すの。
ドキドキする瞬間・・・胸が甘くキュンと締め付けられる。

すると、今度は私の顔が一気に赤く染る番。


「香穂子の色は俺の色だから。何色にも染まっていない君の全てを、俺の色に染め上げたい・・・」



私の中にも青空はあるんだね、蓮くんが教えてくれたの。
ちょっとした事ですぐに心は曇ってしまうけれど、雲の上にはいつだって綺麗な青空があるんだよ。
あなたがくれた心の青空を、ずっと大切に胸へ抱きしめていたい。


ねぇ、もっと私をあなたの素敵な色に染め上げて?


どちらとも無く照れてはにかんだ微笑みを交わしながら、伸ばした指先が触れ合った脚の上で求めるように絡まった。解けないように、指先の一本一本からしっかりと結びついてゆく。その間も重なる鼓動と瞳が熱くて、青が赤になってしまいそう。


二人の青空が一つになったら、一緒にどこまでも飛んでゆこうね。
この手を離さずに、ずっと。