安堵感
キスは言葉の代わりだから挨拶だったり、言葉に出来ない伝える想いだったりいろいろある。
その中でも夜にベッドの中で交わされる会話は、やはり特別違うように思うのは何故だろう。
身体を寄せ合い一つ同じシーツに包まりながら、吐息を肌で感じて囁くように語り合うこの距離が俺は好きだ。
生まれたままの姿が引き出す、包み隠さないありのままの心が互いの心をも近づけてくれるからだろうか。
日々この夜に紛れて語り、そして学ぶのは変わらぬ真実がある事・・・君がどれほど愛しいかを。
朝目覚めてから夜ベッドに入って眠るまで・・・いや、それからも。共に過ごす一日の中で君と交わすキスはとても数え切れるものではない。何度求めても飽きる事無く、俺を心の底から満たしてくれるから、もっととねだってしまうんだ。触れているのは唇だけなのに、感じる柔らかさと温かさは毛布のように・・・君の中にいるように心と身体全体を包み込んでくれる。上質の絹のような滑らかな肌の感触と、君の心そのもの温もりが伝えてくれる安堵感が心地良くて、全てを委ねたくなんだ。
どこまでが俺でどこからが君なのか・・・分からないくらいにこのまま溶けて一つになりたい。
心も身体も素直な方が良い、この夜を特別なものにしてくれるのは、いつだって君なのだから。
浅く速い呼吸と飛び散る汗、軋むスプリングの音と熱い吐息が満たす寝室。
ベッドサイドにあるオレンジ色のほの明るい照明が、白いシーツと絡まり重なり合う二つの身体だけを浮かび上がらせていた。余計なものを全て溶け込ませ覆い隠す闇の帳は、互いに求めるものだけを示し、二人だけの世界を作ってくれる。今目の前に君がいて俺がいる・・・それだけが大事な事だから。
崩れ落ちるように組み敷く香穂子へと覆い被さると、大きく肩で息を整えながら胸に顔を埋めた。荒く妖しく上下する柔らかさの海と波に受け止められながら、重さを感じさせないようにと両肘と両膝で自分の体重を支えて。
早く走る二つ分の胸の鼓動が、合わせた肌から伝わってくる。
それは夢中で求め合い駆け抜けた、甘く濃密な時間の足跡だ。
頭を預けていた香穂子の胸から顔を上げ、背伸びをするように真上から覗き込む。呼吸を整えながら焦点の定まらない蕩けた視線を向ける彼女に瞳を緩めて微笑みかけ、汗で張り付いた額や頬の髪をそっと払いのけた。
穏やかに髪を撫で梳いていると落ち着きを取り戻したのか、少しずつ瞳にも光りが灯り出し、ふわりと夢見る幸せそうな笑みが綻んだ。
「香穂子、大丈夫か? どこか、辛いところは無いか?」
「うん・・・だいじょうぶ・・・。とっても熱くて、まだドキドキしてる・・・ふふっ、蓮の中で溶けちゃったよ」
「俺も溶かされた・・・香穂子の中で。心にある想いと、身体ごと」
「ねぇ、あの・・・力、抜いて?」
「重くなってしまう、いいのか?」
「こうして蓮と一つになったまま、一緒に抱き締め合っているのが大好き・・・受け止めたいの。だって今すごく幸せだから」
どんなに肌を重ねてもいつまでも初々しい香穂子は恥ずかしそうに頬を染めつつ、俺だけに聞こえる消えそうな吐息でポツリと呟いた。離れないで・・・もう少しこのままでいて欲しいのと、かすれた声でねだる彼女に愛しさが溢れ目を細めずにはいられない。それは俺の願いでもあるから、返事の代りに緩めた唇のまま触れるだけのキスを贈った。
一度唇を離して見つめれば、俺の返事だと受け止めてもらえたようで、ほんのり赤く染めた頬で嬉しそうにはにかんでいた。ゆるゆると持ち上げられた彼女の腕が俺の頭を包むと、抱き締める程の力が無いのか、髪に絡めた指先がもどかしげに動き回る。一度燃えた互いの身体には些細な刺激でも、くすぐったさと甘い痺れの心地良さは息吹となり、消えかけた熱さを再び呼び起こすのには充分だった。
引寄せられる腕に身を任せ唇を重ねながら、少しずづ支えていた両肘と両膝の力を抜いてゆき、身体の重みを乗せていく。行為の前にも軽いものから深いものまでたくさんキスを交わしたというのに、やはり何度でも君の唇が欲しいと思う。唇や舌を吸ったり甘噛みしたり、輪郭を撫でて啄ばんだりといろんな感触を楽しみながら。
先程よりも更に柔らかく甘い唇は、触れて口に含むたびに、口の中で溶けてしまいそうだ。
唇へのキスの合間に首筋や肩、鎖骨などにも不意打ちのキスをしながら舌を這わせると、くすぐったそうに身を捩り、くすくると小さな笑い声が漏れ聞こえてくる。手は胸やわき腹、足の内側など柔らかい場所を余すところ無く撫でながら。耳をくすぐる楽しげな甘い吐息は小鳥の囀りよりも愛らしくて・・・君を喜ばせたくて、俺を沸き立たせてくれるから、どうかもっと声を聞かせて欲しい。
キスは香穂子に合わせて穏やかにゆっくりと。
優しく語れば心地良さそうに目を細めて受け止める彼女も、俺がした事を同じように返してくれる。
自分が気持いいところや行為は相手も気持が良い筈、そう思うのは俺も君も同じなのだろう。まるで会話のように響き、投げかければ数倍にも大きくなって返ってくるんだ。
また君に返したくてと、こうしてどんどん俺の中で君が大きくなってゆく。
触れ合う肌が吸い付く感じや、髪が撫でて擦れるくすぐったさ。
互いの温もりがもたらし、与え合う穏やかさと安堵感。
そして再び少しずつ高まって行く興奮。
キスの合間にじっとうるんだ瞳で俺を見つめる香穂子が、伸ばした指先でそっと唇に触れてくる。大きな瞳で見つめられるだけでも胸が高鳴るのに、触れられて一瞬高く跳ね上がった鼓動に君は気付いただろうか。
輪郭をゆっくり辿るしなやかな指先を視線で追うと、唇の中心で止まる。わくわくを押さえ切れない無邪気な笑顔を輝かせた君が、チュッと言葉を発し口付けるように指を押し当てられた。
「蓮の唇って、柔らかいね。私を映している琥珀の瞳みたいに温かくて私を包んでくれるの・・・私大好きだよ」
「香穂子の唇も甘くて溶けてしまいそうだ、食べてしまいたい。唇だけ無く、俺を包む君の全てが・・・」
押し当てられた指を掴み口に含むと、火を噴出しそうな程顔を赤くしたが、やがて甘えるように身体を擦り付けてきた。抱き締めた腕の中から彼女はちょこんと首を巡らせ、鼻先を擦り付けあい、髪を絡めるように愛撫をして。
香穂子の唇を挟み軽く摘むように啄ばめば、同じく返してくれると思っていた予想とは違い、君の無邪気な唇はチュッと軽い音を立てて俺の鼻先を掠めてきた。
君の唇が欲しくて追い求めれば、蝶のようにひらりと交わして頬や首筋にキスをしてみたり、わざと唇の中心から外れた場所ばかりにキスをしているように思える。次はどこを啄ばもうかと、頬を綻ばせながら視線を彷徨わせて。穏やかな安堵感という水面に投げ込まれた悪戯な小石は、波紋を広げてどんどん大きく波立ってゆく。
これはひょっとして唇をわざと避けているのか? なぜ俺を焦らすんだ。
眉を潜めつつ真っ直ぐ見下ろすと、きょとんと不思議そうに見上げてきた。
「香穂子・・・。俺は君の唇が欲しいのに、どうして逃げるんだ」
「逃げてないよ〜蓮だって、いつも私にしてくれるじゃない。たくさんいろんな場所に、チュッって。くすぐったいけど、一つキスをくれるごとに少しずつ蓮の色に染まっていけるようで幸せだから、私もやりたいなって思ったの。差し出しておねだりするように見えたんだもん、だから嬉しくなっちゃって。ごめんね、ひょっとして違ったの?」
「香穂子に触れてもらえるのは、とても嬉しい。だが・・・その、焦らされているようで落ち着かないんだ。このままでは俺が壊れてしまう。それに・・・」
「それに?」
言ってもいいだろうかとの迷いが、喉元で言葉を堰き止めた。
もしも伝えてしまったら・・・君が気付いてしまったら。
このまま幸せの余韻に浸っていたいと望んだ、安らぎのひと時が終わりを告げるような気がしたから。
言いかけた言葉を飲み込み一瞬喉を詰まらせると鼓動が高まり、顔に集まる熱さが身体中へ流れ出す。
触れ合ったままの肌で変化を感じた香穂子が、どうしたの?とシーツの上で小首を傾げ、何も知らない大きな瞳が見上げてくる。純粋な心のままを映す、澄んだ泉のような輝きが眩しくて吸い込まれそうで、余計に鼓動と熱さを募らせる。君が純粋であるほど、余計に俺の欲深さを思い知らされてしまうんだ。
キスしちゃ駄目なの?と心配そうに瞳を揺らす香穂子が愛しくて、頬を包み込み俺も瞳を緩めた。
僅かに身体を倒して顔を寄せれば、眉根を寄せてうめく様に甘い吐息が零れ、しがみ付く背に強く力が込められる。今は大人しく・・・そう思っていたが、繋がり包まれた部分が擦れて刺激を与えてしまったらしい。
ざわめきを沈め、香穂子の為に自分が落ち着かなければ。
深呼吸を一つしてこつんと額を触れ合わせ、安らぎを求めるように温もりに身を委ねる。
「香穂子だって、欲しいのに焦らされたら嫌だろう?」
「・・・っ!! やだもう〜変な事言わないで、蓮のエッチ! でも・・・えっと、う・・・うん・・・・・・・嫌・・・かな?」
真っ直ぐ熱く見つめれは、じゃやぁ唇に・・・と。
茹で蛸みたいに真っ赤に顔を染めながら吐息で呟き、おずおずと頬を包んでそっと唇を重ねてきた。
求め続けてやっと重なった互いの唇。そう、この場所、この感触・・・。
ふわりと浮き上がり包む温もりが一つになって、どこに触れるよりも心が落ち着き満たされる。
遊びのようにいろいろな感触を楽しむのも良いけれど、焦らされれば焦らされる程焦りを生むのを君だって身を持って知っているだろう? だから触れた時に、抑えていた熱さが噴出し燃え上がってしまうんだ。
夢中で舌を絡め取り、舌先で咥内を刺激すれば快感に震わす甘い吐息が更に俺を煽る。
覆い被さる身体に少し重みを乗せて、深く閉じ込めた・・・すぐに離れようとする唇ごと捕らえるように。
香穂子は耳に触れられるのが弱いから、そこは君の反応を見ながらと思っていたけれども。重ねた唇を首筋に這わせ手は胸のふくらみを包み突起をかすめ、流れで不意打ちのように耳朶へ触れて熱い吐息を吹き込んだ。
「ひゃぁっ! んっ・・・やっ・・・だめっ!」
「じっとして・・・・」
「・・・・・・っ!!」
耳をくすぐる甘い嬌声が脳裏を焼き大きく身体が跳ねて、共に繋がったままの君の中が強く締め付けられた。甘く噛んだまま息を詰めて強い刺激をやり過ごし呼吸を深く吐くと、弓なりに仰け反る背を支え、しがみ付く身体を胸で抑えるように受け止め抱き締める。しかし何かを悟ったのかぴくりと肩を震わせ、胸から顔を離して驚いたように目を見開くと俺を振り仰ぎ、困ったように縋る瞳で必死に何かを訴えかけてくる。
何を言いたいのか、君の願いも分かっているけれども・・・すまない。
そればかりは聞き届けられないんだ。
香穂子の熱い中に包まれ可愛いらしく焦らされ続け、すっかり勢いを取り戻した俺自身に君は戸惑い、俺は予想通りの展開に苦笑するしかなかった。すまないと思いながらも、求める心は止められない。
「ちょっと、蓮! 私・・・これ以上は、もう駄目だよ・・・・・・」
「もっとこのままでいたいんだろう? 香穂子とずっと一つになっていたいのは、俺も一緒だから」
「そういう意味じゃないの! じっとしていたいとは言ったけど、もう一回なんて言ってないよ!」
「大丈夫・・・抱き締め合っているよりも、もっと長い間一つになっていられる」
「蓮は大丈夫でも私は駄目なのって・・・・あっ! やっ、動いちゃ嫌っ・・・」
嫌だと言いながらも一度達した身体は感度を高めており、僅かに動いただけで吸い付くように収縮を始める。
嫌だ駄目だと首をぱさぱさ振りながらしがみ付き、喘ぐ響きはどこまでも甘く俺を誘うものでしかなくて。
緩やかに律動を開始すれば問いかけに応えるように、水音が湧き妖しく腰も動き出す。
次々と溢れ出そうになる声を、下唇を噛んで堪える姿に熱さをつのらせながら、思いのままに動きたいのを俺も堪えつつ。頬を優しく包み、流れるように頬を撫でて指先で唇を割ると、口の中に人差し指を含ませた。
ヴァイオリンを奏でる指は絶対に傷つけないと分かっているから、閉じたくてもどうする事も出来ずに、ただ唇に含んだまま零れ落ちる甘い吐息を漏らすばかり。
いじわる・・・と、向ける視線と唇の動きで。
拗ねるように語る君へ瞳を緩めて微笑みかけ、指を外すと顔を寄せて宥めるキスを贈った。
触れ合う肌が与える互いの温もりは、いつまでも感じていたい仄かな甘さと安らぎの海。
恋の灯火は表面だけでなく、骨の芯まで少しずつじんわりと温めてくれる。
だからこそ一度点いた炎は冷める事が無く、気付いた時には温もりは熱さへと変わってしまうんだ。
荒波と小波を繰り返す海のように、包み包まれたい安堵感は求め合う情熱へと、その色を変えながら。
君の声を・・・吐息や囁きをもっと聞かせて欲しい、俺も君だけに聞かせよう。
互いの声とキスを唇で重ね、交わり触れ合う素肌で。
俺の身体と心と、持てる感覚の全てで与え君を感じていたいから。