あまいひとときの、はじまりはじまり



「ねぇ桐也? 一緒にあそぼ?」
「今、香穂子と遊んでるだろ。テレビゲームで」
「ん〜そうだけど、もっとこう・・・桐也とスキンシップがしたいな」
「俺と最強タッグを組むんだって意気込んでたの、香穂子じゃん。何だよ、もう飽きたのか?」


少しだけ拗ねたように唇を尖らす香穂子が、甘える子猫になって衛藤にぴっとり身体を寄り添わせてくる。さっきまでは夢中で握り締めていたゲームのコントローラーは、飽きた玩具みたくいつの間にか手放されていて。ふり仰ぎながら甘えたおねだりをしても、コツンと寄りかかる肩先からちらりと伺う衛藤の視線は、格闘ゲームのテレビ画面に釘付のまま。

ひたむきに呼びかける心の声も、勢い良く敵をなぎ倒すのに夢中な衛藤には届かない。いや・・・ちゃんと気付いてたさ。
桐也?と切なげに呼びかける声を気にしながらも、一瞬たりとも視線を逸らす隙が取れずにいたんだ。
だってあんたが操作を放棄したから、俺一人で二倍頑張ってるの気付いてる?


「ゲームは面白いよ。でもね、せっかく桐也のお部屋で二人きりなのに、テレビだけと向かい合うのは寂しいの。熱くなる気持ちいいことしようって桐也が言ったから私、すごく緊張してドキドキしてたんだよ。それなのに・・・」
「・・・格闘ゲーム、熱くなるじゃん。敵を全部なぎ倒したとき、スッキリするだろ。もしかしてそれ、俺を誘ってんの?」
「やっ! 違うもん、桐也のエッチ!」


待機画面の間に一息ついて隣を見ると、真っ赤な林檎になって瞳を潤ませる香穂子が、きゅっと唇を噛みしめている。それでも強い光を宿す眼差しは逸らさずに、零れる吐息に混じって聞こえたのは「焦らしちゃ嫌・・・」の甘い響き。
いつになく香穂子が甘えてくるのは、二人でゆっくり過ごすのが久しぶりだからだって、分かってる。


でも、別に・・・焦らしてなんか、無いさ。すぐ隣でミニスカートから惜しげもなく晒される白い太腿、くるくる変わるあんたの可愛い顔。身振り手振りの会話に夢中になると、興奮を分かち合いたいのか、ふいに柔らかい感触が触れてきたり・・・。
むしろ理性のギリギリで焦らされてんのは、俺の方なんだぜ。


「夢中になる姿や横顔も好きだし、このままずっと見つめていたいけど、そろそろ私も見て欲しいな?」
「分かったから、ちょっと待ってろ。今イイとこなんだよ。ほら、香穂子も頑張れ。コントローラー握って、俺を援護しろよ」
「もう、さっきからそればっかり。桐也・・・ねぇ桐也ってば!」
「・・・香穂子! あんたが正面に来ると、画面が見えないだろ。ってか、俺のコントローラー返せよ」
「嫌っ、返さないもん」
「子供みたいな悪戯、やめろよな」


手の中からコントローラーが飛び跳ねた・・・のではなく、テレビ画面を塞ぐ壁となった香穂子へ奪われてしまった。ゲームオーバーを知らせる小気味よい音楽に、眉を寄せて諫めるけれど。ようやく振り向いたのが嬉しいらしく、ニコニコと瞳を輝かせるばかり。

私の勝ちだねと鼻先を寄せる無邪気な笑顔に、卑怯だぞと諫める言葉を飲み込んだのは、心の底から嬉しそうな顔してたから。


「ゲーム終わりにして、手をつなごうよ」
「は? 手を?」
「私ね、手を繋ぎたいな。ゲームのコントローラーよりも、桐也の手を握っていたいの。並んで歩く時みたいに、キュッて。熱くてふわふわ気持ち良くなると思うの、ね?」


あんたの笑顔って、不思議な力があるんだよな。いつの間にか頬が緩んでいる俺もほら、同じ笑顔してるだろ?
手を繋いだら気持ち良くなるって、知ってる。離せなくなるし、もっとその先が欲しくなることも。だから、あえてずっと視線を逸らしていたけど、悲しい顔させるのもっと辛い。惚れた弱みってヤツで、そろそろ俺も降参かな。


「ごめん・・・隣にいたのに、香穂子を一人にして悪かった。ほら来いよ、あんただけの特等席空けてやったからさ」
「うん! ありがとう桐也。私ね、ここが一番大好きなの」
「俺も、こうして抱き締めるのが好きだぜ。あんたってホント、子供みたい」
「また私のこと子供って言った。子供じゃないもん、桐也とチュゥしたり、その後も・・・いろいろするでしょ?・・・んっ!」
「子供みたく無邪気にはしゃいだり、あんたの素直で分かりやすいところ、マジで可愛いって想う。俺は好きだぜ」


フローリングの床へ座ったまま両手を広げて招くと、膝の中へすっぽり収まる香穂子を背中から抱き締めた。髪から覗く白い項に唇を押し当てキスをして、くすぐったいよと身動ぐ身体を深く閉じ込める間にも、くすくす笑いながら楽しそうだ。

あんたはどうしてこう、無防備な心へ爆弾落とすのかな。ほら、せっかく沈めてたのに、熱い火が付いちまったじゃん。
これ以上恥ずかしい事を言わないように、ちゃんと封じなくちゃだよな。もちろん唇には唇のキスで、そうだろ?


ミニスカートから晒された太腿へ手を伸ばし、膝の上で重ねられた手をしっかり握り締める。無邪気に手を握り返す香穂子は、温かくて気持ち良いね楽しいねとご機嫌だ。手を握るのって、けっこう照れ臭いんだぜ。道を歩いているなら、はぐれないようにとか守る理性が働くけど、部屋で二人きりの今は・・・きっと触れているだけじゃ満足できなくなる。


「香穂子」
「ん? なぁに?桐也」
「なぁ、キス・・・して?」
「えっ!?」
「ホントは欲しいくせに・・・俺のこと。いつでも来いよ、あんたになら奪われてもいいぜ、キスの先まで。それとも手を握っているだけで満足なのか? 俺は嫌だね、あんたが欲しい」


香穂子の甘えんぼ、と抱き締める腕の力を強めながらながら耳元に囁けば、肩越しにふり仰ぐ悪戯な天使の瞳が「桐也もね」と微笑むんだ。何で俺が? そう問い返して一際深く閉じ込めた腕に抱き締めたまま、お返しに一番弱い耳朶を甘噛みすると、ぴくりと跳ねる首筋や耳や頬が、見る間に林檎へ染まってゆく。


「・・・いいよ。でも恥ずかしいから、ちょっとだけね」
「ちょっとって、どんくらい?」
「えっとね、このくらいかな・・・指先がチュッて軽く触れ合うみたいに」
「・・・・・・」


伸ばした両手の人差し指を俺に向けながら、チュッの効果音つきで一瞬触れ合された指先と、可愛くすぼめられた唇。
可愛い仕草に撃沈しそうなのに、同じくらいがっかりするのはなぜだろう。

それだけ?と怪訝そうに眉を寄せる衛藤へ、困った顔で思案する香穂子が、今度はチュッチュと二回指先を触れ合わせてみる。二回でも駄目だね、そんな少しじゃ足りるわけないじゃん。自分はお腹いっぱいなのに、俺には少しってのはずるいぞ。


「恥ずかしいから、キスの間は目を閉じてて欲しいな」
「目を閉じたら、俺にキスする香穂子の可愛い顔が見られないじゃん」
「みっ、見なくていいよ! 寝顔よりも恥ずかしいもん。じゃぁ、私が目を閉じる。恥ずかしくなっても知らないんだからね」
「そこ、強がるとこかよ。気持ちを届けるキスは音楽と一緒なんだろ? 香穂子は俺と二重奏するとき、目を瞑るのか?」
「閉じないよ、桐也の事だけを考えて見つめてるの・・・」
「俺も、同じだぜ。だから、聞きたい・・・あんたの心が奏でるキスが」


可愛い顔見たさについ困らせてしまいたくなるけど、大好きな気持ちは本当。真っ赤に染まった頬のまま肩越しに背伸びをする、俺だけの唇を身を屈めながら受け止めて。抱き締め合いながら交わすキスは全てを語るから、唇を重ねている間に言葉はいらない。

眼差しで合図をしながら呼吸を合わせれば、俺と香穂子のヴァイオリンが、ぴったり重って響くみたく気持ちいい。


聞こえるのは甘い吐息と、唇を啄む時に響く小さな水音・・・二つの唇が奏でる甘く優しい音楽。
嬉しい、楽しい、気持ちいい、可愛い・・・伝えたい想いの全てを、キスに変えてあんたに伝えるよ。
だからあんたの音楽も、俺だけに聴かせてくれよな。