【Photoglaph】



青空のキャンバスに、二人で一つの絵を描こう。

奏でる音楽、重ねる想い、共に語り合う未来など・・・どれも捨てがたくて、いざ空を前にすると何を描こうか迷ってしまうけれど、そんな時は俺達自身が絵になればいいのだと思う。
瞳を閉じればその時感じた想いと共に、心に深く刻まれた数多くの思い出の場面たちが鮮やかに浮かび上がるもの。それは君と俺だけにしか見ることが出来ない、心の中の写真。

アルバムに収められた写真を眺めると、一緒に懐かしんだり楽しい気持になったり、未来への夢を抱かせてくれるんだ。だから君と過ごす日々の風景をたくさん切り取って、もっと増やしていきたいと思う。





広がる青空を見上げた香穂子は、いい天気だねとそう言って。前に組み合わせた両手を天に向けると、う〜んと声を上げつつ、心地良さそうに瞳を細めながら思いっきり背伸びをした。


「部屋の中にいるよりも、外の方がずっと気持がいいな」
「本当だね、ポカポカしてすごく温かい。でも・・・ちょっぴりだけ風があったら、もっと爽やかで気持がいいんだけどな〜」
「確かに今日は少し暑いかもしれないな。俺はジャケットを脱いで、丁度良いくらいだから。香穂子は平気か? どこか日陰に移動しようか?」
「ありがとう、平気だよ。というか暑くてもこの制服じゃどうにもならないしね。でも男子はいいな〜暑かったらジャケット脱げばいいんだし。普通科の女子は脱ぎたくてもそうはいかないから、羨ましいな・・・」
「いや・・・その・・・・・・」


そんなつもり言ったでは無くて・・・その、脱がれたら困るけれども・・・。
余計な事を考え内心焦りを覚えてしまい、更に暑さが増す俺を、きょとんと不思議そうに見上げる君。


さっきまで嬉しそうにしていたのに、あっという間に残念そうに眉を寄せて拗ねるように口をすぼめ出す彼女の表情は、まるでくるくる変わる万華鏡のようで、つい微笑みを誘われてしまう。心が素直に現れるからこそ一つ一つに魅せられてゆき、次はどんな表情を俺に見せてくれるのだろうかと期待に胸を躍らせてしまう。

温かいのは青空と陽射しのせいだけではない・・・君の隣に俺がいて、俺の隣に君がいるからなのだと思う。
弾み浮き立ち心に湧き上がる想いが身体中に行き渡って、新たな熱を生むのだろうから・・・・。


う〜っと唸っていた彼女は何かを思いついたのかパッと顔を輝かせ、両手の平をポンと叩いて俺を振り仰いだ。


「そうだ! ねぇ蓮くん、良いこと思いついた!」
「どうした、香穂子」
「風が無いなら、私たちが風になれば良いんだよ」
「・・・風? あっ・・・香穂子!?」
「気持いいよ〜。ほら、蓮くんもおいでよ!」


返事を待たずに俺が止める間もなく、香穂子は元気に駆け出して行った。

だが少し走ったところでピタリと立ち止まって振り返り、俺に両手を差し伸べおいでよと笑顔を向けてくる。
楽しそうに笑う君を見ていると俺も自然と笑顔になっていて、無邪気に駆け回る姿を一緒に追いかけずにはいられなくなる・・・だから気付けば俺も誘われるまま走り出していた。生まれる風を全身で受け止めながら一つに溶け合わせれば周りの景色が流れ出し、爽やかな風が頬をなぶって身体を吹き抜ける。


俺の心へ想いを運び、背中にある見えない翼を羽ばたかせて青空へ溶け込んでゆく・・・君こそが風。
ならば俺も共に風になろう、どこからが自分でどこからが風なのか・・・。
君も風、追いかける俺も風。
青空を吹き抜ける二つの風が一つ交じり合った時に、また新たな風が生まれるのだ。


けれども楽しむ君には申し訳ないが、俺は風よりも今は君を感じていたいから。
さぁ、追いかけっこはもうお終い。


「捕まえた!」


背後から腕を伸ばして走る勢いのまま引寄せ、攫うように抱き締められた香穂子は、あっという間に俺の腕の中。柔らかさを感じながら一回りも小さい華奢な身体を覆い包み、彼女の髪に頬を寄せれば、溢れた想いがふわりと優しい風となって俺達の中から生まれ出た。


「ふふっ・・・私も、蓮くんを捕まえたっ!」


腕の中に捕らえられた香穂子も、何故か俺の事を捕まえたのだと嬉しそうにはしゃぎながら、腕に強くしがみ付いてくる。前に回した俺の腕を抱き締めるように両手でキュッと掴んで、肩越しに笑顔で振り仰いだ。
そうかもしれないな・・・と漂う甘い香りに誘われるまま微笑みながら首元に顔を埋めれば、くすぐったそうに身を捩りつつ、クスクスと揺れる甘い吐息を漏らして耳をくすぐってくる。


君を捕まえたと思っていたけれど、捕らえられたのは俺の方。
身体も心も瞳も・・・持てる感覚の全てまでもが、ずっとずっと前から君に捕らわれていたんだ。


俺の心ごと捕まえた手を離して欲しくなくて・・・・そんな君の全てを閉じ込めたくて。
背後から肩を抱き包んだ腕はそのままで身体を前に傾けるように深く抱き込みつつ、もう片方の手を身体の上を滑らせながら俺にしがみ付く彼女の手に重ねると、そっと握り締めた。
俺の想いが、どうか温もりとなって伝わりますようにと祈りを込めながら・・・。


絡み合う互いのはにかんだ視線と触れ合う温もりに、どちらともなく瞳も頬も緩み出し、向けられる笑顔が愛しくて堪らなくなる。笑顔が生む力・・・俺たち二つの笑顔が心と共に一つに重なるその瞬間、聞き逃してしまいそうな微かだけれども、音がするのを君は気付いていただろうか?


耳を済ませば、ほら今も・・・聞こえただろう?
カシャリと鳴る音の正体は、今一番素敵な瞬間を刻み写し撮る為の、心の中のシャッター音。





こうして二人だけの心に描かれる写真は決して色褪せることなく、何時までも未来を照らして光り輝いて。
それは特別な日でなくとも過ごす日々の中で・・・想いが高まるたびに次々と増えてゆく。



二人一緒のアルバムの中に、今日もまた一つ君との大切な想い出の一枚が飾られた。








Seeroseの凪簓さまから、サイト復活記念に月森と香穂子のイラストを頂きました。
そのイラストがとても素敵だったので、思わず深月のお話を添えてみました。イラストを拝見した瞬間に「捕まえた」という月森の声が聞こえてきたのと、青空を背にして幸せそうな二人に私が印象的だったんですv

こんなものですが、ひっそりこっそり凪簓さまに捧げさせて頂きます。