合い席してもいいですか?

昼休みに香穂子と待ち合わせをした後に訪れたのは、森の広場にあるカフェテリア。
俺たちと同じように昼食や休憩を取ろうとする生徒達で混み合っており、四名がけのテーブルはどこも満席に近い。二人で周囲を見渡し、食事や移動のタイミングに目を配りながらフロアーを一回り巡ったものの、空席を見つけるのも一苦労だ。困ったねと溜息混じりにそう言った香穂子が、眉を寄せて唇をすぼめながら振り仰いだ。


「蓮くんどうしよう、満席だね。このままだと食事も冷めちゃうし、昼休みも終っちゃうよ・・・。二人分の席が空いているテーブルにお邪魔して、合い席させてもらう?」
「そうだな、このまま待っていても仕方が無いし、迷惑でなければお願いしてみようか」
「あっ、あそこがいいんじゃない。四名席に一人で座っている人がいるよ、壁際の所。ちょっと行って来るね!」


希望の光りを見つけたとばかりに笑みを輝かせた香穂子は、食事を乗せたトレイを持ったまま小走りに駆け出してしまった。手元が塞がって不安定なのだから、急いで転んだりしたら危ないのに。彼女が示した先には、普通科一年生の女子生徒が昼食を取っているのが見える。じっとしてはいられない彼女の性分を思い苦笑を浮かべながらも、急いで背中を追いかけた。



快く同じテーブルへの合い席を引き受けてくれのは、きっと香穂子が丁寧に頼んでくれたお陰なのだろう。
合い席する場合に悩むのは向かい合わせで並ぶか、隣にどちらかがら座って俺たちが向かい合うかのどちらかだ。香穂子が先客だった女子生徒の向かい側に座ってしまえば、必然と俺は君の隣へ座るしかない。気まずさを与えないようにと気を使い、香穂子は時折向かいに座る生徒へも話しかけている。


しかし俺たちが席についていくらも経たないうちに、次第に顔を赤らめてゆくその女子生徒は用事を思い出したと言って早々に立ち去ってしまった。次に相席を求めてやってきた音楽科の生徒も、その次にやってきた普通科の二人連れも・・・やはり座って早々に立ち去ってしまう。まだ食事も残っていたのにねと不思議そうだが、皆それぞれ忙しいのだろうな。俺としては香穂子と二人っきりになれるから、ありがたいが。

俺たちはゆっくり過ごそうかと微笑めば、頷き返してくれる笑顔につられて緩む頬も深さを増すのを感じる。
まさか俺たちが何かしたとは思えないが、深く考えないでおこう。今は君と過ごす時間、君の事を考えるのが大切なのだから。



こうしているうちに気付けは向かいに誰もいなくなっていて、このテーブルに座るのは俺と香穂子のみになっていた。向かいに誰もいないのに、いつまでも隣同士座っているのは気恥ずかしい。せめて向かい側に移動しようと立ちかけたところで、あっ!と声を上げた香穂子が先に立ち上がってしまった。何かを見つけたらしく、カフェテリアの入口に向かって呼びかけながら、存在を知らせるように大きく手を振っている。


「おーい、土浦くーん! こっちこっちー! ここ空いてるよ〜!」
「土浦?」


片手でトレイを持ち、もう片手で前髪を掻き揚げながら周囲を見渡しているのは土浦だった。
苦々しそうに舌打ちしているところをみると、俺たちと同じように空いている席を探しているのだろう。
どうやら呼びかけに気付いたらしく、軽く手を上げると、こちらへ真っ直ぐ近付いてくる。
二人きりの時間は短かったなと溜息が溢れるが、香穂子の頼みなら仕方ない。


「サンキュー、助かったぜ。ちょうど席を探してたんだ」
「土浦くんもこれからお昼なの?」
「たまにはと思ってカフェテリアに来たんだが、さすがにこの時間は混んでるよな。移動教室があって出遅れちまったんだ。こんな事なら、購買でパンでも買っておくんだったぜ」
「席を探しているなら一緒に座らない? 半分空いてるの。ね、蓮くんも良いでしょう?」
「・・・香穂子が言うなら、俺は別に構わないが・・・」
「何だ、月森もいたのかよ」
「何だとは失礼だな。俺は最初からここにいた、いなければ良かったとでも言いたいのか」
「誰もそんな事言ってないだろう、座ってたお前が見えなかったと言っただけだ」
「あ〜もう、二人とも喧嘩しないで。ね? ご飯食べよう? 同じランチを選ぶなんて、やっぱり二人は気が合うんだね」


売り言葉に買い言葉とはこの事だ。椅子に座ったまま腕を組んで睨み上げる俺と、立ったまま威嚇するように見下ろす土浦との間に、一瞬見えない火花が散った。だが香穂子の嬉しそうな言葉にトレイの上にあるメニューを見合い、フイと顔を逸らすのも同時で。慌てるでもなく手馴れた様子で、ね?と小首を傾けながらクスクスと楽しそうに見守っている。そんな自分達が恥ずかしいのと認めたくないのと、いろいろな感情が混ざって熱さが募ってしまうんだ。彼女には敵わないと思いながら・・・。


「ところで・・・何で四人がけのテーブルに二人横並びに座っているんだ? 普通は向かい合わせとかに座るだろう。そんなにくっついていたいのかよ、お前ら」
「や、やだもう〜土浦くんったら。私たちも席を探していたんだよ。ちょうど一人で座っている人がいたから、頼んで合い席させてもらったの。ね?蓮くん」
「・・・隣の椅子に荷物が置いてあったから、横に並ぶしかなかった。その後も人が来たから、移動する間もなかったんだ」
「でもほらっ! たまには隣同士に座って食べるのも、新鮮で良いよね」


真っ赤になった顔の前で手を振り誤魔化しながら、ね?と俺へ必死に同意を求める香穂子の熱さが伝わってくるのを感じる。やはり不自然な座り方だったらしいと、改めて照れ臭さが込み上げて来るようだ。
香穂子の向かい側に座った土浦が、自分の座った場所と俺たちの位置関係を眉を寄せて眺めていた。



「ねぇ、土浦くんは直ぐに帰らないよね?」
「は? どういう事だ?」
「みんなが用事を思い出したっ・・・ごゆっくりって真っ赤になって、まだお料理いっぱい残したまま直ぐにいなくなっちゃうの。お昼はゆっくり食べれたらいいのにね。この席に座るの、実は土浦くんで五人目なんだよ」
「五人目!? 一体何したんだよ、お前ら」
「私たち何かしたのかな? いつもと同じように食事したり、会話してただけなんだよ。考えたけど、思い当たる節が全然無いんだもん」


不思議だよねと小首を傾けたものの、深く追求する事を止めてしまう。それよりも大事な事があるらしく、再び箸を使って黙々と作業に取り掛かり始めた。先ほどから一心に取り掛かっているのを横目で見守っているのだが、皿の隅にある緑色の小さな塊が少しずつ大きくなってきている。

お前たちと合い席するとは勇気のある奴らだなと呆れたように呟く土浦は、俺と香穂子を交互に眺めて周囲を見渡すと、気まずそうに前髪を掻き揚げた。混んでいるのに何故か空いている一角に飛び込んだのは、自分も同じなのだと気付いたらしい。まぁ殆ど彼らが進んで・・・ではなく、困っているのを見かねた香穂子が、一緒にどうかと優しく声をかけたのだが。

顔を上げてふうっと息を吐くと、目の前にあった土浦の皿を見て香穂子が目を輝かせた。
無邪気な輝きに、嫌な予感がするのは気のせいでは無い筈だ。


「土浦くんのおかず美味ししそう! さっき蓮くんからも一口貰ったんだけど、他の人が食べている料理って何でも美味しそうに見えるよね」
「おっ、じゃぁ一口やろうか。まだ手をつけていなかったから調度いいな、お前が最初に食べるといい。ただし、大きな一口は無しだぜ」
「え〜っ、私そんな事しないもん!」
「香穂子、食べたいのなら俺のから食べるといい。それにまだ自分のも残っているだろう?」
「おい月森、俺の皿からは食べさせられないっていうのか。過保護な事だな」
「君は少し黙っていてくれないか。これは俺と香穂子の問題だ」


俺と香穂子・・・といよりも、俺にとって大きな問題なんだが。
目の前で他の男の皿から料理を貰うのは、見るのもさせるのも耐え難い。
相手から一口貰ったら、君は自分の料理も食べてくれと差し出してくるだろうから、断じて阻止しなくては。
俺だけの特権だと・・・誰にも譲りたくないという独占欲だと、分かっているけれども。


それに・・・先ほどよりも更に大きくなった緑色の固まり。
彼女が目移りする原因を取り除かなくは、きっとこの先食事に集中してくれないだろう。
座っていた体の向きを変えると、頬を膨らまして唇を尖らす香穂子を正面に捕らえ、じっと瞳の奥を見据えた。


「またピーマンとグリーンピースを残しているぞ。好き嫌いなく食べなくては駄目だろう? 人の料理ばかりを摘んで、結局自分のは食べ切れなくて残すじゃないか」
「えっ、やっぱり食べなくちゃ駄目かな・・・。だってどんなに細かく刻んでも、ピーマンはピーマンなんだもん。グリンピースのもそもそ感だけはどうしても苦手なの。食べてあげられなくてごめんねって、ちゃんと謝ったよ」
「子供みたいな駄々を捏ねないでくれ、俺の方が困ってしまう。だが姿を隠している食材の中から選び出す、君の手先の細かさには恐れ入る」


凄いでしょう?と自慢げに胸を張る香穂子に、褒めていないと告げるものの、結局は溜息を吐いて箸を持ち上げる。いそいそと嬉しそうに皿を差し出し、丁寧に緑色の塊を俺へと向けて・・・。
ごめんねと肩を竦ませ上目遣いに見上げるのが可愛くて、緩みそうになる頬を引き締めるのに必死だ。


君の笑顔が見たくて、いろいろやってしまう俺もいけないと思うが、止められそうに無い。
音楽に関しては自分にも香穂子にも厳しく真摯に臨んでいるのに、どうもそれ以外に関してはつい甘やかしてしまう傾向にあると思う。


「へへっ、ありがとう。今度は蓮くんの苦手なものがあったら、私が食べてあげるね」
「・・・・・・・」


好き嫌いが多いから、それは無いだろうな。苦手なものが減った嬉しさなのか満面の笑顔で、お礼にここのお肉も一口どうぞと。ご機嫌になった香穂子が、掲げ持っていた皿をくるりと回してくる。ここが学院内のカフェテリアだという事も、同じテーブルに土浦が座っている事も一瞬忘れて惹きこまれ・・・。
ついいつもの癖で料理に伸ばしかけた箸を止めたのは、向かいから聞こえた咳払いだった。


「おまえら、ずっとこんな事してたのか?」
「うん、でも今日だけじゃなくて毎日だよ。どうしても食べられない苦手なものがあると、蓮くんが代りに食べてくれるの。残飯処理係とか言わないでね、ちゃんと他の美味しいおかずも一緒に取ってもらっているんだから。でね、私のが少なくなるからって、蓮くんがおかずを分けてくれるんだよ」
「・・・・・・・・・なるほど。ここに座った奴らが、早く消えたい訳だよな。ご馳走様、じゃぁ俺もう行くわ」
「えっ、ちょっと待って! 土浦くん今きたばかりなのに、何も食べてないじゃない」


またなと言い残して席を立った土浦を、驚いた香穂子が止めようと去りかける背中に声をかけた。肩越しに振り返って香穂子に笑みを向けると、俺には真っ直ぐ厳しい視線を投げかけてくる。一体この差は何なんだ。


「安心しろ、腹いっぱい食ったから。それと・・・月森、すぐに日野の向かい側に移動しろ。他の奴らが迷惑だ」
「君に指示される覚えは無いんだが」
「前後のテーブルの奴らも、視線のやり場に困るだろう。もっと隅に行くかせめて向かい合ってやってくれ。まぁもうすぐ昼休みも終りだし、だいぶ空いてきたからこれ以上合い席を求められる事は無いだろうけれどな」
「「あっ・・・・・」」


仲の良さを熱くて見ていられないと、そう言いたかったのだろう。
通りで周囲から必要以上に注目を集めていたり、直ぐに相席者が立ち去ってしまった訳だ。
やっと気付いて香穂子と互いに顔を見合わせたが、既に遅く・・・。


「蓮くん・・・普通にご飯を食べるのって難しいよね」
「そうだな。食材の好き嫌いだけではなく、いろいろな意味で。だが、俺たちは俺たちでいいんじゃないのか?」


困ったように眉を寄せて呟く香穂子に微笑で返事をすると、トレイをもって向かいの席へと移動した。
俺たちだって今まで、普通に・・・いつもの俺たち通りに食べていたじゃないか。
君が好きだという気持に後ろめたい事など一つも無いのだから、胸を張っていればいいと思う。

そう言うと不安げに揺らいだ瞳が笑みを取り戻し、うん!と力強く頷いた。



ただしこれからは、合い席する時には少し気をつけようか。




9万打のキリ番がいらっしゃらならかったので、ニアピン申告を頂いた咲さんにリク権を差し上げました。
頂いたリクエストは月日CPに土浦を絡ませたお話と、月森くんの視点で・・・でした。
両思いの月日に土浦くんが絡んで月土の対立、そして日土に焼いちゃう月森くんや、月日の仲良しぶりに当てられちゃう土浦くんだったり等。何しろ月日以外を絡めたのは初めてなので、いろいろ頂いたものをうまく消化できたか不安ですが(汗)。大変お待たせしてすみませんでした! 
こんな小話になりましたが、心から感謝を込めて捧げさせて頂きます。素敵なリクをありがとうございましたv