ヨーグルトキャンディー

「・・・ほこ、香穂子」
「へっ!?」


名前を呼ばれて我に帰ると、正面に立ちふさがり私を覆う黒い影。いつの間にか俯いていた視線を上げれば、小さく溜息を吐いた蓮くんが身を屈めていた。多くの人が賑やかに行きかう休日の街中に、ぽつんと立ち止まっていた私を心配そうに見つめ、琥珀の瞳を揺らしながら。


頬を慌てて両手で包むと、むにむにと動かし硬さを解してゆく。私をきょとんと不思議そうに見つめる蓮くんに、ごめんねとそう言って笑みを向けた。 好きな人の前ではいつも笑みを絶やさずにいたいのに、拗ねて可愛くない顔しているのが自分でも分かったんだもの。

困らせちゃ駄目、せっかくの休日デートなんだから楽しくしなくちゃ!


「気づいたら、香穂子がいなくなっていて心配した。見つかってよかった、はぐれてすまなかったな」
「うぅん、私こそごめんね。探してくれてありがとう」


ちゃんと隣を歩いていた筈なのに、いつの間にはぐれたなんて気づかなかった。君からは目が離せないなと、そう言って小さく笑いながら私の手を繋ぐ蓮くん。伝わる温もりと込められた力から、離れないでいようねって伝わってくるの。だから繋いだ手を解き、しなやかな筋肉で引き締まった腕にぎゅっと抱きついた。

こっちの方が温かいし、離れないでしょう?
視線を交わしながら私も離さないもんねって心の中で返すと、注がれる瞳が一層柔らかく微笑んだ。






クールで近寄りがたいって言われている蓮くんだけど、私と二人の時には穏やかで優しい微笑を絶やさない。
オンとオフのスイッチのようで、学校での彼しか知らない人が今の私たちを見たら、きっと驚くだろうな。
でもこうして街をすれ違う人は、今腕を組んでいる優しい蓮くんしか知らない訳で。惚れた欲目ってものを差し引いても多くの中でも凛とした光りを放ち、顔立ちも綺麗でかっこいいから、目立つ存在なのは間違いない。


中身もヴァイオリンの音色も素敵なの! 見た目だけじゃないのに、みんな勝手だな〜なんて思うのは、道行く女の人たちがみんな蓮くんを見るから。中には暫らく通り直ぐ手からわざわざ肩越しに振り返ったり、少し離れたところから私たちを見て、何かひそひそ話しているの。


絶対に蓮くんの事だよね、それとも私の事かな・・・隣に似合わないって思われてたらどうしよう。




街の雑踏を遠く聞きながら視線を感じ、声が聞こえるたびに心がざわめいて落ち着かない。前はこんな事ちっとも無かったのに、好きになるほど気になってしまうの。
絡めた腕にきゅっと力を込め懐に引き寄せつつ、両腕で抱き締めると、蓮くんが心配そうに私を見つめている。


「香穂子、どうかしたのか?」
「・・・な、何でもないよ。あっ、蓮くんほら見て。あそこのショーウインドー、お花がいっぱい咲いて綺麗だね!」


ぱっと目に付いた華やかに飾られたショーウインドーを、話を反らすように絡めた腕を軽く揺すって指差した。
ぴったりとくっついているから、声にはならない様々な想いも敏感に感じ取れるし、伝わってしまう。


この腕を離したくない。蓮くんはとっても素敵なヴァイオリニストで私の大切な人なのって、私の心の声が聞こえちゃったのかな。胸を張って大きな声で今、周りに伝えたいけど恥しいびっくりしちゃうよね。
私ってば心が狭いのかな・・・心の奥でもやもやしているのが、焼もちだなんて知れたら恥しいよ。
みんなに自慢したいのに、視線を感じれば誰にも見せたく無いのって独占欲がむくむくと出てきてしまうの。




だから大声で主張する代りに、彼の隣いるのは私ですって、いっぱいアピールしようと考えたんだよ。

本当は曲がっても乱れてもいないのに、ジャケットの下に着ているシャツの襟を、時間をかけて丁寧に直してみたり。ゴミを取ってあげるねって、何も無いのにサラサラな髪の毛に指を絡めながら手ぐしで整えてみたり。
食事した時に、ついているよって唇に触れてみたり・・・それからえっと・・・。


まだ昼間なのに、こんなに人が周りにいるのに。いつにも増してあれこれ世話をやき、ぴっとりくっついて離れない私に、さすがの蓮くんも顔を赤くしながらちょっと戸惑っているのが分かる。
私だって本当は照れ臭いけど・・・でもね、女の子の恋心も必死なの。


のんびり歩きながら腕を深く抱き締め、温かいねって見上げたら、蓮くんの頬がほんのり赤く染まった。
大変! ぎゅっと抱き締めてくっついていたから暑くなったのかな? 
空いてる方の手で、ショルダーバックの中からピンク色のハンカチを取り出すと、ちょっと待ってねとそう言って立ち止まった。背伸びをしながらほっぺや額や首筋を拭ってゆくと、ありがとうとそう言った蓮くんが困ったように・・・くすぐったそうに瞳や頬を緩めならがも顔を寄せてくれる。


額にハンカチを伸ばそうとしたらフイと顔を反らし、コホンコホンと咳き込んでしまう。身体を震わす苦しげな振動が、絡めた腕から伝わってきた。すまない・・・とそうかすれた声で、まだ苦しそうに眉を潜めながらも私を気遣ってれているの。


「蓮くん、風邪引いたの? ひょとして具合悪かったりする? 気づかなくてごめんね」
「暖かい日が続いてたのに、ここ数日急に冷え込んだからだろうか。今朝から喉の調子が悪いんだ。だが違和感がある程度だし、熱も無いから心配要らない」
「喉の風邪は甘く見ちゃ駄目なの。こじらせたら高い熱が出ちゃうし、咳って苦しいでしょう? 私ね、のど飴持っているから舐める? 喉のいがいがも、少しは楽になると思うの」
「すまないな、では一つもらえるだろうか」
「ヨーグルト味と、レモンとマスカット味があるんだけど、蓮くんはどれがいい?」
「・・・・・・・・・・・・ヨーグルト」


一瞬の沈黙の後でポソリと聞こえた、照れ臭さをあえて素っ気無さで隠そうとしている呟き。
ヨーグルト?って聞き返したら、頬を赤く染めてフイと視線を反らしてしまった。
そうか、ヨーグルトは蓮くんが好きな食べ物だよねって、ちょっと嬉しくなってしまう。これはキャンディーだから無糖ヨーグルトとは違うけど、シュガーレスだから似たようなものかな?




歩道の脇に寄って立ち止まり、鞄から小さい水色のパッケージを取り出して、どうぞと手渡す私がニコニコしているものだから、余計に照れ臭いみたい。あ!でもちょっと待って、いい事思いついたの。
きょろきょろ周囲を見渡すと、小さな袋を指で開けようとしている蓮くんに飛びつき、手を包み込んだ。


「ねぇ蓮くん、私がキャンディーの袋を剥いて食べさせてあげる。それ貸して?」
「いや・・・自分で出来るから」


戸惑う蓮くんが一歩下がって後ろ手に隠すより、私が奪い取る方が早くて。行き交う人が遠巻きに見守る中、あ〜んっていう展開に自然と心が浮き立ち鼓動も高鳴るの。いつもは二人っきりの時じゃないと絶対にやらないけど。皆がみているから・・・だからこそ今日は、蓮くんの為にも頑張っちゃうんだもんね。


「あっ・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・!」


でも勢いがありすぎちゃったのか、袋を破った表紙に中のキャンディーがぽーんと外へ弾け飛んでしまった。
どこまで逃げてゆくのか、ヨーグルト味の乳白色をした白いキャンディーが、綺麗に整えられた石畳の上を音を立てて転がってゆく。一瞬何が起きたか分からなくて呆然と見つめていたけれど、こうしちゃいられない。


隣で静止するのも振り切って、待って行かないでと追いかけてゆき、石畳の溝に嵌ったところを慌ててしゃがみ込み捕獲した。いくらなんでも、これはもう食べられないよね。手から零れたキャンディーは砂にまみれ、心から降り注いだ涙みたく悲しそうだ。小さく溜息を吐くと包みの中へ戻し、立ち上がりざまにポケットへ隠した。


「ごめんね、ちょっとまってね。今すぐ新しいのを出すから」


確かまだ数個残っていたはずとだからと、鞄からいそいそ取り出す私の手を、いつのまにか追いつき隣にいた蓮くんの腕が、そっと優しく掴んで留めた。笑顔の裏で焦る私を、心配そうに見つめる琥珀の瞳が揺れている。
そういえば今日一日ずっと、心配させちゃってばかりじゃない・・・空回りもいいところだ。私も砂にまみれて零れ落ちた白い飴玉と同じだねって、ポケットに触れながら唇を噛み締めた。


「もう平気だ、ありがとう香穂子。咳をしている俺の手の平にそっと握らせてくれたキャンディーは、君の想いの塊だ。飴玉は零れてしまったが、さり気ない労りや気遣いは、温かさとなって俺の心に染み込んでいる。喉の痛みも、どんな薬に勝る優しさに癒され楽になった」
「蓮くん、でもヨーグルトのキャンデーが・・・蓮くんの喉が痛いままだよ」
「人前で積極的な行動を取るのを恥しがるのに、今日はいつにもまして・・・その。あれこれ世話を焼いてくれるから嬉しかった。ささやかな仕草一つ一つや向ける笑顔、俺だけにとのその想いだけで充分に満たされた」


腕を解こうとしても、意思を持った強い力で掴まれ離れる事をゆるさない。
眉を寄せて切なげに見上げる私を、真摯な光りが受け止めてくれた。


「だがはしゃいで楽しそうなのに、どこか焦っているようにも見えるんだ。時折頬を膨らませたり、拗ねたり元気がなかったり・・・訪ねれば大丈夫だと君は言う。気になる事があったのか? それとも俺が何かしてしまっただろうか。正直に教えて欲しい」


ヴァイオリンの音色のように、心地良いさざなみのように。あなたの声は空気を静かに震わせて、瞳と共に私真っ直ぐ胸へ伝わってくる。傷ついた私の心をぎゅっと抱きしめてくれたり、弱った心に力を注いでくれるの。
木の葉みたく降り積もる言葉たちは、優しさも厳しさも本気で想ってくれているんだって教えてくれる。


視界の端に見えるショーウインドウにふと視線を向けると、映った自分の顔は今にも泣きそうになっていた。
こんな筈じゃないのに・・・ねぇ笑って?




いつもよりぴっとりくっついて世話を焼きたいのは、本当は自分の事で精一杯で、焼もちやいてたからだなんて言えないよ。ムキになった子供みたいだし、蓮くんの優しさを利用した自分が恥しい・・・嬉しいって言ってくれるから余計に。でも正直に伝えなくちゃ、俯いて唇を噛み締めている私を、静かに待ってくれているから。

ゆっくり顔を上げて振り仰ぐと、ほっと安堵に緩んだ微笑が、泣きそうになるくらい心を揺らめかす。


「蓮くんのこと、皆が見ているの・・・それも女の人ばっかり。近くや遠くとかいろんな所から・・・気のせいじゃないんだからね。だって私と一緒にいる時の蓮くん、柔らかくって凄く素敵なんだもん」
「俺の事を? 他人からの視線はいつも感じるが、不思議と今日は全く気にならなかったんだ。俺は香穂子しか見ていなかったから」
「そ、そうだったんだ。なのに私ってば、一人で焦ってたんだね。みんなが振り返りたい気持ちは分かるよ、私だって自慢したいもの。でもね、あんまり見ちゃ駄目って・・・独り占めしたいってもう一人の私が訴えるの。凄く苦しかった・・・焼もちなんてみっともないよね」
「どうして引け目に感じるんだ? 俺は嬉しい、誰よりも大切な君が俺だけを想ってくれている証だ。それに・・・その、他人の視線に焼もちを焼いているのは、俺だけだと想っていたから」
「え!?」


気づいていないのなら構わない、と瞳を緩めながら掴んでいた腕をようやく離すと、今度は腰を攫われ抱き寄せられてしまう。ピッタリ触れ合う身体から、洋服越しに伝え合う温もりが、心と柔らかく解してくれるみたい。
腰に回された手に込められる力は、俺のものだよって伝えてくれるみてたいで凄く嬉しい。穏やかに揺れる琥珀の瞳の奥に隠れた熱さに似ているなって思うの。






「さぁ行こうか、映画が始まってしまう」
「うん! 私も楽しみだったの。ストーリーも良いけど、使われる音楽が素敵なんだよ。あっ、でも蓮くんは恋愛物の映画って・・・苦手?」
「自分からは進んで見ないが、香穂子が薦めるなら一緒に見てみようと思ったんだ。俺も楽しみだ」


再び歩き出しながら腕の中でこっそり上目使いに見上げると、照れたようなはにかみ笑顔。
映画を見終わった恋人達が、みんな手を繋いで幸せそうに出てくるって聞いたから、私も見てみたいなって思ったんだけど、これは蓮くんに内緒ね。どうなるかは私も想像付かないし、最後までのお楽しみだから。


そうだ、今なら大丈夫かな。


わくわくした高鳴りを必死で抑えながら、でも頬の緩みは押さえ切れなくて。バックの中から、水色の小さい袋に小分けされたヨーグルトキャンデーを探し出すと、ゆっくり破いて中身を取り出した。歩きながらだけど落とさないように零さないようにと注意をしながら、緊張の一瞬に息を潜める私と見守る蓮くん。


「・・・・・・・・・・・・」


良かった〜今度はちゃんと上手くいったよ!

中から現われた乳白色に輝くキャンディーを指で摘み取ると、満面の笑みで掲げながら目の前に掲げて見せた。良かったなって一緒に喜んでくれるから、喜びも二倍に膨らむの。あ〜んしてと口元へ運ぶと、私を抱き寄せながらも器用に身を屈め、指先に挟んだヨーグルトキャンディーを唇に挟み取った。ペロリと私の指を舐めるもの、もちろん忘れずにね。


「今日だけではなく明日もその次もずっと、かいがいしく世話を焼いてくれる、君を見てみたい。もちろん焼きもちは無しで」
「きょ、今日は特別なの・・・でも、頑張るね」
「だが、やはり止めておこう。香穂子はいつものままでいてくれ、でないと俺が君を家に帰せなくなってしまう」
「も、もう〜蓮くんってば・・・・・」



頬を膨らませながらどんより曇り空だった私の空は、綺麗な青空に染まっていた・・・そう、あなたの色に。
微笑みにつられて同じ表情をしていて、いつもの私になっている。



レモンやマスカットも良いけれど、甘酸っぱいヨーグルトキャンディーを舐めるとね、胸が甘く締め付けられるような感覚になるんだよ。私はそれが大好きなの、だって蓮くんみたいなんだもん。
やがて次第に溶けてゆき優しい甘さへ変わっていくように、私たちも溶け合えたらいいよね?






カウンター111111hitsのキリ番を踏んで下さった咲さんから、リクエストを頂きました。リクエストは「高校生の月森と香穂子で、人前も気にせず月森の世話をする香穂子」でした。普段は人前であれこれ世話を焼くのを恥しがる香穂子も、焼もちの前では必死なようで何でも出来てしまうようです。楽しかったです、素敵なリクをありがとうございましたお待たせしてすみませんでした、こんな話ですが感謝を込めて捧げさせて頂きます!