最新の科学から見た「うつ病」                            医師・医学博士   堀 史朗

A)うつ病の正体

  「うつ病」は、長い間、原因不明の病気とされてきました。
その為、遺伝説、ウイルス説から始まって、ありとあらゆる仮説が溢れていました。 しかしながら、そのどれにも、科学的な裏付けは全くないものでした。 つまり、検査で何の異常も見つからないため、どんな仮説でもまかり通っていたわけです。 そうした次元を根底からくつがえしたのが、ポジトロン断層撮影(PET)でした。
分子動態(分子が動いている様子)がわかる、画期的な装置です。今までの、CT、MRIでは、止まっている大きな物しか見えなかったのです。 それは、初期のガンの発見に、全身撮影用として、実用化されて、保険はきかなくて大変高価ではあるものの、実用化されています。 ガン細胞は、周りの健康な細胞を食べて、もの凄い勢いで増殖しているので、初期のガンがあるところは、赤く見えるのです。
 
  ところが、それが、ひょんなことから、頭の場合、初期のガンだけでなく、脳内伝達物質の飛び回っている様子がわかることが、明らかになったのです。
 
1) 元気いっぱいの人は、脳内伝達物質が大量に頭のなかを飛び回っているので、赤く見えます。
2) 多少気持ちが落ち込んで、意欲もなくなっている人は、黄色く見えます。
3) うつ病の人は、青いなかに、一部黄色が混じっているようにしか見えません。
 
  これは、ポジトロン断層撮影が、脳内伝達物質の移動を、見事にとらえている証拠です。 これを、必要条件とすると、うつ病と確定診断された人を、治療とポジトロン断層撮影で、同時に追跡してみます。
うつ病の人を、ポジトロン断層撮影でみると、頭の中は青く見えました。 その人を抗うつ薬で治療していきます。
六ヶ月ぐらいで症状が改善した時点で、再びポジトロン断層撮影を見ると、黄色混じりの青になっていました。 一年して、症状が二つしか亡くなったところで三たびポジトロン断層撮影でみると、黄色く変化していました。

一年半して、症状がまったくなくなったけれども、まだ薬なしでは、寝られないし、抗うつ剤も、これからすこしづつ、すこしづつ減らすという段階で、四だびポジトロン断層撮影をとってみました。
するとすこしづつ赤まじりの黄色になっていました。
二年後、睡眠薬も、抗うつ薬もすべてやめても、元気いっぱいになって、治癒した時のポジトロン断層撮影では、健康人のように赤くなるもどっていることが、確認されました。 たしかに、うつ病の人が、治療で治ると、脳内伝達物質が健康時のように、(薬の助けなしに)再びたくさん飛び始めることが、科学的に確認されたのです。
 
治らないから一生の間、薬(や注射)を続けなければいけない、高血圧とか、糖尿病のあるタイプとは、まったく違う点です。  これが、ポジトロン断層撮影による、うつ病の「脳内伝達物質の減少」説の、十分条件です。 このように、いままで全くわからなかったものが、科学の飛躍的な発達によって、一挙にわかるようになることを、科学のパラダイムチェンジ(次元が上がること)と読んでいます。
 
  その昔、バリウムを胃に入れて、その影を見て、ガンだ、ガンじゃない、とケンケンガクガクの論争をしていた医師たちは、結局のところ、胃を開けてみて、当たったりはずれたりしていたのでした。 ところが、胃内視鏡(ファイバースコープ)というパラダイムチェンジによって、カラーで胃の中が、すべてリアルタイムで見られるようになりました。 そして怪しい部位は、一瞬にして、ファイバースコープによって、採取されるようになりました。    

  その細胞を、百戦錬磨の病理学者が、じっくりと観察するのですから、ガンかただの良性腫瘍かは、すぐにわかります。 これは、科学的にわからなかったことが、科学のパラダイムチェンジ(飛躍的な進歩)で一挙に明白になることの、ほんのひとつの例です。 いずれにしても、これまで長い長い間、原因不明で、遺伝子とか、ウイルスとか、子育ての失敗だとか言われていた、「うつ病」の本質が(私の命名では)「脳内伝達物質減少症」であることが、明らかになったことは、間違いありません。 精神科、心療内科の領域では、「精神分裂病」が「統合失調症」に改名され、「痴呆」が「認知症」と改名されています。 それなら、この偏見と陰鬱さにみちた、「うつ病」という病名も、「脳内伝達物質減少症」と改名すべきではないでしょうか  現在、頭のポジトロン断層撮影の検査を受けるには、18万円という高額なお金がかかり、もちろん保険もききません。
 
  我々がいつかかってもおかしくない(何故かかるのかは、次の項目で説明)、「脳内伝達物質減少症」は今や検査で発見可能な病気なのです。
 
  それにもかかわらず、「うつ病」という戦前の一生治らない病気という偏見のこびりついた病名が何故、改名されないのか、私には、全く納得がいきません。
また、何十年も前に出来て、今は科学的な意味を失った検査を国民にサービスとして行う、医療費の無駄をもっと省いて、この「脳内伝達物質減少症」のポジトロン断層撮影による
検査を、ぜひ、健康保険でカバーしてほしいと願ってやみません。

 ここでは、高価な検査に自腹を切って、ポジトロン断層撮影で自らの「脳内伝達物質減少症」
の検査をしてくださった、私の患者さんの実際の、ポジトロン断層撮影の貴重なデータを、おみせします。

図1

 これを見ていただいても、普通の方には、何がなんだか、わからないと思いますので、これに脳の部位別の機能を書き込んだ図を足して、比較見当してみましょう。

図2

まず、図1のポジトロン断層撮影の見方ですが、左上から右上、左中段上から右中段上、左中段下から右中段下、左下から、右下へと見ていきます。 方向は、鼻先から、おでこ、頭の前の部分、真ん中の部分、後ろの部分、と垂直に切ったとイメージしてください。 まず、この方の頭のいちばん前の方は、ほとんど青で、少しだけ黄色い部分でなりたっています。

  この部分は、脳の解剖学で、前頭葉前野(ぜんとうようぜんや)と呼ばれています。
頭の大事な機能を果たす部分で、サッカーで言うと、ベッカムやジダンや中田英のような「司令塔」の役目を果たします。
分析、決断、実行というような最もレベルの高い機能が詰まっています。  従って、この検査をした時点で、この患者さんは、分析、決断、実行というようなことは、健康時に比べると、悲しいくらいに出来なくなっているはずです。  実際、この方は、もともと頭脳明晰な方ですが、初診の頃は、健康時の人並みはずれた「司令塔」の働きが、見る影もないくらい、おどおどして何も決められない状態でした。
症状と、ポジトロン断層撮影からみた脳内伝達物質の減り方の所見は、一致しています。 次に、頭の真ん中から少し前の所をみましょう。
ここは、運動野で、うつ病になると、手足がしびれたり、体の痛みがあちこち移動したり、手が震えて文字がちゃんとかけなくなったり、歩くとお酒も飲んでないのに、フラフラしたりするのは、ここの働きが落ちているからです。
 
  さて、この患者さんの、真ん中より前の部分(中段上)をみてみましょう。
黄色と青が混じっていて、赤はまったく見えません。 患者さんは、この時期、どうだったのでしょう。
あちこち移動する体の痛みと、しびれを強く訴えておられました。 ここでも、患者さんの症状とポジトロン断層撮影のとらえた、脳内伝達物質の減り方からみた、予想は、一致しているといってよいでしょう。 三番目に、頭の真ん中から後ろを見てみます。
ここは、考えたり、計算したり、推測したりする部分です。
そして、耳側は、記憶の部分です。
(中段下)どちらも黄色がほとんどで、それに青が混じっています。 患者さんの症状は、ひどいもので、集中して仕事が出来ない、考えが続かない、スケジュールをすぐ忘れる、それどころか、スケジュール帳に書いてある内容をみても、何だったかすら思い出せないという、惨憺たるものでした。
何か考えていても、今何を考えていたかをすら忘れて、呆然とすることが仕事中に起こるので、認知症(痴呆)の初期ではないかと、何度も疑ったほどです。 これも、症状と、ポジトロン断層撮影のデータがぴったりあっています。 さて、四番目に後頭葉ですが、ここは、視覚を扱う大事な場所です。ここの部分の脳梗塞を起こすと、目は何ともなくても、物が見えなくなってしまうのです。 ポジトロン断層撮影の下段をもて下さい。ここだけは、赤くて、脳内伝達物質がとんでるのは、なるほど、このような赤い部分か!と感心するようなデータです。 さて、患者さんの症状は、どうでしょう。
患者さんは、目だけはよくて、視力は、2.0の2.0だと言っておられました。 しかし、この患者さんは、何もわかっておられません。 別の患者さん(Bさん)で、やはり脳内伝達物質減少症(うつ病)の患者さんは、視力2.0に2.0のはずなのに、ぼやっとして、字が見えない、遠くの景色もピントが合わないと言われました。
それなのに、眼科に行って、精密検査を受けても、異常なかったということです。
Bさんは、後頭葉にほとんど、脳内伝達物質が飛んでいないので、いくら2.0と2.0で目が良くても、それを後頭葉がキャッチ出来なかったのです。
それを、Bさんに伝えたときは、ほっと胸をなで下ろして、大きく深呼吸されました。 従って、我々に素晴らしいデータを提供してくださった患者さんの場合、2.0は関係なくて、不幸中の幸いで、後頭葉にだけ、脳内伝達物質が飛び回って、他の脳の部分とは違って、機能が落ちていなかったのです。
しかし、そんなこと、あまりにも最先端の科学すぎて、誰が一体、思いつくことでしょうか
これでわかるように、うつ病は、ポジトロン断層撮影が示すように、「脳内伝達物質減少症」であり、
今では、一部の難治例をのぞいては、一年半から二年で完治すると言われています。  但し、きちんと最後まで、治療がされずに終わった場合、完璧主義性格の人の場合、気が弱くてNOといえない人の場合に限っては、再発しやすいと言われています。


B)なぜ、脳内伝達物質は、減るのか

細かく分けるときりがないのですが、大きく分けると、以下の5つの理由で、脳内伝達物質は減少します。


B−1 :疲れが数年から十数年たまりに溜まって、累積疲労(蓄積疲労)の初期から中期、末期そして仮面うつ病へと進行する場合。

2002年の春に厚生労働省の外郭団体である労働科学研究所から「累積疲労」に関する論文を提出するよう言われて、「労働の科学」に発表した「『累積疲労』の全体像とその予防」がもとになって厚生労働省の「蓄積疲労」が出来た経緯があります

B−2 :他人にどう思われているか、常に心配でびくびくしている自信喪失性格の場合。

B−3 :完全主義性格の場合。

B−4 :対象喪失反応から回復出来ず、対象喪失うつ病に移行する場合。

B−5 :他に病気があって、不眠が半年以上続き、うつ状態からついにはうつ病に至ってしまう場合。

B−1)
「累積疲労(蓄積疲労)」は、堀史朗が、平成九年に発見し、平成11年までに、まとめた疾患概念です。それまで、だれも疲労が溜まって病気になるとは、考えてもいませんでした。

大学病院でも、検査に異常値がでないため、論文を書くことが出来ず、だれも研究する人がいませんでした。 

しかし、堀は、総合病院の心療内科の外来患者さんを数十例診ているうちに、あることに、気づいたのです。

眼科、耳鼻科、内科、外科、整形外科、産婦人科などから心療内科に紹介されてくる、原因不明の(検査異常のない)身体症状群をもち、疲れを訴える人たちが、全く同じプロセスを辿って、 症状が進行していくという事実です。

それらの症例を細かく見ていくと、軽症、中等症、重症と、どの科から紹介されてきた患者さんであっても、おなじメデイカルプロセスをとって、進行していくことがわかったのです。

疲労は、オフィスワークによって、体は血行不良に陥り、体の筋肉は冷え、頭ばかりが長時間、異常に興奮させられる頭脳労働と、主に体を使い、体の血液の循環はとてもよくなり、頭の異常興奮もないかかわりに、筋肉(長時間熱をもち続ける)、靱帯、軟骨、骨の激しすぎる使用が強いられる肉体労働に大きく別れます。 

オフィスワークで、一日12時間以上にわたり脳内伝達物質を使い続け、それが、数年から十数年に渡ると、体の症状群に気を取られている隙をついて、脳内伝達物質は、 じわりじわりと減っていくのです。

疲れたというだけでは、本人は、脳内伝達物質の減少に気づきません(初期)。

夜は寝ても寝ても眠く、会議や電車の中、果ては仕事中にすら眠さに耐えきれず居眠りをするようになっても、まだ脳内伝達物質の減少には、気づきません(中期)。

ところが、体の症状が複数出てきて、あちこちの病院で検査を受けても、全く正常と言われ続け、夜中に何度も目が覚めるようになると、ようやく、「ただならぬことが起こっている」ことを、

感じ始めます。この時点では、うつ病と診断されなくとも、かなり脳内伝達物質は減ってきているのです(末期)。

そして、ある日突然に眠気が来なくなります(仮面うつ病)。

累積疲労(蓄積疲労)の初期、中期、末期、仮面うつ病と病気が進行したと自覚できる人は、ほぼ全員が、突然寝られなくなった日を覚えているから不思議です。

このようにして、仮面うつ病になると、寝られないことにより、今までゆっくりゆっくりと減少してきた脳内伝達物質が、加速度的に減少し始めるのです。

B−2)
自信喪失性格なんて聞いたことがない、という方がほとんででしょう。

しかし、ちょっと待って下さい。

今、この論文を読んでらっしゃる方で、毎年人事の季節がちかずくと、耳がダンボのようになって、人の噂にこころかき乱される人は、いませんか?

本当に、自信があれば、こんなにもびくびくしていないですむのではないではないでしょうか?

それが悪いとは言いません。スターリンやヒットラーのような独裁者も、人を陥れる権謀術数に長け弁舌は優れていたものの、周りの人の噂が気になって仕方のない小心者だったそうです。

彼らと自信喪失性格者の違いは、権謀術数と弁舌の才があるかないかです。

なければ、些細なことで、すぐに不安になって、他人の評価が気になり、他人に対して、脳神経を異常に興奮させて、心休まることがない(脳の休まることがない)ので、 脳内伝達物質は減りやすいのです。

このような人は、対人関係がうまくいかないことが、一度に複数重なったり、猛烈型人間の上司に嫌われて、とことんいびられると、脳内伝達物質が、もの凄い勢いで減ってしまうのです。


B−3)

これは、物事を完全にやらないときがすまない人です。
完全にやれないと、自分を責めます。
しかし、小学校の通信簿じゃあるまいし、社会人になって、完全に出来ることなど、万に一つです。
ですから、完全主義性格の人は、おおざっぱな人が見ると、できすぎるほど出来ているのに、何をぐちゅぐちゅいっているんだ!・・・・・・・ということになります。
ですから、脳はいつも、完全を目指すことに熱くなり、出来ないと自分を責めることに熱くなっているわけです。
つまり、脳内伝達物質は、つねに平均に比べて減少しやすい状態に置かれているわけです。


B−4)

これは、精神分析の創始者である、ジグムント・フロイドが発見した重要な現象です。
詳しくは、故小此木敬吾氏の著書をお読み下さい。

一つの例としては、ある有名な人が、奥さんをガンで亡くした後、自殺しています。
これは、対照喪失によって、信じられないほどのスピードで脳内伝達物質が減少し、自殺念慮がおさえられなくなって、自ら命を絶った、
典型的な対象喪失うつ病による自殺のケースです。

B−5)

これは、病気によって、体内のホメオスタシスがバランスを崩し、不眠となり、本人自身および家族、医師の無理解により、睡眠薬よりは不眠を選ぶことによって、

24時間脳が休みを与えれれなくなり、急速な脳内伝達物質の現象を来たし、ついにはうつ病になってしまう場合を指しています。

最も有名なのは、大出術のあとの不眠です。

大手術のなとは、体内のホメオスタシスが完全にバランスを崩し、不眠になることが、決して少なくありません。

外科の先生の中には、睡眠薬を麻薬のように毛嫌いする人が少なくありません。

あるいは、本人や家族の偏見の場合もあります。

せっかくガンや心臓の大手術に成功しても、その後に不眠症が続き、睡眠薬も出番がないと、脳は、24時間興奮したままになってしまうので、信じられないぐらいのスピードで 脳内伝達物質は現象の一途を辿るのです。


以上、大変おおざっぱですが、脳内伝達物質が減る理由を5つにまとめてみました。

 

 

「うつ病の本質に迫る」に関して

http://www.sciencemag.org  「サイエンス」

http://www.nature.com     「ネイチャー」