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白いホタルブクロの花が咲いています。
昨夜は20匹ほどの蛍が美術館の庭先で
幽玄な光をはなちながら弧を描いていました。
昔は花の中でホタルを飼っていたのかしら?
これから少しずつ湯布院情報をおしらせします。
どうぞよろしく。 |
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第9回ゆふいん文化・記録映画祭が終わって、2週間たった。
パンフレットの編集をした仲間3人と,お世話になった印刷所の方と
イタリアンレストランで昼食。
まずは乾杯! 歩きの恒ちゃんはバドワイザー、平野さんほか車組は
ドイツのノンアルコールビール。
まわりの旅行者に混じって、ピザをほおばりながら、私たちもしばし旅人気分を
味わう。
「映画祭の意味?」なんて、この際難しいことは誰も言わない。
「とにかくみんな精一杯やったよね。」「楽しかったね。」「今年も大勢きてくれたね。」
筑紫哲也さんも2日間参加され、多くの貴重な発言をしてくださった。
特に私がコメントをかいた「映画・吉野作造」について、画面ではわからない歴史の事実を教えていただき有難かった。
筑紫さんにお会いすると、テレビの厳しい顔ではなく、おおらかで暖かい人間性が感じられる。
数年前,湯布院の道端で親しくお話をさせて頂いたことがある。
その前は、筑紫さんの郷里の日田の骨董屋で偶然お会いして一緒にカメラに
おさまった。
が、今回は、夜の懇親会のとき、最後列に来てタバコを吸われる筑紫さんの横にいたというのに、私は挨拶をし損なった。
というのは、それくらい懇親会での質疑応答がエキサイティックな状況だったからだ。
筑紫さんは落ち着く間もなく、タバコをもみ消してまたゲスト席に戻っていかれた。
ゆふいん文化・記録映画祭はおもしろい。観なくてはわからない。
いろんな人に出会わなくてはわからない。
さあ、これから第10回目に向かってどう歩きだすのか・・・・。
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慌しく過ぎたこの1週間、土・日曜日は、当館恒例の「ゆふいんシナリオ塾」。
10名の塾生たちの熱い思いがぶつかりあう、充実した2日間だった。
福川さんの橋田賞受賞を祝ってシャンパンで乾杯。川辺一外先生の講義は、「カントの実践理論」や、「ハイレベルなエシックス」など・・・・。
福岡のテンペラ画家・永 武さん来館。途中で見つけた木苺の枝と、道端の即売所で求めたらしい真っ赤なスモモをかかえていた。そんなふるまいも絵になる彼だ。
水曜日は、「行動美術大分展」を見るために県立芸術会館へ。
このグループは、女性群の活躍がめざましく、100号のパワー溢れる抽象作品が3点ずつ展示されていた。それぞれの持ち味が生かされた、見ごたえのある展覧会だった。中でも群を抜いている作家の数人に、私は注目していきたいと思っている。
木曜日の夜は、「アートフォーラム」。
今月の駅アートホールの展覧会は、宮崎県の樋口十儚さんのオブジェ・「童心への誘い展」。壁面いっぱいの楽しいオブジェに囲まれてのフォーラムだ。
当館の画廊でも同時開催しているが、こちらは顔彩を使った水墨画展。そこで、フォーラム参加者は事前に、ドルドーニュ美術館に集合し、同じ作家の絵画作品をまず鑑賞してから作者の全体像をつかもうというもの。
スペインの美術学校を卒業後、世界行脚の旅をつずけたという作家の話を肴にして盛り上がるアート談義。
樋口さんがつぶやいた。「名誉や肩書きではなく、まず人間であること」の意味を考えさせられたひとときだった。
そして今日は金曜日。
月末なので画廊の展示替え。「樋口十儚絵画展」は、明日から「高橋紘雄水彩画展」となる。バトンタッチをする2人の俊才画家は帰りしな大きく手を振り合った。またいい出会いが生まれたようだ。 |
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美術館内の画廊ドルドーニュでは、高橋紘雄水彩画展が始まった。
新緑の山里、季節の風をはらませた由布岳、
せせらぎの音が聞こえて来る渓流、
哀愁に満ちた別府湾と高崎山、
路地からヒョイと老婆が出てきそうなひなびた街角、
浅瀬で寄り添う2隻の漁船・・・・
透明水彩による詩情あふれる風景画は、いつもの彼の独壇場だ。彼は水彩画の魔術師にちがいない、と私はひそかに思っている。
ただし、この魔術師は、少し変わっている。
たとえば彼が海辺の漁船に心惹かれて絵を描きはじめるとき、まず3日間はその現場に通いつめるという。
そして満ち潮時・引き潮時の小船の状況や、風・朝陽・夕陽・海の色など3日間観察したあとに、始めてスケッチブックをひろげて一気にかきあげるという。
そのためか、はやる気持ちを抑えるかのような流動的なタッチの、無駄のない強弱の線と色彩が美しい。
高橋紘雄作品の特色は、暮れなずむナス色の空と、街角の飴色がかった路地への郷愁だろうか?
それとも、無限にひろがる風色につつまれながら、自然とともに生きる人たちへの賛歌なのだろうか。
映画のロケハンティングよろしく、この魔術師は1点の水彩画面に「美の瞬間」を閉じ込めるための、ひそやかな時間を温めていた。 |
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雨の合間に用事を済ませようと思った。
車を走らせる農道の左右では、いつの間にか青々とした稲が背丈をそろえていた。
突然、稲の間から合鴨の鳴き声がした。
合鴨農法をこころみるNPOの青年たちのたんぼからだ。お腹が空いたのかしら?鳴き声が騒々しくなってきた。彼らはお腹が空きすぎると稲の根っこの下の土を掘り返してしまうそうだ。土の中の虫をたべるらしい。
青年たちは、数ヶ所に点在させている合鴨たちにどんなタイミングで餌を与えているのだろうか。いつかのように、大雨でたんぼも合鴨も流されませんように・・・。そして、おいしい有機米を・・・。
日本一ちいさな由布院盆地を、屏風のようにとりかこむ山々。そして両腕を拡げて
たおやかにそびえ立つ由布岳。
いつもなら一つの面でとらえられる山肌が、雨後には、次々とたちのぼる霧の数だけ峰が重なり合っていることがわかる。
いくつもの谷、いくつもの沢をも内包しながら、息ずいている由布岳の全貌をフロントガラスの正面に据えた。
「これで、よし」。絵画では描ききれないこのみごとな情景を、きっちりと胸に受け止めながら、私はいつものようにつぶやいていた。
それは十数年前、由布の里に棲みついて以来、何度となく繰り返す自分自身への確認作業のようなものだった。
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