5.僕と彼の結論


  折角の土曜日なのに、と渋るリドナーに頼み込んで付き合ってもらい。 何軒かハシゴをして、深夜遅くに帰宅した。
  
  「おかえりなさい。 お疲れ様」
  出迎えなくていいのに。 日付なんかとうに変わった時間。静かに静かに、鍵を回したのに。
  「…ただいま」
  「お腹は空いていますか?」
  「いや、大丈夫」
  
  早足で魅上の横をすり抜けてリビングに入り、ソファに座る。
  さっさと寝ればいいのに、もやもやした気を紛らわせたくて、テレビのスイッチを入れた。
  
  少し遅れて魅上もトレーを持って来て、端っこで一人だけの夕食を取り始める。
  何も話さず、俯き加減に、ゆっくり、ゆっくりと食べている魅上。
  
  なるべく魅上の方は見ないように、と画面に集中していたけれど。
  匂いに誘われ、つい横目でテーブルの上を見る。 
  
  
  魚の卵のパスタ。ポテトサラダ。ロールキャベツ。レモンのプディング。
  
  ああ。 どれもこれも、今まで僕が、取り分け美味しい美味しい、って言った物ばかり。
  
  
  魅上は。
  どんな想いで、これを用意したんだろう。
  
  
  長い髪の隙間から見える魅上の横顔は無表情だ。
  でも食べるのが、何だかひどく辛そうで。
  一口一口、無理やり飲み込んでるみたいに のど仏が大きく上下している。
  
  
  胸が、締め付けられるように痛い。
  
  居たたまれなくなって、キッチンからミネラルウォーターを持ってくる。
  ソファの横に立ち、魅上の目の前にボトルを置いた。
  魅上の頭がゆっくりと上を向く。  縋るような視線を受け止めきれず、目を反らしてしまった。
  
  一度始めた偽善は、貫き通さなくちゃいけない。
  笑え。にっこり、笑え。
  頭でそう命じても、体が言う事をきいてくれない。 口の両端を無理に引き上げ、下手くそな作り笑いを浮かべる。
  視界の端で、魅上が再びゆっくり下を向くのが見えた。
  
  
  
  
  「…明日、」
  先に沈黙を破ったのは魅上の方だった。
  
  「いえ もう…今日、ですね。出て行きますね」
  
  「・・・」
  
  思いがけない言葉に、一瞬呼吸が止まる。
  俯いていて顔は見えないけれど、魅上の口調は意外に明るかった。
  
  「いつまでもお世話になってちゃいけないですし。 住み込みで働けそうな所を幾つか見つけたんです。
  決まったら、連絡しますね。 」
  「・・・」
  軽くショックを受ける一方で、 ”そうか、それが最善なんだ” と妙に冷静に考える僕がいる。
  こんな自分勝手な僕なんかに振り回されるより、ずっとマシだろう、と。
  
  魅上の両膝の上に置かれた拳を、ぼんやり見詰める。 固く握られた拳は、彼の決意の強さを表しているようで。
  「頑張って、精一杯頑張って、やり直しますから」
  これ以上、彼の傷を深めたくない。 やっぱり このまま離れるべき、なんだろう…
  
  
  
  でも僕は、気付いてしまった。
  
  「今まで本当に、ありがとうございました」
  深々と頭を下げる魅上に、そっと手を伸ばす。
  「魅上… お願い。 泣かないで」
  
  魅上の動きが止まる。
  「悪いのは、僕なんだ。 …だから、泣かな」
  「泣いてない、です!」
  僕を遮って、魅上は強い口調で否定するけれど。 僕は無言で彼の左手首を掴み、シャツの袖を指でなぞった。
  
  布地に点々と散らばる、小さな染み。
  
  「あ…」
  涙の跡を隠すように 小さく身体を縮ませる魅上を、覆いかぶさるように抱きしめた。
  勢い余って倒れ込み、ソファに折り重なる僕と魅上。
  
  「嫌、だっ… 見ないで…!」
  髪を引っ張り、足をばたつかせ。腕の中で魅上が暴れる。
  マウントポジションを取っているけれど、同じ体格の男に本気で抵抗されるとかなり辛い。
  「大丈夫、見ないから。 落ち着いて」
  魅上の頭を胸に抱くようにして、僕も力ずくで押さえ込む。
  「お願い。 落ち着いて」
  彼が必死に隠してきた泣き顔を晒すなんてことは、僕だってしたくない。
  
  僕の意図を理解したのか、やがて魅上は身体の力を抜いて大人しくなった。
  時折息を大きく吸い込むのは、激しく抵抗したせいなんだろうか。 それともまた泣かせてしまったせいなんだろうか。
  「ごめんね、魅上」
  魅上に体重を掛けないように肘を付き、息を荒くしたまま何度も ごめん、を繰り返す。
  その度に 胸の下で魅上は、いやいやをするように首を横に振る。
  
  
  きっと魅上は、僕が急に冷たくなったのは 自分のせいだと思っている。
  このまま別れるべきだ、とも思ったけれど。 魅上の精一杯 気丈に振舞う姿が、かつて倉庫や獄中で見た、
  小さく震える背中と重なって。 せめて誤解だけは解いておきたかった。
  
  「僕が魅上を避けてたのは、」
  
  魅上は悪くない。
  優しくしたり冷たくしたり、僕が自分勝手に振り回してしまっただけなんだ。
  
  「僕が、魅上のこと好きになっちゃったからなんだ」
  
  
  魅上は、悪くない。 ただそれだけを伝えたかった。
  
  
  
  
  胸の下の魅上は、身じろぎ一つしない。 でも彼の反応は、正直どうでもいいんだ。
  返事を必要としない告白ほど、空しいものはない。
  
  「おかしいよね。魅上だって男なのに。 好きになっちゃ、いけないよね」
  身体が彼に触れないように、そっと腰を浮かせる。
  今まで感じてた温もりが無くなって、急に寂しさがこみ上げてきた。
  
  「傍に居すぎたから、かなぁ。 安心して、きっと只の一時的な気まぐれだから。
  魅上が出ていったら、すぐ忘れちゃうと思うよ」
  魅上と顔を合わせていなくて良かった。 今の僕、多分ひどい顔になってる。
  
  さようなら。 中途半端に手を差し伸べておいて、途中で突き放してしまって本当に済まない。
  でも僕みたいなのが近くに居るよりマシだろう?
  
  
  「だから、別れて暮らそう?」
  
  
  ああ。最後にもう1回、ぎゅってハグしたいな。
  
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