『魅上が好きだ』
動きが止まった僕の舌に、魅上の舌が絡み付いてくる。
そのまま舌の裏側沿いに、彼の舌が伸びて… 僕の唇を舐めてきた。
…ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!
バネ仕掛けの人形みたいに、飛び退くと。
口を開け、舌を軽く突き出した魅上も、はっとしたように表情を強張らせた。
一瞬、真顔で向き合った後。
「…おやすみ」
「……おやすみなさい」
目を反らして言葉を交わす。
その場から逃げ出すように、僕は寝室へ駆け込んだ。
ドアを背にして、呆然と立ち尽くす。
なんて事だ。
魅上を、
好きになってしまった。
そりゃ、今までだって髪を撫でたり、ハグしたり、過剰なくらいスキンシップはしてきたけれど。
でもそれは、同情とか友情から来るもので。 決して恋愛感情なんかじゃないと思ってた。
いや、今だって同情や友情は感じている。
むしろ魅上への想いは、これらの感情が強くなりすぎたから、かもしれない。
魅上だって、僕に恩を感じているからだろう。 暴走した僕を、拒もうとしなかった。
さっきのキスの時、たどたどしくも精一杯、僕を受け入れてくれようとしたのを思い出す。
健気な魅上。 可哀想な魅上。
僕が彼を愛し続けたら。彼もいつか、僕を好きになってくれるだろうか。
…けれどそんなことは問題じゃない。
だって僕達は男同士だ。
僕は魅上を好きになっちゃいけない。
半生を奪われてしまった魅上には、幸せな結婚をして、せめてこれからは平穏で安らかに生きて欲しい。
魅上の、常人よりは残り少ない人生を、僕なんかの所で足止めさせてしまってはいけない。
…だから鎮まれ。どっかへ行ってくれ。
こんな”弱っていて落としやすい、手頃な獲物”を狙うような、浅ましくて卑劣な感情なんか。
頭と胸のモヤモヤを、早く取り去ってしまいたい。
こんな時は寝るに限る、とバスローブに着替えてベットに横たわった。
でも寝るには早い時間だし、空腹で寝付けない。
考えちゃいけないのに、隣室の魅上のことばかり頭に浮かんでくる。
魅上は今日、どんな夕食を用意してくれたんだろうか。
魅上は今頃、一人きりで食べているんだろうか。
魅上はさっきのキスを、どう思ったんだろうか。
ああ。
今すぐリビングに戻って、魅上に『さっきは悪かった。その場の雰囲気に流されただけで、
君に対して邪(よこしま)な心なんて持ってない。もう2度とふざけた真似はしない』と言えたら。
だけれど今の僕には、そんな嘘を付ける自信が無い。
何より今、魅上を見たら。 自分の感情を押し殺すことが出来るか分からない。
魅上、すまない。 早く忘れるから、早く元の僕に戻るから…
目が覚めても、僕の気持ちは整理が付かないままで。
かなり早めに起きたから、シャワーを浴びようと脱衣場の扉を開けると魅上が居た。
…最悪だ。
「おはよう、ございます。 早いですね」
「…おはよう」
顔を引き攣らせ、不自然なくらい横を向いたまま挨拶する。
「すみません、すぐに退きますので」
均整の取れた魅上の身体。 魅上の胸、魅上の腰、魅上の太腿、魅上の…
ああああ。見たくない。見ちゃいけない。
魅上に背を向け、バスローブの紐を弄んでいると。 本当にすぐ、魅上は服を羽織って出て行った。
すれ違いざま 彼の残した石鹸の香りが、僕の頭を揺さぶる。 脳内麻薬のように。
こんなんじゃ、とても昨日のことなんて切り出す余裕が無い。
魅上と目を合わせないように。 さっきの肌色の残像を、頭からかき消すように。
急に仕事が入ったから、と言って僕は鞄を持った。
玄関先で、いつものように魅上がネクタイを直そうとしてくれるけれど。
「自分でやるから、いいよ」
魅上と向き合いたくなくて、手を払い除けてしまった。
「…ごめん、」
昨日のことも一緒に謝ろう、と口を開きかけると、
「いえ。こちらこそ、ごめんなさい。 …じゃ、いってらっしゃい」
早口で捲くし立て、すっと僕から離れる魅上。
「今日は、遅くなるだろうから。 夕食は食べてくるね」
「分かりました」
苦し紛れの現実逃避の嘘に、彼はきちんとお辞儀をする。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
表通りに出て、僕は盛大に溜息をついた。
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さーいよいよドロドロしてきましたよ!(嬉しそうだなオイ)