4.僕の中に巣食ったのは


  『魅上が好きだ』
  
  
  動きが止まった僕の舌に、魅上の舌が絡み付いてくる。
  そのまま舌の裏側沿いに、彼の舌が伸びて… 僕の唇を舐めてきた。
  
  
  
  …ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!
  
  
  バネ仕掛けの人形みたいに、飛び退くと。
  口を開け、舌を軽く突き出した魅上も、はっとしたように表情を強張らせた。
  
  一瞬、真顔で向き合った後。
  「…おやすみ」
  「……おやすみなさい」
  
  目を反らして言葉を交わす。
  その場から逃げ出すように、僕は寝室へ駆け込んだ。
  
  
  
  
  
  ドアを背にして、呆然と立ち尽くす。
  
  なんて事だ。
  魅上を、
  好きになってしまった。
  
  
  そりゃ、今までだって髪を撫でたり、ハグしたり、過剰なくらいスキンシップはしてきたけれど。
  でもそれは、同情とか友情から来るもので。 決して恋愛感情なんかじゃないと思ってた。
  
  いや、今だって同情や友情は感じている。
  むしろ魅上への想いは、これらの感情が強くなりすぎたから、かもしれない。
  
  魅上だって、僕に恩を感じているからだろう。 暴走した僕を、拒もうとしなかった。
  さっきのキスの時、たどたどしくも精一杯、僕を受け入れてくれようとしたのを思い出す。
  
  
  健気な魅上。 可哀想な魅上。
  
  僕が彼を愛し続けたら。彼もいつか、僕を好きになってくれるだろうか。
  
  
  
  …けれどそんなことは問題じゃない。
  
  
  
  だって僕達は男同士だ。
  僕は魅上を好きになっちゃいけない。
  半生を奪われてしまった魅上には、幸せな結婚をして、せめてこれからは平穏で安らかに生きて欲しい。
  魅上の、常人よりは残り少ない人生を、僕なんかの所で足止めさせてしまってはいけない。
  
  
  …だから鎮まれ。どっかへ行ってくれ。 
  こんな”弱っていて落としやすい、手頃な獲物”を狙うような、浅ましくて卑劣な感情なんか。
  
  
  
  頭と胸のモヤモヤを、早く取り去ってしまいたい。
  こんな時は寝るに限る、とバスローブに着替えてベットに横たわった。
  でも寝るには早い時間だし、空腹で寝付けない。
  
  考えちゃいけないのに、隣室の魅上のことばかり頭に浮かんでくる。
  
  魅上は今日、どんな夕食を用意してくれたんだろうか。
  魅上は今頃、一人きりで食べているんだろうか。
  魅上はさっきのキスを、どう思ったんだろうか。
  
  
  ああ。
  今すぐリビングに戻って、魅上に『さっきは悪かった。その場の雰囲気に流されただけで、
  君に対して邪(よこしま)な心なんて持ってない。もう2度とふざけた真似はしない』と言えたら。
  
  だけれど今の僕には、そんな嘘を付ける自信が無い。
  何より今、魅上を見たら。 自分の感情を押し殺すことが出来るか分からない。
  
  魅上、すまない。 早く忘れるから、早く元の僕に戻るから…
  
  
  
  
  
  
  目が覚めても、僕の気持ちは整理が付かないままで。
  
  かなり早めに起きたから、シャワーを浴びようと脱衣場の扉を開けると魅上が居た。
  …最悪だ。
  
  「おはよう、ございます。 早いですね」
  「…おはよう」
  顔を引き攣らせ、不自然なくらい横を向いたまま挨拶する。
  
  「すみません、すぐに退きますので」
  均整の取れた魅上の身体。 魅上の胸、魅上の腰、魅上の太腿、魅上の…
  ああああ。見たくない。見ちゃいけない。
  
  魅上に背を向け、バスローブの紐を弄んでいると。 本当にすぐ、魅上は服を羽織って出て行った。
  すれ違いざま 彼の残した石鹸の香りが、僕の頭を揺さぶる。 脳内麻薬のように。
  
  
  こんなんじゃ、とても昨日のことなんて切り出す余裕が無い。
  魅上と目を合わせないように。 さっきの肌色の残像を、頭からかき消すように。
  急に仕事が入ったから、と言って僕は鞄を持った。
  
  
  玄関先で、いつものように魅上がネクタイを直そうとしてくれるけれど。
  「自分でやるから、いいよ」
  魅上と向き合いたくなくて、手を払い除けてしまった。
  
  「…ごめん、」
  昨日のことも一緒に謝ろう、と口を開きかけると、
  「いえ。こちらこそ、ごめんなさい。 …じゃ、いってらっしゃい」
  早口で捲くし立て、すっと僕から離れる魅上。
  
  「今日は、遅くなるだろうから。 夕食は食べてくるね」
  「分かりました」
  苦し紛れの現実逃避の嘘に、彼はきちんとお辞儀をする。
  
  「いってきます」
  「いってらっしゃい」
  
  表通りに出て、僕は盛大に溜息をついた。
  
  
  
  
  
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  さーいよいよドロドロしてきましたよ!(嬉しそうだなオイ)