日本人は勤勉だと言うけれど、魅上は特別だと思う。
例えば家事をやるにしても。
絶えず彼は、何かやる事を見つけている。
僕がシャワーを浴びたり、溜まってた郵便物を処理したり、ベランダから夕暮れを眺めたりして
少し目を離している内に、魅上の手でみるみる綺麗になっていく我が家。
「…ありがとう。 でも、少し休んだら?」
「いいんです。好きでやっていることですから」
一途と言えば一途。頑固と言えば頑固。
こんな会話を、今日1日だけで10回は繰り返した気がする。
次の日、夕方の買出しから戻った僕を「おかえりなさい」と玄関で迎えたのは、
手(と鼻の頭)を黒くした魅上と、ピカピカに磨き上げられた僕の靴。
部屋に入れば、丁寧にアイロン掛けされ、折りたたまれた僕のシャツ。
物凄く有能なハウスキーパーが居るみたいで、有難いと言えば有難いけれど。
でも、こんな風に魅上に気を遣わせてたらダメだと思う。
彼には早く新しい仕事、新しい生き方を見付けてもらわないといけない。
「あの…」
家事分担を決めないと。 頭の中で家事リストを作り始めた僕を、魅上の一言が現実に戻す。
「夕食ですが、」
「…」
そう言えば、部屋の向こうからいい匂いがしてくる。
魅上が料理をしたのだろうか。キッチンで。 開けたのだろうか、あの…
「ひょっとしてもう、食べました?」
「…ひょっとして、見ました?」
思わず魅上と同じ口調で尋ねると。 魅上は一瞬 きょとんとした後、ああ、と頷いた。
「もしかして冷蔵庫、でしょうか? ごめんなさい、使わせてもらおうと思って開けたら、」
「ごめんなさい!!!」
「…ジェ、バンニ?」
ゴメンナサイゴメンナサイ。言うのを忘れてました。謝るのはこちらの方です。
両手と両膝を床につけて、頭を下げる。 土下座と言うんだっけ? 日本人の伝統的な謝り方。
「こちらこそ、ごめんなさい。勝手にあれこれ 開けてしまって。 でも、」
魅上がしゃがみ込んで、僕の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。 昨晩、僕が彼にしたのと同じように。
「アレって…賞味期限が切れること、あるんですね……」
ウッ、と言葉を詰まらせる僕に、魅上はくすくすと面白そうに笑いかけた。
そんなこんなで。
僕と魅上は、ソファの両端に座って一緒に夕食を食べている。
「こちらの食材に慣れていなくて、簡単なものばかりですが」
と、申し訳無さそうに魅上は言うけれど。
シャキっと瑞々しいサラダといい 海鮮風のパスタといい、店に出しても恥ずかしくないくらいの出来栄えだ。
というか。
とても繊細で丁寧で、噛み締めるほどに味がふんわりと広がってきて…
店でも滅多に食べられないんじゃないかって程、美味しい。
パスタなんて、ぷちぷちとした不思議な食感で、食べていて楽しくなってくる。
(魚の卵を和えてるんですよ、と魅上は言った。)
料理なんてやらない僕だけれど。 これは掛け値無しで言える。
「美味しい! ほんっとうまい!!」
何故だろう。美味しいものを食べてると、たまに涙が出てくるときがあるよね?
ちょっと鼻を啜って夢中で食べてる僕の横で。
「…良かった。有難うございます」
心配そうに僕の様子を伺っていた魅上が、嬉しそうに言った。
夕食後、魅上に”書斎”を見せてあげることにした。
書斎、と言っても作業机と棚がやっと入るぐらいの小部屋だ。
別に鍵なんか掛けてたわけじゃないけれど、この部屋だけ薄っすらと埃が積もったままで。
床に付いた足跡は僕のものだけだった。
”この部屋以外の物なら、好きに使っていい”
最初に言った同居のルールを、忠実に守ってくれてる魅上。
ドアを開けたことすら無かったみたいで、興味深々と部屋の中を見回している。
「別に大した物は置いてないけどね。これが、僕の趣味」
棚に並べたボトルシップの一つを、そっと魅上の手に乗せてやる。
「手先、器用なんですね」
両手で丁寧に抱え上げ、魅上が瓶の中を覗き込んだ。
「まぁ、ね」
几帳面な魅上のことだ。きっとこの手の細工モノは好きなんだろう。
目をきらきらさせて見入っている。
いつもはきゅっと結んでる口元も、今は少し 開き気味で。 何だか少年のようにあどけなく見える。
何となくその表情から目を離せなくなっていると。 ガラス越しに目が合った。
お互い、照れくさそうに笑う。
「…気に入った?」
「ええ。とっても」
素直な魅上に気を良くし、ついつい一時間ほど 薀蓄を語ってしまった。
「……そんな感じで、由来からして、ボトルシップの作り方に王道は無いんだ。
材料は身近な物を好きに組み込めばいいし、道具だって手作りの物が殆どだよ」
知人や同僚ならとっとと逃げ出してしまうだろうけれど。 魅上はうんうん、と楽しそうに聞いてくれる。
真面目で好奇心旺盛な生徒っていいよなぁ。
「結構前から作ってるんだ。 子供の頃は、引越しが多くて。
友達がなかなか出来ない時は、一人で模型とか、ボトルシップとか作ってた。」
ついつい自分語りまで始めてしまう。
「だからこれは、僕のアルバムなんだ。」
棚の上にずらっと並んだ瓶達を指差すと、魅上は首を傾げた。
「アルバム?」
「学校の机や家の柱、庭の木とか。好きだった子のハンカチとか。そういう物で作ってるから」
だから色や形がちょっと変わってるでしょ、と笑うと
「素敵です。ジェバンニが生きてきた証…ですね」
魅上がそっとガラス瓶を撫でながら呟く。
その声が少し寂しそうで、僕は彼が半生を無くしてしまった事を思い出した。
「この部屋も自由に見ていいよ。 何だったら、作り方も教えてあげる」
名残惜しそうな魅上の手をそっと引いて。 僕達は部屋を出た。
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(後記)
デンコさんは料理をしません。だからジェバも料理をしません(´_ゝ`)
冷蔵庫の中身は…ナイショです