SPK本部の有ったNYに9ヶ月。日本に3ヶ月。
1年近くも留守にしていた我が家のドアを開けると、案の定 ホコリ達の大歓迎に会った。
やれやれ。
ホコリってさ、何処から来るんだろう。 どんなに締め切ってても、奴らはいつの間にか集まってくる。
床に靴跡を残しながら家中の窓を開け、換気扇のスイッチを付けて回る。
キッチン、リビング、書斎、寝室、それにトイレっと…
カーテンを開けると眩しい昼の光が部屋に差し込み、ようやく僕は”ああ、自分の場所に戻ったんだ”と実感できた。
ここは4階にしては見晴らしが良い。 リビングの窓からは近所の公園の緑も見える。
SPKに移った時に新しい部屋も借りたけれど、僕はこの部屋が気に入っていたので解約しなかった。
いつ元の職場に戻れるか…いや、ホントは生きて戻れるかすら分からなかったけれど。
誰だって”帰る場所”は必要だろう?
もっとも身辺整理も兼ねて持ち物は殆ど処分してしまっていたから、この部屋に残っているのは
備え付けの家具ばかり。 まぁ、僕にしては整理整頓できた状態、ってことで。
ひと通り部屋を見回してから、新しい”同居人”が入ってきてないことに気付く。
振り返ると、玄関で所在無さげに魅上が立っていた。
「どうぞ。入って」
ホテルのドアマンみたいに恭しくお辞儀をすると、魅上はぺこりと頭を下げて足を踏み出す。
…おいおい。今、靴を脱ごうとしたな。
一瞬 彼の動きが止まったのに気付いて苦笑する。 魅上もチラと僕を見て、ばつが悪そうに笑った。
こっち(アメリカ)とそっち(日本)の生活スタイルって結構違うよなぁ。 自分も数ヶ月前に戸惑ったのを思い出す。
生活だけじゃなくて、考え方も。 きっと彼らと僕らの間には、大きな隔たりが有るんだろう。
これからの同居生活がいつまで続くのかは分からないけれど。 前から有った不安がちょっと大きくなった。
リビングに入っても、魅上はやっぱり所在無さげに入り口で突っ立ったままだ。
「座って。 これからの事を話そうか」
ホコリを軽く手で払って、3人掛けのソファを指差すと、魅上は端っこに腰掛けた。
テーブルを挟んで反対側のソファに腰を下ろす。
俯きがちな魅上と正面から向き合うかたちになり、何とも言えない気まずい空気が流れた。
「……食事は各自で。魅上の貯金は後で渡す。 ベッドは1つしかないから魅上はソファで寝て。
そこの小っこい部屋以外の物は、好きに使っていい。」
雰囲気に耐え兼ね、早く終わらせようと早口でイロイロまくしたてる。
買い物にも出なくちゃいけないし。
「ざっと説明はこんなところかな。何か質問があったらいつでも聞いて?」
「あの…」
それまでずっと、黙って項垂れていた魅上が口を開いた。
「何で私に、こんなに善くしてくれるんですか?」
「何で、って…」
「私があそこから出られたのも、きっと貴方のお蔭ですよね?」
重い前髪の間から チラ、と目だけを上げて僕を見て。また目線を下に戻す。
魅上の疑問も、もっともと言えばもっともだ。
特に、他人からの好意には慣れていないだろう彼にとっては。
「確かに身元の引受人になる、とは言ったけれど、そんなに大した事はしてないよ。」
キラ代行者・魅上が牢から出られたのは、それなりに理由があったからだ。
キラに従わなければ彼の命が無かったこと、キラを裁ける法は無いこと、記憶を一切失っていること、
再犯の可能性は無いこと… 出所時にした説明を、またひと通り繰り返す。
引受人に立候補したのは、捜査員の中で僕が一番、魅上のことを知っていたから。
そして魅上は”人間として信用できる”、と判断したから。
「でも… 貴方は私が憎くないんですか?」
軽く頷きながら聞いていた魅上は、顔を上げ、真っ直ぐ僕を見詰めて問いかけてきた。
「私は、貴方を殺そうとしたんですよね? そんな殺人鬼と、どうして一つ屋根の下で暮らせるんです?」
「・・・」
彼の疑問は、本当にもっともだ。
そして僕は、うまくそれに答えることが出来ない。
自分自身、何故なのかハッキリとは分からない。
「…多分、魅上はこれから、やり直せるって思ったから」
そう言って僕は立ち上がり、魅上の隣に腰を下ろす。
「そして僕は、魅上を変えたい、って思ったから」
横を向き、魅上の肩と頭にそっと腕を回す。
魅上は少し身体を硬くしたが、大人しく僕に頭を撫でられている。
別に愛とか友情とかそんなんじゃなくて。
何ていうか。
捨てられた犬を撫でているような。 そんな気分だ。
「私は… 自分が貴方みたいな人を殺そうとしたなんて、信じられない。 でももし本当だとしたら、」
僕の腕の中で、魅上が震える声で言う。
「自分自身が、許せない」
この人は、見掛けに拠らず脆い。
普段は敬虔な修道僧みたいに、脇目もふらず ひたすら真っ直ぐに生きているけれど。
心の芯が人一倍堅い分、柔軟性には欠けていて。いざとなったら折れてバラバラに崩れてしまう。
キラ、という彼の神を否定され、真面目に生きてきた"誇らしい"半生も、未来への展望も奪われて。
もぬけの殻のようになってしまった彼が痛々しくて哀れで、何とかしたいと思った。
こういうのを勝者の驕りって言うんだろうか。
魅上を尾行していた時は、いつ殺されるかと それはもう怖くて怖くて、許可が無いのに射殺しそうになった事もある。
なのに倉庫で泣き崩れる彼を見て。牢で身体を小さくして俯いたままの彼を見て。
それまでの恐怖や憎しみより、哀れみの感情の方が強くなった。
「多分ね。”キラ代行者”、ということを除けば、僕は魅上のことが 前から結構好きだったと思う。」
相変わらずよしよし、と魅上の頭を撫でながら言う。
日本人の黒い髪はサラサラしててハリがあって綺麗だと思う。 癖毛の僕とは大違いだ。
「誠実なとこ。一途なとこ。優しいとこ。実行力があるとこ。 魅上のいいとこは一杯有るよ。」
「・・・」
「尾行している時に、困っている人を助けているのを、何度も見た。
魅上は凄いよ。僕だったら…いや、他の誰でも、あんな風には動けない。」
思いつく限り魅上の好きなところを挙げていく。
「魅上はね、善い人だよ。 ちょっと思い込みが激しいとこがあるけれど」
頭をぽんぽん、と軽く叩くと。
こんな風に言われた経験は少ないのだろう。
恐縮したように身体を縮ませていた魅上が、突然僕の胸にしがみ付いてきた。
「…み、かみ?」
「私、なんかに…そんな風に、言っ、て、くれて…… 本当に、とて も、嬉し い です」
腕の中の魅上は、もしかしたら泣いているのかも知れない。
少し掠れた声で、途切れ途切れに言う魅上の体全体を、包み込むように抱きしめてやる。
…うん。 ほんとに、素直で、健気で。善い人だよ、魅上は。
どうか。 魅上が生まれ変わってくれますように。
そのまま2人して、ずっと抱き合ってた。
さっきまで感じていた、これからの同居に対しての不安は いつの間にか消えていた。
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