・公訴事実に対する意見陳述書 (1996年3月21日)
これから裁判を受けるにあたり、逮捕以来考え続けてきたことを少し述べさせていただきます。
私は成長するに従って、私のあらゆる側面が自由のきかない管理システムの大きな渦の中で、既にレッテルを貼られ区別され固定され、抵抗するすべもなく自由を失い、絶望の中に沈んでいくのを学生の頃感じました。私達を取り巻く高度に管理化されたハイテク社会がこのまま暴走を続ければ、私達の精神は抑圧され荒廃し、近い将来、人類が愛を失い、大規模な破局を自ら引き起こしてしまうのではないか、という切迫した危機感を高校生のころ私は覚えるようになりました。
このような人類を取り巻く絶望的な状況を打開するためには、私達一人一人が覚醒し、精神的な進化を遂げるしかないと私は自覚しました。
丁度その頃、解脱や悟りといった霊的、精神的進化が、世紀末を迎えようとしている人類の様々な問題を救済する唯一の方法であると提示し、自ら最終解脱者と称していた松本智津夫氏と出会い、その弟子となりました。
松本智津夫氏の説く解脱や悟り、そして救済のための教えには、大きな三つの特徴がありました。
一つ目は、私達の本質からすれば、現実世界は不自然な幻影の世界であるという教えです。
この現実世界は、私達の心の内側に存在する貪り、怒り、無智といった様々な煩悩のデータによって生じた幻影の世界であり、私達の本質は、本来はその煩悩のデータから切り離された絶対自由、幸福、歓喜な状態であり、私達が、自らの煩悩のデータを滅することが出来れば、私達の本質である絶対自由、幸福、歓喜の状態になり、それこそが解脱であると教えられました。
そしてこのような解脱理論の影響により、この現実社会の煩悩による価値観によって生きることより、解脱するための価値観によって生きることを教義づけている出家へと、多くの人たちが向かって行くことになっていきました。
二つ目は、グルに対する絶対的帰依によるグルとの合一こそが解脱への方法であるという教えです。
この現実世界が、私達の煩悩のデータによって生じる以上、解脱へ至るデータが存在しない。
だから解脱したグルによって、解脱に至るデータをコピーしてもらう方法によってのみグルと合一し、私達は解脱に至ることが出来る。
この解脱の方法論は、グルに対する絶対的帰依こそが必要だと教えられることにより、出家教団内においては、現実における全ての価値観が、松本智津夫氏の意思により形成されていくことになりました。
三つ目は、救済は松本智津夫氏の予言の成就によって成し遂げられるという教えです。
松本智津夫氏の予言に基づくオウム真理教の活動方針は、現在、世界に蔓延する物質主義こそが、ハルマゲドンを生じさせる原因であり、物質主義における価値観によって生きる限り私達は永遠に輪廻転生して苦しみ続けることになる。
そしてこの物質主義は、世界的規模、即ちフリーメーソンのプログラムによって形成されていき、戦後、日本においては、アメリカという媒体を通して形成されてきたと捉え、救済とは、この物質主義文明に対して、解脱に至る真理の文明を形成することをヴァジラヤーナの救済として教義づけるに至りました。
松本智津夫氏は、この三つの教えを統合し、この物質文明を破壊し、自らを法皇とする真理の国家を形成することをヴァジラヤーナの救済による予言の成就と定め、私達の解脱に至るための修行がグルの意思の実践である以上、予言の成就こそが私達の修行となり、その予言の成就の手段として、松本智津夫氏の指示により、教団が武装化へと向かって行くこととなりました。
そして、このような教団の実態は、松本智津夫氏の指示が現実の様々な障害によって実現しない時には、その障害を無理矢理取り除く行為をヴァジラヤーナの教義により、私達弟子にマハームドラーの修行として位置付け、その結果、松本智津夫氏は様々な犯罪行為を私達弟子に、マハームドラーの修行として指示したのです。
私自身は、松本智津夫氏の弟子となった16歳から、グルに絶対帰依する修行者としての「カタチ」に自分を無理矢理押し込んで行くことになっていきました。
しかし、現実としては、次第に教団の組織と松本智津夫氏に、身も心もがんじがらめに束縛されることになってしまい、その束縛の中で、現実的な欲望を満たすことにより自分自身を偽り続けることになっていきました。
しかしこのような偽善を抱えながらも、グルの意思を実践し帰依し続けることにより、いずれはグルと合一し、偽善や煩悩が消え去り、解脱を達成し多くの人達の精神的進化を手助けしたいと願って、修行を続けて参りました。
そして結果的には、マハームドラーの修行と称した、グルの意思の実践によって犯罪行為に関与することとなっていきました。
そのプロセスにおいて、当初はヴァジラヤーナの実践がいつかは日本を覚醒することに繋がるものであろうと信じていたものの、次第にそれが松本智津夫氏の宗教的エゴイズムではないかと疑問を持ち始め、その結果、私は松本智津夫氏から現実的なポアの恐怖を与えられ、様々な言い尽くしがたい葛藤の中で、犯罪行為を命じられ、現場へ行ったものの実行には踏み切ることが出来ず、その後は続々と犯罪行為の手伝いをすべく指示され続けたのでした。
その後、私は逮捕され、出家して以来初めて現実的に教団や松本智津夫氏から束縛されない状態に至り、取り調べ中、或いは一人の時、これまでの犯罪行為を冷静に見つめることが出来る機会を得ることが出来ました。
それでも松本智津夫氏の目に見えない呪縛により、私は絶えず苦しめられ続けました。
そして、その呪縛と現実の狭間で苦しみ、どん底まで追い詰められた私は、多くの本を読み、時間をかけることによって、子供の頃そして、教団に出家してからも自分を偽り続け、自分自身の何かが欠けているという感覚をごまかそうとしていた自分自身を真正面から見つめる努力をし始めました。
松本智津夫氏は、いかなる不合理な指示であろうと、グルの意思を実践した弟子のみがグルと合一し、解脱に至ることが出来ると教えていました。
しかし本来すべての衆生が仏性を有している以上、私達一人一人が自己に内在する仏性に気付き、覚醒することが解脱であってグルのコピー人間になることが解脱であるはずがなく、グルに対する盲目的な帰依の実践は、グルと弟子のいずれも堕落させ真の解脱や救済から根本的に逸脱したものでしかなく、私は松本智津夫氏にとっては決して良い弟子ではなかったことに気が付きました。
また松本智津夫氏は、この現実世界は煩悩のデータによって作られた「幻影」にしか過ぎないと捉え、解脱をすればこの世界を自分の思いのままに作り替えることが出来ると教え、自らを法皇とする千年王国を形成することを予言の成就による救済としていました。
しかしこの現実世界は、一人の人間の意思や予言によって、たやすく変更できるような無意味な「幻影」ではなく、私達が自覚するしないにかかわらず、この世界には私たちすべてを育む限りない「慈愛」が満ち溢れ、無理矢理この現実世界を破壊して、予言の成就を達成しようとすることが救済であるはずがなく、この世界の全ての現れは、そのままで美しく、かつ意味があることに私はようやく気が付きました。
私が、松本智津夫氏の教えを信じグルの意思を実践することによって解脱を達成しようとしていたこの10年間の修行も、単に自分をごまかしていたことでしかなかったことに気が付きました。
そして、私が松本智津夫氏の指示によりヴァジラヤーナの救済として行ったマハームドラーの修行は、結果としては、この宇宙に満ちている「慈愛」の働きを傷つけた以外の何者でもなく、これまでの自分の無知によって、知らず知らずのうちに、数多くの方々に、計り知れない不合理な苦しみを与えてしまった罪の重さを改めて自覚するようになりました。
私はこれまでに、自分が気が付かないうちにどれほど多くの方々を傷つけてしまったかと思うと自分自身の無知と愚かさが悔やんでも悔やみきれません。
多くの方々の計り知れない苦しみを少しでも多く自己の苦しみとして深く反省し、これからの裁判において、私の知る限りのオウム真理教の実態を明らかにし、二度とこのような宗教の名のもとにおける犯罪がこの日本において生じないことを願い、今私のできる唯一の償いをしていくことを誓います。
井上嘉浩