Compassion 井上嘉浩さんと共にカルト被害のない社会を願う会

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意見陳述


・オウム真理教のサマナや信徒へ (1995年12月26日)

 私、井上嘉浩は1995年12月26日付けでオウム真理教から脱会致しました。

 教団を脱会するにあたり、私と関わりがあったサマナ、信徒の方々にも脱会していただきたいと願い、私が脱会を決意した心境を伝えたいと思います。

 まず最初に、私が関わった事件の被害者の方々及びその遺族の方々やいまだ後遺症に苦しむ方々に本当に大変申し訳ないと思っています。

 オウム一連の事件の被害者の方々等の堪え難い悲しみと苦しみ、オウムに対しての言い知れぬ怒りや憎しみはいくら私達弟子が尊師こと松本智津夫氏の指示したヴァジラヤーナの「修行」として「救済」と思い実践したと言っても全く弁解の余地のない犯罪であることは間違いありません。

 たとえどんな言葉で持ってしても謝罪することは不可能であると承知しておりますが、これからの裁判で私の知る限りのオウム真理教の実態を明らかにし、二度とこのような宗教の名のもとにおける犯罪がこの日本において起きないよう出来る限りの償いを実践することを誓います。

 私と関わりがあった信者、サマナへ 私の言うことを聞いて欲しい。

 今みんなを取り巻く現状、これこそが尊師こと松本智津夫氏の教えが真理と似て非なる教えであった事の現れであることに気付くべきです。

 そして私達は偽りのない気持で自分自身の過去と現実を見つめる必要があると思う。

 私達が尊師の意志という名のもとにおいて行って来た様々なワークという名のもとにおいての修行について、皆も心のどこかで本当にこれでいいのかと疑問に思ったことがあると思います。

 しかしみんなはこう言うでしょう。

 尊師は最終解脱者であり救済者なのだから、尊師に帰依し尊師の意思を実践することが修行だし、尊師と合一することが全てなんだ。
 大体事件のことなんて私達に関係ないしどんな状態になっても尊師は間違っているはずがない。
 今だからこそオウム真理教を守るんだ。

 しかし今の私は決してそう思わない。

 私は逮捕されて以来様々な方達の助けや、数多くのオウム真理教以外の書物を読むこと等により、私自身のオウムの修行において自分自身に偽っていたもの、自分が何がなんでも信じようとしていたものから少し離れて過去を見つめるようになりました。

 私は、「グルの意思」という名のもとになした修行の結果生じた犯罪行為によって、当然の結果として身体は完全に拘束されていますが、心は以前よりずっと自由であり自然になりつつあります。

 尊師こと松本智津夫氏やオウムの教義に対して何も恐れや遠慮することなく、何も自分自身を繕うことや騙すことなく、ごく自然に修行することが出来つつあります。

 そして私は教団で培った様々な観念がおのずと壊れていきました。

 私はこのように思います。

私たちが覚醒を得ようとするなら「最終解脱者」なんていらない。
「救済者」なんていらない。
「尊師」も「正大師」も「正悟師」も「サマナ」もそんな階級なんていらない。
「教団」なんて何一つとして必要ない。

 私達がそのような言葉で自分自身を縛り付けた瞬間から、どんな神秘体験をしようが私たちの修行は覚醒の道ではなく、単に修行という言葉だけで現世と同じ道であったのです。

 確かに私達は、オウムの教義は最終解脱者と言っていた尊師こと松本智津夫氏が説いた教えとして、それは全ての真理だと教えられました。

その結果、確かにオウムの初期の修行の実態はインドヨーガに則し様々な神秘体験をすることにより尊師こと松本智津夫氏を信じるようになりました。

 しかしその後は短期間に尊師こと松本智津夫氏に帰依させることをもくろみ、薬物によってそれを代用するようになりました。

 そしてどちらにせよ尊師こと松本智津夫氏に帰依していくプロセスの先には、マハームドラーの修行の名のもとにおいて、いかなることであれグルの意思を実践するんだという教義と修行にすべては変わっていったのです。

 そして私達は「グルの意思」という名において全ての物事の見方をオウムの教義によって見ることとなりました。

 その結果、私達の修行の目的は真のリアリティを認識するものであったものが、全て「グルの意思」によって成立するものであるという幻想の中に溺れ、物事を深く考えることなく、これはグルの意思なんだから「解脱、悟り、救済なんだ」と私達は思い込むことによりヴァジラヤーナを実践することとなったのです。

 グルの意思、すなわち予言の成就、すなわち尊師こと松本智津夫氏が救済という名のもとにおいて王になる千年王国のために、私達は一体何を「グルの意思」として実践していったと思いますか。

 尊師こと松本智津夫氏はマハームドラーの名において私達弟子をヴァジラヤーナに追い詰め、彼の欲求を「グルの意思」に置き換え、彼の個人的なエゴや煩悩としか見えない指示を私達弟子にマハームドラーの修行という名において実践させたのにすぎません。

 また、単にエゴから生じる怒りでしかないことを、「真理を迫害している」「悪業を積んでいる、許せない」と言って、私達弟子に「これは慈愛の実践だ」と言ってヴァジラヤーナという名においてポアを指示したり、メチャクチャな指示をするだけでしかなかったのではないですか。

 私は、ヴァジラヤーナの修行に入り疑問等を少しでも持ったときには、皆が信じられないような「グルの意思」という名においての恐怖を与えられていきました。

 私達弟子が救済と信じて行ってきた「グルの意思」は、尊師こと松本智津夫氏のそばに行けば行くほど、本当の救済とは程遠いのではないかと思われることがあまりにも多すぎました。

 そして矛盾を感じる気持ちを尊師こと松本智津夫氏は私達弟子のエゴとして置き換え、絶えず新しい指示をマハームドラーの修行として与え続け、私達弟子の良心や常識を「グルの意思」という名のもとにおける修行として破壊し続けました。

一体どれだけの人達がポアという名のもとに殺され、その家族の人々が苦しんでしまったのか。
一体どれだけの弟子が幻覚剤のイニシエーションで死んでいき、どれだけの弟子がポアという名のもとに殺されてしまったのか。
一体どれだけの弟子が大きな犯罪を犯し、苦しんでいるのか。

 それだけでもみんなはオウム真理教の実態を見ようとせず自分たちに都合のいい部分だけを見ようとし、「尊師は絶対である」と信じていまだにすがってしまっている。

 早くこの現実を有りのままに見つめて欲しい。

 これらの実態やそれに伴う一連の事件については「私達は関係ない」と絶対に言ってはいけないはずだ!

 私達がたとえ一時であったとしても尊師こと松本智津夫氏を信じて弟子になった以上、それに伴う修行において生じてしまった結果は、たとえ私達の動機が解脱・悟り・救済であったとしても現実としては全く正反対の実践であり、当然の結果としてこのような一連の事件が生じた以上、私達はまずオウムの被害者の方々に対して心からの懺悔と一人ひとりができる償いをする必要があるはずだ。

 私は16歳から逮捕された25歳の現在まで、自己の覚醒と、少しでも多くの人達が覚醒を目指してくれたらいいと願って尊師こと松本智津夫氏の弟子となって修行し、多くの方々を入信へ導き出家に導きました。

 しかしオウム真理教の本質が私達弟子を覚醒に導くものではないことが判った今、私は私と関わりのあったサマナや信者の方々に心から申し訳ないことをしたと思っています。

 また、私の部署であったCHSのサマナや私と関係のあった信徒の方々を犯罪行為に巻き込んでしまった事については、いくら尊師こと松本智津夫氏の指示であったとはいえ、私がみんなに指示した以上私の責任であることは間違いのないことです。

 大変申し訳ないと思っています。

 私達が覚醒を目指したオウムの修行がこのような事件を生じさせてしまいましたが、これはオウムの修行が途中から現世と変わらないものを目指してしまった結果であって、私達がこの現代社会の中において現世における様々な価値観を全て投げ捨ててでも菩提心を培おうとし覚醒を目指したことは、いかなる状態に私達が追い込まれようとしても決して忘れてはいけないと思います。

 オウム真理教が滅び消え去っていくことはオウム真理教の教義が真理でなくなってしまったことの表れでしょう。

 それは私達が回帰しようとした覚醒が自然と立ち現れる教えではなかったからだと思います。

 尊師こと松本智津夫氏だけが仏性を有しているわけではなく、生きとし生けるもの全ての衆生が仏性を有している以上、グルと合一するということは尊師こと松本智津夫氏と合一するのではなく、自分自身の仏性に気付きそれと付かず離れず一体になることではないでしょうか。

 教団や尊師こと松本智津夫氏から離れることは決して真理からの下向ではないはずです。

 私達一人ひとりが何物にも依存することなく、自分で考え修行し覚醒を目指そう。

 私達の自分自身の内側に宿っている仏性こそが究極の真理であると思います。

 私は今、教団を離れても菩提心を養う努力をし続ける限りいずれは自然に覚醒が生じるであろうと確信しています。

 むしろ教団を離れてこそ私達が現代社会の中で当初純粋に目指した覚醒を得るための修行ができるのではないでしょうか。

 勇気と自信を持って自分で考え、なすべき償いをした上で覚醒を目指す修行を今度は間違えることなく実践してください。

 1995年12月26日 井上嘉浩
 オウム真理教御中


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