月刊カノープス通信
2005年8月号

 目次 

・季節の便り『かぶとむしの宝庫』
・今月の勘違い
・近況報告『砂金採り』
・近況報告『夢の連続ドラマ3』(最終回!(笑))
・読書録
(『スーパー・トイズ』『蒼路の旅人』『ファンタジー万華鏡』『キーリ6』『埋葬惑星』他)




 季節の便り『かぶとむしの宝庫』 

 夕方、山道に犬の散歩に行ったら、道端のクヌギの木の幹の、ちょっと皮がむけたようになっているところに、蝶々がたくさんたかっていました。よく見ると、クワガタムシも数匹。
 ためしにクワガタを一匹摘んでみたら、簡単に捕まりましたが、家では飼えないので(猫が水槽をひっくり返してしまうので……)、そのまま木に戻してきました。
 ああ、もったいない。都会の子供にとっては大収穫でしょうに。クワガタは、ペットショップでは、種類によってはカブトムシより高いんですよね。

 そのクヌギの木には、カブトムシもたくさんいて、前にもこの通信で書いたことがあると思いますが、そばを通るとカブトムシの匂いがぷんぷんするんです。そのくらいたくさん、いるんです。
 そんなわけで、うちの辺では、カブトムシもクワガタも、わざわざワナをしかけたり、がんばって早朝暗いうちに山に入ったりしなくても、犬の散歩の途中にでも素手で簡単にいくらでも捕まえられてしまいます。
 だから、夏も最初のうちは、子供たちも張り切って、虫かごにうじゃうじゃカブトムシを捕ってきたのですが、猫がいたずらして虫かごをひっくり返してしまい、今年からはもう虫は飼えないことになったのでした。

 ああ、家の周りはこんなにカブトムシだらけなのに、捕っても飼う場所がないからカブトムシを捕れないなんて……。
 子供たちは、朝捕ったカブトムシを家の前の県道沿いで観光客に売ったらいいんじゃないか、などと空想中です(^_^;)





 今月の勘違い

 またまた我が家のとんちんかん会話集です。
☆私「ロッカールームが暑くてさあ……」
 夫「えっ、ドクター・ムーン? 誰、それ?」

☆テレビ「ニュース10(テン)が事件の全貌に迫ります!」
 夫「えっ、ニュースせんべい?」

☆スーパーの店内放送「本日は丸大豆しょうゆ○○円」
 私「えっ、マヨネーズしょうゆ?」

☆家族で東名高速をドライブ中、家のほうからは小さく見える富士山が大きく見えるのに驚いた息子が感嘆の声を上げました。
 息子「でかい! 間近で見ると!」
 私「えっ、『マジカル入道』……??」
 ……次の瞬間、私の頭の中で、謎の『マジカル入道』は、いきなり具体化しました。
 それはきっと、『スーパー戦隊シリーズ』の交代時期にオリジナルビデオ作品として製作されることが多い旧ヒーローと新ヒーローの競演ストーリーの最新作『マジレンジャーVSデカレンジャー』(注:架空の作品です。本当にそういうタイトルのビデオやDVDが出てても無関係)に出てくる、巨大ロボットなのです。
 マジレンジャーたちの魔法の力が込められた『マジカル入道』は、入道雲っぽいデザインを取り入れた巨人(大入道)の姿をしていて、はじめてそれを見せられたデカレンジャーのみんなは、その巨体をぽかんと見上げて、『……デカい!』と口走ります。その、超巨大魔法メカで、新旧ヒーローたちは、協力して敵に立ち向かうのです!
 で、そのビデオのサブタイトルは、『デカい! マジカル入道!』なのに違いありません!
 ……などと、いっきに妙な妄想が膨らんでしまったのでした(^^ゞ




 近況報告『砂金採り』 

 このあいだ、伊豆の土肥温泉というところに日帰り旅行に行ってきました。
 別に温泉に入りに行ったわけではなく、目的は、『砂金採り体験館』!
 土肥には昔、金山があったので、その資料館と砂金採り体験施設があるのです。

 そもそもは、中一の上の息子の希望。
 彼はもうずっと前から、「砂金採りがしたい」と言い続けていたのです。
 大きくなったら南アフリカに金鉱を探しに行きたいとか、砂金を採りたいから佐渡島に連れて行ってくれとか、さんざん言われていたのですが、うちの経済状態では、南アフリカはもちろん(笑)、佐渡へ行くのも当分はちょっと難しい……と、思っていたら、夫が知り合いから「佐渡まで行かなくても近場の伊豆に砂金採り施設がある」と聞いてきて、「よし、この夏はそこに行くしかない!」ということに。

 どうも、この息子は、小さい頃から採集本能が大変発達していて、潮干狩りや山菜採り、いちご狩りなどの採集系の遊びが大好きで、しかもあきらかに『山っ気』があり、今現在の将来の夢は漁師(しかも、『沖合い底引き網(だか定置網だか)漁法』と、妙に具体的)というそれなりに現実的で堅実なものなのですが、その前の夢は『隕石&化石ハンター』だったりしたのです。
 それも、『自分と親友と弟と三人(ちなみに三人とも一生独身の予定)でトレーラーハウスで全国を旅しながら化石や隕石を探し、それを博物館に売って儲ける』というもので、『誰は力仕事担当で誰は運転、誰は料理』などと、役割分担まで決めて夢を描いていたのです。
 そして、そうやってお金をためたら、今度は南アフリカかアメリカ西部に金鉱かダイヤモンドを探しに行って一山当てようというわけです。
 生まれながらの山師野郎です……(^_^;)

 そんな息子は、やっと実現した夢の砂金採り体験に、もう夢中。水を張った水槽から、『パン皿(パンニング皿)』という砂金採り専用の道具で砂を掬い、それを回したり揺すったりして砂金を選り分けるのですが、周りの声も全く耳に入らない無我の境地で、ひたすら没頭。目の色変わってます。イっちゃってます。
 もちろん私たちも大いに楽しみました。制限時間は30分だったのですが、30分、夢中でパン皿を回し続けると、かなり腰にきます(^_^;)
 それでもついつい燃えまくってしまいました……(^^ゞ
 息子は、夢中のあまり、「そろそろ時間だよ」と声をかけてもなかなか気づかない始末で、終わったとたん、「もう一回やりたい!」と言ったほど。
 ゲットした砂金は、それぞれ数粒ずつ。これは、小瓶に入れて持って帰れます。

 というわけで、大変楽しく砂金採りをして帰ってきた、その後。
 下の息子が宿題の自由研究のテーマを砂金にするというので、夫が子供たちと一緒にネットで色々調べてやっているうちに、砂金というのは特に金鉱跡地でなくても、普通の川でもそれなりに採れるもので、それをアウトドアレジャーとして楽しんでいる人たちもそれなりにいるらしいということが判明。
 おまけに、砂金を採るためのパン皿が通信販売されているのも発見。
 夫と息子ががぜん盛り上がって、なんと、私がいない間に、ネット通販で、パン皿と、ついでに砂金の混ざった砂の缶詰(一缶1000円×二缶)を注文してしまいました!

 パン皿は、伊豆の砂金採り体験館でも売ってたんですよ。
 でも、その時は、
「こんなもの売ってるよ〜(笑)。砂金採りなんて、こういうとこでしか出来ないのに、こんなものを買って帰ってどうするんだろう?」
「ねえ。誰がこんなもの買うんだろうねえ(笑)」と、笑って通り過ぎたんです。
 だって、その時は、普通の川で砂金採りをする人たちがいるなんて知らなかったから。
 どうせ買うなら、あそこで買っておけば送料かからなかったのに……。

 そして届いた、パン皿と砂金缶。夫は、わざわざ大きなタライを買ってきて(犬を洗うためにどうせ買う必要があったんだと言い張ってましたが)、水を張って缶詰の砂を開け、息子と一緒に玄関先で夢中で砂金採りごっこ。真夏の炎天下に、帽子もかぶらず、何時間も夢中になって……。

 しかも、その砂金缶、『進化したスーパー砂金缶』と書いてあるので、どこがスーパーなのかと思っていたら、砂の中に、ヒミツのオマケが入ってるんですね。
 最初に開けた缶詰から、嘘か真か3500円と値札のついたメノウのブローチが出てきたものだから、息子はもう、大興奮。
 漁師になって自分の船を買うときの足しにするためにと、弟がコンビニで駄菓子を買いまくるのを横目に見ながら禁欲に禁欲を重ねて貯めてきた虎の子のお小遣い約1万円を全部砂金缶につぎ込むんだと言い出す始末……(もちろん止めましたが)。
 そのブローチは、大得意で私にプレゼントしてくれ、二缶目から出てきたペンダントは、私の次の誕生にプレゼントしてくれることになってます。誕生日までに失くさなければ……(笑)。

 そして、それ以来、夫と息子は、車で川の側を通るたびに、川の曲がり具合をチェックして、そこで砂金が採れそうかどうか協議しています。そのうち二人でどこかの川に砂金採りに行く予定らしいです(笑)。





 近況報告『夢の連続ドラマ・その3』 

今までのお話(笑):ある日、平和なベッドタウンの上空にUFOが現れた! 住民たちは数箇所に分かれて集団避難する。避難活動の指揮をしているのは町内会を母体とする自警団(っぽいもの)。私がいる避難所に、自警団のおじさんがやってきて、避難生活についての指示を与えてます。

 ……というわけで。さて、おじさんは、自分がその場の絶対者であることを暗に示しながらも、表向きはいかにも近所のおじさんらしい、ごく気さくな口調で、私たちにいろいろと指示を与えますが、ふと、一人の女性に目を留め、
「あんた、この辺の人じゃ無さそうだけど、どこかで見たことあるな」と言い出します。
 多くの人は、その時、初めて、ご近所の人じゃないよそものが一人、避難所に混ざっていることに気が付きます。

 その女の人は、近所のスーパーが客寄せの催事としてやっている実演販売コーナーの人でした。各地のスーパーやデパートを短期間ずつ渡り歩いて商売しているのですが、たまたまこの町のスーパーにいた時にこの変事が起きたため、やむなく、住民と一緒にここに避難するはめになったらしいのです。
 女の人が、それを説明すると、おじさんは、「ああそうか、そういえばあのスーパーで見かけたんだったよ」と納得し、女の人と、「あそこでの売上はどうたったい?」みたいな世間話を一言ふたこと交わしてから、隣の避難所を巡回すべく、出て行きます。

 おじさんが出て行った後、近所の奥さんの一人が、その女性に詰め寄ります。
「あんた、ここのもんじゃないのに、なんでここにいるのよ」みたいなことを言っていた気がします。
 この奥さんは、たぶん、よそ者である実演販売の女性が、自警団のおじさんと親しげに世間話をしたことが気に食わないのです。あのおじさんが、建前上はともかく実質的にはあきらかにこの場の権力者であり、おそらくは自分たちの生殺与奪を握っているのだということに本能的に気づいているため、その権力者に、よそもののくせに一人だけ抜け目なく取り入った(と見える)この女性に、強い反感を抱いたのです。

 実演販売の女性は気の強い人らしく、
「しょうがないじゃないの、スーパーの人に、店内にいる人は全員ここに避難するように言われたんだから」というようなことをさばさばと言い返しますが、周囲の奥さんたちの一部は、最初の奥さんに同調して、実演販売女性を冷たい目で見て、何かひそひそ文句を言い始めます。

 ただでさえ、その一群の閉鎖的で排他的なベッドタウンの奥さんたちにとって、商売柄、口も達者で愛想もよく、世慣れた華やかな雰囲気を持つ実演販売の女性は、なんとなく気に食わない相手なのだろうと思われます。
 そこへもってきて、閉ざされた狭い避難所暮らしで、食い扶持や空間が一人分余計にかかるという危機感も加わって、主婦グループの反発と不満が一気に高まり、不穏な空気が流れ始めます。

 たぶん、最初に文句を言った奥さんは、地元の主婦仲間のリーダー格なのでしょう。
 そして、どうやら、これから、この『文句奥さん』と実演販売女性の二人が、この閉ざされた避難所という極限状態の中で繰り広げられる人間ドラマのキー・パーソンとなるのに違いありません。
 きっと、この、『文句奥さん』率いる一部主婦軍団と実演販売女性の対立をメインに、他にも、主婦軍団内の仲間割れや、閉鎖的な一部主婦軍団を良く思わない別派閥や派閥未所属の主婦たちの思惑、幼児を持つ主婦らと子供を邪魔に思う人たちの摩擦、病人や怪我人が出るなどのハプニング、食糧や物資の配分を巡るいざこざ、未知の伝染病や宇宙人の攻撃への恐怖など、様々な要素が絡んで、人間の心の闇部をこれでもかと暴き立てるドロドロの極限パニック人間ドラマが展開されるに違いない……。
 そうか、これは、そういうお話だったんだ……!
 ちょっと前のテレビアニメ『無限のリヴァイアス』の地上版・ご近所版みたいな感じかも?

 ……と、思ったところで、突然、今まで気がつかなかった奥の部屋(押入れか納戸かも)の引き戸が、自動的に、幕のようにさーっと開き、その奥からぱーっと光が溢れて、同時にいきなり大音声で流れ出す音楽……。

 さて、実は、ここまで3ヶ月に渡って書いてきた長いストーリーはすべて前振りで、ここからが、この夢のお話の本題なのです!

 引き戸の向こうは、部屋ではなく、こうこうと光る大スクリーンでした!
 スクリーンには、トーンを落とした砂色の映像で、郊外のベッドタウンの俯瞰情景が写し出されています。小さな屋根の連なり、陸橋、電車、川、川沿いの土手を走る人や自転車、その向こうに淡い灰色の空……みたいな。
 その映像に、音楽がかぶさります。
 こ、これは、テレビ番組のエンディングなのか? そうか、これは連続テレビドラマだったんだ!

 そして、その音楽とは……。
 ――♪に〜ほん〜晴れ〜♪――
 それだけ。出だしのワンフレーズだけ。そこで、ぷつりと夢が終わってしまったからです。
 知らない曲です。でも、歌っているのは、たぶん、中島み○きです。
 ゆったりしたテンポで高らかに歌い上げられる短調のメロディーで、曲想的には、○だまさしの『防人の詩』(♪教えて〜ください〜)とか、ユー○ンの『春よ来い』(♪春よ〜、遠い春よ〜)とか、中○みゆきの『空と君との間には』みたいな雰囲気?
 いや、これらの歌はそれぞれ曲想は全く違いますが、なんとなく、テレビドラマの主題歌としてニューミュージックの大御所に依頼して作ってもらった曲、みたいな雰囲気なのです。

 そして、あれ以来、私の頭の中では、この歌が、エンドレスでずっと鳴りっぱなし……。もちろん、四六時中鳴ってるわけじゃないですが、断続的に、何かの拍子にふと鳴り出して、止らなくなるんです。当然、今も鳴ってます。しかも、ワンフレーズだけ。続きがないんだからあたりまえです。ああ、気になる!

おまけ:今日、夫が見た面白い夢の話。
 夢の中で、夫は女の子で、そのおじいさんが、伝説の拳銃作り名人なんだそうです。で、『孫のために可愛いものを』と、白い拳銃を作ってくれて、その拳銃を狙って様々な勢力が争奪戦を繰り広げるというストーリーだそうです。
 孫に贈る『可愛い白い拳銃』……(^_^;)





 読書録


『スーパー・トイズ』 ブライアン・オールディス 竹書房

 テレビで映画『A.I』を見て原作が気になって読んでみた本。
 『A.I』は、つまらなかったわけじゃないんだけど、私にとって、見終わって何かいまひとつ納得のいかない気分が残る、なんだかすっきりしない読後感(じゃなくて観後感?)の映画でした。少なくとも、テレビCMなどから勝手に想像していた、「泣いて下さい」路線とは全く路線が違いました。確かに泣けるといえば泣けるかもしれないけど、決してファミリー向けの心温まる感動路線ではない、かなりペシミスティックな内容で……。

 そうしたら、エンドロールに、原作・オールディスと出てきてびっくりし、これは原作を読んでみないと……と。

 オールディスは、大昔、20年以上前に一冊読んだことがあるだけだったんですが、その一冊(『地球の長い午後』)が大変面白かったため、私の脳内では長らく『好きなSF作家の一人』として認識されていた作家なのです。
 で、そのオールディスのイメージと、この映画のイメージは、私にとって、まったくかけ離れたものでした。
 だから、映画と原作がどのくらい違うのか、どういう風に違うのか、興味を持ったのです。
 映画が、なんとなく納得出来なかったから(しかも、その納得いかなさの理由が自分で良く分らなかったから)こそ、きっと映画とはかなり違うストーリーであるのに違いない原作と映画を比べてみたいと思ったのです。そうしたら、自分の感じた違和感の正体が分かるかもしれないと思って。

 で、読んでみた、この本。
 短編集で、表題作の『スーパー・トイズ』が、『A.I』の原作にあたる作品です。
 ……が、思ったとおり、原作と映画はぜんぜん違いました。原作は、ごく短い作品で、後半はほとんど映画独自のストーリーで、原作の面影が残っているのは、映画前半の『ママ』との軋轢と、ゴミ捨て場のシーンくらい?
 以前、キューブリック監督によって映画化が計画され、それが頓挫した経緯を書いたエッセイがおまけについていましたが、後半の、『青の妖精』に纏わる物語は、キューブリック監督のアイディアらしいです。映画では、後半の寓意的なおとぎ話的部分ほうが面白かったんですけど……。

 その短い原作自体は、はっきりいってなんだかよく分からないものだったのですが、でも、やっぱり、それを読んでいるうちに、自分が何であの映画に違和感を感じたのかは気がつきました。

 私があの映画に何かやりきれないものを感じたのは、『ロボットが、どんなに人間に似ていても機械であるがゆえに結局は人間に愛されない』話であるからではなく、もう、ロボットとかそういうこととは関係無しに、ただ、『養子が継母に愛されないまま終わる話』だったかららしいです。
 『ロボットが人間に愛されない』ということが辛かったのではなく、『無心に母を慕う幼子が母に愛してもらえないまま終わる』という点に納得がいかなかったらしいのです。

 そう感じた原因として、映画には、原作には出てこない養父母の実子が出てきたせいもあると思います。
 そのせいで、デーヴィッドとママの関係が、「なかなか子供が生まれないので養子を貰ったら、後に実子が生まれたとたん内心で養子が邪魔になってしまった」とか、「子供代わりに猫可愛がりされていた犬猫が、飼い主に赤ん坊が生まれたら以前ほど注意を向けてもらえなくなり、そのストレスから問題行動を起こすようになって余計に疎まれ、そのうち、ヤキモチをやいて赤ん坊を噛んだりひっかいたりしたために、ついに憎まれて捨てられた」などの、普通の、よくありそうな悲劇に見えてしまったのです。
 だから、私のあの映画に対する違和感は、ロボットSFとしての評価とはあまり関係なく、単に、救いのないホームドラマに対するやりきれなさだったらしいです。

 せめてあのお母さんが、ディヴィッドを捨てた後、後悔して半狂乱になって探しに行こうとした……などのエピソードがあれば、まだ納得できたとおもうんですが。いや、もしかするとあったんだけど、テレビ放映の際にカットされたのかも? でも、あれって、ノーカット版でしたっけ?
 映画後半のニューヨーク(だったっけ?)への旅とか、水没した街のシーンは面白かったんですけどね……。陽気で哀しいジゴロ・ロボはいい味出してたし。

 映画の話から元に戻って、この本の、『スーパー・トイズ』以外の他の話は、後半収録のものになればなるほど、なんだかワケのわかんないものばかりでした(^_^;) ただの文明批評みたいなのとか。
 ものによっては面白かったんですが、こういう短編を先に読んでたら、たぶん私はオールディスを「好きな作家だ」とは認識せずにいたに違いない……。


蒼路の旅人』 上橋菜穂子 偕成社

 すごい! 深い! 面白い! しかも続き物! 続きが読める! 嬉しいです\(^o^)/
 このシリーズの中では、今のところ比較的神秘性が薄く、架空歴史もの的な面が強いお話です。でも、あまり物語の表面には出てこないけど、その底に、ちゃんと神秘の世界が息づいていて、その重層性が独特の魅力となっています。今まであまり出てこなかった海の向こうの外国も出てきて、世界が広がって壮大です。

 しかし、この本、児童書なんですかねえ。内容的にも文章的にも、ことさら子供向けに書こうという気はあまり無さそうなんですが。確かに、このシリーズ、毎回少年少女の成長が描かれてはいるんですが、難しい言葉も手加減なしに(?)平気で使うし。政治の話とか、シビアで深いし。
 これは、児童文学とか大人向けとか、そんな区分はあまり関係ない、『ファンタジー』という種類の本ですよね。

 でも、文字の大きさ、行間・余白の広さなど、体裁は、しっかり、きっちり児童書で。
 それなりの厚さのハードカバー本なんだけど、ふと気が付くと、たぶん、字数はさほど多くないのでは?
 こんなに充実した、深い内容を、どうしてこんなに、少ない字数で描くことができているんでしょう。
 別に、駆け足だったり掘り下げや描写が足りないわけでもなく、話が進んでないわけでもなく、要所要所でしっかり描き込まれ、掘り下げも深く、話もちゃんと進んでいるのに……。
 文章や描写が簡潔なんですよね。少ない言葉で大きなイメージを喚起することが出来る。すごいです。
 ストーリーも波乱万丈で娯楽性も高く、主人公も好感度が高く、続きがすご〜く楽しみです!


『ファンタジ-万華鏡(カレイドスコープ)』 井辻朱美 研究社

 ハリポタやダイアナ・ウィン・ジョーンズを例に『ネオ・ファンタジー』を論じているのを読んで、自分がどうしてハリーポッターに何か引っかかるものを感じてをいまひとつ楽しめなかったのか、ダイアナ・ウィン・ジョーンズに、面白くないわけじゃないのに、それほどのめりこめないのか、理由がよ〜く分かりました。
 なるほど、だしかに、どっちも『ネオ・ファンタジー』で、そして私は旧式の、オールド・タイプのファンタジーじゃなきゃのめりこめない人なんだ……ということが分かって、そうか、そうだったのか、と、ある意味、すっきりしました。

 私がハリポタ(まだ二巻までしか読んでないけど)に違和感を感じた理由は、ストーリーでも設定でも舞台や小道具でもなく、『人間』の描かれ方なんですが、どうやら、私のその違和感は、『トムとジェリー』的なギャグアニメで車で轢かれり壁に激突したキャラがぺったんこの紙一枚になってひらひら〜っと風に舞った後で怪我ひとつ無く元の立体に戻るのを『残酷だ』とか『リアリティがない』とかいって非難するような見当違いなものだったらしいです(^_^;)

 この本の分析によれば、ハリポタの特徴は、キャラが三次元的なリアルな奥行きのある人間として描かれている部分と、ギャグアニメのような平面的な『傷つかない身体を持った』存在として描かれている部分が混在して、キャラがその二つの状態を自在に行き来していることだそうで、豊富な実例を挙げてそう言われて見れば、確かに納得です。
 そうか、あれは、車に轢かれるとぺらぺらになってひらひらと飛んで元に戻るアニメ・キャラで描かれたお話だったのか……。そう思うと、いろいろと、読んだ時に感じた違和感について、すごく腑に落ちたのです。

 私がハリポタに対して感じた違和感は、つきつめれば、『作者の人間を見る目に根底的な温かさが不足しているように感じられてしまう』ということだったと思うのですが、その印象の元は、私が、すべてのキャラを、常にリアルな精神と肉体を備えた三次元の人間として受け止めていた、その勘違いから来ていたらしいです。
 どうやら私は、あの作品の鑑賞のしかた、楽しみ方を間違っていたらしい……。

 でも、鑑賞のしかたが間違っていたと分かっても、だからといって、簡単に別の鑑賞のしかたが出来るようになるわけではなく……。要するに、やっぱり、私にはあの作品はいまいち合わないのだということなのでしょう。
 別に嫌いとか、良くないと思うところがあるわけではなく、とても楽しいファンタジーであり優良な児童書だと思うし、実際、息子には面白そうだよと勧めて読ませたし(そうしたら息子は予想通りとても面白がって、もう私より先まで読んでいる)、あの物語に夢中になれる子供たちは幸せだなと思うのですが、私個人が本気でのめりこめるファンタジーというのは、やっぱり、『指輪物語』的なオールド・タイプのファンタジーのほうらしいです。なんせバリバリに昭和の人間なので……(^^ゞ

 というわけで、なんだかほとんどハリポタの感想みたいになってしまいましたが、大変興味深く、かつ、非常に共感・納得できる評論でした。


『さおだけ屋はなぜ潰れないのか 身近な疑問からはじめる会計学』 山田信哉 光文社新書

 タイトルに引かれて読んだ、会計学の入門書(^_^;)
 いわずと知れたベストセラーですが、私、普段、どんなにベストセラーだろうと、というか、ベストセラーであればあるほど、逆に滅多に読まないんですが……、このタイトルは、あまりも、私の長年の疑問そのままだったので!!

 もう何十年も、ずっと不思議に思い続けていたんです。
(さおだけ屋さんって、あんなもの、いったい商売として成り立つものなんだろうか?)と……。
 だって、同じ行商でも、焼き芋とかタイヤキとかなら何回でも繰り返し買ってもらえるかもしれないけど、さおだけなんて、滅多に買わないものじゃないですか。そんな、滅多に買う人がいないようなものを、あてもなく売り歩いて、なんで商売になるんでしょうか?

 そして、それは私一人ではなく、きっと、みんな同じことを考えていたんですねえ!
 だからこの本がベストセラーになったのですね。みんな、さおだけ屋さんがなぜ潰れないか、知りたくてたまらなかったのですね!

 というわけで、ついつい手に取ったこの本、全く難しいところがなく、大変分かりやすく、あっというまにさらっと読めましたが、それで私が会計学について何か有益なことを身に付けたかどうかは定かでありません。特にこれといって目新しいことは書いてなかったような……?
 いえ、私は会計学なんて何一つ知らないんですが、経営などについて色々書いてあることは、だいたい、まあ、ナントカ学とか言う以前の、ちょっと考えれば分かる常識の範囲内だったような気がします。

 でも、仮にも一応『会計学』とつく本が、こんなに易しく面白くさらっと読めるというのは、やっぱりすごいんでしょうね。少なくとも、これを読んで(会計学って難しそうだなあ。私には無理そうだ……)と、やる気を失くす人は、あまりいなさそう。それだけでも、初歩の初歩の入門書としては大成功なのかも。

 でも、私は、会計学が勉強したかったわけじゃなくて、とにかく、さおだけ屋さんについて知りたかっただけなんです! 謎に包まれたその営業活動の実態を……!!
 前に、さおだけ屋の決まり文句『2本で○○円、十年前のお値段です』について、「あの文句の『○○円』というのは『十年前の値段』であって今の金額は○○○円だと、とんでもない金額を吹っかけられた人がいる」というウワサを聞いたことがあるのですが(それとも本物の新聞記事だったっけ?)、もしそれが本当で、全国すべてのさおだけ屋がそんな詐欺まがい(というか詐欺そのもの)の暴利をむさぼっているとしたら、そんな商売が、いつまでも公然と野放しにされてはいないのでは?
 じゃあ、それ以外のさおだけ屋は、なんで成り立ってるの?

 で、一応、この本には、さおだけ屋の営業形態が二例(詐欺・悪徳である場合と、もう一パターン)紹介されてて、なるほどとうなづけましたが、どうも、やっぱり、全部のさおだけ屋がその二パターンのどっちかとは思えない。
 ああ、知りたい。さおだけ屋さんについて、もっと知りたい!
 会計学とか節約の心得なんか、どうでもいいんです、私はただ、さおだけ屋さんのことが知りたかっただけなんです!
 そういう見地から言うと、この本は、ちょっともの足りなかったんですけど……(いや、そもそも読む目的が間違ってるんだから仕方ありませんが)。

 誰か、もっと、全国のさおだけ屋さんに聞き取り調査をするとかして、『丸ごと一冊さおだけ屋の本』とか『神秘のさおだけ屋・解体白書』みたいな、さおだけ屋についての研究書を出してはくれないでしょうか!?
 自分で調べればいいのか……? で、本出したら売れるかも?

 それにしても、この本、タイトルの勝利ですよね〜。ただ、『会計学入門』みたいな題だったら、どんなに分かりやすい、良い内容でも、まず、ベストセラーになんかはならなかったと思うんです。
 多くの人が抱いている素朴な疑問をストレートにタイトルにした、この作者の目端のききかげんが、ベストセラーの理由かと。
 私も含めて、長年さおだけ屋について疑問を持っていた人はきっと大勢いるけど、今まで誰もそれを本にしようと思わなかったわけですもんね(たぶん……)。やっぱり目端の利く人は違う!


『キーリ6』 壁井ユカ子 電撃文庫

 今回はSF色の薄い幽霊譚で、ひときわ薄暗い、物悲しい雰囲気が良かったです。そうそう、私がこの作品に求めていたのは、この薄暗さなんです。
 戦争の影が濃いので、なんとなく8月に読むのに相応しい雰囲気かも? (別に、この世界で戦争があったのは8月ではないのでしょうが)
 私、兵長さん、好きだなあ……。短気なとこが可愛い。

 そして、キーリちゃんもそろそろお年頃……。男のほうは歳取らなくて、最初は小さかった女の子がだんだん育ってきて、だんだん見た目上の齢の差が縮まりかけてきたところ……という、この状況は、ちょっと美味しいかも。
 もちろん、このままではその状態はすぐ過ぎてしまうわけですが、どうやら、(以下、ネタバレにつき反転)ハーヴィーの核の機能に問題が出てきたため、たぶん彼は不老不死ではなくなりそうで、ということは、もしかすると二人の歳の差も、この段階でほぼ固定される可能性もあるので、もしかすると、これから、もうちょっと本格的に恋愛が描かれるんでしょうか。
 私はこの作品にはあんまりあからさまな恋愛要素は期待してないんですけど……。わたし的には、あの二人の理想の結末は、『最後の最後のやむを得ぬ別れの前にハーヴィーが一度だけキスしてくれて、後は、その想い出を胸にそれぞれの旅へ――』だと思うんですけど……(それって、『銀河鉄道999』の鉄郎とメーテルでは……?(笑))


『風の王国 女王の谷』 毛利志生子 コバルト文庫

 安定した面白さで安心して楽しめました。ミステリー的な犯人探しの雰囲気は前巻と似てます。翠蘭はあいかわらず漢前。リジムは相変わらず翠蘭にメロメロ(*^^*)


『埋葬惑星』 山科千晶 電撃文庫

 星ひとつ丸ごと墓地である『埋葬惑星』という設定が魅力的なSFファンタジー。
 こういう、センチメンタルなSFって、私の好みです。
 そして、なんといっても、舞台設定が魅力。子供だけが埋葬されるおとぎの星。死んだ子供の魂を慰めるためだけに作られておとぎの国に住む慰霊アンドロイドたち。その設定が泣ける……。
 全体に優しくセンチメンタルな雰囲気があって、とても好きでした。

 その割りに、冒頭が戦闘シーンなんですが、そこは、悪いけど私には退屈で、危うく「やっぱりもういいや」と思いそうになりました(^_^;) 早まって見切りをつけなくて良かった。
 冒頭に戦闘シーンを持ってきて読者の興味を引くというのはライトノベルでは定番の手法ですが、私は冒頭に戦闘シーンがあると、たいてい、そこでもう退屈しちゃうんですよ……。でも、普通の人は、そこで食い付くんでしょうね……。この本だったら、私は、この冒頭シーンの後のジョーイの日常から入ってくれた方が食いつきが良かったとおもうんですけど、たぶん私は非常に例外的な読者なのでしょう。
 続編も出ているようなので、そのうち読んでみようと思います。


☆他に、『グインサーガ101』『風神秘抄』『パラケルススの娘』『天気晴朗なれど波高し』『ライラエル』『流血女神伝 喪の女王』など色々読んだり、読みかけで、みんな面白かったですが、前回、一回読書録を休んだら感想がたまってしまって、一回じゃ書ききれないので、少しづつ、次回以降に回します。ここ数ヶ月、荻原規子に上橋菜穂子、五代ゆう、須賀しのぶと、好きな作家の読み応えある新刊がめじろおしで、どれを読んでも面白くて、こんなにいっぺんに盆と正月とクリスマスとバレンタインデーが一緒に来たみたいな贅沢をしていいんだろうか……みたいな状態で、幸せいっぱいです!

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