カノープス通信
2003年3月号−2

目次
・今月の勘違い
・『夢の料理』
・読書録
(今月は『聖杯伝説』『GOTH』です)



今月の勘違い

★近所の大型スーパーでは、毎月第一日曜日に『日曜一の市』という売出しをやります。
 ある日、その店に買い物に行ってきた夫と私の会話です。
夫:「今日、『日曜一の市』のパン、買ったよ」
私:「えっ、ねちょねちょのパン?」

★夫がチャーハンを作っていて、
「ちょっと小指入れようかな」と呟いたので、ぎょっとしたら、
「ちょっと小エビ入れようかな」の聞き間違いでした。
 ああ、よかった。指入りチャーハンじゃなくて……。

★息子たちと遊んでいた夫が、下の息子の『康平(こうへい)』に向かって、
『ジョコンダ夫人』ね」と言っていました。
(『ジョコンダ夫人』といえばモナリザのモデルじゃないか。何でそんな話をしてるんだろう)と思ったら、
じゃあ、今度、康平ね」の聞き間違いだったのでした。

★テレビで駅伝を見ていたときのこと。
 ナレーションが、
「さあ、○○大学が、今、ビーフパーティーのたすきを……」と言ったのに驚いて、
(なんだそれは、牛肉消費推進団体『日本牛肉党』か何かの宣伝入りのたすきなのか?)とテレビを見たら、ただの紫色っぽいたすきでした。
 どうやら、『ディープパープルのたすき』の聞き間違いだったようです。

★車が壊れたので買い換えました。
 新しい車は、UVカットガラス入り。
 「今度の車はUVカットガラスだからいいよね」という私に、夫は、
 「えっ、ゆうべ買ったナス?」と聞き返してきました。

★夫が息子に向かって、突然、何の脈絡もなく、
「なんにしても300円だよ」というので、
「何が300円なの?」と聞くと、えっと驚かれました。
本当は、夫の言葉は、
「なに人の顔見てるんだよ」だったのでした。




夢の料理

 前回、空を飛ぶ夢の話を書いたら、相互リンク先よもぎの森のよもぎの森さんが、掲示板で自分は夢の中でも空を飛べないとおっしゃいました。そういう人もいるんだ〜と思って、ためしに夫に聞いてみたら、夫も、空を飛ぶ夢は見ないということ。大人になってからだけじゃなく、昔からだそうです。
 私、飛び方は人それぞれだけど、誰でも空を飛ぶ夢は見るものだと思ってましたよ。

 あと、人それぞれといえば、知り合いで、夢の中で食べ物が食べられないという人がいました。
 食べようとすると目が覚めてしまったり、邪魔が入って食べられなかったりするんだそうです。
 でも、私は、夢の中で普通にものを食べます。味も分かります。
 時には、起きている時に食べたことの無い料理や、ちょっと不思議な創作料理を食べることもあって、それもちゃんと味が分かることもあります。

 例えば、先日は、夢の中で、街角の屋台で切り売りしていた不思議なお菓子を食べました。
 それは、ハンカチ大の四角い干しぶどう入り蒸しパンを薄くスライスしたもの二枚の間に、不○家の『ペ○ちゃんのほっぺ』のようなカスタード入り蒸しケーキが四つ、きちんと並べて挟んだものです。蒸しケーキの上下にはそれぞれ生クリームが挟まっています。それをその場で四つに切り分けて売っているのです。
 ちなみに、蒸しケーキの上下に挟み込まれた生クリームは、上はブルーベリー入りの薄紫のもの、下は普通の白い生クリームです。
 生クリームと蒸しパンの間には干しアンズのシロップ煮も挟まって、ほのかな酸味を添えており、なかなかおいしゅうございました(^^)

 が、実際にこれを作って、切り分けるのは、かなり大変そうだし、また、ずいぶん食べにくいだろうと思われます(^_^;)
(もし作るとしたら、大きいのを作って切り分けるのではなく、最初から四分の一のサイズで1人分づつ作った方が絶対いいと思う……)

 そんなわけで、この料理は、とても現実に再現する気にはなりませんが、以前、夢に出てきた料理を再現してみたこともあります。

 それは、高校生のころのことです。
 ある日、夢の中で、それまで現実には食べたことのない料理を作りました。
 そして、目が覚めてからも、どんな料理だったかを妙に具体的に思い出すことができ、しかも、それは、なんだか本当においしそうだったのです。
 詳しい作り方や材料までは覚えていませんが、でき上がりのイメ−ジは頭に残っています。
 その晩、私は、家族に「今日の夕食は私が作る」と宣言して、いきなりその、夢の料理の再現に挑戦したのでした。
 記憶のあいまいなところは適当に考えて補って試作した、その『夢の料理』は、思ったとおりなかなかおいしく、家族にも好評でした。

 その後、料理の本で、それによく似た料理を見つけました。
 私の『夢の料理』は、今にして思えば、どうやら、単なる『鶏肉のクリ−ム煮』だったのです。

 とはいえ、最初に作ったそれは、たしか、料理の本に載っていた『鶏肉のクリ−ム煮』とはちょっと違うものだったと思いますが、今では忘れてしまったそのオリジナルのレシピに、後からいろんな料理の本等を参考に改良を加えた『洋子風鶏肉のクリ−ム煮』は、今でも私の、ちょっと特別なレパ−トリ−となっていて、材料が安い割りに、盛りつけ方によってはけっこう豪華っぽく見えるので、誕生日などの特別な日に、よく作ります。

参考までにレシピ(4人分)を。

1 たまねぎ(1/2個位)、にんじん(1/2本位)を薄切りにする。

2 鶏もも肉に軽く塩こしょうして、フライパンで両面に軽く焼き色をつけ、火を弱めて、たまねぎ、にんじんを乗せ、ふたをして蒸し焼きにする(このとき、あれば料理用白ワインを少々加えても)。

3 野菜がしんなりし、肉に火が通ったら、肉を取り出して、フライパンに水を少しとコンソメ(固形なら崩して半個分弱位)を加え、ふたをせずにしばらく弱火で煮つめる。

4 肉を、お好みで食べやすいように切ってからフライパンに戻し、生クリ−ム適宜を加えて味を整えたら温める程度で火を止めて、できあがり。あればパセリのみじん切りを散らす。

*肉は、一口大にそぎ切りにしてフライパンに戻してもいいし、切らずに一枚(または二分の一枚)のままお皿に盛って食べる時にナイフで切って食べるのも豪華っぽくて良いです。
* 野菜は、にんじん、たまねぎのほかに、お好みによってマッシュル−ムの薄切りを入れてもいい。
* にんじんを一部、星とかハ−トとかに抜いておいたのを『2』の後で取り出して取っておいて盛りつけの時にあしらうとかわいい。

 たしか、高校生のときに最初にこれを作ったときは、缶詰のマッシュルームを入れましたっけ。家ではそんなもの、あまり使ってなかったのに、わざわざ、その料理のために買って来たんです。だって、夢の中ではマッシュルームの缶詰が入ってたような記憶があったんです。



読書録


『聖杯伝説』 篠田真由美・作 (徳間デュアル文庫)
 とても面白かったです。
 何かちょっと懐かしい、昔の少女漫画のSFを思わせる雰囲気のある、叙情的なSFです。少女漫画風のイラストが、良く似合うのです。実際、表紙が水樹和佳子さんのイラストなのがとても似合っていて、挿絵に描かれていない場面も、自然とあの絵柄でイメージできてしまうのです。

 でも、この作品が少女漫画を連想させるのは、表紙に少女漫画風イラストがついているせいだけではないと思います。もともと、そういう絵柄を連想させる作風だから、あのイラストがあんなにぴったりハマったのでしょう。作風によっては、表紙にアニメ調や少女漫画調のイラストがついていても実写の人間が目に浮かぶ場合もありますから。

 『昔の少女漫画みたい』なんていうと、人によっては褒めてはいないように受け取るかもしれませんが、そういうわけではありません。私は、そういうの、好きなので。
 『生きる意味を探してさすらう人間の姿』という普遍的なものを、SFという形を生かして叙情豊かに描ききった、奥の深い、いい話でした。

 ここから、この作品の感想を離れて、SF一般の話になります。

 昔、少女漫画のSF短編で、内容はすっかり忘れたけれど、『少女が故郷の星に帰ってきて、草の海を駆けていく』というラストシーンがとても印象的だった作品がありました。
 その作品について、作者の方が、『その作品について、駆け出しの頃、編集者に「これをSFで書く必要性は無いんじゃないか」と言われた』と、後書きか何かで解説していました。

 その作品を読んだのも、それについての作者の解説を読んだのも、ずっと昔、たぶん子供の頃のことなので、記憶が定かではないのですが(その作者が誰で、その作品がどんな作品だったかも、連載誌が何だったかも覚えていない)、私の記憶によると、「自分が描きたかったのは、この、少女がふるさとに帰って草の海を駆けるラストシーンのイメージだったんだ」と言った作者に対して、編集者は、「それなら、何もSFじゃなくても、その少女が田舎に帰る話を書けばすむだけじゃないか」という意味のことを言ったのだそうです。

 その作品の内容がSFでなければ語れない内容だったかどうかは覚えていないのですが、たしかに、『ふるさとに帰りついた少女が草の海を駆けるシーン』は、別にSFという形にしなくても、描くことは出来たはずです。
 でも、もしそうしていたら、ラストに同じ場面があっても、私がその作品を読んだときに感じたのと同じ感動は無かったと思います。

 それは、とっても昔、まだSFが今のように市民権を得ていなくて、特に年齢の高い人の中にはSFであるというだけでなんとなく拒否感を持つ人が多かった時代のことです。
 その後、結局、その作品はちゃんとSFという形で雑誌に載ったわけですが(それともラストシーンだけ載ったのか?)、それは、その作家がある程度メジャーになったからデビュー当時は相手にされなかった昔の作品も日の目を見ることが出来たというのもあっただろうし、その頃には既に彼女のデビュー当時より多少はSFが市民権を得てきたという時代の変化のおかげもあっただろうと想像します。

 でも、私がその作品に魅力を感じた点は、まさに、SFという形で書かれている点でした。そうでなかったら、心ひかれることはなかったと思います。SFであったからこそ、ラストシーンのセンチメンタリズムも、すんなり心にしみたのでした。(たぶん、SFとセンチメンタリズムって、相性がいいのですね。)

  『そういうものを描きたいのだったら何もSFとして描かなくてもいいのではないか、あえて宇宙や未来を舞台にしなくても描けるのではないか』という考えもあると思いますが、ファンタジーや童話と同じで、現実離れした舞台を用意することで、より純粋に人間を描くことが出来、それに共感することが出来ることもあると思うんです。現代日本を舞台にして描いたら白々しくなっちゃうことでも、宇宙や異星や未来世界という異世界が舞台なら書ける、受け入れられるということが。
 宇宙という非日常の舞台が、日常に囚われた精神を開放してくれるのだと思います。

『GOTH』 乙一・作 (角川書店)
 なんか、私にはよくわからない作品でした。
 作者の後書きによれば、『せつなさがウリの、いい話を書く作家』というイメージに囚われたくなくて、わざと『いい話』でないものを書いてみたかったらしく、あえて、登場人物が救われたり癒されたり成長したりという要素を排除して、ひたすら、突飛なほど猟奇的な事件を書き連ねているのですが、私には「だから何?」という感じで、いったい何がいいたい話なのか、さっぱりわからなかったのです。

 私は、残酷描写や、猟奇的な題材が取り扱われること自体は、別にそんなに嫌じゃないんです。物語の中で、そのような要素が在ることに意味が感じられさえすれば。
 でも、この作品については、そういう『意味の在る無し』なんてことを考えること自体が的外れなような気がする……。

 どうやら、私がこれを意図不明と感じてしまったのは、ミステリーだということに気がついていなかったからなのですね。
 他の人には最初から当たり前にわかっていたことだったのでしょうが、これは、叙述トリックを用いたミステリーだったのです。
 私はミステリーは守備範囲外で、これも、「ミステリーを読もう」と思って手に取ったわけじゃなく、夫がたまたま図書館から借りてきたから又借りして読んでみただけで、「これはいったい何のお話なんだ? 作者は何が言いたいんだ?」と首をひねりながら読み進め、最後の方になってやっと、「なんだ、これは推理ものだったのか」と気づいたのです(バカです^_^;)。

 私、ミステリーって、ほんとにぜんぜんわからないんです。
 全く読まないわけじゃないんですが、とにかく、たまに読んでも、トリックや犯人を当ててみようという気は最初から全くなくて、ただ、探偵さんの冒険物語とか、関係者たちの人間ドラマとしてしか読んでないのです。謎解きという視点が完全に頭から抜け落ちているのです。(謎解きするほどの脳味噌が無い^_^;)

 という訳で、なんだかよく分からない話だったのですが、ぜんぜん面白くなかったわけじゃなく、犬の話とか、ちょっとだけ面白かったです。
 一番好きだったのは、森野さんの双子の姉妹のお話かな。なにやら不思議な味わいがあって。舞台が平凡な田舎なのが、かえって妙に幻想的なのです。
 殺人現場大好きの変人女子高生・森野さんというキャラも、その鈍感さや犬嫌いのエピソードなどのせいで、どことなくほのかな可笑し味のようなものが醸し出されてて、いい味出してます。

 それと、わざと『せつない系』じゃないものを書こうとしたらしいわりには、やっぱり、時々、そこはかとなく感傷的な『せつなさ』感が浮かび上がってきてしまうあたり、確かに、この、『なんとなくせつない空気』というのは、この人の持ち味なんだなあと思いました。なんでもない情景描写の端々に、ふと、瑞々しい詩情が漂ったりするんですよね。
 だから救いの無い猟奇殺人や殺人者の異質な内面を描いても、あまり殺伐とした、荒涼とした、非情な感じにはならくて、どことなく雰囲気が甘いです。独特の持ち味ですね。

 それにしても、『暗黒童話』のときも思ったのですが、『猟奇』って、限度を超えると、むしろギャグになっちゃうような気が……(^_^;)

 なんか、すごくまとまりのない感想で失礼しました。結局、私にはミステリーはわからないということがわかっただけでした(^_^;)
 わからないものについて『わからなかった』と書いてもしかたないので、この感想、アップするのをやめようかと思ったのですが、今回、読了本が少ないので、一応、アップしてみることにしました。とりあえず、読んだ記念ということで……。


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