カノープス通信 2002年8月号-1 ──今月の詩── 『1988年 袖ヶ浦・夏』 のうぜんかずらの花咲く頃 遠い 海の記憶が この町を覆う 旧国道の歩道橋に立てば 線路の向こう コンクリ−トに囲まれて 四角く切り取られた 海の破片が見える かつて 線路の先は すぐ海岸だったという 人の心の奥底に 幼い日々の思い出が いつまでも 仕舞い込まれているように 埋立地のコンクリ−トの下で 古い地層となって きっと今でもひっそりと眠っている 何十年前の砂浜から 今年も 夏になると この町に 砂まじりの風が吹いてくる 駆け足で変わり行く町が ふと まどろんで 過ぎた日の 夢を見た 夏の午後 夢の中を吹いていた風が 時を超え 夢とうつつのあいまいな境界を ひそやかに浸食し 目覚めた後も 空気の中に 人知れず流れ込んでいるから 記憶の底から吹き寄せられた 見えない砂が 歩道橋の錆びた手すりに 街道沿いの古い商店のトタンの屋根に 白く 乾いて 時間のように降り積もり 砂時計の 緩い落下が 時を支配する この町は だから 夏が長い やがて冬が訪れるまで 長い 長い 晩夏が続く―― のうぜんかずら揺らして ゆるやかに 夏は移ろい 年ごとに 甦る まぼろしの海よ |
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