〜〜『月刊カノープス通信』2002年7月号 『今月の詩』〜〜

   渚の完全犯罪

渚では 波があしあとを消してしまうから
渚の一日は 夢の中に消える
渚では 波があしあとを消してしまうから
少年たちは 永遠に少年であり
少女たちは 永遠に少女のままで
渚の一日に 明日(あした)のない夢をかきあつめ
昨日のない恋を 砂の上に描く

砂の城を 波は 崩し
幼子の 澄んだ瞳の虹彩に ひそかに落ちる睫毛の影は
写真にも残らず
渚の一日を 永遠に彷徨う

渚では 波があしあとを消してしまうから
歩いても 歩いても 私はどこへも行けない
私が生きてきた証拠を
波が 巧妙な犯罪者のように ひとつづつ消してしまうから
私はまだ 生きたことがない
私には 父も無く 母も無く 名前も無く
過去もなく 未来もなく 誰も愛したことがない
一切の係累を断たれた むきだしの私は
意味を持たない言葉のように透きとおって
空気の中に 消える

それは きっと 波が仕組んだ完全犯罪
誰も私を探さない 誰も私を見い出せない
誰も私を愛せない 私は誰も愛さない

渚では 波があしあとを消してしまうから
歩いても 歩いても すべてが何も残さず
渚の一日は 夢の中に消える
渚では 波があしあとを消してしまうから
歩いても 歩いても
遠い岬は 近くならない
渚では 波があしあとを消してしまうから
歩いても 歩いても
ひとはみんな
ひとりになる





『月刊カノープス通信7月号』次ページ(雑記)
『月刊カノープス通信』バックナンバー目次

季節の詩集・表紙
サイトトップページ

このページの壁紙は自然いっぱいの素材集さんのフリー素材です。