カノープス通信 
  2002年6月号-


  ──今月の詩──
   『魚の眼の光る部屋』  


雨降りやまぬ 夕暮れの
私の部屋は 海の底
海流が 窓の向こうを流れてゆく


欲しかった本は 売り切れていた
好きだったサンダルは 片方 壊れてしまった
聞きたくなかった言葉を 聞いた
あのひとがくれたガラスの指輪を失くしてしまった
待っても待っても 電話は来ない
もう二度と帰らない 何かがあるけれど
それが何だか 永遠に思い出せない


そんな たそがれの 薄闇の
私の部屋は 海の底
窓をすり抜け さかなの群れが
キラキラと 翻り 訪れる
その 光る眼よ 
光る 眼よ

それは
はるか海原の輝きの下の 見えないどこかに必ず横たわっている
古い 底知れぬ海溝の 一度も光を知らない深淵の地
無数のプランクトンの屍が 静かに変容してゆく場所の
いのちよりも深く 心よりも冥(くら)い 太古の 常闇の 奥底に
心臓が 脈打つように 血液が 泡立つように 潜み 息づいているものが
海流に乗せて 繰り返し 繰り返し 遠い私に送って寄越す
幾百の 幾千の
透き通る ガラスの指輪


      オモイダセ オモイダセ……


(くら)い水の底から あぶくが湧き上がるように
かなたの闇から
私を呼ぶのは

だれ?




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