カノープス通信
2002年3月号-
1

   ──今月の詩・ 『満月集会』 ──



春の大潮
の夜
流しの下の銀のボウルの中の蛤たちは
台所の片すみで死を待つ運命を
恨むでもなく 嘆くでもなく
小さな やわらかな舌を
チロチロと 微かに蠢かせ
たおやかに口を開いて
ほのかなぬめりを帯びた
淡いことばを 紡ぎ出す
「小さなボウルに張られた水も 月に引かれて 騒いでいます
私の中にも 春の潮
(うしお)が流れています
おお 姉妹たちよ 私は海から隔てられ ここを動けませんけれど
太古からの満月の夜の集会に
せめて 祝福のメッセ−ジをお寄せします
私の この ちっぽけな とるに足らない想いが けれど
今宵 私たちの夢に形を与える大きな力の
ほんのちょっとの一部になれますように!」


    その夜 どこか遠くの海で
    見渡す限り 潮が引き
    現れた 太古の浜辺
    (もしかすると それは 蛤たちの 吐き出す夢の 蜃気楼)
    濡れてなめらかに輝く遠浅の砂地に
    映る月影は 銀のヴァ−ジンロ−ド
    永遠に繰り返し 海と結ばれる花嫁として
    月の女神が やがて静かに 渚に降り立てば
    砂地のそこここから つぷつぷと
    小さな歓喜のため息が漏れる――


春の満月があんなにもなまめいて光るのは
あちこちの暗い台所から立ち昇る ひっそりと濡れた夢たちが
霞のように 空気に混じっているからなのだ





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