長編連載ファンタジー
 イルファーラン物語

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 <第二章 シルドーリンの宝玉> 


五(後)



「準備完了! じゃあ、アルファード、ローイ、見張り、お願いね!」
 シエロ川の川原に並んで転がるふたつの大岩の間に、自分の青いマントを張り渡すように掛け終えた里菜は、マントの向こうのふたりに声を掛けた。
 両端を石ころで押えられたマントは、ふたつの岩のあいだの狭い隙間にちょうどカーテンのように垂れて、その向こうの水面を隠した。
 マントの向うの水溜りは、実は、川原に湧き出る天然の温泉である。白い湯気が、水面を這うようにたゆたっては、冷たい空気の中に立ち昇っている。
 旅に出て七日目の昼過ぎ。
 川原のそこここから湯気が立ち昇り、かすかに硫黄の匂いが漂うこの場所は、古くからこの街道を往来する旅人たちに共同で利用されてきた天然の温泉場である。アルファードからこの場所の事を聞いていた里菜は、旅の途中でただ一度の入浴を、ずっと楽しみにしていたのだ。
 幸い、今日は、ちょうど昼食時の暖かい時間帯に、この場所に差し掛かった。天気も穏やかで、風もない。石鹸はないが、湯の中で揉むと泡立って良い香りのする汚れ落としの薬草もある。キャテルニーカが森で採ってきたものだ。
 里菜は、思い出したように岩の後ろからひょいと顔を出し、立ち去ろうとしていたローイに向かって叫んだ。
「ローイ、いっとくけど、覗いたりしたら絶交よ!」
 ローイは振り返って叫び返した。
「何だよ、リーナちゃん、何でアルファードには言わないで、俺にだけそんなこと言うんだよ。あ、そうか、アルファードには見られてもいいんだな?」
「バッ、バカッ! アルファードが覗きなんかするわけないもん!」
「じゃあ、何か、俺は覗きをするような人間に見えるってのか?」
「見える! だってあたし、ドリーに聞いたんだから! あなたが前にドリーのお姉さんがお風呂入ってるの、覗いたって」
「ちくしょう、ドリーのおしゃべりめ! それは大昔、俺がまだほんのガキのころの話じゃねえか。だから俺、あの村にいるの、嫌だったんだ。ガキのころのそんなちょっとしたワルサを村中の人がしっかり全部覚えていて、今だに酒の肴にそういう話を持ち出すんだもんな。ちぇっ。今の俺はな、そんなセコイまねはしないんだよ! 裸が見たけりゃ、正面から正々堂々と口説き落として見せてもらうまでさ。だいたい、あんたの裸なんか見たって、どうせニーカちゃんのとたいして変わらないんだから、面白くもねえや!」
「い、言ったわね! 言ったわね! 何よ、何よ、いくらほんとのことだからって……」
 ローイは、岩の後ろから次々飛んでくる小石の攻撃にあわてて逃げたした。
 その後ろ姿にまだ石を投げながら、里菜は、もう見張りの位置についていたアルファードに叫んだ。
「アルファード、ローイがニーカを覗かないように、見張っててね!」
「な、なんでニーカを、なんだ?」
 頭を抱えて逃げながらローイは不思議そうに呟いた。
 やがて岩陰から、水音と一緒に里菜とキャテルニーカのはしゃぎ声が聞こえ始めた。ふたりは、物好きなことに、この寒い中、お湯のかけっこでもしてふざけているようだ。
 岩に腰かけたアルファードが、のんきに嬌声を上げているふたりに「風邪をひくし時間が無駄になるから早くしろ」と注意すべきか、このくらいのささやかな楽しみは見逃してやるべきかと思案していると、となりでローイがいたずらっぽく声を潜めて囁いた。
「な、な、アルファード、ちょっとだけ覗いてみない?」
「バカ。止めとけ。そんなことは最低の人間のすることだ」と、まるでとりあわないアルファードに、ローイは、
「ちぇっ、つまんねえの。これで話に乗ってきたら、あとでリーナちゃんに、うんと大げさに言いつけてやろうと思ったのに。あんた、ほんとに堅物だよな。からかいがいもないや」と言って、しばらく黙って膝を抱えて何か考えていたが、ふいにアルファードのほうを向き直って、今度は真面目な顔で口を開いた。
「なあ、アルファード。あんたに話があるんだけどさ……。リーナのことなんだ」
「リーナの、何だ」
 アルファードは警戒するようにローイの表情を探って、用心深い口調になった。
 ローイはそのまましばらく黙っていたが、意を決したように再び口を開いた。
「あのさあ……。前にも聞いたんだが、リーナはあんたの、何だ?」
「何だと言われても、困ると言っただろう。だが、とりあえず今は、旅の仲間だ。これからは仕事仲間になるはずだ」
「要するに、単なる『仲間』なんだよな。でもさ、心の中じゃ、ほんとはリーナのこと、どう思ってるわけ? あんたは、自分にはあれができない、これができないと、つまらない言い訳ばかりしているが、そういう言い訳をとりあえず全部とっぱらっちまって、自分の気持だけを正直に考えて答えてくれよ」
「お前、何が言いたいんだ。そんなことを聞いて、どうする」
「いいから、答えろよ。あんたが、男としてリーナをどう思ってるのかを、確かめておきたいんだよ」
「どういうことだ」
 なおも用心深くそらとぼけるアルファードに、さすがのローイもむっとした。
「あー、いらいらする野郎だぜ。いいかげんにしろよ。いくらあんたが野暮天の朴念仁だからって、わかるだろうが。はっきり言って、俺はリーナに惚れてんだよ。俺はこれからリーナを口説いてみるつもりだ。そりゃあ、リーナがあんたに惚れてる……っていうか、本人はそのつもりなのは、わかってるさ。だから、あんたがはっきりと、俺はリーナを愛している、リーナは俺のもんだって言うんなら、しかたがない。俺に勝ち目はないさ。でも、あんたが、あんなふうにリーナにつれなくするんなら、俺にだって、万に一つくらいはチャンスがあるかもしれない。それで、万一でもリーナが俺になびいてくれたときに、あんたが、やっぱりリーナは渡せない、なんて言いだしたらこまるだろ。あんたと決闘なんてことになったら、俺、たぶん勝てねえからよ。だから俺は、今のうちにあんたの考えを聞いときたいんだ。で、どうなんだ、あんたの気持はよ!」
「俺がリーナをどう思っていようと、俺がお前に対して、リーナに交際を申し込むなという権利はないだろう。俺は、リーナの父親でもあるじでもなんでもないんだからな。もしお前がいいかげんな気持ちだったり、力づくでけしからん振る舞いに及んだりしたら、ただではおかないが、真剣な気持で紳士的に交際を申し込むというなら、それはお前の自由だろう」
「ただではおかないって……。あんた、それはやっぱり、父親の心境じゃねえのか? まあ、そうすごむなよ。自分でもわかってるだろうが、あんた、すごむとマジで怖いんだからさ。俺が女の子に力づくで無理強いなんか、するわけないだろう。俺がどんなに紳士的な男かってことは、村中の女の子が知ってるぜ」
 これには思わず苦笑してから、アルファードは言った。
「なら、好きにすればいい。それで、もしリーナがお前を選んだとしても、リーナが自分の意志でした選択に、俺が口を出すことは出来ない」
 ローイは、しばらく黙ってアルファードを見ていたが、ややあって、再び口を開いた。
「あんたは、ずるいんだよな。そうやって逃げておいて、あんたとリーナが結ばれなくても、それはあんたがリーナを選ばなかったからじゃなくて、リーナがあんたを選ばなかったんだって言って、自分の臆病さから目をそらすつもりだ。そうだろう? 俺は、俺がリーナを口説くのにあんたが文句をつけなければそれでいいんだから、あんたにこれ以上とやかく言う必要はないんだが、やっぱり、恋敵がそんなふうに逃げていて正々堂々と勝負できないんじゃ、勝っても負けても後味悪い。だから、言わせてもらうけどよ……」と、アルファードに、挑戦するように目を据えて言う。
「あんた、女が怖いんだろう」
「なんで俺が、女なんか恐れなきゃならないんだ」と、アルファードはあきれたように言って、大真面にこう主張した。
「俺は、これまで、ひとりでドラゴンと戦ったって、自分より縦も横もひとまわりでかい男と真剣で試合したって、怖いと思ったことなどない」
「それは、わかってるさ。たしかにあんたは勇敢だ。あんたはきっと、死ぬことだって恐れない。それはあんたが、自分の生命にも、この世界にも、執着がないからだ」
 急にそんなことを言い出した彼の口調には、普段の彼のおちゃらけた様子はみじんも見られなかった。それはまるで、彼の中の詩人の直感のようなものが、普段の彼を押し退けて、彼の口を通して宣託を述べているかのようだった。
 ローイは一気に、こう続けた。
「あんたは自分の命に価値を認めていない。あんたは、ありのままの自分を認め、許すことができない。自分はこの世に生きている価値があるんだと認めてやることができないんだ。だから、あんたは、死ぬことよりも、生きていくことが怖いんだ」
 いつも陽気なお道化もののローイから、いきなりそんなむつかしいことを言われたアルファードは、意表をつかれて言葉に詰まってしまった。そんな彼を見て、ローイも自分の言葉が照れくさくなり、いつもの顔でニヤリと笑ってから続けた。
「いや、まあ、なんだ、つまりさ、こういうことだ。生きていくってことは、他の人間と関わっていくってことだ。回りの人間とあれこれつきあって、仲良くなったりいざこざがあったり、愛しあったり憎みあったり。それが人生ってもんだろ? なのにあんたは、それから逃げたいと思っているんだ。羊と犬だけを相手に、一日山にこもっていたのも、なるべく他人と会いたくないからだろう?」
 黙り込んだアルファードを見て、ローイは容赦なく指摘した。
「図星だな。あんたは都合が悪くなると黙っちまうんだ。あんたさ、無口なふりして、実は口達者なんだよな。おっと、とぼけても無駄だ。他のやつらは騙せても、俺の目はごまかせないぜ。あんた、普段は黙っりこくってばかりいるが、しゃべる必要があると自分で思った時は、どっちかっていうとしゃべりすぎだっていうくらいしゃべれるし、たくさんしゃべるってだけじゃなく、本当は、村で一番ってくらい、口がうまいんだよ。ただ、普段は、しゃべりたくないから黙ってるだけさ。どうせ誰にも自分のことをわかってもらえないと思いこんでるから――いや、実は、わざわざ努力してまでわかってもらいたいとも思ってないもんだから――、それで、自分の考えをいちいち人に説明するのが面倒くさくて、無口なふりに逃げ込んで楽をしてるんだ。あんたのだんまりは、逃げの方便なのさ。そうやって、人に自分の本心を見せないように、誰とも深入りしないように、気をつけてるんだ。俺は、それでも、あんたとは結構親しくさせてもらってるほうだと思うけどよ。そうだよな?」
「ああ」
「だから、友達として言わせてもらうが、あんたは、自分が逃げているってことに早いとこ自分で気が付かなくちゃ、人生、棒に振るぜ。俺だってひとに説教できるガラじゃないが、自分のことはわからなくても、他人のことは見えるもんさ」
「お前は、結局、何が言いたいんだ」
「いいかげん、逃げるのはよせってことさ。さっき俺が、あんたは女が怖いんだって言ったのはさ、正確に言えば、色恋沙汰が怖いってことだな。あんたが今までずっと女っ気なしで通してきたのは、べつにモテないからじゃない。あんたはよく、魔法が使えない男のところなんかに嫁にくる娘はいないだろうといっていたが、それは言い訳だ。あんたは、ずっと、とても注意深く、色恋沙汰を避け続けてきたんだ。ヴィーレのことだってそうだし、他の娘たちもうまくかわし続けてきた。リーナだって、あんなふうに冷たくあしらってるのは、色恋沙汰になるのが怖いからなんだろう? あんたはずっと、他の人間と深くかかわりあうのをなるべく避けてきた。そして、色恋なんてものは、そういうもののなかでも一番深いかかわりあいだ。本気の恋ってのは、むきだしの魂と魂のぶつかりあいだ。だから、うまくいきゃあ、こんなにいいものはないってくらいいいものだが、傷つくときは、ひどく傷つくさ。だからって、それが怖くて、人間やってられっか?」
 ローイは、見透かすような眼差しをアルファードに据えたまま、さらに言葉を続けた。
「……いや、あんたが怖いのは、自分が相手に傷つけられることじゃねえのかもしれねえな。あんたが本当に恐れているのは、相手じゃなくて、あんた自身かもしれねえ。惚れたはれたのドロドロの中でさらけ出される裸の自分を、あんたはきっと、見たくねえんだろう。あんたはいつでも落ち着き払って澄ましているが、色恋沙汰のただなかでは、いくらあんただって、いつもの、その、聖人君子の仮面をつけ続けてはいられなくなるときが来る。その時、その仮面の下から、なにか、あんた自身も知らずにいた危険なもの、醜いものが現われるんじゃないか。あんたは、それが怖いんだ。自分の中から、蛇が出るか、狼が出るか、それとも、ドラゴンが出るか……。それをあんたは知りたくないから、仮面をつけ続けられるような関係しか、持とうとしないんだ」 
 ドラゴン、と聞いた時、アルファードのこぶしが一瞬握りしめられたのを見て、ローイは少しばかりびびって、いそいで付け加えた。
「いや、なにも、あんたが、普段、わざと本性を隠していいやつぶってるって言うわけじゃないんだが……。あんたが本当にいいやつだってことは、例えあんた自身が知らなくても、俺がちゃんと知っているよ。友達だもんな。でも、自分の心の中には自分でもわからない部分があるものだろ? まあ、とりあえず、年は下だが色恋にかけちゃ大先輩の忠告ってことで、あんまり気にせず聞いといてくれりゃいいよ」 
 アルファードはいつもの平静な表情に戻って、あきれたように言った。
「何が大先輩だ。口がうまいのはお前の方だ。お前はいつだって口先だけは達者で、立派なことを言う。だが、お前だって、村中の娘を口説いてはいても、本気で恋をしているようには見えなかったぞ。そんなお前に、本気の恋とは、などと講釈を垂れられるとはな」
「どんな遊びの恋にだって、どこかしらに本気はあるもんさ。少なくとも俺が、あんたの百倍は場数を踏んでるのは確かだぜ。経験者の話は素直に聞くもんだぞ。あんた、口うまくかわして、結局、自分の気持ちを言わなかったが、やっぱりリーナが好きなんだろ? 好きなら好きと言わないと後悔するぜ。といっても、あんたが今から、じゃあそうしようなんていいだしたら、俺には望みがなくなっちまうんだけどな。それはそれで、まあしかたないさ。俺はそれでも出来るだけのことはしてみるつもりだ。とにかく俺、今度はほんとに本気なんだ。だから、フェアにいこうぜ。俺はリーナに惚れてるから、リーナを口説く。あんたも自分の気持をよく考えて、今のままなり応えてやるなりすればいい。それでリーナがどっちを選んでも、おたがい、あとで文句は言いっこなしだ。いいな」
「ローイ、お前、本当に、本気なのか? ゲームじゃないんだぞ。ヴィーレのことはどうなるんだ」
 ローイは、にわかにムッとして言い返した。
「また、ヴィーレか。ヴィーレのことを心配しなきゃなんないのは、俺じゃなくて、あんただろう。あんただって、それは分かっているだろ!」
 ヴィーレのことを言われると、ローイは必ずムキになるのである。アルファードも、それはわかっているが、ヴィーレのことで彼につい説教をしてしまうのを止められない。
「ローイ、お前は今でも本当はヴィーレのことを想っているんじゃないのか。ただ、自分では、それに気が付いてないんだ。だから、俺は心配だ。お前がリーナに交際を申し込むのを止める権利は、さっきも言ったように、俺にはないが、もしお前がリーナを手に入れたら、そのときお前は、とたんに、自分の本当の気持に気がついてしまうのではないか、そしてリーナが傷つくことになるのではないか、そんなふうに思えるんだ。今のお前のリーナへの気持は、確かに真剣なものなんだろう。でも、お前が言ったように、人の心には自分でもわからない部分があるだろう? お前は、ヴィーレへの自分の想いを、ごまかし続けているんだ。なんでそんなに意地になる必要がある? ヴィーレだって、本当は、ずっとお前を想っているのに。お前にはわからないのか? お前こそ、逃げているんだ。お前が自分の本当の気持から目をそらして、その結果としてリーナが傷ついたら、お前とヴィーレだって、自分たちが本当は愛しあっていることに気づくことができても、リーナをそのために傷つけたことでやっぱり不幸になるだろう。俺は、そんなふうになってほしくない。俺は、お前たち三人とも、弟や妹のように思っている。不幸になってほしくない」
 ローイは少し黙ってから、ゆっくりと押出すように低く言い出した。
「……全部、俺が悪いって言うのか。リーナもヴィーレも俺が不幸にするっていうのか。そしてあんたは、ご立派な博愛主義者だってのか。ああ、ああ、あんたは立派だよ。清く正しく身を慎んでらして、俺にはとても真似できねえ。リーナやヴィーレがあんたにつきまとうのは、向こうの勝手、あんたはひとり、雲の上の聖人君子でございってわけさ!」
 徐々に高まったその言葉は、最後には抑えた叫びに近くなっていった。
「そんなことは言っていない。ローイ、大声を出すな。リーナに聞こえる」というアルファードの言葉は、興奮したローイの耳には入らなかった。
 ローイはたたきつけるように言った。
「あんたが悪いんじゃねえか。全部、あんたのせいだ。あんたが、どっちかをきちんと選ばないから、ややこしいことになるんだ! あんたさえはっきりしてれば、あんたさえ逃げなければ……。だいたい、あんたは、俺がリーナを不幸にすることじゃなくて、俺にリーナを取られたら自分が不幸になることを認めて、そっちを心配するべきだぜ。偉そうなこと言って、あんたこそ、自分の気持が全然わかってないだろう!」
 ローイは珍しく、本気で激昂していた。その時の彼の様子からは、いつもならどんなに怒ったときでも消えることのない独特の愛敬が、すっかり影を潜めていた。
 だがそれは、一瞬の激情だった。ローイは、すぐに自分を取り戻して、声を落して言った。
「まあ、いい。あんたを、いま、責めたってしょうがない。きっと、あんたと俺と、両方が悪いんだろうよ。でも、言わせてもらうが、あんたに心配してもらうにゃ及ばない。もし、リーナが、万一でも俺と一緒になってくれたりしたら、俺は一生彼女を愛して大切にし、幸せにする自信があるんだ」
 そう言ってローイは、背中をそらせて後ろに手をつき、空を仰ぎながら独り言のように言った。
「あーあ、リーナにしろヴィーレにしろ、こんな堅物の野暮天のわからず屋の化石頭の、どこがいいんだ? アルファードばかりがモテて、こんなにみめうるわしく、限りなくやさしく紳士的で、しかもファッションセンスもサイコーの俺さまが、なぜ理解されないんだろう。世の中、間違ってるよなぁ」
 その軽口が、彼なりの仲直りの提案であることを理解したアルファードは、気を取り直してまぜっかえした。
「たしかにお前の方が俺より顔がいいことは認めるが、お前のファッションとやらには、リーナもヴィーレもついていけないようだぞ」
「どいつもこいつも、村中の、いや、国中のやつらは、ファッションについちゃ十年遅れてるんだよ!」
 ローイはニヤリと笑い、そのままふたりは黙って岩の上に並んで座り、街道の向こうの森を眺めていた。



「あー、さっぱりした! 次はローイ?」
 やがて岩の後ろから現われた里菜のことばに、ローイは何事もなかったように答えた。
「ああ、先に入らせてもらうかな」
「ところで、ローイ、さっき何か怒鳴ってなかった?」
「あ? ああ、あのな、アルファードがどうしても覗きをするって言って聞かないもんだから、俺が一発、叱り飛ばしてやったのさ!」
 ローイはそう言って、けらけらと笑った。

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