第19回 『アルファード転職秘話』の巻
(終章読了後推奨)
終章で、『こちら』の世界では犬の訓練士になっていた『竜兄ちゃん』ことアルファード。 実は、初期構想の段階では、現実世界での彼の職業は、『仕立て屋さん、またはデザイナー』の予定でした。おおよそ彼のイメージからはかけ離れた職業ですが……(^_^;) なぜ、そんな設定だったかというと、初稿では、第一章の初めの方に、アルファードがお裁縫にハマるシーンがあったためです。 『イルファーランでは、布地や衣服は魔法を使って作るので、生地には織り目が無く服には縫い目が無い』という設定は決定稿でも残っていたと思いますが、その設定は、この、『アルファードのお裁縫』のエピソードのためにありました。『アルファードがお裁縫にハマる』というアイディア自体は執筆開始前からあって、そのために、わざわざ、直接ストーリー展開とは関係ない服や布についての設定をけっこう強調していたのです。 問題のボツ・シーンは、アルファードが服にカギ裂きを作ることから始まります。アルファードはそれを、そのへんで折り取ってきた大きな木の棘に穴を開けてありあわせのヒモを通したもので閉じ合わせようとするのです。当然、それはもうどうしようもない出来栄えで、これくらいなら破れたままのほうがよっぽどマシというくらいです。その出来栄えを里菜に見られたアルファードは、決まり悪そうに笑って言います。 ************以下、初稿より引用 「どうも、うまくいかなかったようだ。あのトゲを見たときには、これだ、と、思ったんだが……。原理としてはこれで出来ると思うんだ。ただ、もっと工夫が必要だな」 「えっ、工夫って……。アルファード、もしかして、針を持ってないの?」 「針? それはなんだ?」 ************引用終わり というわけで、里菜は、この世界にはなんと針というものが存在しないことを知り、そもそも布を糸で縫い合わせるという発想自体がこの世界には無いらしいことを知り、そんな世界で、木のトゲを見てこの方法を思いついたというアルファードの発想力に大いに感心します。 で、里菜は、戸棚にしまってあった自分の制服のポケットから、たまたま入ったままだったミニ裁縫セットを取り出し、かぎざきを直してあげます。 するとアルファードは、ものすごく感心して言うのです。 ************以下、初稿より引用 「君のいた世界には、魔法はないと言ったね。それなのに、こんなに精巧な道具が作れるのか。それに、その道具を使えば、そんな風に、自分の手で、魔法のようにかぎざきを直せるものなのか。まるで奇跡だ……」 シャツを縫い終わった里菜が、自分の制服を広げて見せ、布が縦糸と横糸で織られていることや、縫い目があることを説明すると、アルファードはますます興味を示した。あまり感情を表に出さないタチのアルファードが、こんなに好奇心や熱意をあからさまに示すのを見たのは、里菜にとって初めてのことだった。そして彼は、『あちら』での服の作り方や、その他の技術についてあれこれと聞きだし、最後に、ため息をつかんばかりに感心した様子で、こう言った。 「魔法が無くても、努力と工夫だけで、こんなものが量産できるほどの技術を得たとは、なんてすばらしい世界だ。夢のような話だ。俺もそんな世界に住めれば、きっとなにかの分野で自分の力を発揮することが出来るだろう……。俺は、本当は、羊を見張るよりもドラゴンを殺すよりも、物を創ったり直したりするのが好きなような気がするんだ。……いや、今の仕事や生活に不満があるというわけではないが、でも、もし俺に魔法が使えれば、きっと何かの職人の所に弟子入りしていただろうと、ときどき思う」 (夢のような、ねえ……。あたしには、そうは思えなかったけど)と、里菜は内心で呟いたが、せっかくアルファードが抱いた夢をけなしたくはなかったので黙っていた。 それよりも彼女は、アルファードが初めてチラリとその本音を垣間見させてくれたことが嬉しかった。彼は里菜の前では、一度だって魔法がつかえないことでグチをいったり、内心の鬱屈を顔に出したりはせず、いつもただ、落ち着いた保護者のように振舞っていたのだ。自分と同じく魔法がつかえない里菜に、そのことがここで大きな障害になるなどと感じさせないよう、気を使っていたのかもしれない。だから里菜は、彼の苦労を、ただ生活の中から察していただけなのだ。 ************引用終わり この後、アルファードは、里菜に頼んで裁縫セットを借り、使い方を教わると、一人で運針練習をはじめ、食事の支度も忘れるほど熱中してしまいます。アルファードがそんなに何かに熱中するところを見るのは初めてだと里菜は思い、逞しい彼が大きな背中を丸めて針仕事に熱中する様子を、不釣合いだけど何だかかわいいと思ったりします。 このシーンがあったために、執筆初期の段階では、『竜は、終章で、仕立て屋になっているか、または、デザイナーになって微妙に見慣れないのにどこか懐かしいフォークロア調の服(実はイルファーランの民族衣裳に似ている)を発表していて、その服を見た里菜は理由の判らない規視感と懐かしさを感じる』という展開になる予定だったのでした。 それが方向転換して『犬の訓練士』になったのは、書いている途中で、『どうも、彼が本当に一番好きなことは、モノ創りよりも、犬と接することらしい』ということが徐々に分かってきたからです。 彼が本当はどういう人なのか、初稿を書き始めたばかりの段階では、作者である私自身にもまだよく分かっておらず、初稿を書いている間に徐々に彼のことが良く分かってくるに従って、彼の天職は犬の訓練士だと確信するに至ったのです。 というわけで、初稿を書いている途中に脳内設定が変更になり、終章を書き始めた時には、すでに、竜は仕立て屋から犬の訓練士に転職していて、そのため、最初の方のお裁縫のシーンは不要なシーンになってしまい、ネット発表時には、そのエピソードをまるごとばっさり削ることになったのでした。 →『イルファーラン物語☆創作裏話』目次へ →トップページへ →『イルファーラン物語』目次ページへ |