!ご注意ください!

これは、長編異世界ファンタジー『イルファーラン物語』(本編はこちら)のおふざけ番外編です。
パロディではありますが、『イルファーラン物語』第三章についての重大なネタバレが含まれていますので、第三章第十一場まで読了後推奨です。
また、この番外編は、あくまでおふざけですので、この『魔王様』と本編の『魔王』とは切り離してお考え下さいませ。(本編の『魔王』は、決して、決して、こんなことをしたり考えたりはしていません!(笑))
では、悪ふざけがお嫌いでない方だけどうぞ↓↓




『イルファーラン物語』おふざけ番外編

魔王様の優雅なホビー☆ライフ




 私は、魔王――人の子らが、そう呼ぶものだ。
 趣味は、ガーデニングと、人形製作である。

 ガーデニングの中でも、殊に、あえて一切魔法を使わずにやる薔薇の品種改良は、不死のものである私にとって、永遠の時を有意義に過ごせる、まさにうってつけの趣味であったが、完璧な青薔薇を生み出した段階で、なんとなく気が済んでしまった。
 今でも庭造りにはなかなかに凝っており、自分の庭園に誇りを持っているが、主な関心が、園芸や庭造りそのものから、その完璧に美しい庭園に、それに似つかわしい美しいものたちを住まわせることに移りつつあるようだ。

 また、以前は、ちょっとした好奇心と探究心から、いろいろな生物を合成して新しい種類の生き物を創り出すことを暇つぶしとして楽しんでいたが、そうして生み出される生物の大半があまりにも美しくないので、これには次第に嫌気がさし、どうせ作るならもっと目に楽しい、美しいものを作り出したいと思うようになった。

 そんなわけで、今、凝っているのは、主に、人形作りである。
 人形といっても、子供の玩具にするようなちゃちな人形とは違う。本物の人間と見紛うような、等身大の美少女たちである。
 しかも、姿形や質感等が本物の人間の少女そっくりであるだけでなく、まるで生あるもののように自ら動いて、笑ったりしゃべったりもする、精巧なからくり仕掛けの人形だ。

 等身大の美少女人形などというと、心の卑しい俗世のものどもには、なにやらいかがわしいもののように思われるかもしれないが、それは、そう思うものの心根のほうがよこしまなのである。
 人形制作は、実に創造的で繊細で知的な、優雅にして高尚な奥の深い趣味であり、人形たちは私の芸術作品なのだ。
 私は、出来上がった作品には一つ一つ誇りと愛着を持っており、実は、それぞれ名前も付けていて、整備も決して怠らない。


 こういうものを作り始めたのは、もともとは、ある実用的な目的のためである。
 やがて我が城に迎える愛しい花嫁のために、その侍女として仕える娘たちを用意してやろうと思いついたのだ。
 この、からくり仕掛けの乙女たちには魂は無いが、ある程度の知能も意思も持っていて、それなりに教育すれば自律的に様々な仕事をこなせるようになるので、花嫁の身の回りのこまごました世話をさせることが出来るのである。
 実際、今も、人形たちのうちの何人かずつを、交代で、私の城の小間使いとして働かせている。

 私の城ではすべてが自動的に処理されるので、実は、別に小間使いなどいらないのだが、美しく優しげな娘たちが揃いの白いエプロン姿で楚々と立ち働く様を見るのは目に楽しく、その無心な微笑みには心が和むものである。茶の一杯を飲むにしても、自分でそこらの空中から取り出して飲めば早いところを、わざわざ小間使いに淹れさせ、瀟洒な盆で持ってこさせ、微笑みに微笑みで応え、短い礼の言葉などをさりげなく与える、そんなささやかなやりとりを、暮らしの潤いとして楽しんでいるのである。
 また、これは単なる趣味ではなく、彼女たちに花嫁の侍女を勤めさせるまでの予行訓練の意味もある。

 清らかで可憐な私の花嫁に仕えるものは、やはり、清らかな乙女たちであるべきだろう。
 大切な花嫁の目を、汚いもの、醜いもので穢したくはない。美しいもの、清らかなものだけに囲まれて過ごさせてやりたいものである。
 また、同じ年頃の心優しい娘たちであれば、共に他愛のないおしゃべりに興じたり、ちょっとした遊戯などを楽しんだりすることが出来、見知らぬ土地にただひとり嫁いだ花嫁の心細さが宥められ、無聊も慰められるというものだろう。
 しかも、同じ年頃の娘といっても、それが人間の娘であれば、いかに美しい顔立ちをしていようとも、妬心や貪婪、慢心や虚栄などの浅ましく見苦しい感情で我が花嫁の耳を穢し、心を傷つけることもあろうが、私の作品たちは、もとより人形のこと、人の世の穢れなど何一つ知らず、何ものにも汚されることない無垢な心しか持ち得ぬゆえに、花嫁の耳を聞き苦しい言葉で穢すことの無い理想的な話し相手になるはずである。

 そのような実用的な目的で作り始めた人形たちであるが、もとより創造的な精神が豊かである上、何事もおざなりにすることが嫌いな私のこと、作り始めると、製作それ自体が楽しくなってきた。

 青い目に黒い目、金髪に黒髪、清楚な顔立ち、華やかな顔立ち、ほっそりした娘にふっくらした娘などと、それぞれ違う個性を持ちながらいずれ劣らず美しい娘たちの姿をあれこれとデザインすることは実にクリエイティブでアーティスティックな行為であるし、思い描いたとおりのものを作り上げるための精密な作業もまた、創意工夫に満ちた楽しい工程だ。
 実は私は、凝り性な上に、繊細な細かい作業が大好きなのである。

 そしてまた、人形そのものを美しく完璧に作ることだけでなく、衣裳を着せることも、人形制作の楽しみの一つである。
 良く似合う美しい衣裳が、人形たちの美しさを、よりいっそう引き立てる。
 大切な作品である人形たち一人一人が一番美しく愛らしく見えるよう、それぞれの顔立ちや雰囲気、目や髪や肌の色に合わせた衣裳の色やデザインを工夫するのは、大変心楽しいことだ。
 この青い目の娘にはフリルいっぱいのふわっとした薔薇色のスカートを、あちらの栗色の髪の娘には慎ましい中にも愛らしい小花柄のワンピースを、小物類には今年の流行色もさりげなく取り入れて……などと、薔薇の花びらを浮かべた紅茶なぞを片手にあれこれ思い巡らす穏やかな時間は、私の至福のひとときである。

 デザインを考えることだけでなく、衣裳を作る作業自体も、私はけっこう好きである。
 そういう作業をしていると、不思議と心が落ち着くのだ。

 ちなみに、もちろん、私は、大切な芸術作品である娘たちに一年中同じ服を着させておいたりはしない。季節ごとに、人形たちの新しいドレスの意匠をあれこれと考え、あつらえてやることも、私の大きな楽しみである。
 私の城には季節による気温の変動などはないが、やはり、四季折々の風情というものは大切にしたいものだ。それが心の潤いというものだろう。

 そして、もちろん、その季節ごとの衣裳も、毎年使いまわしているわけではない。
 私の大切な作品たちに、流行遅れの衣裳などを着せるわけには行かない。めまぐるしく移り変わる人間界の娘たちの流行に合せて、私の人形たちの衣裳も、シーズンごとにすべて新調しているのである。

 このために、私は、当節の人間の娘たちの衣裳の流行り廃りにも、すっかり詳しくなってしまった。
 このことは、やがて花嫁を私の城に迎える時にも役立つと思う。
 おかげで私は、大切な花嫁に流行遅れの服を着せずに済むのだ。
 自分専用の衣裳部屋にずらりと並ぶ最新流行のドレスの数々に、可憐な花嫁が喜びの声を上げる様を見るのが、今から楽しみなことである。

 また、これらの侍女用の人形とは別に、先ごろは、また違う目的のために、ちょっと今までのものとは毛色の違う作品も作ってみた。
 それは、私の未来の花嫁たるあの娘にそっくりな姿をした人形である。
 それはもう、どこからどこまでも本物と見分けがつかないほどに精巧な人形で、顔だけでなく、服の上からは見えない全身まで、見た目だけでなく肌の感触まで、何もかも本物と全く同じに作ってあったのだ。
 手抜きも妥協も一切なしで精魂込めて作り上げ、思い通りに仕上がった時は自分の才能に自分で惚れ惚れしたほどの、私の最大傑作であった。
 まあ、どうせあの男はあの娘の服の下に隠れている部分など見たことは無いはずだが、だからといって、見えない部分に手を抜くのは私の主義ではない。そんなことは、私の創作者としての美学に反するのである。

 ちなみに私は、己の花嫁となるべきあの娘についてなら、スリーサイズから背中のホクロの数まですべてつぶさに知っているので、あのような、身体の隅々まで生き写しのものが作れたのだが、そういう情報をどのようにして入手するか、そのノウハウは、企業秘密なので教えられない。

 また、この人形は、ある特殊な目的のために作ったものなので、ちょっと人に言えないような機能も備えていた。
 見かけでだけでなく機能面でも(あえてどのような機能かは言わないが)、本物の人間の娘と同じなのである。

 この機能には、絶大な自信があった。
 その性質上、動作テストはしていないものの、技術の粋を尽くし、細心の注意を払って、あらゆる角度から微妙な調整を施した精密な作品であったのだ。
 このような新しい機能に挑戦することは、純粋に、創作者としての大きな悦びであった。
 試行錯誤の末に完成した時には、甘美な達成感に酔いしれたものだ。
  ――(作者註:この部分、脳内BGMは『地上の星』でお願いします)――

 それを、あの若造は、せっかくの新機能を試してみてもくれずに、あっさりと壊してしまった。
 まったく、なんと乱暴で野蛮な男だろう。
 はっきり言って、ちょっと傷ついた。
 わざわざ、あやつのためだけに、あのような機能を工夫してやったのに。あんなに一生懸命作ったのに。
 同じ壊すにしても、あんなふうにいきなりではなく、ちょっとくらい試してみてからにしてもよかっただろうに、なんというもったいないことをするのだ。すべてが無駄になってしまったではないか。
 これだから、芸術の分からぬ無粋な男は嫌である。
 まあ、しょせんは愚かな人の子、その愚鈍にして蒙昧なる精神には、私の繊細な美意識や崇高な配慮など理解できぬのであろう。

 さて、いつまでも失った作品について嘆いていてもしかたない。
 そろそろ、可愛い作品たちの来シーズンの衣裳のプランを練る時期だ。
 なんでも、来シーズンは、レェスの襟飾りが流行りそうだとか。
 どの娘にどんなドレスを着せようか、プランを練るときが一番わくわくするのだ。

 おお、私の趣味の、何と高雅で美的で芸術的であることよ。
 俗世のものどもになぞ、理解されなくてもよいのである。芸術家とは、孤独なものだ。


----------(『魔王様の優雅なホビー☆ライフ』完)----------


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