★サイト一周年記念企画★
 イルファーラン観光ツアー
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 はじめに 

これは、サイト一周年記念の、お遊び企画です。
キリ番ゲッター様とイラスト寄贈者様をイルファーランにご招待して
不定期・回数未定で書き下ろし連載しています。

★企画の詳細はこちら
★参加者の紹介は第一回にあります★

<第三回・牧場《まきば》にて>

「さあ、ついたぞぉ! ここが<下《しも》の牧>だ。な、いいところだろ?」
 ローイが、大きく手を広げて、目の前に開けた牧場《まきば》を差ししめした。自分の土地でもないのに、実に自慢そうだ。
 すでにローイお薦めの『とっておきの展望スポット』で雄大な山岳地帯の眺望を楽しんできた一行だが、なだらかな牧草地の光景には、それとはまた違う穏やかで開放的な魅力がある。晩秋のことで、草がすっかり枯れているのが残念だが、ところどころに大小の岩が顔を出していて、座って弁当を食べる場所には事欠かなそうだ。
「ほら、ここでリーナちゃんが素手でドラゴンを退治したんだよ」
「やだぁ! ドラゴンを退治したのはアルファードとミュシカよ。さあ、みなさん、ここでお弁当にしましょうね!」
 里菜の言葉に、一同は歓声を上げた。
 慣れない山歩きをした上、山賊たちとの戦闘までこなしてきた一行は、へとへとの腹ぺこなのだ。
 一行は、まず、牧場《まきば》をつっきって流れる小川で喉を潤し、手を洗った。いつもアルファードが里菜を置き去りにして水を汲みに行っていた、あの小川だ。手を切るような水の冷たさに、あっちでもこっちでも楽しい悲鳴が上がる。
 それからみんなは、小川のほとりの枯れ草の上にローイの用意した敷物を敷いたり、手近な岩に腰かけたりと、思い思いに食事の場所を確保した。
「さあ、みんな、メシの前に、もうひとつイベントがあんだぞ。ヤギの乳搾り。はい、集まって、集まって」
 ローイは、客人たちをヤギのメリーと自分の周りに集めると、もったいぶって言い放った。
「まず俺が、ヤギの乳の正しい飲み方の見本を見せてやるからな! いいか、ヤギの乳ってのはな、こうやって飲むもんなんだぞぉ!」
 言うが早いか、おもむろにあおむけに寝っころがってヤギの腹の下に頭を突っ込んだローイは、大きく開けた口の中に狙いを定めて乳を搾りはじめた。リズミカルに乳首を握る指の動きにあわせてぴゅっぴゅと飛び出す新鮮な山羊乳が、ローイの大口の中に勢いよく飛び込んでいく。
「うわぁ、おもしろい!」
「やだ。なんて野蛮なの!」
「ねえ、まさか、あたしたちもあれをやらされるの……?」
「げっ。まさか。髪の毛に枯れ草がついちゃう」
「服が汚れる」
「怖い! ヤギに踏まれたらどうしよう!」
 乳を飲み終えて起き上がったローイは、目を丸くしてがやがやと騒いでいる客人たちを得意げにぐるりと見回した。
「ああ、うまかった。どう? わかった? ヤギの乳は、こうやって飲むのが一番うまいんだ。俺は子供のころからずっとこうしてる。さて、今度はみんなの番。やって見たい人!」
 もちろん、誰も返事をしない。
「なんだ、希望者、いないの? みんな引っ込み思案だなあ。じゃあ、俺が指名するぞ。いい? じゃあ、あんた。ミナトちゃん!」
 指名されたゆめのは、ぎょっとして、隣にいたライディンの後ろに逃げ込もうとしたが、逃げる間もなくローイに腕を捕まれて、容赦なく見物人の輪の中から引っ張り出された。
「あはは、ミナトちゃん、そんなに怖がらなくてもいいよぉ。うそだよ、うそ。さっきのは、ちょっとした余興だよ。あんたたちはあんなふうに飲まなくてもいいんだよ。ほら、ちゃんとお椀も持ってきてるから、普通に乳搾りすればいいの。うちのメリーちゃんはほんとに気立てがいいんだから、全然怖くないよ。さっきは派手に暴れたけど、普段はこのとおり、大人しいもんだ。な? まずは俺が見本を見せてやるからな。みんなも順番でやるんだから、ちゃんと見ててよ」
 ゆめのは胸をなで下ろした。
「いいか、よく見てなよ。まず、こうやって、親指と人差し指で乳首のつけ根をしっかり握る。この時、遠慮してそっと握ったりしちゃだめだぞ。この握り方が弱いと、乳が逆流して気持ちが悪いんで、かえって嫌がられるからな。それに、あんた程度の握力なら、ぎゅっと握ったって、メリーちゃん、別に痛がりゃしないよ。で、次に、こうやって、中指、薬指、小指と、順に力を入れて、乳首の中に入ってる乳を下に押し出すようにしてやると、ほうら、ぴゅっと出てくるだろ。で、ポイントは、こうやって一回搾るごとに、その後、ちょっと、こうやって乳房を軽く押し返してやることだ。そうしてやると、次の分の乳がうまく出てくるんだよ。で、また、ぴゅっと。ほれ、ぴゅっ、ぴゅっ、ぴゅっ。な? さあ、あんたの番。ほい、ここに膝、ついて。そうそう、で、ここをこうやって握る」
 ローイはゆめの背後に屈み込み、手に手を添えて指導した。
「違う違う、もっとぎゅっと。大丈夫だから。そう、そう。それでいい。で、こうやって……。ほら!」
「うわあ、出た!」
「な? じゃあ、俺は手を離すから、自分でやってみな。ほら、俺がここでお椀を持って受け止めるからな。おお、上手いじゃん! いいぞ、いいぞ。うん、あんた、なかなか筋がいいよ」
 ゆめのはつつがなくお椀に一杯分の乳を搾り終えた。
「さあ、みんな、ミナトちゃんを見習って、自分の分を自分で搾ろう!」
 みな、ローイにお椀を持っていてもらって、それぞれ自分の分の乳を搾った。
「はい、それじゃあ最後に、みんなでメリーにお礼を言う。感謝の気持ちを忘れずに! せぇの、はい!」
「メリーちゃん、お乳をありがとう!」
「めぇ〜え♪」
 一行は、それぞれ、ほのかに温かい乳を満たしたお椀を手にして、腰を下ろした。
 里菜が、腕にぶら下げた篭から、みんなにパンと焼き菓子を配り、食事が始まった。
 ヤギの乳は、ほとんどのものが口に合わなかったらしく、あちこちで『うえっ』という声があがったが、メリーが、瞳が横長で何を考えているのかわからない黄色い目でじっとこちらを見ているので、まずくても、お椀の中身を捨てる勇気のあるものは誰もいない。
 パンの方は大好評だ。一個一個微妙に違う武骨な丸みがじゃがいもみたいで愛らしい田舎風のパンで、あまり膨らんでいないので、手に持つと、見た目以上にずっしりと重く、いかにもおなかが膨らみそうだ。少量の塩だけの素朴な味付けで、皮はぱりっと固く、茶色い中身はふわふわとは言いがたいがしっかりと充実して、噛むと口いっぱいに香ばしい小麦の香りが広がり、次に、その下から、ほのかな甘みがじわりと立ち上がってくる。力強く深みのある、飽きの来ない風味である。
 ハチミツと木の実をたっぷり入れた焼き菓子は、ほろほろと崩れて少し食べにくいが、こんなふうに牧場で食べるのなら、テーブルや床を汚す心配はないから、いくらこぼしても大丈夫。常日ごろから砂糖やクリームを多用した甘い菓子を食べ慣れたものにはちょっと物足りないほどの淡く儚い甘みが、なんともやさしい、懐かしい味わいだ。
 ただし、これも、けっこうずっしりと持ち重りして、甘みの淡さに反してカロリーはかなり高そうである。里菜がこの村に来て太ったのも当然だろう。それにしては、村にはあまり太った人はいないが、それは、みな農作業で十分に体を動かしているのと、こうした菓子は贅沢品で、毎日食べるわけではないためである。
「ねえ、里菜ちゃん、ちょっといい?」
 パンをかじりはじめた里菜のところに天城がやってきて、なにやら囁いた。
「え? うわあ、ほんとですか? もちろんOKですよ! ちょっと待っててね。ねえ、ローイ、メリーちゃんを、ちょっと離れたところに繋いできてくれる? そうそう、できれば風上にね」
「いいけど、なんで?」
「あのね、お客様が一人、増えるの。天城さんがね、パンがあんまりおいしいから、自分ちのキャラのエリー君にも食べさせてあげたいから、呼んでいいかって。もちろん、いいでしょ? エリー君に会えるなんて、うれしいわ!」
「それはもちろん、かまわないけど、それとメリーちゃんとどういう関係があるの?」
「う〜ん、ちょっと訳があって、エリー君は動物と相性が悪いの。えっと、ほら、苦手なのよ」
「あ、そう。わかった」
 ローイがメリーを繋ぎに行くと、天城がエリーを召喚した。
 大きな青い瞳を子犬のようにきらきら輝かせた、愛くるしい黒髪の少年だ。
 EXISTRANCEで連載中のファンタジー小説『カイユの末葉』のキャラクターである彼は、オンライン小説界屈指の食道楽であり、実においしそうに物を食べるのがチャームポイントのひとつである。特に、甘いお菓子には目が無いらしい。
「さあ、エリー、みんなにごあいさつしなさい」
「はじめまして。エリーです。今日は、おいしいご飯を食べさせてもらいに来ました」
 天城に促されて、はにかみながらもはきはきとあいさつしたエリーの、あまりの愛らしさに、娘たちは狂喜乱舞した。
「きゃい〜ん! か、かわいい〜!」
「エリーちゃん、こっちおいで! お姉さんと一緒に食べよう! ほら、パンあげる」
「こっちにも来て〜。お姉さんのパンも食べて!」
「ヤギの乳も飲んで!」
「お菓子もあげちゃう! どんどんあげちゃう!」
「なんてかわゆいの〜! 髪の毛、撫でたい」
「うわあ、ふわふわ〜! 子犬みたい」
 殺到した娘たちに寄ってたかって頭を撫で回され、頬ずりされ、抱きしめられ、次々にパンや焼き菓子を手渡され、口に押し込まれて、エリーは目を白黒させた。これが犬だったら、嬉しさの余りに何が何だかわからなくなって、あおむけになって『うれション』を漏らすところである。
 メリーを繋いで戻ってきたローイが、このありさまを見て、ぽかんと口を開け、うらやましそうにつぶやいた。
「なんだ、なんだ? ……いいなあ、あいつ」
「うふふ、ローイ、エリー君に人気独占されちゃったわね。エリー君、かわいいv」
「ちくしょう。リーナちゃん、あんたまで。やっぱ、子供には勝てないよな。いいんだ、俺は俺のアダルト&セクシーな大人の魅力で、きっとお嬢さんたちを振り向かせて見せるぜ……」
「ぷっ(^_^;)」
「あっ。なんでそこで吹き出すの? ひでえなあ」
 やがて、賑やかな食事が終わったころ、天城が言った。
「みなさん、うちのエリーをかわいがってくれてありがとう。エリーは、ここでお別れして、この山の薬草をとりがてら、一足先に帰りますね」
 娘たちが落胆の声を上げた。
「ええ〜。どうして? 一緒に来ればいいのに」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、ちょっといろいろ都合があって……。ね、里菜ちゃん」
「そうなの。残念だけど、後の日程の都合で……。エリー君、ごめんね」
「というわけで、さあ、エリー、お別れのごあいさつ」
「みなさん、一緒に行けなくてごめんなさい。でも、エリーは、お仕事しなくちゃいけません。これから薬草を採って帰ります。今日はおいしいご飯をありがとうございました。さようなら」
 娘たちが口々にエリーと別れを惜しみ、エリーが森に向かって歩き出そうとしたその時、ラキアが、エリーを呼び止めた。
「あ! 待って! エリーちゃん。ポケットの底にまだ一個、ホールズが残ってたわ! ほら、あげる」
 ちょっと寂しそうだったエリーは、たちまち目を輝かせ、満面の笑顔になった。
「わあ! ほんとはこれが一番食べたかったんです! でも、もう無いと思ってました……。ありがとうございます!」
 エリーはホールズを口に入れ、じ〜んと美味しさと感動を噛み締めた。
「お、おいひい……。こんな食べ物、はひめて……」
 ほっぺたが膨らんでいるから、うまくしゃべれないらしい。感激のあまりにか、ミントの強すぎる刺激のせいでか、青い瞳が、うるうるとうるんでいる。
「あ、もうひとつ、あった!」
 ラキアに渡された二つ目のホールズを、エリーはていねいにポケットに納めた。
「あれ? 食べないの?」
「はい。こんなにおいしいものを、エリーはご主人様にも食べさせてあげたいんです。だから、今度会える時まで、大事にとっておきます」
 彼が『ご主人様』というのは、彼を従者として雇っている銀髪の剣士グレイである。
 『カイユの末葉』本編中での彼らの事情を知っている里菜は、思わずほろりと涙ぐんだ。

――まだまだ続く(^_^;)――


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この作品の著作権は著者 冬木洋子に帰属しています。

掲載サイト:カノープス通信
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