〜『イルファーラン物語』番外編〜

つぐみヶ丘の冬





(3)

 それでも竜は、ちゃんと、予定通りにあたしの部屋に来てくれた。

 あたしは、さっきの失敗をなかったことにしたくて、なるべく普通に振舞って、明るく竜を招き入れ、いつものよりちょっと贅沢なとっておきの茶葉で、仲直りの願いを込めて丁寧に紅茶を淹れた。

 カップから立ち昇る、温かい湯気。いい香り……。
 普段は倹約して安いお茶を飲んでるんだけど、今日みたいな日のために、一番好きなブランドのダージリンも買ってあるの。上等のお茶は、毎日飲むよりこうやって特別な日だけ飲む方が、そのたびに特別な幸せを感じられて好き。ここのダージリンって、お砂糖入れてなくても甘い香りがするの。なんでかな。

 お茶を入れている間に部屋も暖まって、キッチンから湯気の立つカップを運ぶ頃には、あたしの心もすっかり暖まってリラックスしていた。
 寒いと心もかじかむよね。あったかいと、それだけで身体も心も寛ぐ。
 竜も、あったかいお茶飲んで、甘いもの食べて、和やかな気持ちになってくれるといいんだけど。

 ローテーブルにトレイを置いて、竜の隣に座る。一人暮らしの狭い部屋で、テーブルの反対側はベッドとの間にやっと通れるくらいの隙間が空いてるだけだから、人がゆったり座れるスペースはこっち側にしか無いの。今はそれが嬉しい。

 紅茶のお供は、手作りのチョコレートケーキ。昨日、残業して遅く帰ってきてから、がんばって夜中に作ったんだから。バレンタイン当日は都合が悪くて会えないから、あたしたちにとっては今日がバレンタインデーってことで。
 クーベルチュールのコーティングで仕上げたシンプルなケーキは、甘さ控えめでちょっと洋酒を効かせた、ほろ苦い大人の味。我ながら上出来だと思う。
 竜、黙々とケーキ食べてるけど、手作りだって気付いてくれてるのかしら?

 どきどきしながら、ちょっと早めのバレンタインチョコとプレゼントも渡した。綺麗な箱に、可愛いリボンも添えて。
 もう婚約してるのに、今さらチョコを渡すのにどきどきっていうのもヘンだけど、去年のバレンタインには、あたしたち、まだまともに付き合ってなかったんだよ? 何度かデートしてたけど、まだちゃんとしたカップルって感じじゃなくて、バレンタインだから会おうとか当たり前のように計画するような仲じゃなかった。それでもたまたまバレンタインに近い日に会う機会があれば季節のご挨拶みたいな感じで渡せただろうけど、そのチャンスも無かったし、あたしには、わざわざ『プレゼントをあげたいからバレンタインに会ってくれ』なんて、こっちから催促する勇気も無かった。
 だから、バレンタインにチョコを渡すのは初めてなの。

 竜は、ちょっとびっくりしていた。バレンタイン直前に彼女に会えばプレゼントを貰うくらい当然予測していそうなものなのに、ぜんぜん予想していなかったみたい。もごもごとお礼を言いながらも、なんだかぽかんとしてたところを見ると、何で誕生日でもないのにプレゼントを貰うのか、意味が良く分かってないのかも? まさかバレンタインデーという行事があることを知らないわけはないだろうけど、自分とは関係のないことだと思ってたから念頭から抜け落ちてたとか?

 この人、世間にはホワイトデーという行事があるってことは、ちゃんと知ってるかしら……? 別にお返しが欲しいわけじゃないんだけど、バレンタインデーにチョコをあげたのにホワイトデーに何も反応がないと、やっぱり悲しいかも。ちょっと心配になってきた……。

 リボンのかかった箱を手に、竜、照れくさそう。可愛い箱がぜんぜん似合わない、その徹底的な似合わなさ加減と、自分でそれが分かっててちょっと怖気づいてる感じが可愛い! もっともっと、レースのリボンとかピンクの造花とか、これでもかってくらいひらひら飾り付けたのをたくさん押し付けて困らせたくなっちゃう!

 ごそごそとバックの中に箱をしまう竜を眺めながら、思わずにまにましていたら、しまい終わった竜が、急にぼそっと言った。

「……さっきは、すまなかった」
「え?」
「その……、さっき、道で、大人げない態度を取って、悪かった」

 あ……。さっきちょっとだけ喧嘩したこと、もう忘れかけてた……。

「ううん、あたしこそ、悪ふざけしてごめん」
「いや」
「あの、でも、我慢しなくていいっていうのは、冗談じゃなくて、ほんとよ?」

 確かにあたしは竜をからかったけど、心にも無いことを言って竜の心を弄ぼうとしたと誤解されたくなかった。ただ悪ノリしすぎただけであたしの気持ちに嘘はなかったのは、分かって欲しかった。

 竜は、一瞬黙り込んで、それから、額に手を当てて深い溜息をついた。
 ……あたし、何かまずいこと言った?

「……里菜、君は俺の忍耐力の限界を試す気か? この状況でそれを言われるのは、さっき以上にしゃれにならないんだが……」

 あ、そういうこと……。
 確かに、さっきは白昼の路上だったけど、今は部屋で二人きりだものね。しかも、手を伸ばせば――というか伸ばさなくても触れ合う距離に座ってるし。竜の身体の温度が伝わるくらい。
 そう思ったら、ちょっとどきどきしてきた。

 ……でも、別に問題はないんじゃないの?
 竜は、なんでそんなに頑なになってるんだろう? 真面目なのは分かるけど、ここまで頑固なのは、さすがにちょっと不思議。むくむくと探究心が湧いて来る。

「だって……。ねえ、なんで我慢してるの?」
「そ、それは……。当然のことだろう。まだ結婚していないんだから、そのような関係になるわけにはいかない」
「なんで? みんな普通にしてるよ?」

 竜は、飲もうとしていたお茶にむせた。

「り、里菜……。そういう言い方は……」
「ご、ごめん……」

 あたしは真っ赤になった。何の気無しに言ったんだけど、言われて見れば確かに、あまり奥ゆかしい言い方ではなかったかもしれない。

「とにかく!」と、竜が姿勢を正して声に力を込めた。
「他人がどうであろうと関係ない! それが普通であろうとなかろうと、俺は、正式に結婚するまでは、そういう関係になる気はないんだ。なぜなら、まだ結婚していないということは、俺は、君の人生や、もしかするとその行為の結果として宿るかもしれない子供に対して、責任を負うことが出来ないからだ」
「えー? でも、それは、婚約してれば、いいんじゃない?」
「いや。例え婚約していても、もし、それから結婚するまでの間に俺の身に何か万一のことがあった時に困る。もし俺が死んでから子供が出来ていることが分かったら、俺はその子供を認知することも出来ないし、君たちは俺の遺族年金を受け取ることが出来ない」
「い、遺族年金……? 竜、そんなこと考えてたんだ……」

 うわー、なんて人だろう。
 あたしは今まで、そんなこと、考えてみたこともなかった。それって、あたしだけじゃないよね? それが普通よね?
 でも、そういえば、竜の実家は、産婦人科の病院だ。そういう環境で育ったら、普通以上に、そういう事柄についていろいろと思うことがあったのかもしれない。
 認知とかが心配だっていうなら、式の前に籍だけ先に入れちゃえばいいだけのような気もするんだけど、竜のお堅い頭の中には、そういう選択肢は全くないんだろうなあ……。

 竜はしかつめらしく頷いた。
「他人がどうかは知らないが、俺は、子供が出来る可能性があるような関係になる際には、そこまで考えておく必要があると思っている。無責任な男にはなりたくない。もし、俺と君がそういう関係になって、それで、もし君に子供が出来て、その状況で俺が結婚までに死んだら、君は未婚の母だ。でも、もし、まだ俺とそういう関係になっていなければ、君は何事も無く他の男と結婚して幸せになれるだろう」

 ……ちょっと、何? 今、何か聞き捨てならないことを言われたんだけど……?

「なれないよ、幸せになんか!」

 あたしがが急に怒り狂って叫んだので、竜は目をぱちくりさせた。

「もし竜が死んだら、竜とそういう関係になっててもなってなくても、一生、他の人と結婚なんかしないもん! したって、そんなの、幸せじゃないもん! あたしが竜じゃない他の人と結婚して、幸せだと思えると思ってるの? それくらいだったら、一人で竜の赤ちゃんを育てるほうがいいよ。そりゃあ、一人で子供を育てるのはいろいろ大変だと思うけど、シングルマザーだって立派に子供を育ててる人はいっぱいいるでしょ? 経済的には大変かもしれないけど、それでも、お母さんがちゃんと子供を愛していれば、子供だって、ちゃんと幸せなはずよ。あたしは、竜じゃない人と結婚して苦労しないより、竜の赤ちゃんを育てて苦労するほうがいい! あ、もちろん、竜が死んじゃうなんて、そんなの、絶対、絶対、嫌だけど……」

 うっかり想像したら、涙が滲みかけた。

「里菜……」
 優しい声と同時に、温かい胸にふわりと包み込まれた。あたしをすっぽりと抱きしめる、優しく頼もしい腕。
 伝わってくる体温に、昂ぶった心が甘く崩れてゆく。
 竜の腕の中で、あたしは、涙ぐみながら呟いた。

「……あたしは、竜がいいの。どんなに変人で世間とズレてても、朴念仁でも、頑固で偏屈で何考えてるか分からなくても、お金持ちじゃなくても、ボロ屋に住んでてダサいゴム長履いてても、竜がいいの。竜じゃなきゃ嫌なの。竜じゃない人と結婚しても、あたしは絶対、ちっとも幸せじゃない。竜とじゃなければ、一生、誰とも結婚なんかしないの……」

 竜のセーターの胸に顔をこすりつけて、涙を拭ぐった。自分が死ぬ話なんかして、あたしを泣かせた罰だ。服を汚されるくらい、我慢してよね。

「……里菜。君は、本当にいいのか?」
 頭の上から、低い声で、ためらいがちに尋ねられた。
「え……?」
「つまり、その……俺とそういう関係になっても」
 もう、今さら何を言うの、この人は……。
「あ、あたりまえじゃない……。じゃなきゃ、結婚しようとなんかしないよ……」
 恥ずかしいから竜の胸に顔を埋めたまま、もごもご言った。

 突然、竜の気配が変った。
 身体を離して、あたしの両肩をがっしり掴み、熱いまなざしでひたと見つめて、
「じゃあ、俺の生命保険の受取人になってくれ!」
「へっ!? な、何?」

 ……あたし、何か聞き間違えた? こういう時に聞きそうなせりふじゃないんだけど……。

「だから、生命保険の受取人になってくれ」
 大真面目な言葉。真剣な表情。聞き間違いじゃなかった。……目が点になった。
「な、なんで……?」

 返事より先に、もう一度、抱きしめられた。
 さっきみたいにふわりと暖かくじゃなく、強く、熱く。
 さっきは優しく柔らかかった腕が、今は力を潜めて硬い。
 頭の上で、熱い声が囁く。
「そうすれば、俺の身に何かあっても、君に保険金が行く」

 ……まだ言うか、そういうこと!
 あたしは竜の腕の中でもがいた。
「保険金なんていらないよ! いくらお金がもらえても、竜が生きてなきゃ、嫌!」

 抗議を込めて両手の拳で厚い胸を叩いても、竜はあたしを放してくれなかった。片方の手であたしの両手首をひとまとめに掴んでやんわりと動きを封じ、もう片腕であたしの頭を胸に押さえ込んだまま、同じ懇願を繰り返す。
「万一のためだ。だから、里菜……お願いだから、受取人になってくれ」
 言葉の内容にそぐわない、熱を帯びた口調。こんなに情熱的に何かをお願いされたのは生まれてはじめてかもってくらい。『はい』と言うまで何度でも同じことを言い続けそう。
 分かった、分かったから……。分かったけど、手首、いくらそっと掴んでくれてても、無理な角度だから、ちょっと痛いよ……。それに、そんなにぎゅっと胸に顔押し付けられてたら、返事したくても出来ないよ……。

 返事も出来ずにあわあわしているうちに、抱きしめられたまま、じゅうたんの上にそっと押し倒された。こんな時でもちゃんとあたしの背中が痛くないように庇ってくれてる優しさに、胸がきゅんとなった。
 竜の大きな身体があたしの上に覆い被さってくる。

 ……デカっ! 重っ! 硬っ……!

 たぶん、あまり体重をかけないよう、気をつけてはくれてるんだと思うけど――そうじゃなきゃ、きっと、とっくにぺしゃんこに押し潰されてる――、それでも重い。まるで巨大な米袋? ていうか、ええと、どっちかっていうと、せ、セメント袋……?

 巨大なセメント袋が、あたしの肩先に顔を埋めるようにして、押し殺した声で呟く。
「里菜。頼む。受け取り人になると言ってくれ。……どうか、今、すぐ」

 苦しげにかすれた低い声に、渇望が滲む。耳元にかかる息が熱い。
 やだ、今にも耳たぶに唇が触れそうな距離。やば……背筋がぞくぞくする。どうしよう……。

 返事を待って、動かない竜。
 動かないんだけど、内側で高まる圧力をじっと撓めているような、無言の熱と圧迫感が押し寄せてくる。何か、ちょっと怖いかも……。全身から滲み出る気配が、あきらかに普段と違う。何か、スイッチが入ったというか、カチッとモードが切り替わったというか、寝ていた虎がむくっと起き上がった、みたいな……。
 うわ……、ここでもし、『はい』と言ったら、もしかして、このまま……?

 そりゃあ、もちろん、この人とそういうことになるつもりはある。結婚するんだから、当然だ。もう婚約までしてるんだし、結婚する前だって別にいいと思ってたはず。
 でも、それは、今ここでじゃない……。今、この場ですぐっていうのは、やっぱり違うような気が……。その日、その時は、もっと特別の日で、あたしは何日も前からドキドキして心の準備を整えてその瞬間を迎えるはずだった。
 初めて部屋に来てもらった時は、もしかするとこういうことになるかもしれないと、ちょっと思ってた。でも、その時も、それから何度か部屋に来た時も、ずっと、ぜんぜんそういう気配が無かったから、すっかり油断してた。だから、今日はまだ、心の準備が出来てない!
 しかも、よく考えてみたら、あたしたち、まだキスもしたことないじゃない。
 それどころか、そういえばあたし、この人に『好きだ』とか『愛してる』とか、一度も言ってもらってないよ?
 それでいきなり、このまま一気に最後まで突き進むつもり?

 その段階、その段階のときめきを大切に味わいながら一段階ずつゆっくり先に進みたいのに、男の人って、なんで女の子のそういう気持ちを分かってくれないんだろう。手も握ったことない段階でいきなりプロポーズしてきた時から、かなりアレな人だとは思ってたけど、こういうことするなら、まず、その前に、『好きだ』とか『愛してる』とか言ってくれて、チュッとかしてくれて、それからでしょ! それをすっとばしていきなりコレって、いくら婚約してるからって、了見が間違ってる!

 てゆうか、正直、ちょっと怖い……。

 でも、動けない。重いからってだけじゃなくて……ぽわ〜っとして。
 心臓ばくばくして、頭の中がぐるぐるして、なんか、目が回りそう……。何もわからなくなりそう……。

「あの、えっと、ちょ、ちょっと……ちょ……まっ……ダメ……」
 自分でも何を言っているのかわからないことを口走りながら目を彷徨わせているうちに、やっと言葉が形を取ってきた。
「ご、ごめんなさい、今はちょっと……」

「……ダメなのか?」
 すっと、熱い気配が離れた。
 竜が身体を半分起こして、じっと、探るようにあたしの顔を見ている。

 ダメっていったら怒るかな。あたし、どう見ても自分から誘ったもんね。こっちの方からはっきり『いいよ』って言っておいて、それでやっぱりダメって言ったら、普通、怒るよね……。それに、ダメじゃないし……でも、今はダメだし……でも、竜を拒否するつもりじゃなくて……ただ、今すぐじゃなくて、もう少し心の準備をする猶予が欲しいだけで……。
 ああ、なんて言えばいいの?

「だ、ダメじゃないけど、今じゃなくて、あ、あと、後で! えっと、えっと、また今度!」

 ああ、もう、あたし、自分で何言ってるのかわからない!

 竜が、急に、ふっと笑った。
 いつのまにか、気配が元に戻ってる。

「なに笑ってるの? ……もしかして、からかってた?」
「さっきの仕返しだ」

 ……やられた。やっぱり、あたしは、何か知らないけど、この人には敵わないらしい。

 でも、たぶん、途中まで、やっぱり本気だったよね……。気配が変ってたもん。何か、ぶわっと熱が噴出した感じ。嫌じゃないのに迫力に押されて怖くなっちゃうほど。
 あれが冗談とは思えない。
 その状態から引き返すって、普通、男の人には、なかなか出来ないものなんじゃないの? ものすごい自制心だよね……。並大抵の精神力じゃない。やっぱり、この人、並みの人じゃない……。

 そんなことを思いながら、起き上がろうとしたけど、何か力が入らなくてふにゃふにゃっとなってたら、竜が背中に手を回して抱き起こしてくれた。ふわふわと夢心地のまま竜の腕に縋ったら、竜は真顔であたしの顔を覗き込んで、淡々と言った。
「近いうちに生命保険の手続きをする。やったことがないので、どういう書類が必要なのか分からないんだが、もし必要だったら印鑑を貸してくれ」

 ぜんぜんときめくような内容じゃないのに、至近距離で見つめられてクラクラした。言葉は淡々としているけど、眼差しと声音が熱くて。
 この人、『生命保険の受取人になってくれ』とか『印鑑を貸してくれ』とか、そんな極限まで非ロマンチックな言葉に、こんなに情熱を込めてあたしをどきどきさせることが出来るくせに、なんで『好きだ』とか『愛してる』とかは一言も言えないのかしら。
 でも、しかたないよね。あたしが好きになっちゃった人は、こういうヘンな人なんだもの。

 保険関係の手続きなんて籍を入れてからで十分だと思うんだけど――でないと、後でもう一度、苗字や続柄の変更をしなくちゃいけなくて、二度手間になるし――と、思ったけど、竜の言葉には、言葉自体は依頼形なのに何か有無を言わさぬ押しがあって、あたしは慌ててこくこくと頷くことしか出来なかった。もう、実印だって印鑑証明付きで貸しちゃいそうな勢いだ。キャッシュカードだって通帳とセットで夢心地で差し出しちゃって、暗証番号だって聞かれれば教えちゃうし、委任状だって契約書だって内容も見ずに署名しちゃいそうな勢いだ。今なら、何を言われても逆らえない。
 竜が悪徳生保マンとかでなくて良かった……。

 あたしは、真っ赤になってる顔を隠したくて、もう一度、竜の胸に顔を埋めた。
 竜は、あやすように、あたしの背中に腕を回した。
 大きな大きな竜にすっぽりと抱かれていると、小さな子供になったみたい。
 竜の鼓動が聞こえる。体温が伝わる。
 ……いつまでもこんな風にしていると、お茶が冷めちゃうよね。
 でも、今はまだ顔を上げたくなくて、この腕の優しさに甘えていたくて……、あたしは胸の中で呟いた。

 ――もう少し、もう少し、このままでいさせて。


……『つぐみヶ丘の冬』完……



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