★いただきもの小説★ |
「風が吹く日に。」 (透月清花(中真穂美)様 作) 「決心は変わらないんだねぇ…。せっかくの魔力がもったいないじゃないか。」 そうつむいだのは、すっかり白髪となった髪を結い、肩にはいつもと同じケープを羽織った一人の老婆。 ロウソクの炎に照らされた老婆の顔に、年齢とは別の溝が刻まれる。 眉間を寄せて、私の顔をのぞき込んでいる彼女のその唇は、まだ何か言いたげな余韻を残していた。 「もったいないなど…そんなことはありませんよ。私の能力は、呪われた…恐ろしいものですから。」 そうなのだ…。 私に宿っているこの魔力が災いとなり、私はこの手で…最愛の人を葬らねばならなかった。 術師の家系に生まれなければ、そして…この魔力さえなかったら、私も常人と同じく平凡だが幸せな生活を送り恋をし… 生きていけたのに。 だが、もう…悔いても遅い。 私が選べる人生ではない…私の運命は、生まれる前から定められたもの。 抗えば、私を愛してくれたあの人のように…私を愛しいと言ってくれたあの人のように、命を散らすことになる。 「おばば。そういうわけですから。この店は閉めます。もう…疲れたのです。自分の魔力を使うことに。使えば使うほど… 忘れてしまいたいことを思い出してしまう…そんな力を、使いたくはないのですよ。」 できれば、《時がくるまで》使いたくはない…。 私の魔力が、私の知り得た知識が必要だと言う者がここに現れるまでは、もう…封じてしまいたい。 「そうかい。まぁ…あんたが決めることだ。あたしが口出すことでもないね。そうかい…やっぱり、忘れられないのかい。」 香る茶を口に含み、老婆はため息混じりに私につぶやく。 「そう簡単には…今でもあのことは…記憶の奥底で悲鳴を上げていますから。時間をかけて、ゆっくりとゆっくりと…心の 奥に閉じ込めなければ。」 私の前に座った一人の老婆は、数年前…私がこの街の霊気に惹かれやってきたときに、初めて口を利いた人物…。 この街の者ではない…どこに住み、どこから来るのか…彼女は一切語らない。 私も、聞きはしない…それでいい。 そんな仲だからだろうか…私は、自分の犯した罪を彼女に語った。 愛する人を失い、たとえようのない孤独に打ちひしがれ…それを誰かに吐き出してしまいたかったのは事実。 ちょうどそんなときに出会ったこの老婆もまた、孤独な人生に疲れきっていた。 どこか…私と同じ匂いのするこの老婆に、私は素直に言葉をつむいだ…。 霊の行き交う街で知り合った、奇妙な友人…といったところだろうか。 「ラムアよ、それで…あたしの死期はいつだい?見えているんだろう?あんたには。」 彼女は、私と出会ってから…私と話すたび、必ずその言葉を口にする。 「残念ながら、まだ、その気配はありません。」 私の特異な能力を知った彼女…おばばは、私に言った…《自分を殺してほしい》と。 それは、私が愛した人の口からこぼれた最期の言葉と同じもの…。 殺すことはできないと…私は食い下がるおばばを説得し、一つの約束をした。 《死期が来たら、必ず教える》と、そう…。 出会ってから、すでに3年…。 いまだ、彼女に黒い影は見えない…。 私はこの館に住み、魔力を売る《魔法屋》として日々を送ってきた。 今日も、いつもの繰り返し…魔力を使うことに苦痛を感じる毎日は、《あの日から》今も続いている。 おばばの言葉、魔力を使うことで感じる苦痛…何も変わらない毎日。 「そうかい。まだ…じいさんのところへは行けないかい…」 私が《死期はまだだ》と告げるたび、彼女は深いため息をつく。 年老いたおばばは、一足早く天へ召された夫のもとへ行きたいのだという。 孤独に耐え切れなくなった…だから、私に《死》を与えてくれるよう懇願したのだ。 今でも、《死》を願っていることは分かる…私が心の奥底で抱いている想いと…同じ想い。 《死した最愛の者のそばへ逝きたい…》と、いう想い。 窓ガラスが、かすかに震え始める。 次第に、その音は強く激しくなっていく。 静寂と香に包まれたこの薄暗い空間に、もたらされる外からの音。 「おや、風が出てきたね。こりゃ…結構な嵐になるかもしれないねぇ。」 おばばの声を耳にしながら、私は思い出していた。 この街にやってきたときも、たしか…こんなふうに風が強く吹く日だったと。 そして、今でも忘れられない…あの人を葬った日も、同じく風が吹く日だった…と。 消えない過去、それを思い出すたび…私の胸は痛む。 決してぬぐい去ることの出来ない、両手の感触…。 すでに消えてしまったはずなのに、いまだ私の瞳に映る…この身体に浴びた彼女の赤い血…。 この街…ミーディアは、その特異な土地柄ゆえに、滅多に人の出入りがない。 霊能者の類にのみ居住できる場所…安易に近づけば、それだけで悪霊に食い物にされてしまう。 私はそういう場所に生きるのが自分のためだと思い、この土地にやってきた。 まるで屍のように、毎日を送るためだけに…。 それとも…死ねばよかったのか?あのとき、私も…。 「ラムア、どうした?物思いにふけって。」 「いえ…」 窓に吹きつける風の音と、おばばの声が…私を現実へと引き戻す。 おばばは、おそらく…悪霊に食い物にされてでも、死にたかったのだろう。 今でもその覚悟があるからこそ、この地に好んで足を向けているのだ。 死ぬために…この地に足を踏み入れる彼女にとって、私と語らうという行為は、目的のための付け足しなのかもしれな い…。 だが、私には見える…彼女の周りには、温かな気が満ち溢れている。 亡くなった夫の霊が、彼女を悪霊から護っているのだ。 ……!! 瞬間…私の視界に飛び込んできたもの…。 それは、水晶に映し出されている。 おばばの手を引き、天へ導いて行こうとする年老いた男の姿がはっきりと…。 ついに訪れた、死期…。 おばばは、今夜…安らかな眠りについて、愛する夫の待つ天へと召されるのだ…。 窓に激しく吹きつける風の音が、私の耳を刺激する。 「風がますます強くなってきたねぇ。あたしゃ、そろそろ帰るよ。今日はあんたも、自分のことを見つめるのに精一杯のよ うだしねぇ。」 私の過去を知っているからこそ、その口からこぼれ出る言葉。 こんな風の日が、私から日常を奪い…《あの日のこと》を思い起こさせると知っているからこそ…。 「おばば…」 「なんだい?」 告げなくてもいい、いずれ彼女は知ることになるのだから。 自分にやってきた《死》を…。 すまない、おばば…私は、あなたとの約束を守れない…。 「ラムアよ。あんたと話せて、ずいぶんあたしゃ…元気になったよ。ありがとう。」 《ありがとう》…。 その言葉が、私の胸を射抜く…! まさか、すでに…。 「あんたが過去をツライと思わなくなる日が、来るといいねぇ。」 そう言って、おばばは優しい笑みを浮かべると私の前から…館から消えた。 もう、二度と…私の前に生きた姿で現れることはない…。 待ち望んでいた《死》を迎える彼女を、少しだけうらやんでいる自分がいる。 風が吹く日に、逝った私の《最愛の人》。 そして、今日…風の吹く日に逝ってしまう《もっとも身近な人》。 私にとって、風は…せつない思い出だけを残す。 過去も、今も。 そして、これからも…。 おわり ☆この作品の著作権は、作者 透月清花(PN中真穂美)様 に属しています。 |