★いただきもの小説★


透月清花様のサイト久遠の月でキリ番をゲットして書いて頂いたリクエスト小説。
透月様の作品『TINA』の番外編です。
久遠の月 で連載中の『TINA』は、 少女漫画風の味わいの、かわいらしい異世界ファンタジー。
冬木の注目キャラは、若いヒロイン・ヒーローを温かく補佐する年上の仲間、
美貌の青年『術師』、ラムア。
暗い過去と特殊な能力を持つ知的で落ち着いた美青年、
しかもしゃべり方が丁寧語というのが冬木のツボ!
で、ラムアが主人公の番外編をリクエストさせていただきました♪




「風が吹く日に。」 (透月清花(中真穂美)様 作)



「決心は変わらないんだねぇ…。せっかくの魔力がもったいないじゃないか。」

そうつむいだのは、すっかり白髪となった髪を結い、肩にはいつもと同じケープを羽織った一人の老婆。

ロウソクの炎に照らされた老婆の顔に、年齢とは別の溝が刻まれる。

眉間を寄せて、私の顔をのぞき込んでいる彼女のその唇は、まだ何か言いたげな余韻を残していた。

「もったいないなど…そんなことはありませんよ。私の能力は、呪われた…恐ろしいものですから。」

そうなのだ…。

私に宿っているこの魔力が災いとなり、私はこの手で…最愛の人を葬らねばならなかった。

術師の家系に生まれなければ、そして…この魔力さえなかったら、私も常人と同じく平凡だが幸せな生活を送り恋をし…

生きていけたのに。

だが、もう…悔いても遅い。

私が選べる人生ではない…私の運命は、生まれる前から定められたもの。

抗えば、私を愛してくれたあの人のように…私を愛しいと言ってくれたあの人のように、命を散らすことになる。

「おばば。そういうわけですから。この店は閉めます。もう…疲れたのです。自分の魔力を使うことに。使えば使うほど…

忘れてしまいたいことを思い出してしまう…そんな力を、使いたくはないのですよ。」

できれば、《時がくるまで》使いたくはない…。

私の魔力が、私の知り得た知識が必要だと言う者がここに現れるまでは、もう…封じてしまいたい。

「そうかい。まぁ…あんたが決めることだ。あたしが口出すことでもないね。そうかい…やっぱり、忘れられないのかい。」

香る茶を口に含み、老婆はため息混じりに私につぶやく。

「そう簡単には…今でもあのことは…記憶の奥底で悲鳴を上げていますから。時間をかけて、ゆっくりとゆっくりと…心の

奥に閉じ込めなければ。」

私の前に座った一人の老婆は、数年前…私がこの街の霊気に惹かれやってきたときに、初めて口を利いた人物…。

この街の者ではない…どこに住み、どこから来るのか…彼女は一切語らない。

私も、聞きはしない…それでいい。

そんな仲だからだろうか…私は、自分の犯した罪を彼女に語った。

愛する人を失い、たとえようのない孤独に打ちひしがれ…それを誰かに吐き出してしまいたかったのは事実。

ちょうどそんなときに出会ったこの老婆もまた、孤独な人生に疲れきっていた。

どこか…私と同じ匂いのするこの老婆に、私は素直に言葉をつむいだ…。

霊の行き交う街で知り合った、奇妙な友人…といったところだろうか。

「ラムアよ、それで…あたしの死期はいつだい?見えているんだろう?あんたには。」

彼女は、私と出会ってから…私と話すたび、必ずその言葉を口にする。

「残念ながら、まだ、その気配はありません。」

私の特異な能力を知った彼女…おばばは、私に言った…《自分を殺してほしい》と。

それは、私が愛した人の口からこぼれた最期の言葉と同じもの…。

殺すことはできないと…私は食い下がるおばばを説得し、一つの約束をした。

《死期が来たら、必ず教える》と、そう…。

出会ってから、すでに3年…。

いまだ、彼女に黒い影は見えない…。

私はこの館に住み、魔力を売る《魔法屋》として日々を送ってきた。

今日も、いつもの繰り返し…魔力を使うことに苦痛を感じる毎日は、《あの日から》今も続いている。

おばばの言葉、魔力を使うことで感じる苦痛…何も変わらない毎日。

「そうかい。まだ…じいさんのところへは行けないかい…」

私が《死期はまだだ》と告げるたび、彼女は深いため息をつく。

年老いたおばばは、一足早く天へ召された夫のもとへ行きたいのだという。

孤独に耐え切れなくなった…だから、私に《死》を与えてくれるよう懇願したのだ。

今でも、《死》を願っていることは分かる…私が心の奥底で抱いている想いと…同じ想い。

《死した最愛の者のそばへ逝きたい…》と、いう想い。

窓ガラスが、かすかに震え始める。

次第に、その音は強く激しくなっていく。

静寂と香に包まれたこの薄暗い空間に、もたらされる外からの音。

「おや、風が出てきたね。こりゃ…結構な嵐になるかもしれないねぇ。」

おばばの声を耳にしながら、私は思い出していた。

この街にやってきたときも、たしか…こんなふうに風が強く吹く日だったと。

そして、今でも忘れられない…あの人を葬った日も、同じく風が吹く日だった…と。

消えない過去、それを思い出すたび…私の胸は痛む。

決してぬぐい去ることの出来ない、両手の感触…。

すでに消えてしまったはずなのに、いまだ私の瞳に映る…この身体に浴びた彼女の赤い血…。

この街…ミーディアは、その特異な土地柄ゆえに、滅多に人の出入りがない。

霊能者の類にのみ居住できる場所…安易に近づけば、それだけで悪霊に食い物にされてしまう。

私はそういう場所に生きるのが自分のためだと思い、この土地にやってきた。

まるで屍のように、毎日を送るためだけに…。

それとも…死ねばよかったのか?あのとき、私も…。

「ラムア、どうした?物思いにふけって。」

「いえ…」

窓に吹きつける風の音と、おばばの声が…私を現実へと引き戻す。

おばばは、おそらく…悪霊に食い物にされてでも、死にたかったのだろう。

今でもその覚悟があるからこそ、この地に好んで足を向けているのだ。

死ぬために…この地に足を踏み入れる彼女にとって、私と語らうという行為は、目的のための付け足しなのかもしれな

い…。

だが、私には見える…彼女の周りには、温かな気が満ち溢れている。

亡くなった夫の霊が、彼女を悪霊から護っているのだ。

……!!

瞬間…私の視界に飛び込んできたもの…。

それは、水晶に映し出されている。

おばばの手を引き、天へ導いて行こうとする年老いた男の姿がはっきりと…。

ついに訪れた、死期…。

おばばは、今夜…安らかな眠りについて、愛する夫の待つ天へと召されるのだ…。

窓に激しく吹きつける風の音が、私の耳を刺激する。

「風がますます強くなってきたねぇ。あたしゃ、そろそろ帰るよ。今日はあんたも、自分のことを見つめるのに精一杯のよ

うだしねぇ。」

私の過去を知っているからこそ、その口からこぼれ出る言葉。

こんな風の日が、私から日常を奪い…《あの日のこと》を思い起こさせると知っているからこそ…。

「おばば…」

「なんだい?」

告げなくてもいい、いずれ彼女は知ることになるのだから。

自分にやってきた《死》を…。

すまない、おばば…私は、あなたとの約束を守れない…。

「ラムアよ。あんたと話せて、ずいぶんあたしゃ…元気になったよ。ありがとう。」

《ありがとう》…。

その言葉が、私の胸を射抜く…!

まさか、すでに…。

「あんたが過去をツライと思わなくなる日が、来るといいねぇ。」

そう言って、おばばは優しい笑みを浮かべると私の前から…館から消えた。

もう、二度と…私の前に生きた姿で現れることはない…。

待ち望んでいた《死》を迎える彼女を、少しだけうらやんでいる自分がいる。

風が吹く日に、逝った私の《最愛の人》。

そして、今日…風の吹く日に逝ってしまう《もっとも身近な人》。

私にとって、風は…せつない思い出だけを残す。

過去も、今も。

そして、これからも…。

                                               おわり

☆この作品の著作権は、作者 透月清花(PN中真穂美)様 に属しています。
 無断転載は堅くお断わりいたします。


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