おばあちゃんちには、うちんちにはないお庭があって、いちじくの木がある。
あたしは、いちじくの木の下にしゃがんで、ずっと、ありんこの行列を見てる。
お日さま、一日、かんかん照り。
黒いありんこ、一日、行ったり来たり。
あたしは、ずっと、お庭のすみっこ。
だぁれもいない。あたしだけ。
ママは病院、パパはお仕事、おばあちゃんはお買い物。
ママ、赤ちゃんが生まれるの。あたし、お姉ちゃんになるの。
赤ちゃん、男かな、女かな。
ママが入院してるから、あたしはずっと、おばあちゃんちに泊まってる。
ここには幼稚園のお友達も団地のお友達もいないから、あたしは一人で遊んでる。
お絵かきしたり、絵本を見たり、お庭で遊んだり。
赤ちゃんが生まれて、ママがおうちに帰れるときになったら、パパがあたしを迎えに来るの。
それまで、うるさくしておばあちゃんを困らせたりしない。ずっと、いい子にしてる。
赤ちゃんが生まれたら、あたしはお姉ちゃんだから、うんと可愛がってあげる。
ママが赤ちゃんをお風呂に入れるの手伝ってあげるし、赤ちゃんといっぱい遊んであげる。子守唄も歌ってあげるし、絵本も読んであげるし、おもちゃも貸してあげる。
赤ちゃん、妹だといいな。
庭にしゃがんでいると、生垣の向こうを通る人の足が見える。いろんな靴が通り過ぎる。
あ、今、通ったの、知ってる人だ。
見たことある靴と、ズボンの裾の、へんてこな模様。このあいだ会った、おばあちゃんのお友達。
おばあちゃんのお友達は、あたしがここにいるのを知らないで通り過ぎる。
他の人も、みんな通り過ぎる。
誰もあたしに気がつかない。
あたしがここにいることを、誰も知らない。
風が吹くと、葉っぱの影が地面を動く。
頭の上からセミの声。
ありんこの行列、地面の上を行ったりきたり。
時々、あたしの靴の上を通るのもいる。
いちじくの木を、カミキリムシが登ってく。
セミもありんこもカミキリムシも、あたしのこと、気がついてない。
じっとしゃがんでいると、あたしは透き通って、トウメイニンゲンになったみたいな気もちがする。
もしかして、おばあちゃんが帰ってきても、あたしが見えないかも。
とっても暑い。
頭の上で、セミがいっぱい鳴いている。
トウメイニンゲンになったあたしは、あんまり暑いから、氷みたいに溶けて、どこにもいなくなる。
パパがあたしを迎えに来ても、パパはきっと、あたしを見つけられない。
黒いありんこ、一日、地面の上を行ったり来たり。
いちじくの木の下で、あたしはひとり。
あたし、いない。あたし、消える。
だぁれも知らない。
お日さま一日、かんかん照り。
黒いありんこ、行ったり来たり。
赤ちゃん、かわいいかな。小さいかな。
ありんこみたいに小さいのかな。
赤ちゃんの頭は、ありんこみたいに黒いかな。
あたしはありんこを一匹つまんで、ぷちっと潰した。
(『だあれもしらない』・完 →次へ)
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