2005年3月
2004年に世界遺産に登録された、熊野とやらに行ってみようじゃないか。
というわけで、愛知から車を駆って行ってまいりました。

ルートはたぶんこんなだったと思う。
というわけで、愛知から車を駆って行ってまいりました。

ルートはたぶんこんなだったと思う。
■一日目
友人運転の車で熊野にしゅっぱーつ。
伊勢湾岸道から国道42号線をひたすら走ります。想像以上に遠いよ熊野。
延々走ってようやく熊野地方に入って、まずは三重県熊野市にある花の窟に立ち寄りました。
延々走ってようやく熊野地方に入って、まずは三重県熊野市にある花の窟に立ち寄りました。
約45mの大岩がご神体の神社です。社殿はありません。イザナミノミコトのお墓だとか。
ろくに下調べもせず、何かよくわからず行ったので、目の前にそびえ立つ岩壁を「なんじゃこりゃあぁぁ」と 友人とふたりしてぽかんと見上げてしまいました。大きすぎてカメラにおさまりきりません。
ろくに下調べもせず、何かよくわからず行ったので、目の前にそびえ立つ岩壁を「なんじゃこりゃあぁぁ」と 友人とふたりしてぽかんと見上げてしまいました。大きすぎてカメラにおさまりきりません。
国道42号線をわたって海側から見てみた。やっぱりでかい。
七里御浜。熊野市から鵜殿まで、約22kmの浜辺が続きます。
この七里御浜と花の窟は、世界遺産に登録された参詣道のひとつ『伊勢路』に含まれます。
この日は天気がよくて、海も空も一面の青。気持ちよかったぁ。
花の窟から国道42号線をさらに南下。和歌山県新宮市の熊野速玉大社を目指します。
この日は天気がよくて、海も空も一面の青。気持ちよかったぁ。
花の窟から国道42号線をさらに南下。和歌山県新宮市の熊野速玉大社を目指します。
熊野三山のひとつ、熊野速玉大社。
速玉大社の南にある神倉山のゴトビキ岩に祀られていた熊野の神様がこの地に遷されて、それ以来、神倉神社の「旧宮」に対して「新宮」と呼ばれるようになったそうです。
朱塗りの社殿がとてもきれいでした。
速玉大社の南にある神倉山のゴトビキ岩に祀られていた熊野の神様がこの地に遷されて、それ以来、神倉神社の「旧宮」に対して「新宮」と呼ばれるようになったそうです。
朱塗りの社殿がとてもきれいでした。
ご神木の梛の木。梛の木としては国内最大。国の天然記念物。
平清盛の嫡男、重盛公お手植えとのこと。小松殿!すげー!
授与所では梛人形や梛の苗を買うことができます(苗は涼しい時期限定)。
苗...ごめんなさい枯らしました。
この日は那智勝浦でお宿をとりました。
お宿の露天風呂は絶景オーシャンビュー。名物のマグロは大変おいしゅうございました。
平清盛の嫡男、重盛公お手植えとのこと。小松殿!すげー!
授与所では梛人形や梛の苗を買うことができます(苗は涼しい時期限定)。
苗...ごめんなさい枯らしました。
この日は那智勝浦でお宿をとりました。
お宿の露天風呂は絶景オーシャンビュー。名物のマグロは大変おいしゅうございました。
■二日目
二日目は那智詣。
せっかくだから熊野古道とやらを歩きたいよね、ってことで、大門坂を歩きました。
那智大社への参詣道です。全長約1km、所要時間片道約25分(まっぷる南紀より)。 近くに大型駐車場もございます。三山を詣でて、かつ古道歩きも体験したいひとにはここがおすすめ(位置的に)。
せっかくだから熊野古道とやらを歩きたいよね、ってことで、大門坂を歩きました。
那智大社への参詣道です。全長約1km、所要時間片道約25分(まっぷる南紀より)。 近くに大型駐車場もございます。三山を詣でて、かつ古道歩きも体験したいひとにはここがおすすめ(位置的に)。
多富気王子。熊野九十九王子の終点。
『王子』とは参詣道に点在する、御子神をお祀りする小社のこと。ちなみに『九十九』は『たくさん』の意味。
『王子』とは参詣道に点在する、御子神をお祀りする小社のこと。ちなみに『九十九』は『たくさん』の意味。
那智大社の下の駐車場まで石畳が続きます。
石段のあとも神社までは階段をのぼらなければなりません。熊野詣はまことに過酷であります。
石段のあとも神社までは階段をのぼらなければなりません。熊野詣はまことに過酷であります。
息も絶え絶えようやく到着。熊野三山のひとつ、熊野那智大社。
参拝客がいっぱいいました。観光地ですね。
無事お参りも済ませたところで『平安衣装体験』の看板を発見。
へいあんいしょうたいけん.......。
参拝客がいっぱいいました。観光地ですね。
無事お参りも済ませたところで『平安衣装体験』の看板を発見。
へいあんいしょうたいけん.......。
平安コスプレしちゃったよ!(写真は友人)
那智大社で衣装を借りる場合、「周辺散策一時間コース」と 「滝まで行けます二時間コース」が選べます。那智大社と滝の間にはけっこうな石段があるのですが、初那智のわたしたちはそんなことも知らずに「じゃ、二時間コースで」と....。あんな道のりが待っていると知ってたら絶対やってなかった。でもまあ知らなかったからこそできたわけで....。
那智大社で衣装を借りる場合、「周辺散策一時間コース」と 「滝まで行けます二時間コース」が選べます。那智大社と滝の間にはけっこうな石段があるのですが、初那智のわたしたちはそんなことも知らずに「じゃ、二時間コースで」と....。あんな道のりが待っていると知ってたら絶対やってなかった。でもまあ知らなかったからこそできたわけで....。
息も絶え絶えようやく到着。那智大滝。もちろんこちらも世界遺産。
落差133mで、直瀑としては国内最大。
無事辿り着いたことに満足しちゃったのか、ロクな写真がなかったわ。 なにこれ滝見えないじゃん。
ここに辿り着くまでの間、何人もの方から「一緒に写真を」と頼まれました。果敢にも飛瀧神社の上までのぼった友人は(わたしは下で待ってた)(もう石段無理)周りからかなりカメラを向けられたので、わざわざポーズまでとったそうですよ。われら、いろんな方の想い出や写真に残ってしまったようです。
あれだね、テーマパークとかのマスコットの気分。
この日は本宮の川湯温泉で宿をとりました。熊野川の支流、大塔川の河原に湧く温泉です。
お宿には河原に露天風呂がありました。もろ外なので、浴衣着用で入るようになっていたのですが、 夜だと暗いからいいやーって感じなのか、裸で入っているひともいました。 上の客室から丸見えですよおとーさん。
冬期は仙人風呂という大露天風呂ができます。残念ながら私たちが行ったときは時期が外れていました。
無事辿り着いたことに満足しちゃったのか、ロクな写真がなかったわ。 なにこれ滝見えないじゃん。
ここに辿り着くまでの間、何人もの方から「一緒に写真を」と頼まれました。果敢にも飛瀧神社の上までのぼった友人は(わたしは下で待ってた)(もう石段無理)周りからかなりカメラを向けられたので、わざわざポーズまでとったそうですよ。われら、いろんな方の想い出や写真に残ってしまったようです。
あれだね、テーマパークとかのマスコットの気分。
この日は本宮の川湯温泉で宿をとりました。熊野川の支流、大塔川の河原に湧く温泉です。
お宿には河原に露天風呂がありました。もろ外なので、浴衣着用で入るようになっていたのですが、 夜だと暗いからいいやーって感じなのか、裸で入っているひともいました。 上の客室から丸見えですよおとーさん。
冬期は仙人風呂という大露天風呂ができます。残念ながら私たちが行ったときは時期が外れていました。
■三日目
川湯温泉から車で5分ほどで本宮大社に着きました。近い。驚いた。
熊野三山のひとつ、熊野本宮大社。
本宮大社はもともと熊野川の中州、大斎原にありましたが、明治22年の水害の後、流失を免れた4つの社殿が現在の場所に移築されました。
門前でお烏さんがお出迎えです。この八咫烏は熊野三山のシンボルで、サッカー日本代表のマークにも使われています。熊野の神様のお使いで、ひとを導いてくれるとか。足が三本あるのが特徴です。
上の写真が社殿の写真ではない理由。それは社殿の手前に「写真撮影禁止」と書かれた看板が立っていたから。どうやら巫女さんに聞けば許可は簡単に得られるみたいです。
本宮大社参拝が思いのほか早く済んでしまったので、思い切って山越えて白浜まで行っちゃいました。
ちょうどこの頃源平フィーバーが来てまして(大河やってた)、ゆかりの地へ行こうぜ、ってことで。
本宮大社はもともと熊野川の中州、大斎原にありましたが、明治22年の水害の後、流失を免れた4つの社殿が現在の場所に移築されました。
門前でお烏さんがお出迎えです。この八咫烏は熊野三山のシンボルで、サッカー日本代表のマークにも使われています。熊野の神様のお使いで、ひとを導いてくれるとか。足が三本あるのが特徴です。
上の写真が社殿の写真ではない理由。それは社殿の手前に「写真撮影禁止」と書かれた看板が立っていたから。どうやら巫女さんに聞けば許可は簡単に得られるみたいです。
本宮大社参拝が思いのほか早く済んでしまったので、思い切って山越えて白浜まで行っちゃいました。
ちょうどこの頃源平フィーバーが来てまして(大河やってた)、ゆかりの地へ行こうぜ、ってことで。
三段壁。2サスだね!
三段壁洞窟から。
熊野水軍の舟隠し洞窟ですって。大喜びでした。
三段壁見てもまだ時間があったので(名所千畳敷スルー)、田辺に行って闘鶏神社に参ってきました。
熊野水軍の舟隠し洞窟ですって。大喜びでした。
三段壁見てもまだ時間があったので(名所千畳敷スルー)、田辺に行って闘鶏神社に参ってきました。
闘鶏神社。こちらも熊野の神様をお祀りしています。
源平合戦の折、当時の熊野別当湛増が、源平どちらに味方すべきかを紅白の鶏を戦わせて決めた という故事が、現在の名前の由来だとか。
社務所に源平がらみのお宝が展示されてて大興奮でした。
源平合戦の折、当時の熊野別当湛増が、源平どちらに味方すべきかを紅白の鶏を戦わせて決めた という故事が、現在の名前の由来だとか。
社務所に源平がらみのお宝が展示されてて大興奮でした。
境内にある別当湛増と弁慶の像。
弁慶は湛増の息子とされています。
さー、そろそろ帰りましょうかと高速に乗ったら予想外の大渋滞にはまりました。 完全にルートを誤った。
予備知識なし下調べ不十分な初熊野でしたが、大変楽しい旅でした。
「熊野には神がおわした....!」なんだかわかりませんが本当にそう思えました。
この旅がきっかけで、友人とわたしの熊野祭が始まったわけでございます。 ほかの友人も巻き込んで、まだまだ継続中。目指せ後白河法皇。
弁慶は湛増の息子とされています。
さー、そろそろ帰りましょうかと高速に乗ったら予想外の大渋滞にはまりました。 完全にルートを誤った。
予備知識なし下調べ不十分な初熊野でしたが、大変楽しい旅でした。
「熊野には神がおわした....!」なんだかわかりませんが本当にそう思えました。
この旅がきっかけで、友人とわたしの熊野祭が始まったわけでございます。 ほかの友人も巻き込んで、まだまだ継続中。目指せ後白河法皇。