■当初は行くつもりはなかった

本来は、パルミラを観光したあとはすぐにダマスカスに戻るつもりだった。また同じ路線のバスに乗ろうとしていたのだが…。

パルミラのホテル内にあるレストランで食事をしていたとき、ホテルの経営者らしき人に話しかけられた。今回の私の旅について会話を交わしたのだが、私が翌日にダマスカスに戻ることを話すと、「パルミラだけ見て帰るなんてもったいない」と言われ、ホテルが催行しているツアーの話を持ちかけられた。彼がもちかけてきたのは、クラック・デ・シュバリエと呼ばれる古城を観光する半日ツアーだ。このパルミラから200km西にある城砦へホテル所有の車で向かい、観光した後は、路線バスに乗ってダマスカスに戻るというものだった。すでに私以外に、アイルランドから旅行に来ている2人組の旅行者がこのツアーに参加表明しているそうで、車がシェアできるからツアー料金が安いのだという。

で、向こうが提示してきた料金は80USドル。…高いよ! 最初は断ろうかと思ったんだが、向こうはどんどんとサービス攻勢に出てくる。まずは今夜のホテル代をタダにすると言ってきた。いま泊まっているホテルは20USドルくらい。なるほど、これでツアー料金は60USドルに下がった。

それでも渋っていたら今度は、たった今このレストランで食べた夕食もタダにすると言ってきた。チャイを含めて結構頼んだから10USドル近くが浮く。さらにクラック・デ・シュバリエからダマスカスへの路線バスの料金も込みと言ってきた。まあこれは2〜3USドルくらいしか浮かないけどな。とは言え、実質50USドルくらいか。

ガイドブックによると、城砦ツアーに4人で参加した場合の1人あたりの相場が40USドルらしい。そう考えると、今回は3人参加で50USドルだから、まともな値段と言われればそうかもしれない。さすがにこれ以上は向こうも下げられないようだ。

…で、しばらく考えた結果、参加することにした。クラック・デ・シュバリエは旅行者の間ではなかなか評判のよい城砦だそうで、それならせっかくだから見ておいてもいいかなと、気分が変わったのだ。

それにしても、何でこの人は最初っから50USドルの料金提示をしてこないのかしら?

■クラック・デ・シュバリエ

私とドライバー、そしてアイルランドの旅行者の計4人がクラック・デ・シュバリエに到着したのは、翌日の昼前だった。各自が観光するようなので、私は一人でこの城砦をくまなく探検することにした。

クラック・デ・シュバリエは、パルミラ遺跡よりもずっと後の時代、11世紀後半に建造された。この時代、ヨーロッパのキリスト勢力が、聖地であるエルサレムをイスラム帝国から奪還しようとする動き、いわゆる十字軍侵攻が活発だった。十字軍勢力は、各地に要塞を建造することで影響力を強めていったのであるが、そのひとつがこのクラック・デ・シュバリエである。厳密に言うと、もともとこのお城は、この地を統治していたホムスの王が建造したのであるが、占領した十字軍が城砦として大規模な改築を行ったのだそうだ。ヨーロッパでは、歴史の教科書にも登場するほどのあまりにも有名な城砦である。また日本では、「天空の城ラピュタ」の城のモデルとなったことで知られている。でもそれはウワサの域を出ていないけど。

数ある十字軍要塞の中で、この要塞は、保存状態が最もよいという理由で人気がある。確かに城壁や城内の芸術的なアーチ天井を見ていると、とても11世紀に建てられたとは思えない美しさがある。保存状態のよさが、この城の堂々さ、威厳さなども助長させている。


綺麗なアーチ天井
城砦というだけあって、城内は道が二手に分かれているなど、迷いやすい構造になっている。私はうっかりガイドブックの地図を持たずに入場してしまったので、城の頂上まで着いた後、それからどうやって出入口に戻ればいいのか迷ってしまった。屋内で迷子はさすがに恥ずかしい。

荘厳とした城壁やアーチ天井だけでなく、外敵の侵攻を防ぐためのお堀、敵を監視するための護衛搭、そして内部では礼拝堂、秘密の抜け道、多くの兵士の腹を満たすための巨大な台所、浴場などなど、面白いものをたくさん見ることができた。ツアーに誘われるまで行くつもりのなかったクラック・デ・シュバリエだったが、いざ来てみると、なかなかいい場所だった。やっぱりみんなもシリアに来たときには、クラック・デ・シュバリエにぜひ訪問しておくべきだろう。

■緑の絶景

クラック・デ・シュバリエは、切り立った急勾配の丘の上に立っている。まさに難攻の城砦である。丘の上の城なので、護衛搭の屋上などからは絶景が楽しめる。パルミラのアラブ城が黄土色の景色であるのに対して、こちらは穀倉地帯ならではの緑色の景色だ。私としてはこちらの緑の景色の方が好きかな。パルミラからはわずか200kmの距離なのに、これほど景色が変わるというのも面白いものだ。


クラック・デ・シュバリエから見た街
眼下に見えるのは、かつては兵士が住んでいたといわれる城下町である。こんな緑豊かな街もいいもんだ。ちょっと住んでみたいかも…と思ったりした。

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