§7  変わりゆく宗教観 (カーシャーン、コム)

今日はとうとうイラン滞在最終日です。午後7時発のフライトに搭乗するために、イスファハンを後にしてテヘランに戻ることになります。早いなー、もう終わってしまうのかぁ。

イスファハン〜テヘラン間は約500kmの距離です。また長々と車内で過ごす1日となりますが、先日同様に、途中の街に立ち寄りながら移動することになりました。

数時間走って、カーシャーンという沙漠沿いの街に到着です。ここもガナートが発達してたところだそうです。街そのものには大した見所はないですが、中心部から南へ8km走ったところに、フィーン庭園と呼ばれる緑に囲まれた場所があります。アッバース朝時代に歴代の王が離宮として使ったのだそうです。建物内の中央部に大きな泉が湧き出ており、そこを源泉として庭の隅々まで小さな水路が形成されていて、見る者を涼しくさせる光景になってます。そしてこの水がまた冷たくて気持ちいいですよ。庭園についてはこれまで何ヶ所も見てきましたが、個人的にはここが一番気に入りました。

  
フィーン庭園

しかしまぁ、連日これほどまでにきれいなスポットを何度も見せつけられると、イランという国に対するイメージが本当にがらっと変わりますね。もちろん沙漠という過酷な環境も確かにありますけど、充分この国は他の人にも勧められる所なのではないかと思いますよ。

ちなみにこの庭園には、かつての王が入ったとされる浴場跡というものもありました。要人の暗殺現場としても有名らしいです。


浴場跡も煌びやかですねぇ

カーシャーンを後にして、さらにテヘラン方向に車を走らせます。続いてはイスラム教シーア派の聖地の一つと言われる街コムに到着です。実はイスラム教の聖地と呼ばれる場所に行ってみたかったので、ダリさんにお願いしてここに休憩がてら寄ってもらったわけです。本来ならば、観光で行くべきシーア派の聖地といえば、イラン北東部のマシュハドと呼ばれる大聖地が挙げられるのですが、さすがに遠くて1週間の旅程では無理です。なので、小規模ではあるけれど、せめて聖地つながりということで、テヘラン近郊にあるこのコムの散策を選んでみました。

この地を訪れる巡礼者は主に、コム中心部のハズラテ・マスーメ聖廟に向かうとのこと。我々もそこに行ってみることにします。おおーっ、外観はすごいですね。今まで見たことのない大きさの玉ねぎ型ドームですよ(ちょっとタイルが剥げてますけど)。ここにはシラーズのシャー・チェラーグと同じ血筋である、エマーム・レザーの妹の棺が安置されているのだそうです。入口前は、それに対してお祈りをしようとするムスリム達でごったがえしていました。


ハズラテ・マスーメ廟

某ガイドブックによると、異教徒は聖廟の内部には入れないと記されていますが、しかしそれは大きなウソで、実は異教徒でも中の見学ができるんだそうです。しかも本廟内の棺が安置されているという場所まで行けるようです(とは言っても、さすがに棺のすぐ近くまでというのは無理で、少し離れた辺りの場所で止められることになりますけどね)。で、実際に聖廟の入口門をくぐって、中庭の方に出向いて見ます。さすが聖廟、とんでもない人の数です。この時間帯は真っ昼間のためひどく暑いでのすが、そんなことはこの人達には関係なさそうですね。

ここの聖廟の装飾はこれまでとはやや特殊でした。これまでは壁やエイヴァーンの装飾いうと、青色を基調としたタイルが多かったのですが、ここに建てられていた本廟のエイヴァーンの天井部分、そして玉ねぎ型ドーム(先ほど見たものとは別のもの)のタイルは金色のタイルでした。これは珍しいですね。写真を撮れないのが残念です。

今度はいよいよ本廟の中に入ってみます。部屋の奥には棺が安置されてる部屋がありました。異教徒である私は、その部屋には入ってもいいが、棺には近づかずに部屋の隅から見学するよう、そこの警備の人から指示されます。隅っこに移動して棺の方を見てみると、シラーズと同様、信者が棺に向かい泣き叫んで口づけをする光景が目撃できました。…うーむ、何度見ても信じがたい光景ですな。で、あまり長居するのはよろしくなさそうな雰囲気なので、今回は早々に本廟の外に出ることにし、しばらく中庭をぶらついてからこの聖廟の見学は終了です。

昼食はこの聖廟近くのレストランでとることにします。食事の最中、ダリさんがこのコムという街に関してこう発言しました。「私はあまりこの街が好きじゃないんです」。…なるほど、これまでの彼のイラン政府批判を聞いていれば、理由はおのずと理解できます。確かこのコムという街、今のイスラム共和国を作るきっかけとなった最初の学生デモが起きた街でしたね。それで、この発言をきっかけに、また彼の政府批判話が始まりました。ダリさんと会話するのも今日で最後なので、今回くらいはまじめに、彼の批判話にじっくりと耳を傾けてみることにします(今までは多少受け流してました、スイマセン…)。

前述したように、現在のイラン政府は甘い汁をすすり続ける悪しき状態となっています。そしてその一方で政府は、イスラム教シーア派を国教として定め、民衆の幸福を信仰に求めさせようとしています。…実はこのことが、イラン国内の宗教観を悪い方向へと促しているのだそうです。

簡単に言えば、悪しき状態の政府が認めた宗教なんぞを、一体誰が信仰する気になるのか、ということなんですよね。もちろんながら、イスラム教シーア派というのは、現在のイラン政府が誕生するずっと前から浸透している宗教ですから、決して悪しき宗教などではありません。革命以前からイランにいる人にしてみれば、それはもう重要な心の拠り所です。しかし、イスラム共和国成立以降に生まれたために現在の悪しき状態しか見たことのない今の若者、あるいはダリさんのように革命の最前線に立って頑張ったのに結局裏切られた形になった40代の人達……こういった方々にしてみれば、宗教というものは負のイメージになってしまっているようです。したがって、現在は政府への反発という意味から、無宗教に走る人達が多いのだそうです。

この傾向は街中を歩いてみても窺えます。イラン政府は宗教的理由で、女性は髪をスカーフで隠すように義務付けていますが、実際若い女性の多くは、髪の後ろ半分しかスカーフで隠しておらず、前髪の方は全開になっています。足元だってみんなサンダルを履いて、肌を露出してます。つまり、政府の指示にいやいや従っているわけです。またダリさんいわく、男性も昔に比べて、アゴに髭をたくわえる人などはほとんどいなくなってしまったそうです。さらに、政府は飲酒も禁じていますが、闇で酒を買って飲んでいるという人も増えてきているらしいです。…本来はイスラム教というのはいい宗教であるはずなのに、政府のせいで変な誤解を生んでしまっているみたいですね。悲しいことです。

しかしまぁ、こう考えてみると、政教一致の国家ってなかなか難しいものなんですね。私が思うに、政府が今の傾向を打開したいのであれば、いちばん手っ取り早いのは政教の分離を行うことなのでしょう。でもまぁそれはさすがに無理でしょうから、少なくとも役人が悪事に手を染めないよう自制することがもっとも大事でしょうな。

さて、食事をした後は、お土産屋さん巡りです。コムではソウハーンと呼ばれる、豆やシナモンの入ったバタークッキーが名産品となっているそうなのでそれを購入です(小さいサイズで10000リアル)。バターの量が多いため甘味が強いですが、別に私自身へのお土産ではないので、その辺の問題はもう無視することにします。で、コムを発ったのは昼2時前。この後はテヘランのメフラーバード国際空港に直接向かうことになりました。

さあ、いよいよ旅も終わりです。今回の旅も面白くてサイコーでしたね。イランと言えば、日本では何だかあまり良くないイメージというのが付き纏ってますが(←アメリカのせいで)、しかしながら実際に旅行してみると、まぁ治安はいいし人もいいし見所はいっぱいあってなおかつ綺麗だし、観光資源の宝庫と言ってもいいのではないでしょうか。個人的には、初めてイスラムを見ることもでき、いろいろ考えさせられるという機会にも恵まれたのは貴重でした。

イランにはまだまだこの他にも見所はたくさんあります。ですからまた来てみたいですね。特に今度行くとしたら、聖地マシュハドバムなどの東部の方面か、あるいは避暑地と謳われるカスピ海沿岸のどちらかでしょう。でも、なるべくなら次回は個人で行きたいものです。正直、パックツアーはちょっと忙しすぎた感がありましたから…。

空港に着き、ダリさんとお別れをした後は、午後7時発の飛行機に搭乗です。しかし運悪く、また飛行機の出発が遅れてしまいました。しかもまた機内で2〜3時間ほど待たされることになります。どうやら搭乗間際にオーバーブッキングが発生し、その対処に航空会社側が時間をかけてしまったということらしいです。相変わらず私が乗る便ってのはツイてないよなー。でもオーバーブッキングの対象者がまた私にならなくて済んだのはよかったですけどネ。…というわけで2時間遅れで、また北京を経由し、翌日午後2時には日本に無事帰国です。

後日、イランのお土産(イスファハンのギャズと、コムのソウハーン)を知人のところへ持っていきました。クッキーの方は好評でしたが、ギャズのほうはなぜか受け付けられませんでした。うーん、そうかなぁ? 私はおいしいと思うんだけどなぁ。それで現在、手もとには手付かずのギャズが山盛りという状況が続いています。頼むから誰か一緒に消費してくれヨ。

イラン旅行記、これにて完。


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