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18年余の探求の区切りである二つの作品から気づいた三つの代表的心を発信します。

福島大尉の心

料理イメージ 1-1 己が為すべきと信じることを、無私を貫いて、使命感・義務感として断行する心「拓く 福島泰蔵大尉正伝」(文芸社,H29.10)より)

福島大尉は己が為すべきと信じることを、無私を貫いて、使命感・義務感に高め、あらゆる困難を克服して断行し、人生で4つのことを成し遂げた男です。陸軍士官任官時に野外要務令綱領(野外行動時に準拠とする基本コンセプト、例えば冒頭は百事戦いを基準とせよ、締めは死生を顧みず本分を尽くせ等)の体現を誓い、生来の持論癖・大言癖という性向を考え方は限りなく無私で公に近づけ、言ったことはとことん実行する心を磨き続けました(無私の己信と称します)。そのために他に非寛容のきらいもありましたが、その徹底ぶりは真に国の大事を為せる男の証でもありました。「拓く 福島泰蔵大尉正伝」は私の18年余の探求の集大成です。それはこれが福島大尉だ!、福島大尉が何を思いどう行動したか、の埋もれた真実!と言う確信を持てたからです。従って先ずこの確信に行き着かせたもの、次いで福島大尉の心の顕現である人生で成した4つのこととその為し様の概略を説明します。

註:挿画は八甲田山雪中行軍間に行軍隊が撮影した数葉の一枚で、裏書きに、1月20日雪中行軍隊黒倉山通過の際難路の状況を撮影せるものなり此の如き難路は十和田山八甲田山等積雪の為に諸処に在りしが大風雪に妨げられ再び其の状況撮影するの時機を得ず 禁転写 歩兵第三十一連隊、とある。

1-2 これが福島大尉だ!埋もれた真実!という確信に行き着かせたもの
ゲストルーム

門外不出であった息遣い溢れる資料に出会い、知れば知るほど知りたくなる奥深さに惹かれ、どう迫れば福島大尉に近づけるか、と一例をいえば、ブログ「福島泰蔵大尉の実行力を訪ねて」に於いて、多様な切り口を設けて何度も八甲田山を行き来した。その度にこの主資料(実施報告4点・論文2)数え切れないほど読み返し、最後に私の心の襞に張り付いて、これだ、と行き着いたものです。
   〇ブログ「福島泰蔵大尉の実行力を訪ねて」の切り口
   〇主資料(実施報告4点・論文2)の取り組みの状況


註:挿画は冊子「福島泰蔵大尉の実行力を訪ねて」(一二三)及び同資料集

私の心底の思いを述べておきたい。当初から新田次郎氏の「八甲田山死の彷徨」を始めとして、歪んだ福島大尉像が語られていると感じた。ブログ福島大尉の実行力を訪ねて【よろく】私の取材ノート(「八甲田山死の彷徨」(新田次郎))に思う(2012-03-24)より。ここをクリック、そこには福島大尉が残した資料に拠らず福島大尉が語られていた。従って彼の豊富な息遣い溢れる資料を徹底的に読み込み、何を思いどう行動したかの真実、これが福島大尉だと確信出来るものを呈示するのが大元ではないか。これに拠って、為にするのではなく、福島大尉及び軍(31連隊)の真価を明確にしたい。そうすれば、正しい理解者が増えるはず、道案内人の輝きも増すはず、と信じて、福島大尉だけを見つめてきた。

1-3 福島大尉の無私の己信(おのれを信じ切る)の心が分かる成した4つのこととその為し様

ゲストルーム

 

慶應二(1866)年五月二三日廻船運送業を営む福島泰七あさの長男として、群馬県新田郡世良田村(現伊勢崎市平塚)に生まれたが長じるに従い家業が衰退し、家業を手伝うか学問で身を立てるかに悩み、3度の挫折の後、明治一九年十一月陸軍教導団に入団。そのご陸軍士官学校に入校し、明治二五年三月陸軍士官に任官し、野外要務令綱領体現第1人者になると誓う。

日清戦争(明治二七年八月動員〜二八年五月二九日凱旋)の深刻・悲惨な経験で冬季戦備や兵を護る施策を本気で行わなければならない。下士官及び兵の教育を本気で行わなければならない、と痛感し、その使命感は地に足のついたものとなる。

註:師範学校在学中に、日本で初めて導入された地理学にのめり込み、教程を借りて書き写すため前橋に下宿し、その後も教導団(工兵科)で地理学を独習し、後に陸地測量部勤務で地図作成の実務を磨いて、特技地理学・地図の歩兵将校というユニークな存在を築き、弘前中隊長として冬季行動研究、八甲田山に挑む、の大きな地形判断識能となった。またこのままでは中途半端な人間になる、人間修行せよ、と親の命令で行った青年期の冬季迦葉山龍華院(沼田市)山籠り(挿画)は寒気厳しく、積雪1〜2mで、後の八甲田山雪中行軍の原風景であった。

新編第八師団長に着任した立見中将の指名で明治三一年一〇月 新編の弘前歩兵第31連隊中隊長となり、我が志の働き場を得て、冬季戦備の研究調査に取り掛かる。冬季行動標準提言を目指し、その一環として一連の演習や実験行軍を行い、前人未到の八甲田山雪中行軍に挑み、見事成功するが第5連隊遭難が覆い隠す。沈黙を守り、挫折を二つの論文で乗り越え、遂に対露戦勝利の方略を提言し、全軍に周知された。最期は日露戦争黒溝台会戦で、全軍の総予備として拘置され、最後の決戦で激戦の中投入され、我に続けと先頭に立ち40分後に戦死。棄命(命を棄てる)で黒溝台奪還の勢いをつけた。

    〇生い立ちから弘前中隊長まで
   〇八甲田山雪中行軍
   〇論文「降雪積雪の戦術上に及ぼす影響」(以下「影響」)
   〇論文「露国に対する冬期作戦上の一慮」(以下「一慮」)
   黒溝台会戦における棄命
   〇第5連隊遭難における沈黙
  
拓く 福島泰蔵大尉正伝 (要約版)

2 兵を護る危機管理の先駆け武人福島大尉のならでは(R4.4.1)
 2-1 ならではの発見
陸幹候生A君に贈る「顧みずの心」

 2-2 ならではの深堀深堀
兵を護る危機管理の先駆け武人福島大尉の4つのならではとその今日的意味 

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店舗写真
information

福島大尉から武人の心探求記念館

18年余の探求の区切りである二つの作品から気づいた三つの代表的心を発信します。

展示内容:福島大尉の心・武人の心・日本人の武の心/区切りの二つの作品
収蔵作品(上記二つの作品を除く、非公開):18年余の歩み
資料?施設紹介:福島泰蔵碑(挿画)他

尚武は菖蒲
来館者数:

拓く福島泰蔵大尉正伝(要約版)-newpage2.htmlへのリンク

ブログ「福島泰蔵大尉の実行力を訪ねて」の切り口newpage1.htmlへのリンク

主資料(実施報告4点・論文2)の取り組みの状況newpage3.htmlへのリンク

生い立ちから弘前中隊長までnewpage4.htmlへのリンク

八甲田山雪中行軍newpage5.htmlへのリンク

論文「降雪積雪の戦術上に及ぼす影響」(以下「影響」)newpage6.htmlへのリンク

黒溝台会戦における棄命newpage7.htmlへのリンク

論文「露国に対する冬期作戦上の一慮」(以下「一慮」)newpage8.htmlへのリンク

第5連隊遭難における沈黙newpage9.htmlへのリンク

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