細野不巡 スタジアムで会いましょう
2007年
敬称略
2007年11月14日
  たかがらーめん

 らーめんを食う。
 さっぽろにいたときはらーめん屋をめぐったりなぞしなかった。
 
 うまい。
 荻窪の二葉であった。
 足しげくかよった。
 店は5、6人でいっぱいになる。
 大概はお昼過ぎにいく。
 女性2人でまかなっていた。
 その時間、行列はなかった。
 
 それからだ。
 評判をきいては並んでみた。
 素晴らしいと感じたことはない。
 名前先行。
 商売はそれでいい。
 
 ただひとつ。
 東池袋の大勝軒は、
「これがらーめん。」
 実感した。
 
 汁は丼からあふれんばかり。
 麺はどっしり。
 まるでカルデラの湖。
 
 1度っきりであった。
 1時間は待った。
 
 注文は外でとる。
 並んでいるときにうかがいにくる。
 
 番がめぐる。
 ぐるりうかがうと、みなつけ麺チャーシューをたのんでいるのだろう。
 が、目のまえをみて吃驚。
 それらの倍以上の肉、肉、肉である。
 チャシュー麺をたのんで失敗した、と感じたのは、それが最初で最後である。
 しまいには気持ち悪くなって、脂身だけをのこした。
 
 店じまいは新聞の社会面でしった。
 店を続けた訳が、そうっと記されていた。
 
 奉仕。
 東池袋大勝軒はそういう店であったのか。
 1度っきりだけれど、あのときの盛をおもいうかべた。
 あの行列は、山岸さんを慕うリピーターの静かな集いであった。
 
 お弟子さんたちが店をもつ。
 瀟洒な店構え。
 いい場所とはいえなかろうが、悪くない。
 座席数も多くない。
 味にもそつがない。
 タオルではちまきは山岸さん直伝のあかしなのだろう。
 
 けれど、どこかがちがう。
 
 盛。
 肉。
 
 きっとそれは経費が重なるからなのだろう。
 儲けなくてはならないからなのだろう。
 
 味は伝えられる。
 けれど、その精神を継承するのはむずかしい。
 
 たかがらーめん。
 所詮、著者のたわごとにすぎぬのかもしれない。
 
 らーめん1杯450円。
 蔵前通り、麺づくし。
 著者一番のらーめん屋もいまはない。





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