岩井不巡 スポーツコラム
スタジアムで会いましょう

  そうして柏レイソル、ラモス瑠偉コーチは堪忍袋の緒を切った。
 
 大分トリニータのシャムスカ監督は来日してからこのかた選手にたいして褒めこそすれ、怒ったことがないという。
 ブラジルでの采配もこれとおなじであった。
 それを聞いて驚くニッポン人のなんとおおいことか(!)
 
 なんのことはない。
 見わたしてみればいい。
 試合に負ければ怒るコーチばかり。
 負ければ怒られるのがあたりまえだと考える選手ばかりだからである。
 だから怒らないコーチの存在をきくとびっくりするのである。
 けれど、まちがってはいけない。
 怒らないのも戦術である、ということを。
 
 堪忍袋の緒を切った柏レイソル、ラモス瑠偉コーチが、最後に、
「・・・ぼくにもプライドがある。落ちたらここにはいない。」
 とぶちまけた。
 2部降格後のことである。
 
 たかが連敗で、ラモス瑠偉ごとき男がなにを血迷うのか。
 それではまるで試合に負ければ怒る、ニッポンの悪しきコーチと同等か、それ以下をおのずから宣言するも同然、ニッポンの悪しき性癖そのものを踏襲することになるのではないか。
 ラモス瑠偉コーチには、ニッポンの悪い癖を直言し、呪ってもらいこそすれ、それをとりいれてもらいたくはない。
 
 メディア対策?
 作戦?
 けれど巧妙すぎる。
 もっとシンプルに、正々堂々いくべきじゃないか。
 こういった高等戦術には著者も慣れていない。
 
 ただ、ラモス瑠偉コーチが、本心から、
「叱らなければ目覚めないじゃないか。」
「怒らなければ燃えないじゃないか。」
 ニッポンという風土にたいしてそうおもい、感じるのであればいたしかたはない。
 柏レイソルの選手だけの意識が低いのではなく、ニッポンのニッポン語をあやつるひとびとの、勝負にたいする意識の程度が幼稚なままだということである。
 
 そうして堪忍袋の緒を切った柏レイソル、ラモス瑠偉コーチは、部屋にこもり、
「本気だせよ。このまま負けるなよ。命かけろよ。」
 ユニフォームに縫付けた柏レイソルのロゴマークを握りしめているにちがいないのだ。
 きっと。(10.25.05)





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