岩井不巡 スポーツコラム
スタジアムで会いましょう

  納得してはいけない、高橋尚子さん

「残念だが、納得」してはいけない、高橋尚子さん。
 といったところで高橋尚子さんはアテネオリンピックに出場できない。

 この4年周期の騒動から、なにを抽出(抽出でき)し、なにを俎上にのせ(のせることができ)、なにが足りなくて、なにを削らなければならないのか。なにを経験(未経験のまま)しえたのか。

 次回からはよりマシな方法をえらびとれるようになったのか。
 はてさて後世に(おなじ無駄をくりかえさない)、なにを伝えられるのか。

 加害者は団体で、被害者は個人でしかないのか。
 団体は個人の集合ではないのか。
 個人は連帯しない(できない)のか。
 連帯すると団体になってしまうだけなのか。
 世間はかれらを後押し(自分にふりかからなければ気づけない、気づかない、関心がもてない)しないのか。

 なぜスポーツ新聞社(もちろん全国紙、地方紙でかまわない)が、改革私案、改革試案を提出し世論を形づくるイニシアチブを発揮しないのだろう。

 スポーツ新聞社としたのは、かれらの仕事が選手やコーチ、協会、その他関係者に近い位置で取材ができ、それゆえ情報にあかるいはずとおもう由。

 国会では継続審議というのがあって会期内に決着をみない案件は次会も継続して審議することをいうらしい。
 が、重要な案件はたとえ強行採決だろうと、会期内にさっさと通過するらしい。

 この騒動も結局はその程度かそれ以下のものでしかないということか。
 どうでもいいことなのだろうか。

 だが、すくなくとも「どうでもいいこと」からこだわらないから、「大したこと」ですら「大したことなし」という、結果として判断をあやまつのではあるまいか。

 男子代表を一人減らして女子の代表を4人にすればいい。
 知人はいった。
 痛烈である。
 が、同感でもある。(4.24.04)





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