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2年もまえのレースでオリンピック出場資格を与えるべきじゃない
よく考えるべきである。
本番の2年もまえのレースでオリンピック出場資格を与える国がこの国のほかにあるだろうか。
世界選手権とはいえ2年もまえのレースである。
それだけをとっても奇妙であるのに。
高橋尚子選手を惑わせる、この空気。
だいたいが、3レースで2人を択ぶという無理。
ガラス張り、という。
所詮そんなものは勝手につくったイメージである。
そんなものは、あるといえばあるし、ない、といえばないのである。
そんな抽象をいうよりも、一目瞭然、一本のレースで決めるべきではないだろうか。
U.S.A. 方式である。
オリンピックのマラソン競技自体、日程はすでに決まっているのだし。
プレオリンピックよりも、一発勝負の代表決定レースこそが、まさしくオリンピックの予行になる。
つまり、オリンピックと同じく、記録ではなく、勝負に勝たなければならないからである。
日本ほどマラソン大会が多い国はない。
そこにはスポンサーが絡む。
そこで権益をえるのはいったいどこのだれなのか。
おこぼれにあずかるのはだれか。
知っている人がいて、知らないわれわれがいる。
つまりはそういうことなのだろう。
順繰りに、来年はこのレース。
再来年はこのレース、と回せばいいだけじゃないか。
アマチュア球児がプロへすすむ。
その際に、ブローカーがいて、紹介料の名目で金銭の授受がある。
朝日新聞のスポーツ欄に書いてあった。
まさしく、プロ、アマふくめて、この風土、ここの空気に、一旦、金が絡むと、人は当初の目的からいともたやすく逸れてしまう。
ならば、
選考基準にこそ、アマチュアリズムに固執し、アマチュアリズムのなんたるかを大いに発揮すべきである。(2.4.04)
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